コンピュータと教育 (岩波新書 黄版 332)

著者 : 佐伯胖
  • 岩波書店 (1986年2月20日発売)
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  • Amazon.co.jp ・本 (226ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784004203322

作品紹介

学校にコンピュータが入ってくる。教育と学校はどう変わるのだろうか。コンピュータは教育の中でどんな役割を果すのか。本書は、コンピュータがシンボル使用という人間の本質に根ざす機械であることから説き起こし、シンボルの根源である現実世界との生き生きした交流を子どもたちに取戻し、真の「わかること」に導くための教育を提言する。

コンピュータと教育 (岩波新書 黄版 332)の感想・レビュー・書評

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  • (1996.08.23読了)(1995.12.16購入)

  • コンピュータと教育というそれぞれ融和を是としてきた潮流に、一石を投じ、深く人間存在の根源にまで迫った名著。

    特に中盤から終盤にかけての筆致が冴え渡っている。センテンスではなく、パラグラフ、そして、ブックとして味わいたい。それが筆者の言う人間的で教育的な営みだろう。あとがきを読んで、その意をますます強めた。かような分析知をもたらしたのは、筆者の誠実な探求心であったのだ。

    ・1.知識を獲得するとは、知識の機能を獲得する事である。
     2.知識の機能というのは、様々な問題状況に応じて、外界の事物の異なった意味を抽出し、それらをそれぞれの問題解決に有効に役立てるということである。
     3.あらゆる種類の問題解決のための一般的な方略というのは、おそらく存在しない。しかし、目標を下位目標に分解したり、目標と制約条件から適切な手段を選んだり、暫定的な仮説をつくりだしてテストしてみる、というようなプロセスはかなり一般的な方略で、限定された世界で事物の意味が適切に定められていさえすれば、問題解決に大いに役立ちうる。
     4.問題解決の手続きというのは、現実の場面では、それぞれの課題状況の世界と密接に結びついており、一般的、あるいは抽象的な形式で表せるものの占める役割はそれほど大きくはない。

    ・コンピュータは思考の道具であり、思考の媒体でもある。
    ・人間がなぜコンピュータを必要としたのかについて答えようとするなら、人間がシンボルというものを発明し、使い込んできた長い文化の歴史をたどってみる必要がある。
    ・文字発明の良い影響…科学を生み、技術を発展させた分析的思考をもたらした。悪い影響…物事を考えるときにいったんまったく意味のない記号の世界に入る事を強いられ、実感を放棄させらた。考えると味わうが分離した。
    ・教育は「ひとりひとり」を大切にする。ひとりひとりのわかり方の違いを大切にする。シンタックスではなく、セマンティックスを大切にする。抽象を具体に戻し、現実生活での実感を大切にする。
    ・ある種の変化。それは人々が「わかる」「わかりあう」ための「媒体」としてのコンピュータ利用を考え始めた。つまり、技術それ自体の「教育化」がはじまったのである。
    ・娘さんのエピソード。引くってなに?だれかにあげちゃうことだよ。
    ・モデルは無数にある。三桁の数の世界のモデルとして、タイルの世界、お金の世界、そろばんの世界など。
    ・わかることの原点としての根源的表象性。
    ・わかる知力の源泉ーー論理性・機能性・社会性
    ・わかるとできるのジグザグ運動の中で、わかり直しがおこる。
    ・論理というのは、自分自身に対して説得していく過程の記述。
    ・目的因果論的に考える方が物理的因果性を考えるよりもはるかに自然であり、納得できる。
    ・一般に一芸は多芸に通じない。が、芸は転移はないが、結果的にはとてつもなく広い知識や技能を取り込み、同化させてしまう。
    ・真の目的合理主義は、目的の多様性を考慮し、本当に自らにあった目的を根源に戻って考え、選び出す事から始まる。
    ・みさこちゃんの例。知識というものを「社会的な文脈」におくことによって、厳密で正確な記述の必要性を理解したり、生きている「私たち」の社会や文化の連続性を実感する事に役立つ。
    ・他人に伝える、ということが、「知る」ことの最大の動機。
    ・リアリティ…再現性。体験性。
    ・教育的と人間的は両極で緊張関係を保つ。機械的な人間。人間的な機会がありうる。
    ・教育的な問い

  • [ 内容 ]
    学校にコンピュータが入ってくる。
    教育と学校はどう変わるのだろうか。
    コンピュータは教育の中でどんな役割を果すのか。
    本書は、コンピュータがシンボル使用という人間の本質に根ざす機械であることから説き起し、シンボルの根源である現実世界との生き生きした交流を子どもたちに取戻し、真の「わかること」に導くための教育を提言する。

    [ 目次 ]


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    [ 関連図書 ]


    [ 参考となる書評 ]

  • コンピュータは人間の脳に取って代わるのか、ということがあほらしく思えてくる。そもそも教育で大切なのは「知識」よりも「考えかた」。そうであるとすれば人間にあってコンピュータにないもの。もちろんそれは「考えかた」なのである。
    どんなに知識を詰め込んでもそれは教育したことにはならない。コンピュータはアルゴリズムであるが人間は単純に入力したところでその通りに動くわけではない。
    コンピュータの恐ろしさを説くよりもそれをいかに使いこなすか、そこに焦点は置くべき。

  • タイトルは「コンピュータ」となっているが、教育、いや人が「わかる」こと、道具を使用することについて、根源的に問うた書。佐伯本の中でも一番だと思う。人はシンボルを使用する。そのことこそが人間の知的活動の根源。
    <hr>
    p167 リテラシーとはことばを自由に操作する技能だとみなし、その技能を、「心を通わせたい」という必然性の文脈から切り離して「訓練」しておくべきだというとんでもない誤解は、コンピュータ・リテラシーに関する議論にもみられる。とにかくこれからの世の中では、コンピュータ使用は常識になるから、コンピュータを自由にあやつれるリテラシー(すなわち、コンピュータ言語)を訓練すべきだ、というのである。これも大いに警戒すべき誤謬である。<br>
    コンピュータにどうしてもこういうことをやらせてみたいと思う状況を掘り起こすことのほうがはるかに重要であり、しかもそのほうが習得の効果も高いことは、高度に複雑なパソコンゲームを熱中してつくるパソコン少年をみれば明らかである。<hr>
    p168 知識の社会的文脈性<br>
    (小学校での実践について)<br>
    知識というものを「社会的な文脈」におくことによって、・・・生きている「私たち」の社会や文化との連続性を実感することに役立つ。<br>
    他人(「あなた」)に伝える、ということが、「知る」ということの最大の動機であることは、考えてみればしごくあたりまえのことである。

  • 佐伯先生の最高にして最強の名著。「わかる」ということを徹底的に議論し、「わかる」ということの本質を探究している。
    そこにコンピュータがいかに関わってくるのかという論調は特筆に値する。
    自分の娘の体験談や、小学生がLOGOを使って村の地図を作成する話など、興味をそそられる話が満載である。

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