実戦・世界言語紀行 (岩波新書)

著者 :
  • 岩波書店
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レビュー : 10
  • Amazon.co.jp ・本 (221ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784004302056

作品紹介・あらすじ

民族学者としてこれまで半世紀にわたって世界を各地を歩いてきた著者は、フィールド・ワークに際してそれぞれ現地の言語を学び、実際に用いてきた。学生時代の朝鮮語に始まり、チベット語、モンゴル語、ペルシャ語、フランス語、スワヒリ語、スペイン語…。数々の外国語習得の体験、さまざまな民族との出会いを回想し、日本語の将来を語る。

感想・レビュー・書評

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  • ゴールデンウイーク中に民博でウメサオタダオ展を見た。手書きのカードに感動した。鼎談のビデオを見ているとそこから離れられなくなった。しばらくは、あこがれの人の世界に入り浸った。さて、本書は「ご要望にお答えしてのアンコール復刊」とのこと(写真文庫とかもっと復刊してほしいものはあるのだが)。しかし、よくもまあこれだけの言語を、必要に迫られてということだろうけれど、楽しんでいるというのか、言語オタクというのか。私にはちょっと無理だけれど、それはそれ。いろいろな言語や文化にそのさわりだけでもふれることができる。日本語についての思いは最後の章に書かれている。これだけでも読む価値はある。さて、民博でこの本を買ったら、梅棹先生オリジナルのブックカバーを付けていただけた。私の宝物だ。

  • 民族学者・生態学者・探検家として知られる著者が、世界中をめぐる中で触れてきたさまざまな言語について語った本です。

    もっとも印象的なのは、イタリアでの仕事が終わったときにポー川にイタリア語の語彙を記した数千枚のカードを流したというエピソードです。著者は、イタリア語を専門にするつもりも、またイタリアの文学や歴史を学ぶつもりもなく、ただイタリアで調査するのに必要な日常会話を身に着けることが必要だったので、仕事が終わってしまえばもうイタリア語は必要ないのだと語っています。こうした外国語との付き合い方もあるのかと感心しました。

    それにしても、英語一つままならない身としては、これほど多くの外国語を学び用いるということは、まったく思いもよらないことだと感じます。

  • 漢語やモンゴル語にはじまり、ヒンディー語にスワヒリ語等々。それぞれの個性的な文法、発音に特殊性を感じるが、ご多分に漏れず、十分日本語も特殊な言語。漢字かなみたいな異なった文字を併用するのはかなりレア。

  • 民俗学者として世界各地を巡つた著者。
    それぞれの土地で現地の言葉を学び研究してきた記録であります。

    梅棹氏の外国語との付き合ひ方は、趣味でも教養でもなく、現地の民族をより深く理解するための手段のやうです。したがつて目的を達すればたちまち忘れてしまふ。まあそんな訳で「実戦」なる単語が書名に付されてゐるのでした。

    関はつた言語はおほよそ50くらゐでせうか。
    ひとつの外国語さへモノにできぬくせに、いくつもの言葉に同時に手を出すのはいかがなものか、といふ声もあります。

    しかし梅棹氏は、小鳥の習性を理解できなくてもさへづりは楽しめるし、草花の栽培は難しくてもその姿をめでることはできる、と語ります。
    そしてさういふ言語学習法を「小鳥草花言語学」と命名しました。
    む。確かに専門家でもない立場ならそれでいいぢやないか、とわたくしは大いに賛同するものであります。

    ところが最終章の「世界のなかの日本語」では、従前の日本語ローマ字化論を繰返してゐます。今ではもう流行らないのではないでせうかね。
    根底には「日本語は諸外国語に比べて不完全な言語」「日本語は非論理的」などといふ認識があるのでは。複数の正書法があつたつていいぢやないか、とわたくしは思ひますがね。

    ...と、文句を言ひながら、それでもなほ本書全体の存在価値は大きいと申せませう。民俗学や語学に関心のある人なら必ず愉しめることでせう。

    http://ameblo.jp/genjigawa/entry-11140034307.html

  • みんぱくのウメサオタダオ展を見に行くにあたって、予習のために読みました。

    なぜ、「実践」ではなく、「実戦」なのかは、読めばわかります(笑)

  • [ 内容 ]
    民族学者としてこれまで半世紀にわたって世界を各地を歩いてきた著者は、フィールド・ワークに際してそれぞれ現地の言語を学び、実際に用いてきた。
    学生時代の朝鮮語に始まり、チベット語、モンゴル語、ペルシャ語、フランス語、スワヒリ語、スペイン語…。
    数々の外国語習得の体験、さまざまな民族との出会いを回想し、日本語の将来を語る。

    [ 目次 ]
    第1章 東北アジアと南海の島じま
    第2章 アジア大陸の奥ふかく
    第3章 大陸の南縁にそって
    第4章 アフリカのサバンナと砂漠のなかで
    第5章 ヨーロッパをゆく
    第6章 新世界とオセアニア
    第7章 世界のなかの日本語

    [ POP ]


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    [ 参考となる書評 ]

  • とても読みやすい。

  • 言語をどう捉え、どう接するか
    現地で接する梅棹先生のそのフィールドの豊かさに圧倒されました。1940年代の朝鮮半島北部、モンゴルの草原、まだ緑豊かであったろうアフガニスタン。
    アジアの国々の多様さに目を見張りながら読みました。
    はたして、言葉とは、いったいなんなのでしょうか、、。

  • 梅棹忠夫の本は読み出すととまらなくなってしまう。外国語の勉強っておもしろいんだと思わせられる一冊。

  • タイトルが「実践〜」ではなく「実戦〜」となっていることが、著者の語学への心意気を示している。そこには外国語を極めようとか、言葉を通じて外国文化を汲み取ろうというような教養や愉しみは見えない。フィールドワークに費やされた彼の生涯において、外国語というものは、商売道具に過ぎなかったらしく、研究に必要な言語を必要なレベルだけ次から次へと会得してしまう。実際は、簡単に会得しているわけではなく、音韻論や言語系統学など言語学の基礎知識をフル活用しているのだが....さらには、不要になった言語を忘却してしまうというのが面白い(イタリアでは橋から数千枚の単語カードを投げ捨ててしまう)。全7章の大半を、こうした実戦体験を紹介してくれているが、最終章のみ趣が異なり、我が日本語の将来を語っている。著者に言わせれば、日本語=母国語という思い入れは少なく、日本語だって"One of a 言語" だし、強いて言えば、日本語に対しては左翼的といえるだろう。特に、漢字かな混じり表記という特殊性には批判的な態度で、アルファベットによる表音表記を提唱している。当然浮上してくる同音異義語の問題に対しては、表意文字の利用により、逆に日本語から同音異義語が淘汰されていくという理屈を述べている。かなり違和感を覚えたが、これには、執筆時点で、本人が視力を失い、音声や点字に頼らざるを得ないという事情が影響しているのだろう。漢字を読めなくなった盲人にとっては、表音文字しか存在しえないのだ。
    それしても、よくもまぁこれだけの言葉を操れるものだと感心してしまう。

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