- Amazon.co.jp ・本 (210ページ)
- / ISBN・EAN: 9784004301004
作品紹介・あらすじ
マルクスの死後に遺された「資本論」第2,3巻の膨大な草稿-盟友エンゲルスは、その解読と編さんに全精力を傾け、ついて刊行を実現した。その遺稿をめぐり、マルクスの娘たち、カウツキー、ベルンシュタインらをまきこんで展開された、友情と恋と猜疑の交錯をするドラマ。
感想・レビュー・書評
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マルクスの死後、『資本論』第2・3巻を含む彼の遺稿のゆくえと、それを取り巻く人びとがたどった数奇な運命を生き生きと描いている。
エンゲルスは『資本論』第2・3巻を出版するために、マルクスの読みにくい文字を解読する作業に取り組んだ。その後彼は、遺稿判読の仕事をカウツキーとベルンシュタインの2人に引き継いでもらおうと考える。だが、カウツキーとルイーゼの離婚は、彼とエンゲルスとの間に亀裂をもたらすことになる。その後、マルクス家の家政婦を務めたニムが亡くなったあと、ルイーゼがエンゲルスのもとへやってくる。だが彼女の存在は、マルクスの娘エリナの猜疑心をあおり立てることになった。
本書の完成を待たずに著者が亡くなったため、エンゲルスの死後の展開を伊藤光晴が「終章―「物語」その後」の中で補足している。マルクスの遺稿はエリナとドイツ社会民主党にゆだねられ、その後、ソヴィエト・ロシアのマルクス=エンゲルス研究所とアムステルダムの社会史国際研究所で保管されている。 -
書名にあるとおり、本書の目的は『資本論』原稿の「解読」そのものではなく、原稿がたどった波瀾万丈の物語を紡ぐことである。しかしここでは、本書にも垣間見られるマルクスの有名な「悪筆」について特に取り上げたい。
先ずは、著者本人がアムステルダムの社会史国際研究所で実見した感想である。
「マルクスの書体はたしかに読みにくいが、けっして読めないということはない。むしろ、私を悩ませたのはマルクス独特の略字法であった。たとえば初版本の書き込みにあった“Bdfsse igd ein”という文字を“Beduerfnisse irgend einer”と解読できるまでには約一週間かかった」
マルクスの書体を「象形文字的書体」と呼んだエンゲルスは、それを解読できる人材を育成する必要を認め、カウツキー次いでベルンシュタインをその任に当てた。エンゲルスはある人物への書簡にこう記している。
「あなたは、ウィリアム(マルクスの筆名)の小さな筆跡をご存じです。草稿ではそれがもっと悪いのです。というのは、それには推察しなければならない略語、抹消、解読しなければならない抹消上への訂正の書き加えが含まれているからです。それは、合字のある、抹消古文上に再記したギリシア語写本を読むのと同じくらい判読しにくいものです」
浅学の私にはイメージしにくい比喩だが、確かに何だか判読しにくそうではある(笑)。「bやzの高さは1ミリ半、tは1ミリ、nは3分の1ミリ位」(田中菊次)という極小書体もさることながら、原稿解読のポイントはむしろマルクス独特の略字法にあったようだ。 -
マルクスの死後、資本論の未刊草稿をはじめとする彼の膨大な遺稿が辿ることになった物語。マルクスの娘たちやエンゲルス周辺のドイツの社会主義者の人間模様が描かれていて、歴史上の登場人物を身近に感じられる。僕が生まれた年もマルクスの死後からまだ100年も経っていなかったのだなと、彼が意外に現代に近い時代を生きていたことを再確認。マルクスに惚れ込んだエンゲルスが資本論の残りの部分を刊行しようと親友の悪筆原稿を必死に解読する様は微笑ましい。エンゲルスというと、昨今の研究では、マルクスの思想を歪曲した元凶のように言われるが、人間的にはいい人。20世紀に入り、ドイツ社民党やソビエト・ロシア果てはナチスをも巻き込んだ遺稿の物語は、映画化したら面白そうだ。