民族という名の宗教 人をまとめる原理・排除する原理 (岩波新書 新赤版204 新赤版 204)
- 岩波書店 (1992年1月21日発売)
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感想 : 27件
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Amazon.co.jp ・本 (224ページ) / ISBN・EAN: 9784004302049
感想・レビュー・書評
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歴史というものの人生での活かし方の例を見た。
「社会主義」という単語を石器時代から遡り、ここまで議論をすることができることに圧巻された。
対話で構成されているので読みやすいが、要点をなかなか絞りにくい。私の力不足が否めない。
石器時代、人間はあまりにも非力だった。多くの肉食獣がいるなかで、なぜ人間がピラミッドの頂点のような存在になったかというと「人間が集団を作り、共同で狩りをするようになったから」であると言う。他の種でも共同の狩を行うが、それは群である。そこに違いが生まれる。
さらに人間の集団は他の種とは桁違いに大きな共同体になった。その理由は「人間の敵が人間になったから」と筆者は言う。数は力とよく言うが、つまり、いかにして大きな集団を作るかという競争が始まったという。無力だからこそ、大きな集団は勝ち、それにさらに大きな集団は勝つことができる。
本書のタイトルでもある「民族という名の宗教」
「民俗は現実だけど、民族はフィクションだ。日本国民は現実だけど日本民族はフィクションなんだ。139」
この文章だけではどういうこと?となるが、読んでいくと理解できる。本来、その土地ごとに文化は異なる。隣にいる人とも考え方が同じであるはずがない。少し考えれば理解できる理論なのに、多くの人は「日本人なのだから同じ、昔から同じ」と考えてしまう。ここにフィクションがある。
戦国時代は藩という共同体がいくつも存在した過去があることは中学校で遅くとも学習するはず。では、なぜ日本人だから同一であると考えてしまうのかというと、近代国家のために必要なことだったからだ。人間を労働力として扱うときに、均質化していた方がいい。そのために、あたかも昔から皆同一ですよと、神話を持ち出したりして近代国家を成立させてきたということだ。
間違っている部分や偏りすぎてしまっている部分があるかもしれないがこんなことを感じた。他にも、社会主義について、ユダヤ人についての盛んな議論がある。ぜひ一読して考えるということを著者と一緒にしてみないか。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
人間の歴史(猿人~古代国家~ローマ帝国~近代国家~明治維新、ユーゴスラビア、ユダヤ人)を振り返りながら、集団として人をまとめる原理について考察されている。対話形式のため読みやすい。国家、民族など普段は考えもしなかったことだったので、知的興奮もさることながら、知らず知らずの内に作られた「単一」「同じ」という意識が私の中にも浸透していたのだなとハッとさせられた。
・血の信仰→言葉の信仰
・宗教が部族を越えて広まり、人間を大集団にまとめた
・国家にふさわしいのは国民という呼び名、その国家と人間とをどろどろとした感情で結びつけようとして用いられるのが民族というフィクション
・民族=部族意識を越えさせる新しい宗教
・産業革命、大きな市場がほしい→国家(ネイション)統一運動
・近代化とは、民族の神話を創造するための、民俗的なものの容赦ない切り捨て
・民俗は現実だけど、民族はフィクション
・日本人の単一化が進んだのは、日清、日露の戦争をきっかけにしてであり、更にそれが進んだのは昭和の軍国主義の時代
・「日本人」は作られたもの
・単一民族だとフィクションになる→単一化された国民
・近代化は単一化 -
本を読んで、こんなに思考回路が変わったことは、今まで無かった。読み終わって、ちょっと怖くなったくらいです。
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文化人類学的な歴史本とも言おうか。
その中で「社会主義」をどう捉えるか、再定義するか。
著者の深い教養を感じました。 -
人類の発生から、なぜ人は集団になるのか、人間は一人じゃ何もできないから集団で狩りをするようになり、その統率のために言葉が生まれたということが、先生と生徒の対話形式で書かれています。
【紙の本】金城学院大学図書館の検索はこちら↓
https://opc.kinjo-u.ac.jp/ -
金大生のための読書案内で展示していた図書です。
▼先生の推薦文はこちら
https://library.kanazawa-u.ac.jp/?page_id=18417
▼金沢大学附属図書館の所蔵情報
http://www1.lib.kanazawa-u.ac.jp/recordID/catalog.bib/BN07097108 -
【由来】
・「民族とネイション」のamazon関連本。
【期待したもの】
・ナショナリズムについてのシントピカルによさげ。
【要約】
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【ノート】
・読みやすいんだけど、なかなか深い。
・人をまとめる原理/イデオロギーとしてのナショナリズムの発生・発達過程について議論されており、ちょうどマクニールの世界史を勉強し始めたというのもあって、そこそこイメージしながら読め進められたと思う。だからと言って、サラリと読んで、共通点を見いだせるほど「想像の共同体」は簡単ではなさそう...。
・終盤は社会主義についての話。既に没落しつつあった社会主義の美点として万国の労働者の連帯を掬い上げる。これは大衆を戦争へと向かわせるナショナリズムという、国家にとって都合のよいイデオロギーへのアンチテーゼとして有効であるという著者の信念をうかがわせる。
