新しい文学のために (岩波新書)

著者 :
  • 岩波書店
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レビュー : 17
  • Amazon.co.jp ・本 (218ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784004300014

作品紹介・あらすじ

文学とはなにか、文学をどのようにつくるか、文学をどのように受けとめるか、生きて行く上で文学をどのように力にするか-本書はこれから積極的に小説や詩を読み、あるいは書こうとする若い人のための文学入門である。著者は文学の方法的・原理的な問題について考えを進めながら、作家としての生の「最後の小説」の構想を語る。

感想・レビュー・書評

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  • 稀代の小説家による実践的文学理論入門書。とりわけロシア・フォルマリズム及び神話批評など。文学を心から愛し、それとともに生きてきた偉大な作家のことばによる文学理論は、理論書とはやはり異なる味わい。経験と深い考察に裏打ちされたことばを受け止めるにつれ、いかに読み手と書き手が同一の重要性を持つときがあるとしても、ああ遠い、と感じる。創作者と非創作者の壁は厚く、時々わたしはかなしい気持ちでいっぱいになるのだけれども、せめて良き読み手となれるように努めなければならない、のだろうなあ。
    「異化」の概念はわたしの知る限り文章表現について用いられるものだけれど、大江はそれを拡大し人生論とも取れるようなものにまで発展させていて非常に興味深い。大江の説明を読んでいて、突き詰めれば「異化」とは、こどものまっさらな視線を模倣することな等しいのでは、と感じた。それからシクロフスキーの芸術論については、文学/文学以外の境界線ってこれだなあっておもった。なぜ、映画でも音楽でもなく、文学なのか。わたしにとってどうして文学が最も重要なものなのか、ということに思い巡らし他の表現と比較するとき、やはりその一線は文学が言語による芸術だということに行き着くわけで、とすれば言語表現において文学とそれ以外の境界線はどこにあるのか、考えざるをえない。大橋洋一やイーグルトンによればその境界は恣意的、歴史的に限定を受けるものだが、それでもなお、境界線を設けるならばここしかないだろうとおもう。「芸術においては知覚そのものが目的であり、したがってこの過程を長びかす必要があるということ」である、と。そしてこれが、大江のいわゆる「悪文」を作り出すにいたったのだろう。個人的になにより興味深く感じたのはトリックスター、グロテスク・リアリズムについて。わたしが魅力を感じる物語は思えばほとんどすべてこの概念を含むものだ。みつけた、というおもい。この概念は大江自身の小説はもちろんのこと、たとえばわたしが高校時代あんなにも耽溺したポール・オースターの「ムーン・パレス」を、説明できるだろう。わたしが高橋源一郎の小説に惹かれる理由も説明できるだろう。自分なりに<文学>とはなにか、を考えるうえでこのうえない手がかりだ。なんか、もっと勉強して、もっと考えて、そうして生きていきたいとおもった。「自分のうちに柱を、世界軸をたてるべくつとめ、自分の言葉が事物・人間・社会・世界と、ついには和解しうることを信ぜよ」という大江からのことばを胸に抱いて。

  • 題名の『文学』を他のものに読み替えても面白い。

  • 非常に為になったと思う。じっくりと、非常に時間をかけて読み取って多くのことを読み取った。
    これから自分が一人の読み手/書き手としてどのような姿勢を持つべきなのか、どのようなものに着手するべきなのか、それを具体的に明示してくれていた。しかも、その内容が、示し方が、非常に納得の行くものであった。論理的に説き伏せられるのではない、感覚として実感を与えてくれるような言葉の力があったように感じる。
    異化するということ、そして想像力と言うこと...文学の中核を為す概念について、今まで自分がいかに無頓着であったかを初めて認識させられた。一冊一冊と、一人一人と、もっと真摯に向き合っていきたい。

  • 異化異化異化!

  • 「異化」という手法を使って、言葉によって世界に「意味」を与えていく、それが芸術であり、物語であり、小説であり、文章であるのだろう。

    「ことば」のもつ重みにあらためて考えさせられました。

    「電車の中で一冊の文庫本を熱中して読んでいた若者が一瞬窓から外の風景を見て、魂をうばわれたように放心している。僕はそうした様子をみるのが好きだ。」
    ・・・この感覚!!! 自分にもよくあります。

    「ことば」って、本当は「沈黙」の中から生まれてくるものなんじゃあないかなって思います。


    小説を書くこと、小説を読むこととはどういうことかを深く考えさせられる一冊です。

  • 文学とは何かについて考えさせられる内容である。飛び出す名言たちは素晴らしいのだが、大江さん自身の言葉があまり無い気がして残念である。

  • 非常に難しい内容が多い本でした。

    しかしながら僕が「期待した地平」以上のものが確かにあった気がします。

    改めて、大江健三郎さんは頭が良いのだな、と思いました。

    また、「小説」を読むことの重要性を改めて感じました。

  • P.213
    子供じみたいい方と受けとめられるかもしれないが、希望か絶望か、と問われる際には、僕はとりあえず希望の側に立ち、人間の威厳を信じる側に立つ。

    P.216
    想像力とは弦にあたえられているイメージ、固定しているイメージを根本から作りかえる能力である。

  • 一章の『人びとの愚かしさは、あらゆるものについて答を持っていることから来る。』というクンデラの言葉の引用が印象深い。
    二章では、ダンテの神曲と俵万智のサラダ記念日を挙げ、同じ本を読むにしてもそれぞれの年代で感じ方は違うことなどを指摘する。
    三、四章では異化をわかりやすく説明している。異化とはつまりこれまで私たちが見慣れすぎて見過ごしてきたものたちを改めて認めさせ、経験させることである。その手法によってものを見る私たちをハッとさせ、私たちはそれをまじまじと見ることになる。
    また、作家の"声"というもの。

  • 文章が分かりやすく、とても読みやすい。

    「想像力」とは何かを定義する章は特に興味深く、新鮮だった。

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著者プロフィール

大江 健三郎(おおえ けんざぶろう)
1935年、愛媛県喜多郡内子町(旧大瀬村)生まれ。東京大学文学部フランス文学科卒業。大学在学中の1957年に「奇妙な仕事」で東大五月祭賞を、同じく在学中1958年当時最年少の23歳で「飼育」にて芥川賞を受賞。1964年『個人的な体験』で新潮文学賞、1967年『万延元年のフットボール』で谷崎賞、1973年『洪水はわが魂におよび』で野間文芸賞、1983年『「雨の木」(レイン・ツリー)を聴く女たち』で読売文学賞、『新しい人よ眼ざめよ』で大佛賞、1984年「河馬に噛まれる」で川端賞、1990年『人生の親戚』で伊藤整文学賞をそれぞれ受賞。そして1994年には、「詩的な力によって想像的な世界を創りだした。そこでは人生と神話が渾然一体となり、現代の人間の窮状を描いて読者の心をかき乱すような情景が形作られている」という理由でノーベル文学賞を受賞した。
2018年7月から『大江健三郎全小説』全15巻の刊行が始まる。

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