ペスト大流行: ヨーロッパ中世の崩壊 (岩波新書 黄版 225)

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  • 岩波書店
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  • Amazon.co.jp ・本 (196ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784004202257

感想・レビュー・書評

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  • 科学史家の村上陽一郎氏による中世ヨーロッパのペスト禍についての概説。ペストの大流行は何回かあるが、本書が主に扱うのは14世紀半ばのもの。流行を深刻化させた背景として、干ばつ・洪水・バッタの大発生といった自然環境の悪化に伴う人々の抵抗力の低下と、ヨーロッパにおける商業の活発化を指摘した上で、当時の病因論(地震を原因とみる説まであったそうだ)から、流行がヨーロッパ世界に及ぼした影響にまで筆が及ぶ。また、流行時になされた凄惨なユダヤ人迫害についても、詳述されている。

    40年前の著作なので、現在の研究水準からみて不十分な点や誤りもあるのかもしれない。しかしながら、感染症を医学だけではなく、人文・社会経済的な視点も交えて考察する視点は、まったく古びていないし、現在進行形のコロナ禍にも必要不可欠だろう。

  • 科学史家・村上陽一郎による、中世ペストの考察。
    新書としてコンパクトにまとまっており、読みどころが多い。

    序章で19世紀のペスト菌発見を含めた、ペストという疾患の総括を示し、以下、古代のペスト流行から、いわば黒死病前夜のヨーロッパ形成とペスト菌の侵出、猖獗を極めたその流行と人々の反応、黒死病以後の世界を説く。

    ペスト菌は古来、幾度も流行を繰り返していた。11世紀には十字軍の遠征に合わせてペスト菌は欧州に流れ込んだ。主要宿主であるクマネズミが欧州にやってきたのもこの際と考えられるようだ。
    交通が発達し、人の往来が多くなると、それにつれて感染症も広まりやすくなる。中世ヨーロッパ形成は、その素地を作っていった時代でもあった。
    本書で主に扱う14世紀の大流行の前には、異常気象やサバクトビバッタの大発生など天変地異が多く起こる。ある種、不吉で予言的な出来事にも見えるが、これらはむしろ、社会に打撃を与え、人々がその後、感染症の影響を受けやすい状態にしたと見る方が妥当だろう。

    このあたりの話も興味深いのだが、さまざまな病因論を記す項が非常におもしろい。
    当時はもちろん、目に見えぬ小さな病原体がこの死病の原因であることは判明していない。占星術に基づく説や大気の腐敗説、地震や火山に原因を求めるものとさまざまである。患者に接した人が発病することから、どうやら「感染」するらしいとはわかっても、接触や飛沫ではなく、眼差しのせいであるとする説もあった。患者とは目を合わせてはならないというわけである。
    原因がわからない不安の中から生まれてくるのは以前から差別してきた相手に対する「責任転嫁」である。この際、ユダヤ人に対する大規模な迫害が起こったことは忘れてはならぬ歴史だろう。

    中世のペスト大流行は社会を大きく揺るがしたことは間違いないが、ペストが社会を変化させたというのはいささか言い過ぎであるようだ。ポスト黒死病の時代は、荘園制度の変化や賃金労働者の出現、学問の衰退や俄か成金の台頭など、多くの変化を生じた。けれども、それらは時代がすでに招きつつあるものだった。
    著者は言う。
    たしかに黒死病は、流行病としては人類の歴史上、おそらく最悪のものの一つであった。しかし、その異常事態の上に映し出されたものは、良かれ悪しかれその時代そのものであって、その時代の要素が、いささか拡大されて見えるにとどまる
    と。

    黒死病のもたらした大きな思想の1つに「メメント・モリ」があげられるだろう。
    大ナタを振るう死神は必ず現れる。死を思いつつ、よき生を生きるとは、いったいどういうことだろうか。

    ペストに限らず、感染症は何度も訪れる。たとえ原因がわかっていても、感染症との闘いは厄介だ。
    大きな災厄の中で、私たちは良識を失わずに手を携えて戦えるのか。
    そのことを中世ペストの歴史は重く問うているようでもある。

  • 本書で考察されている主に中世ヨーロッパでのペストの流行はさまざまなことを引き起こし、世の中もかえた。この時もユダヤ人の迫害が行われたりした事もあったのが描かれている。日本での関東大震災時の流言蜚語を思い出す。

