現代ヨーロッパの言語 (岩波新書 黄版 292)

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  • Amazon.co.jp ・本 (208ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784004202929

感想・レビュー・書評

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  •  ヨーロッパにおける複雑な言語事情について述べた本。様々な言語があることに対して、政治家や言語学者がどのように関心を寄せるのかといった話が第一部、第二部はヨーロッパで用いられている67の言語について、その発生の歴史や文化的・社会的位置を概観したもの。
     第一部では、言語研究の歴史や、少数言語を取り巻く環境などが取り上げられており、興味深い。「ダーウィンが言語学に深化蝋を授けたというよりは、その逆であると考えられるふしがある。」(p.21)といった部分は、思いもしなかったところだ。スイスの「国語」である「レト・ロマンス語」は、少数言語を保護するためにその地位が与えられているのだという理解だったが、もっとキナ臭い理由があったということが分かった。つまり、「ムッソリーニ政権下のイタリアは、スイス内のレト・ロマン語の話し手に、これら同族言語との統合をほのめかした」(p.60)ということで、「レト・ロマン人を逃さないように」(同)、「国語」としての地位を与えられたらしい。また、本書では「言語のピュリズム」、「意識的な造成」(=アウスバウAusubau)(p.77)がさかんに話題になるが、「文字の果す役割」という部分で、「アジアの漢字使用地域で、方言が言語へと独立して行く道を阻まれたのは、感じがそれぞれの方言の音声面をおおいかくし、独自の正書法の発生を許さなかったから」(p.83)という部分はなるほどと思わされた。確かに書き言葉から話し言葉が規定されやすいということを考えると、表音文字を使う言語の方がそのバリエーションが発生しやすい、と言えると思う。また、言語学的に「似ている」ということと、「素朴な話し手の意識」(p.84)がずれる、というのも重要な観点だ。「いかに完璧な文法の知識をそなえていたとしても、語彙の知識が皆無であれば、コミュニケーションは成り立たないということと、実用の場では文法よりも語彙の知識が表面に出るということは、多くの人が経験ずみである。」(pp.84-5)というところで、語彙が似てくると言語の系統的には違っていても、結局「似ている」ということになり、だから語彙の借入の際には「翻訳借用」が行われる、といった話が面白かった。
     第二部は個別言語を取り巻く事情で、いかにたくさんの知られていない言語があり、それぞれに色々な事情があるのか、ということを知るためのものだけれども、やっぱりピンと来ないので、興味を持つのが難しかった。「ウドムルト語は、コミ語(コミ・ズィリャン、コミ・ヴェルミャク語)とともに、フィン・ウゴール系のベルム語群をなす。」(p.161)と言われても、んんんという感じで、斜め読みしてしまったところも多かった。それでも関心を引いたところをいくつか挙げると、「ポルトガル語がきわめて近い関係にあるスペイン語に吸収されず、維持できたのは、ポルトガルが海に開いた地形によるところが多い」(p.126)というのは、どういうことだろう。あと、スラブ語と言えばあの複雑な格変化だと思っていたけれど、「ブルガリア語もマケドニア語も、スラヴ語にはよく発達した格体系が消失し、単純化している点で、他のスラヴ諸語から最も離れた言語であると言える。」(p.133)というのは、へえ~という感じだ。(おれにとっては)学びやすい言語なんだろうか、とか思わされてしまう。あと「比較言語学者たちが、リトアニア語は印欧語中、最も古い形をとどめている言語の一つであると述べたため、その後ひろく研究者の関心を集めるようになった。」(pp.147-8)とあるが、本当だろうか。あとドイツ語が与えた影響を受けた言語が結構多いんだなということが分かる。例えば「スロヴェニア語に対するドイツ語の影響は著しく、語彙のみならず、シンタクスにもおよんでいる。」(p.151)など。「バスク語は印欧諸語が到来する以前の言語で、いまなお生きて話される唯一のもの」(p.158)とあって、大学生から興味を引いてきたバスク語だけど、いまだ勉強するに至ってない。ウェールズ語(キムリア語、というらしい)は、「無声のlと無声のr」(p.161)が特徴らしく、「こうした無声流音は、たとえばLloydのようにその子音を重ねて綴られるのですぐにその名がキムリア語起源であるとわかる。」(p.161)らしい。さらに、少数言語の中にもさらに方言がある、というのも驚きだが、例えば「東フリースランド語はニーダーザクセンのオルデンブルク西方地域で約800人によって話される。」(p.164)らしい。800人なんて、今どうなっているんだろう。「マルタ語はアラビア語の方言」(p.167)というのも、地理や歴史に疎いおれには意外だった。「ジブシ―語」として本書では紹介されているが、いわゆる「ジブシ―」という言葉は、「8・9世紀頃、来たインドの故土を離れ、エジプトを経てヨーロッパにたどりついたので、エジプト人と間違えられて、この名を受けとったものと考えられる。」(p.49)ということで、フランス語や英語でジプシーになるらしい。…と、挙げていくとたくさんあるが、断片的に興味を惹く部分は数多くあるし、なかなかヨーロッパの少数言語に焦点をあてて書いた本も少ないと思うので、貴重な本だった。(15/12/13)

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プロフィール

1934年兵庫県生まれ。東京外国語大学モンゴル語学科、一橋大学大学院社会学研究科、ボン大学哲学部・中央アジア言語文化研究所(フンボルト財団給費)でモンゴル学・言語学・民族学を学ぶ。一橋大学名誉教授。社会学博士。モンゴル国立大学名誉博士。2009年モンゴル国北極星勲章受賞。著書に『ことばと国家』『ノモンハン戦争―モンゴルと満洲国』『「シベリアに独立を!」諸民族の祖国(パトリ)をとりもどす』(すべて岩波書店)、『差別語からはいる言語学入門』(ちくま学芸文庫)、『従軍慰安婦と靖国神社 一言語学者の随想』(KADOKAWA)、『田中克彦 自伝 あの時代、あの人びと』(平凡社)、『言語学者が語る漢字文明論』(講談社学術文庫)、『田中克彦セレクシヨンⅠカルメンの穴あきくつした』(新泉社)など多数。

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