記号論への招待 (岩波新書)

著者 :
  • 岩波書店
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本棚登録 : 734
レビュー : 60
  • Amazon.co.jp ・本 (246ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784004202585

作品紹介・あらすじ

いま広範な学問・芸術領域から熱い視線を浴びている「記号論」。それは言語や文化の理解にどのような変革を迫っているのか-。ことわざや広告、ナンセンス詩など身近な日本語の表現を引きながらコミュニケーションのしくみに新しい光をあて、記号論の基本的な考え方を述べる。分かりやすくしかも知的興奮に満ちた、万人のための入門書。

感想・レビュー・書評

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  • ずっと興味はあったんだけど、なんとなく大学のとき手を出しそびれていた記号論。
    仕事として広告という分野に関わることになったことで改めて勉強し直します。

    面白いのは広告を始めとして「メディア業界」と記号論など学術分野の関係性。
    サービスとして行なっている事象が研究対象であり、批評されつつ、
    その研究結果を一番に取り入れ利用していくのもまた同じ主体だったりするわけで。

    言葉や表現というものの持つ意味には敏感でいたいなと思います。
    すくなくとも態度として。
    言葉や表現そのものだけじゃないか。
    特にいまのトレンドからするとデバイスの変化やそれに伴うサービスの変化が持つ意味(とそれにともなって変化する言葉や表現)に視点を移してた方が良いのかな。

    あと2、3冊読んで頭に視点を叩き込みたいです。

  • 記号論、特に言語に関わる部分について丁寧に解説された入門書。説明には必ず分かりやすい例がついていて、一見難しそうな概念もすんなりと理解できる。
     特に有契的・無契的、有徴・無徴、線条性・現示性、表示義・共示義…などがとても分かりやすかった。この本を読んでいる前後にギリシア旅行をしたが、この本を読んでると、おれはあの遺跡群を記号として捉えられなかったから石ころにしか見えないんだ、とか、旅行中友人とやった「マジカルバナナ」(連想ゲーム?)は、ミクロ的な整合性はあるけどマクロ的な整合性はないのか、いやそもそもミクロ的な整合性もなくて、あのゲームはある語のフレームの中から特定の1つのスロットを選び、そして同じスロットを共有する別のフレームを持つ語を選択するゲームなのか、とかどうでもいいことを考えてしまう。

  • ◯1章:ことばの再発見
    ・現代の記号論で「記号」とは、何かの代用として使われる「符号」(例:+、=)を超えていくような営みの学論
    ・ことばも記号である
    ・言語は概念自体は抽象的で影も形もないものであるから、それを伝達するために、何か具体的な知覚可能な代用物
    ・言語は単に代用物だけではなく、それを超えるものでもある(特に以下の3つなど)
    1.文化の象徴としても言語
     日本語と「アニ」「オトウト」と、英語の「brother」に見られる文化の違い
    2.美的機能への注目
     詩的機能あるいは美的機能
    3.文化のモデルとしての言語
     「文化は言語のようなものである」→言語自体の地位が上がっている
     言語は自らのうちに文化の営みを最も典型的な形で提示している=文化のモデル
     
    ・言語は精神、精神は言語
    「言語」と「文化」には平行する現象が見出され、それは人間の「精神」の営みによって生み出されたもの

    ◯2章:伝えるコミュニケーションと読み取るコミュニケーション
    コミュニケーション:共通のモノ(記号)を生み出す働き
    コード:「発信者」が「メッセージ」を作成し、「受信者」が「メッセージ」を解読する際に参照すべき決まり
    コンテクスト:コードだけでは「解読」できない時に参照して「解釈」するもの
    ・理想的なコミュニケーション
    「コード依存」-「解読」-「発信者中心」
    ・理想的でないコミュニケーション
    「コンテクスト依存」-「解釈」-「受信者中心」
    ・意味
    意味=記号内容
    意味的論的な意味:「この語の意味は何?」
    実用論的な意味:「どういう意味でそんなこと言ったんだろう?」

    ◯3章:創る意味と創られる意味

    ・記号機能:「記号表現」と「記号内容」
    (例:「A」といく記号表現に「赤いボール」という記号内容を与える)
     フォント違いのAは?大きさが微妙に違う赤いボールは?
     視点次第で記号はどのようにも動機付けできる
    ・イーミックとエティック
     「同じ」と「異なる」を規定しようとする視点
     イーミック:記号現象に対してその背後に想定されるコードとの関連で規定を行う視点
     エティック:コードとの関連を想定しないで規定を行う視点
     (例:3分10円の電話に対して、「3分」と「3分1秒」は料金体系(コード)的に異なるが、時間的にはほぼ同じ(エティック)
    ・有契性と無契性
     有契性:ある記号の記号表現とその記号の適用される指示物との間に何らかの特別な関連性がある(動機付けされている)
      (例:「赤い丸型のプラスチック板」を見せれば「赤いボール」と連想させる、その間にある何か)
      類似性:イコン(類像)、表面的に似ている
      近接性:インデックス(指標)、空間的・時間的・因果的関係
     無契性:有契性の逆(動機付けされていない)
      象徴:シンボル、