・出張時にどこかに置き忘れてて、bookoff onlineで198円で買ったら、あまり触りたくないような感じのボロボロのものをつかまされた。大学近くの古本屋で、程度のいいものが250円であったから、また買った。ちょっと自分にとってはいわくつきの本になった。 -
資本主義者だと思っていた自分の思想の行く末がわからなくなってきた…
ネイションの訳語、アメリカの構造的人種差別の存在について言及がなかったのは気になったが、大変示唆深く面白く読めた。 -
つむじまがりが考える民族、それから宗教。民族がどういうものかとか、宗教がとういうものか考えるには、今までにどういうものが民族あるいは宗教と呼ばれてきたか考える帰納的な方法に、民族あるいは宗教ではないものから民族や宗教を考えるという方法がある。
さて、つむじまがりの彼はどう考えるか。彼は、宗教や民族を必要とした側から考える。つまり、なぜ、それがなくてはいけないのか。民族や宗教が必要とされているという前提のもと、演繹的に考えていく。
内容紹介の見出しには粘り強い対話と銘打っているが、決して粘り強くはない。たくみに痛いところをかわして、対話という物語を形成している。ひとは集団をつくらずにはいられない、このことを認めたうえで考えれば、民族というのは必要とされた宗教だと論理的に言える。彼はこの限界点を自覚しておそらく書いている。だから、基本的にはおおざっぱでいいのだ。だってこれは物語だから。
なぜひとは集団をつくらずにはいられないのか、どうして集団をつくれるのか、この点に関しては触れられない。そして、民族が宗教だと言い切るのなら、なぜ国家や国民という考えを宗教だと言い切らないのか。彼はひとは集団をつくるということや国家というものを信じているからだ。「信じる」というこの一点については次作まで待たねばならない。
理由づけなどいくらでもできる。起きたことにはどうとでも言える。彼はよく知っていた。彼の見方に従えば、ユーゴスラビアの紛争はこのように見える。物語とは、ほんとうにあったかどうかなんて問題にしない。物語から得なければならないのは、批判精神だ。
社会主義は過去の遺物だと言うひとがいるかもしれない。しかし、社会主義が現に存在したという事実は誰にも揺るがさられない。社会主義の物語がある以上、なにがしかの見方があるはずだ。その物語を必要とした精神があるはずだ。それが批判だ。それをしないで資本主義万歳と社会主義を捨て忘れるのは「もったいない」。そんなわけで彼は「リサイクル」という批判を行うのだ。これが「抵抗」としての社会主義だ。新しい社会主義などでは決してない。それに彼は主義というものがただの信仰だと言い切っている。
決してこの対話は建設的なものではない。彼は決して革命家ではないからだ。いや、ひょっとすると、「書く」という行為でそれを成し遂げようと考えていたのかもしれない。もう彼の生きたことばを聞くことはできない。しかし、彼は、現実に社会主義がすたれて、資本主義といわれる世の中に生きているというその事実に決して耳を塞いでいない。その一点において常に彼はまっすぐなのである。要はそういう信仰との「おつきあい」としての対話なのである。 -
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主張が明快で読みやすい。
知識を総動員して思考を重ねていく様が鮮やか。 -
対話形式で、民族とは何かという問いを考察している本です。
著者を訪ねてきた「A君」は、社会主義の崩壊とそれにともなう民族どうしの対立についての質問を投げかけます。これに対して著者は、人類の歴史をたどって、人間が集団を維持するために宗教や国家といったさまざまな装置を必要としたことを説明し、民族もそうした装置の一つだと語ります。
最後に、社会主義のイデオロギーも人びとの集団をまとめあげる装置であったにちがいないけれども、それが人びとの心をつかんだのは、産業社会の悲惨と国家のエゴイズムを克服する道筋を示したからだと説き、社会主義の有効性が否定された後でも、そうした問題を越えていこうとすることの重要性は変わらないはずだという考えが示されています。 -
オススメ度(1~10): 8 前知識:不要 読みやすさ:◎
総ページ数:208p
国民国家を理解する上で最適な入門書。対話形式で書かれているため読みやすい。
第一章 人間は集団を武器とした
第二章 血の信仰
第三章 部族から帝国へ 血から言葉へ
第四章 イデオロギー
第五章 国民と民族
第六章 国の中の少数派
第七章 「同じ」意識
第八章 理性的批判主義 -
様々な民族の集合体において、国という概念が形成されるにあたり、共通言語がおおきな役割を担う。そのための教育が重要であり、これにより愛国心の素が築かれる。当然、誤れば危うい方向へ歩むこととなる。
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民族というもの近代国家というものは虚像であるということを、対話形式で書いてある。対話形式の為比較的読みやすかった。
後半は社会主義の反省のようなもの。
人類が誕生してからどのように集団を作ってきたかということを時系列的(かなりおおまかではあるけど)がに説明。
民俗から民族への変化は共通の外敵を作ることによるものらしい。坂口安吾の堕落論を思い起こした。
多くの人に読んでもらいたいと思う。 -
すごく分かりやすいけど、擬似対談形式が鼻に付くというかイラっとさせるのでちょっと読みにくい。リードしてい方向が偏っているのからそう思うのかも。
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わかりきってることを書いた本。つまんね。
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『民族』とそれがいかにして成り立ったかの考察。
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人類はどうして生き残ったのか。
集団を作っていったことがキーとなり、
それに宗教も関係することわかっていく。
対談みたいな感じで進のだが、小説みたいでサラッと読める
著者プロフィール
なだいなだの作品
