ことばと国家 (岩波新書)

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  • Amazon.co.jp ・本 (218ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784004201755

作品紹介・あらすじ

だれしも母を選ぶことができないように、生まれてくる子どもにはことばを選ぶ権利はない。その母語が、あるものは野卑な方言とされ、あるいは権威ある国家語とされるのはなぜか。国家語成立の過程で作り出されることばの差別の諸相を明らかにし、ユダヤ人や植民地住民など、無国籍の雑種言語を母語とする人びとのたたかいを描き出す。

感想・レビュー・書評

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  • 学生時代に読んでうなってしまった。いまだに再読している。

  • 言語と方言。祖国と故国。母国語と母語。話し言葉と、書き言葉。

    母語とは、母から口語で聴いて自然と受け継いだ言葉。
    ユダヤ人や、第二祖国を持たない、日本人である自分は、母語≠母国語でなく、故国・故郷とは別の祖国を意識する事がないが、都内で仕事・生活を続けるにあたって、方言が自分の中から失われようとしている現実は、故国、母語をも失い兼ねない事になるのだと気付かされた。

  • 新書で感動をした初めての本。そして新書の面白さを教えてくれた本でも有ります。元は大学受験対策の為に模試の解説に「これを読め」と書いてあったのがきっかけです。日本にいるとあまり意識しませんが、言葉というのは支配の象徴なのだな、と感じさせられました。また、自己の確立にも必要です。そんな話にどんどん引き込まれて、私は知らず知らずに言語論とか思想とかに興味を持つようになりました。今でも、本屋さんでこの本を見かけるためにテンションが上がります。笑。

  • 情熱的社会言語学入門書。概して入門書といえば基本事項をわかりやすく満遍なく抑えたものというイメージがあり、またそのようなものが求められがちだ。本書では時折、感情的な意見が客観性を欠いたかのように映る。しかし読み進めていけば言語の本質を真剣に追求した人間の息遣いに他ならないことに気づく。社会言語学のエッセンスもしっかり抑えられる。

  • 言葉には話し言葉と書き言葉があります。
    歴史的に見て、勿論話し言葉先にありました。
    多くの人びとが文字によって自分の思うことを伝えはじめたのは本当に近年のことであります。
    医学博士・野口英世の母は使い慣れない文字で外国にいる息子に、
    すべてひらがなで、「はやくきてくたされ」と3度も繰り返しす一通の手紙を送りました。
    明治の世ですらこのような状態でした。
    でも、野口英世はその母からいろいろなことばを教わり、その世界を広めていったのです。

    ここにことばに関する名著があります。
    田中克彦著「ことばと国家」(岩波新書)であります。
    「こどもが全身の力をつくして乳を吸いとると同時に、かならず耳にし全身にしみとおるものは、
    またこの母のことばであった」著者はこれを母語とよんでおられます。
    だれしも母を選ぶことができないように、生まれてくる子どもにはことばを選ぶ権利はないのです。

    したがって、すべての母語は厳密にいえば皆違っております。
    でもその地域の母語は概ねおなじでしょうが、他の地域とは異なり、
    さらに民族によってはまるで違ってきます。
    人類の歴史のうえではこうした状態が長く続いたことでしょう。

    時代が下るとその地域を束ねる人がやがてあらわれてきます。
    彼がやらなければならないことは沢山ありました。
    時間、暦、尺度、貨幣など統一などですが、
    何より急務はが文字を使ってのことばを統一することではなかったでしょうか。
    一部のエリート層によって文字を書き、読む、
    それを話し言葉でその内容を民衆に伝えるだけで十分だったのです。

    この著書の中で、その特異な例として、
    フランス語そしてユダヤ人のことばについて詳しくのべられています。
    フランスという国はいわゆるフランス語の他に今でも
    オック語、ブルトン語、アルザス語など多くの言語があるそうです。
    しかし国内ではフランス語以外の授業がおこなわれることはほとんどない。
    また名前もナポレオン法典にで示されたわずか500余りの名前しか使えないそうです。

    ユダヤ人に関しては流浪の民といわれるように、彼らには固有の言語がほぼ失われてしまった。
    イベリア半島のユダヤ人や中・東欧のユダヤ人(アシュケナージ)などは
    その地域で生きゆくためそのことばに同化していかざるをえなかった。
    つまり母語が時代、住む地域によって変わっていったのである。
    ロシアに流れ着いたユダヤ人たちはレーニン、スターリンなどによって徹底的に無視された。
    そのユダヤ人たちが、英国、米国の画策によってイスラエルという国を与えられた時、
    彼らがまず直面したのがことばの問題であった。
    中・東欧のユダヤ人の話言葉のイディシュ語だけでなく、
    世界から集まったユダヤ人のことばさまざまであった。
    そこで統一言語として使われたのが聖書にあるヘブライ語であった。
    ヘブライ語は聖典にのみ使われる聖なることばで、
    日常語として使われることばタブーとされていたのである。
    そして今、ヘブライ語は母語になっているのでしょうか?

    私はこの本を読むことによって、
    ことばと文字がいかに時代、政治、社会によって変貌をとげるものかということを
    目からウロコが落ちる思いで一気に読み上げました。
    最後にこの言葉によって締めたいと思います。
    『言語は差異しかつくらない。その差異を差別に転化させるのは、
    いつも趣味の裁判官として君臨する作家、言語評論家、言語立法官としての文法家、
    漢字業者あるいは文法的精神にこりかたまった言語学者、
    さらに聞きかじりをおうむ返しにくり返す一部の新聞雑誌製作者等々である。』

  • 一 「一つのことば」とは何か
    二 母語の発見
    三 俗語が文法を所有する
    四 フランス革命と言語
    五 母語から国家語へ
    六 国語愛と外来語
    七 純粋言語と雑種言語
    八 国家をこえるイディッシュ語
    九 ピジン語・クレオール語の挑戦

  • 社会言語学というのか、とても面白くて理解が浅いながらもサクサクっと読んでしまった。古い本だけどおれ的には中身は古くない。
    母語と母国語の違い、アルザスの最後の授業の話、ラテン語が「たえず変化することによって、新しい歴史的状況に適応していおうとすることばの性質に反して、文法とは、真の意味におけることばでないことばをつくる作業」により書き言葉として固定され死んでしまったこと、各地における方言に対する抑圧、イディッシュ語やピジン、クレオール語の成り立ちなどなど、興味深いテーマがぎっしり。

  • 社会言語学者の著者が、言葉と国家をめぐる複雑な問題を分かりやすく解説している本です。

    言葉はダイナミックな政治の文脈に置かれており、そのことに早くから気づいていた言葉の研究者たちは、国家や民族といった言語外的な要因を慎重に取り除いていくことに注意を払ってきたと著者は言います。そして、まさにこのことが、微細な権力構造が言葉に投げかけている影についての精妙な眼差しを社会言語学が獲得することを可能にしたと言ってよいでしょう。本書で取り上げられている諸問題は、そうした言葉と政治の絡み合いを垣間見せてくれます。

  • 20年以上前に書かれた言語の国家政策に関する名著。文章が非常に分かりやすく、説得力に富んでいる。
    現代にも非常に重要な示唆を与えてくれる。言語がいかに政治と分かちがたいものか。
    (2015.9)

  • 母語と母国語の違いは何か,こういうことを考えたことがあるだろうか.また,通じて「正しいことば」とは何か,ということも考える.方言や俗語もれっきとした「ことば」なのである.

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