千利休―無言の前衛 (岩波新書)

著者 :
  • 岩波書店
3.57
  • (26)
  • (51)
  • (70)
  • (7)
  • (3)
本棚登録 : 490
レビュー : 45
  • Amazon.co.jp ・本 (246ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784004301042

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
絞り込み
  • 子どもの持っていた国語の問題集で取り上げられていた本で、ちらっと読んだら面白そうだったので借りてみた。
    著者の赤瀬川さんは昭和12年生まれで、2014年に亡くなっている。戦前(太平洋戦争を基準にすると)生まれの方とは思えない、軽やかで読む者を楽しませてくれる文章だ(マンガ歴史シリーズを何冊も読んだエピソードなどかなりいい)。
    茶道というと構えてしまうが、赤瀬川さん自身が素人だったので、その目線でお茶の世界に一緒に連れて行ってくれる。
    1989年に出版された本なので、バブルというか日本が絶頂期にあったんだな〜感は、言葉の端々に醸し出されているけれど。2019.2.13

  • 赤瀬川原平が野上弥生子原作の秀吉と利休を映画化する際に脚本を頼まれ日本史の基本のきの字も知らない著者が単なる歴史としてでは無く人間としての利休へと肉薄していく様を描いた作品である。
    芸術新潮で初めて拝見した日本を代表する前衛芸術家、赤瀬川原平。その特集を読むほどにどんどん興味が湧き早速その著書をと図書館で手に取ったのがこの千利休 無言の前衛
    赤瀬川が前衛芸術家ということは理解していたが果たして利休は?と言うのが読む前の正直な印象だった。利休と言えば安土桃山時代に秀吉の元に仕え、茶の湯と言う文化を作った何処と無くお堅い人という印象が強かったからだ。現代で言うとお茶は何処か畏まって決まりごとが多く肩が凝りそうなイメージもそれを助長しているかもしれない。しかし、元々あったお茶を飲むというただの行為を禅の思想に基づき、道へ、更には芸術へと昇華した点では当時最も前衛的であると言うのも頷ける。また、利休本人は常に新しい試みを模索しており自分の死後その思想或いは感覚的な部分がゴッソリと抜け落ち茶の湯が形骸化してしまうのでは無いかと考えていたほどである。そんな利休と赤瀬川原平が時を超え会合する様は実に興味深いものである。是非、原作と映画どちらも観てみたい。

  •  最近赤瀬川センセイづいちゃってるな。とうとう岩波新書まで。月に3冊ずつ発行される岩波新書、昔は今月はどれにしようかなと必ず1冊ずつは読んでいたものだ。1冊180円の頃か(いつの話だよ)。それが最近はしばらく読んでない。このブログを初めてからほぼ3年にして初めての登場では...、ということはさすがになくてちゃんとここにあった。
     それはともかく赤瀬川原平が岩波新書書いてるとはねぇというのは偏見だろうか、あるいは岩波も柔らかくなったということか。しかも千利休ときた。タイトルからしてまっとうな芸術評論かと思いきや、いやこの著者だからそうは思わないが、自由奔放な論旨展開に、おおそう来なくてはと膝をたたく。それでいて赤瀬川という人を知らずにまじめな千利休論を期待して読んだ人にも納得いくであろう評論に達しているところがなかなかすごい。まったくただものではない。
     なんといっても白眉はIII 利休の沈黙の章だろう。あまりに小市民的な新聞紙の畳み方、蛇口の洗い方、財布の紙幣の並べ方、それらがいちいちうんうんとよく理解できてめちゃおかしい。してそれだけなら読み捨てエッセイにしかならないのが、ちゃんと利休論につながっていくすごさ、いや凄さ。

  • トマソン・路上観察で有名な赤瀬川原平さんの茶の湯に関する解釈。
    利休の茶の湯が実は古典もモダンも超越した「前衛芸術」であったことがわかる。
    利休の「もてなし」へのこだわりが強く心に残っている。
    マンガ「へうげもの」と同時期に読んでいて、利休を色々な角度から見れてとても楽しめた。
    随分前に読んだので、わすれかけ。もう一度読み直したい。