    人間の本質的な考え方や行動は変わらないと思う反面、現代では科学の進歩もあり、中世のペストの大流行時と、今回のコロナに対する人々の臨みかたは違ってもいる。ここに明るい人間未来を見たいと思う。

  • あっと言う間に読了できました。疫病の中でも最大級のインパクトを持っていたペストについて、特に中世ヨーロッパへの影響について勉強したく本書を手に取りました。ペストは古代にも発生したらしいことがいくつかの文献から明らかですが、その状況が詳しくわかるのは、本書が中心的に書いている中世ヨーロッパ(14世紀)でしょう。ボッカチオの「デカメロン」はじめ、当時のペストの状況を記述する手掛かりが多数残されています。

    本書で興味深かったのは、様々な病因論です。14世紀当時の医学ではまだペスト菌は発見されていませんから(それが発見されるのは19世紀、北里柴三郎とイェルサンによる)、当時の人々は様々な原因を考えていたわけです。ただ病気が「感染する」ということ、また「隔離されていた」人々が罹患しなかった、という知見から、感染地域からの人々を一定期間隔離するような政策も打ち出されますが、本書によるとそれもペストの大災害が落ち着いた後だったとのこと。ペストは、それが主因ではなかったにせよ、それまで進行していた中世ヨーロッパの様々な社会制度終焉(例:荘園制度の終焉)や宗教改革へのダメ押しになったということが本書から理解できました。

    ひるがえって現在に目を向けると、我々はCovid-19という疫病を経て、テレワークのような働き方の劇的な変化を目の当たりにしています。またCovid-19によってこれまで進んでいた社会のデジタル化に拍車がかかったことも間違いありません。大きな疫病が持つ社会変革の力を感じる本でした。

  • 名著!素晴らしい。14世紀に世界を席巻したペストの流行を中心に、ペストと人々の歴史を描く。
    とは言っても歴史の教科書みたいに事実を羅列するようなつまらない本じゃない。
    もう冒頭から、北里柴三郎のペスト菌単離(菌の特定)の高名争いから始まってドキドキワクワク。

    それも、小説風な持って回った節ではなく、淡々と、単刀直入に、むしろ言葉少なに小気味よく語ってゆく。

    ペストの歴史から、その影響について、膨大な世界のうねりを、古今東西の書物を紐解き、網羅的に…少なくとも14世紀のペストについては一望できる、この新書一冊で。ものすごい量の情報を、引用などもおびただしく示しているのに、飽きずに読ませて新書一冊に収めるこの筆致はすごい!なんという教養の深さよ。いやー感服。

    なぜかペストの流行時にはトビバッタの大発生が見られること(コロナの今もそうよね…)、商業都市の活性化がペスト菌の拡散の下敷きになっていること、その中で、宗教や政治や医療はどう動き、動かされたか。

    ペスト後には大学に通う人が少なくなって大学が潰れたとか、農作業をやる人が少なくなって”お金で雇う”必要が生じて資本主義経済が進んだとか、年輩のラテン語教師がいなくなって自国語で書いたり話したりする文化が生まれたとか、もちろん流言と差別、罪を懺悔して自らを釘のついた無知で打つ「鞭打ち運動」の流行とか…

    唸りながら読んだよ。

    何と言ってもこの本の白眉は、ペストが止んだ後、つかの間の「静かな祈り」をフラ・アンジェリコの宗教画『われに触れるな』に見出すところ…!!!
    もうこの1ページのためにこの本の全てがあったと思われるくらい。抑えた筆致の中の強い口調に、村上先生の思いを感じて感動するよ…

    ほんと素晴らしい本。

    (Amazonの書評でつまんないとか書いてる人、何を期待して読んだのか…?これがつまらないなら一体何が面白いのか…)

  • 科学史の大家・村上陽一郎先生によるペスト史の考察。リアル本棚を整理していたら後ろの方から出て来た。読了日を確認したら1984年4月5日とあった。今から36年前のことである。この機会に是非再読したい。Amazonでは中古が1,772円。当時の定価は430円!(そんなに安かったんだ‼)

  • 序 ペストの顔
    一 古代世界とペスト
    二 ヨーロッパ世界の形成とペスト
    三 黒死病来る
    四 恐怖のヨーロッパ
    五 さまざまな病因論
    六 犠牲者の数
    七 黒死病の残したもの
    八 黒死病以後