  • 内容は高度だけれども、具体例を交えて丁寧に説明されており、理解の助けになった。
    コードによって規定された記号としての言語が、言語を使うの主体としての人間の関与によってコードを逸脱し、コードが変更されていく。記号論には、AIの進化の鍵となる要素が含まれているように感じた。

  • 「ことば再発見」の章。人間が「意味あり」と認めるものはすべて「記号」になる。一つの言語を習得して身につけるということは、その言語圏の文化の価値体系を身につけ、何をどのように捉えるかに関して一つの枠組みを与えられるということ。その意味「イデオロギー」を身につけること。言語以外のさまざまに文化的対象や現象はいろいろな意味で言語にたとえられる。言葉は文化であり、文化は言語(のようなもの)。

  • 記号論概説。分かりやすい。何となく理解した気になった。

  • 日本語のリーズナブルな価格の本で記号論を学びたい場合にはこれ一択。やや古いこともあり、また記号論自体の難解さもあり、多少とっつきにくいかもしれないが、ゆっくり頭の中を整理しながら読めば理解できる。

  • 記号論とは何?といったところから、入門として読んでみた。
    コミュニケーションしくみとして「記号」が生まれ、現在の「記号」の扱いや進化を巡って面白く読めた。

    意味あり、と人が判断したものすべてが「記号」となり、命名することによって「意味づけ」して、ものに価値を与える。
    で、この記号は伝達手段(コミュニケーション)として活用される。その記号をどう捉えるのか?背景を読み取る力がその言語を使っている人々の文化を象徴する(文化の象徴としての言語)

    それ以外に、手段ではなくて表現。日常の世界を超えた新しい世界の創造として表現される。(美的機能への注目)
    音として表現されたり、普段使っている言葉が全く新しいものに見えたりするような造形的な使われ方。
    今の時代だったら、ラップ?現代詩?言葉遊びの文化がこれにあたる。

    面白いなと思ったのは、「記号」としての言語が生まれたから「精神」も生まれたという考え。思考や思想は言葉がなければ進化しなかった。「記号」により、目に見えない感情やしきたりや文化が伝達可能になり、さらに精神を豊かにしていった

    ーーー

    「イコン」「インデックス」「シンボル」

    「記号」ときいて、シンボルマークやアイコンを思い描いてしまうのはデザインという仕事柄なのかもしれない。
    「イコン(類像)」
    たとえば、赤いボールを表現するものとして 赤い丸はイコン。
    「インデックス(指標)」
    たとえば、出口を表す矢印、王様を表す王冠。直接何かを表現しているわけではないが、王冠そのもののイコンを表現したうえでその背景にある全体の意味を含む(王様がかぶる王冠=王を表す指標)
    「シンボル(象徴)」
    無契的な記号。イコンもインデックスもシンボル的な意味を含んでいる。

    このあたりの解説が面白くて、普段使っているアイコンやシンボルという言葉を改めて捉え直せたなと思う。

    デザインはコミュニケーションの手段であって
    さらにグラフィックデザインなんかは「記号」の連続・集合。
    どのように伝達できるだろう?どのように受けり側は判断するだろう?といった部分を、この本では細かく分解して伝えてくれている。

    記号論を知ることは、文化的テクストを解釈し、文化のコードを理解し、それはつまり大きくは「人間の理解」ってゆう、ちてに大きな目的につながる。

    人間の精神の働きの仕組みそのもの、を身近に感じることができるんだろうな

  • 内容はいいのだけれど、少し読みにくかった。

  • 学問の究極的にめざすところが「人間」の理かいということであるならば、この目標設定は重要な意味を持つ。それは人間の精神の働きの仕組みそのものと関わりを持つようになるからである。そして、もし人間の精神が自らの創り出した秩序に捕らわれて自由を放棄したり、虚の世界を実の世界に取り違えて気づかないというような状況に陥るならば、その時記号論はその虚妄を暴き、再び創造の道に戻らせるというアクチュアルな課題も背負い込んでいる。その意味では、記号論は(自らに対する批判をも含めて)批判の学としての性格を失ってはならないのである。

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著者プロフィール

池上嘉彦(いけがみ・よしひこ)
1934年生まれ。東京大学名誉教授。昭和女子大学名誉教授。日本認知言語学界の初代会長を経て、名誉会長。

「1993年 『認知意味論 言語から見た人間の心』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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