  • あぁこれ学生時代に出会いたかった。そうしたらその後の学究の方向性が全然ちがうものになっていたかもしれない。

    前衛芸術が「美の思想や観念といったものをダイレクトに日常感覚につなげようとする営みである」って。そうだったのか。

    本題の利休についての考察もおもしろいが、前衛芸術とはなにかという「寄り道」部分の深い洞察力に脱帽。

    次は「超芸術トマソン」読まないと。

  • 千利休の「茶の思想」を、「超芸術トマソン」の赤瀬川原平が、彼のいつもの言葉で平明に解き明かしていく過程には、しなやかで自由な精神のみがなしうるきもちよさがある。原平さんの思考回路が、ダイレクトに与えてくれる快感だ。

  • 千利休がこんなにも身近に感じられるのは、赤瀬川さんのキャラクターによるものかもしれない。利休の選択の基準がこの本を読んでやっとわかった。

  • お茶人が書いたものではないので、内容がわかりやすくニュートラルな感じがしました。サクッと読めます。利休さんかっこいい!と思いました。

  • 白洲正子の男友達の会話から赤瀬川原平を知り読んだ一冊。想像に反してとても面白かった。
    映画「利久」の脚本を依頼され、前衛芸術家が自らの作品や視点と交えながら、千利休と密接な関係となる秀吉、そしてそれぞれの茶道またその時代に関して解いていく。着眼点やまとめ方、また現代に即した例え話も面白い!

    現代人の想像する利久はか細く繊細優美なイメージだが、実際は漁業組合長のようなずんぐり無骨な男性だったそう。ただお茶を点てるときは女性のように繊細で美しい所作だったそう。
    何世代も前の一休和尚を心の柱とし、禅の思想を大切にした。一休和尚のゆかりのある大徳寺の山門の金毛閣を寄進したことで、お礼とし古渓の計らいで利久木像も作られる。
    しかし秀吉の利久弾劾のいいがかりでこの木像も貼り付けにされているしまう。利久自身にぐうの音を吐かせたいのだか、面と向かっては負けてしまう。彼に対する尊敬と反発、思い入れと駄々っ子的な感情で本気か冗談かわからない秀吉の木像の張り付けというやり方らしい。
    この関係性が他の章でも面白い。


    赤瀬川原平の観察眼で世の中が見れたらこの世界はとてつもなく幸せなんだと思う。

  • 映画の脚本の舞台裏という感じでその点ではたのしく読めます。

    利休についてはトマソン物件との対比で語られていて著書独特の視点があり新鮮でたのしく読めます。

    もうすこし映画の話があっってもよかったなとは思います。

    『千利休―無言の前衛 (岩波新書)』赤瀬川原平

全45件中 1 - 10件を表示

著者プロフィール

赤瀬川原平(あかせがわげんぺい)
1937年横浜市生まれ。本名・赤瀬川克彦。愛知県立旭丘高等学校美術科卒業、武蔵野美術学校油絵学科中退。画家・作家。60年代はネオ・ダダ、ハイ・レッド・センターに参加、前衛芸術家として活躍する。70年代は、『櫻画報』などでパロディー・漫画作品を発表。1979年作家・尾辻克彦として執筆した『肌ざわり』で中央公論新人賞、81年『父が消えた』で芥川賞受賞。86年路上観察学会創立に参加。その後ライカ同盟、日本美術応援団を結成。
主な著書に『オブジェを持った無産者』『超芸術トマソン』『カメラが欲しい』『赤瀬川原平の名画読本』『正体不明』『新解さんの謎』『老人力』『四角形の歴史』『東京随筆』など他多数。2014年10月「尾辻克彦×赤瀬川原平 文学と美術の多面体」展(町田市民文学館)「赤瀬川原平の芸術原論 1960年から現在まで」展(千葉市美術館)開催。同月26日逝去。

「2018年 『赤瀬川原平 カメライラスト原画コレクション』 で使われていた紹介文から引用しています。」

赤瀬川原平の作品

この本を読んでいる人は、こんな本も本棚に登録しています。

有効な左矢印 無効な左矢印
ウィリアム・ゴー...
遠藤 周作
サン=テグジュペ...
三島由紀夫
三島由紀夫
有効な右矢印 無効な右矢印

千利休―無言の前衛 (岩波新書)を本棚に登録しているひと

ツイートする
×