  • 古代化のペストの歴史を概括。第7章「黒死病の残したもの」がこの本のクライマックス。14世紀のペストがヨーロッパ社会に残し、そして現代にも引き継がれているものが多い。ユダヤ人迫害、マリア聖堂(ユダヤ人迫害→贖罪の大きさ→助けをキリストに直接求めるのは大きな罪)、死の恐怖→素朴な信仰への立ち返り→宗教原理主義→宗教改革、中世社会の崩壊(農民の激減→農民の権利向上→農奴から賃金労働者→資本主義の発生の土台)等々。
    ストレスを受けた社会が、日常の中で燻っていた社会の中の不満不安をあぶり出し、それを権力者が利用する。歴史上何度も繰り返され、その都度、大きな災いをもたらしている。

  • (2回目)こんなことがなければ読み返すこともなかっただろう。ネットで高値で売買されているとか、増刷されただとか、そういう情報が流れ込んでくるので、本棚から探し出して読んだ。私が高校生のころに発行されているが、すぐに読んでいるわけではなく、ずいぶん後に、図書館のリサイクル市でもらって来て、しかもしばらく積読したあとで読んだ。当時はどんな想いだったか思い出せない。鞭打ち運動の件だけは、何だか鮮明に覚えている。いや、それは誤解かも知れない。たぶん、映画(ダヴィンチ・コード?)で見て、自分で自分のからだを鞭打つ姿が強烈で印象深かったからかもしれない。さて、パンデミックである。10年ほど前の新型インフルエンザのとき、私の身近に感染者が出た。1対1で補習したりしていた。保健所から何度か電話があり、状況を聞かれた。それでも、私自身はなんともなかった。そういった経験から、今回も大丈夫だろうと、バイアスがはたらいていた。しかし、そうも言っていられないくらい、今回は、恐怖を感じるようになってきた。それは、感染者の体験談などをネットで読むからだろう。10年前とも状況が違うわけだ。本書に登場する中世の町では、生き残ったのが3分の1とも4分の1とも言われる。死体はそのまま積まれていく。ひどいにおいがただよう。そんななか、人々は自分の死をどう受け止めようとしていたのか。好き勝手な振る舞いにおよぶ人、急に信心深くなる人、などいろいろだったようだが、さて、いまもそれはあまり変わらないのではないだろうか。メメント・モリ。死を忘れるな。

    (1回目)これまた20年以上前の本ですが、図書館のリサイクル市で見つけて読み始めました。ペストは現在、それほど恐れるべき病気というわけではありません。しかし、完全に絶滅しているわけでもなく、いくつかの地域では時々散発しているのだそうです。(この20年ほどで変化がなければ。)そしてまた大流行が起こるということもありうるのだとか。さて、本書では、過去に起こったペスト大流行が世界の歴史にどんな影響をもたらしたのかが記されています。原因も分からず、解決策も見つからないまま、たくさんの身近な人々が次々に亡くなっていく。そして、神に祈りながら収まるのを待つしかない、そういう場に置かれた人々の思いは想像を絶します。当然のことながら当時の政治や経済にも大きな影響を及ぼしたことでしょう。そして何よりも宗教への影響が大きかったことでしょう。今また、新型インフルエンザの大流行が懸念されています。そのときいったい何が起こるのか。新興宗教に走る人はそうは多くないでしょうが、社会に対する打撃はかなり強いものになるのでしょう。もっとも、そんなときくらい、学校も会社もすべて休みにしたらいいのかもしれません。でも、食物は、電気は、水道は、ゴミは・・・どうなる?! しかし、どうして村上先生は難しい漢字を使いたがるのだろう。それが、当時の先生の流儀だったのだろうか?

  • ペストについては歴史の授業でちらっと聞いた程度だったけど、ヨーロッパの中世の時代はペストと切っても切れない関係で甚大な被害が出ていたと知らされた。当時からユーラシア大陸の多くの地域が繋がっていたのだと改めて驚いた。

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著者プロフィール

1936年東京生まれ。科学史家、科学哲学者。東京大学教養学部卒業、同大学大学院人文科学研究科博士課程修了。東京大学教養学部教授、同先端科学技術研究センター長、国際基督教大学教養学部教授、東洋英和女学院大学学長などを歴任。東京大学名誉教授、国際基督教大学名誉教授。『ペスト大流行』『コロナ後の世界を生きる』(ともに岩波新書)、『科学の現代を問う』(講談社現代新書)、『あらためて教養とは』(新潮文庫)、『人間にとって科学とは何か』(新潮選書)、『死ねない時代の哲学』(文春新書)など著書多数。

「2022年 『「専門家」とは誰か』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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