ことばと国家 (岩波新書)

著者 :
  • 岩波書店
3.73
  • (51)
  • (44)
  • (80)
  • (7)
  • (2)
本棚登録 : 797
感想 : 56
  • Amazon.co.jp ・本 (218ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784004201755

作品紹介・あらすじ

だれしも母を選ぶことができないように、生まれてくる子どもにはことばを選ぶ権利はない。その母語が、あるものは野卑な方言とされ、あるいは権威ある国家語とされるのはなぜか。国家語成立の過程で作り出されることばの差別の諸相を明らかにし、ユダヤ人や植民地住民など、無国籍の雑種言語を母語とする人びとのたたかいを描き出す。

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
絞り込み
  • 学生時代に読んでうなってしまった。いまだに再読している。

  • “ことば”というものを“国家”との関係性で見つめることが無かったの自分に愚かさを感じさせられた。

     “母語”はそこに暮らす“なかま”たちのコミュニケーションのための必然として生まれてきたものであり、それがそのなかまたち(民族)の文化を作り上げ継承してきたものなのだから、それを奪われたり、他の“ことば”を強要されることは、その断絶を意味することなのだ。だから、地域紛争は複雑で国家が操る政治で決着をつけようとすると必ず拗れることになる。
     単一民族の日本人だからこのことを知らなかったのは仕方がないと、言い訳がましい言い訳を考えていたが、アイヌ、そして琉球で起きた“日本語”への統制の歴史を知らされ、彼等の嘆きを想像すると、
    またしても、“国家”というものへの不信感を強め、それらにも思いが至らなかった自分の歴史観に愚かさを抱いた。 
     良書。見えなかった視点をくれた。

  • 言葉には話し言葉と書き言葉があります。
    歴史的に見て、勿論話し言葉先にありました。
    多くの人びとが文字によって自分の思うことを伝えはじめたのは本当に近年のことであります。
    医学博士・野口英世の母は使い慣れない文字で外国にいる息子に、
    すべてひらがなで、「はやくきてくたされ」と3度も繰り返しす一通の手紙を送りました。
    明治の世ですらこのような状態でした。
    でも、野口英世はその母からいろいろなことばを教わり、その世界を広めていったのです。

    ここにことばに関する名著があります。
    田中克彦著「ことばと国家」(岩波新書)であります。
    「こどもが全身の力をつくして乳を吸いとると同時に、かならず耳にし全身にしみとおるものは、
    またこの母のことばであった」著者はこれを母語とよんでおられます。
    だれしも母を選ぶことができないように、生まれてくる子どもにはことばを選ぶ権利はないのです。

    したがって、すべての母語は厳密にいえば皆違っております。
    でもその地域の母語は概ねおなじでしょうが、他の地域とは異なり、
    さらに民族によってはまるで違ってきます。
    人類の歴史のうえではこうした状態が長く続いたことでしょう。

    時代が下るとその地域を束ねる人がやがてあらわれてきます。
    彼がやらなければならないことは沢山ありました。
    時間、暦、尺度、貨幣など統一などですが、
    何より急務はが文字を使ってのことばを統一することではなかったでしょうか。
    一部のエリート層によって文字を書き、読む、
    それを話し言葉でその内容を民衆に伝えるだけで十分だったのです。

    この著書の中で、その特異な例として、
    フランス語そしてユダヤ人のことばについて詳しくのべられています。
    フランスという国はいわゆるフランス語の他に今でも
    オック語、ブルトン語、アルザス語など多くの言語があるそうです。
    しかし国内ではフランス語以外の授業がおこなわれることはほとんどない。
    また名前もナポレオン法典にで示されたわずか500余りの名前しか使えないそうです。

    ユダヤ人に関しては流浪の民といわれるように、彼らには固有の言語がほぼ失われてしまった。
    イベリア半島のユダヤ人や中・東欧のユダヤ人(アシュケナージ)などは
    その地域で生きゆくためそのことばに同化していかざるをえなかった。
    つまり母語が時代、住む地域によって変わっていったのである。
    ロシアに流れ着いたユダヤ人たちはレーニン、スターリンなどによって徹底的に無視された。
    そのユダヤ人たちが、英国、米国の画策によってイスラエルという国を与えられた時、
    彼らがまず直面したのがことばの問題であった。
    中・東欧のユダヤ人の話言葉のイディシュ語だけでなく、
    世界から集まったユダヤ人のことばさまざまであった。
    そこで統一言語として使われたのが聖書にあるヘブライ語であった。
    ヘブライ語は聖典にのみ使われる聖なることばで、
    日常語として使われることばタブーとされていたのである。
    そして今、ヘブライ語は母語になっているのでしょうか?

    私はこの本を読むことによって、
    ことばと文字がいかに時代、政治、社会によって変貌をとげるものかということを
    目からウロコが落ちる思いで一気に読み上げました。
    最後にこの言葉によって締めたいと思います。
    『言語は差異しかつくらない。その差異を差別に転化させるのは、
    いつも趣味の裁判官として君臨する作家、言語評論家、言語立法官としての文法家、
    漢字業者あるいは文法的精神にこりかたまった言語学者、
    さらに聞きかじりをおうむ返しにくり返す一部の新聞雑誌製作者等々である。』

  • 言語と方言。祖国と故国。母国語と母語。話し言葉と、書き言葉。

    母語とは、母から口語で聴いて自然と受け継いだ言葉。
    ユダヤ人や、第二祖国を持たない、日本人である自分は、母語≠母国語でなく、故国・故郷とは別の祖国を意識する事がないが、都内で仕事・生活を続けるにあたって、方言が自分の中から失われようとしている現実は、故国、母語をも失い兼ねない事になるのだと気付かされた。

  • 読了

  • 岩波新書黄版はエモいのが多い

  • 2 一つの国家、一つの国語という「常識」[近藤健一郎先生] 1

    【ブックガイドのコメント】
    「国家と結びついた国家語の成立とともに生じる諸問題を世界各地の実例に即して論じる。」
    (『ともに生きるための教育学へのレッスン40』182ページ)

    【北大ではここにあります(北海道大学蔵書目録へのリンク先)】
    https://opac.lib.hokudai.ac.jp/opac/opac_link/bibid/2000087826

  • 大学のゼミで使用した作品。

  • いいね

  • 情熱的社会言語学入門書。概して入門書といえば基本事項をわかりやすく満遍なく抑えたものというイメージがあり、またそのようなものが求められがちだ。本書では時折、感情的な意見が客観性を欠いたかのように映る。しかし読み進めていけば言語の本質を真剣に追求した人間の息遣いに他ならないことに気づく。社会言語学のエッセンスもしっかり抑えられる。

全56件中 1 - 10件を表示

著者プロフィール

一橋大学名誉教授

「2021年 『ことばは国家を超える』 で使われていた紹介文から引用しています。」

田中克彦の作品

この本を読んでいる人は、こんな本も本棚に登録しています。

有効な左矢印 無効な左矢印
マーク・ピーター...
ツルゲーネフ
三島由紀夫
宮部みゆき
有効な右矢印 無効な右矢印
  • 話題の本に出会えて、蔵書管理を手軽にできる!ブクログのアプリ AppStoreからダウンロード GooglePlayで手に入れよう
ツイートする
×