ボランティア もうひとつの情報社会 (岩波新書 新赤版235 新赤版 235)
- 岩波書店 (1992年7月20日発売)
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感想 : 47件
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Amazon.co.jp ・本 (224ページ) / ISBN・EAN: 9784004302353
感想・レビュー・書評
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現在存在する経済システムとはかけ離れた概念として捉えられがちなボランティアという存在及び行為を、様々な事例や筆者独自の理論を用いて解釈している本。
“相互依存性のタペストリー”や“バルネラビリティ”、“情報ネットワーク”などの言葉で、ボランティアの特徴や人間関係、情報、経済的価値等を表現している。
しかし私が読む限り、ボランティアの本質は、結局、個人の社会貢献精神や互いを想い合う心に帰結すると感じた。本書でもボランティアの先にあるものが最終的には“不思議な魅力”という抽象的な言葉で締めくくられていることが多かった印象。
「自分が助けていると思っていたが、助けられているのはむしろ自分の方だった。」という気持ちを抱くことのできるボランティアには、まさしく“不思議な魅力”が詰まっている。
ボランティアの行動原理や価値基準は、通貨的・経済的な価値以上の“何か”に突き動かされることによってこそ決定付けられると思った。
自分の周りで起こる様々な問題を「他人事」として捉えるのではなく、宇宙船地球号的発想と当事者意識と切実さを持って、“動的情報”や“つながり”を求めて自分にできることをすることで、“やりがい”という人間本来的な報酬を得られることがわかった。
様々な問題に直面して困っている人に対して、役に立ちたいと思っている人がいる、関心を持っている人が「ここにいる」と示すことに意味がある、という筆者の論は大きな説得力があるのは、言わずもがなだ。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
ボランティアをする側、募集する側として、立ち止まってボランティアを捉え直したくなったために読んだ。
途中、経済の話なんかは難しかったが、ボランティアと捉え方に共感しっぱなしだった。なんかボランティアをやっていると人に言えない、もやもやしているところが言語化され、そしてどーゆーものかを新しく定義してもらった、スッキリした感。 -
ボランティアが開く新たなつながりの形について、社会哲学的な観点から考察をおこなった本です。
1992年に刊行された本なので、現在とはボランティアをめぐる環境が大きく異なるという印象は否めません。阪神淡路大震災で若者のボランティアに注目が集まり、さらに現在では、ボランティアに「自分探し」を求める人びとへの批判の声も聞かれるようになっています。しかし、そうした状況の中で、改めて本書から学ぶことも多くあるように思います。
まず目に留まったのは、たとえ「焼け石に水」であっても、とにかく役に立ちたいと思っている人、あなた方に関心を持っている人が「ここにいる」ということを示すだけでも意味がある、と論じられている箇所です。
さらに著者は、ボランティアに関わることで、自分とは関係ないと思われた問題が、切実感を伴う問題となることに注目します。このことを著者は、哲学の他者論などで用いられることの多い「ヴァルネラブル」という言葉で言い表しています。難民救済のための募金を求められたとき、初めから断ってしまえば、多少のうしろめたさはあっても、それで事態は収まります。しかし、もし協力を表明したとすると、募金箱に百円を入れても、千円を入れても、一万円を入れても、「なぜもっと出せないのか」と問われる「つらい」立場に立たされることになると著者は言います。これがヴァルネラブルな立場に身を置くということです。
現在、「自分探し組」と批判されるボランティア参加者たちが現われていますが、ともあれ彼らは、著者のいうヴァルネラブルな場所に身を置いたということを、まずは認めるべきだろうと思います。その上で、そうした「つらい」立場から、どのような一歩を踏み出すのかということを、一人ひとりが考えていけばよいのではないでしょうか。
そのほか、ボランティア活動を、社会の新しいネットワークとして捉えなおそうとする考察もおこなわれていますが、やや抽象的な議論にとどまっているように思います。 -
この本はタイトル通り「ボランティア」の具体的事例が数多く挙げられている。ある夫妻が貧しい子供たちに向けて始めた給食プロジェクトが発展していき、三万人を巻き込む巨大プロジェクトになった例。ある少年の思い付きにより始めったホームレスに毛布や食事を配るボランティアは新聞に取り上げられるようになった。
もちろんこのような大きい例ばかりでない。何らかの困難を他人の問題として切り離さず、困難を抱える一人として「かかわり」を持ち、「つながり」をつけようとすること。これがボランティアだという。
何だかとても大きいことに見えてきて、「自分に余裕がなければ始められない。」と思うかもしれない。この本の副題に「もうひとつの情報社会」とあるように、ボランティアとネットワーク論を結び付けている。ネットワーク、つまりつながりを指す。ボランティアに必要なのは、始める少しの勇気と「つながり」を求めようとする気持ちなのではないか。 -
良書!
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他人の問題を、自分と同じ球面上にあると考える。相互依存性のタペストリーの中で、「他人の問題」を切り取らない、傍観者でいない。
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阪神大震災以降ボランティアというものが大きく取りあげられるようになりましたが、この本の発刊は1992年なので、阪神大震災発生前のもの。福祉の分野では特にボランティアによる活動が一部ですが活発に行われていましたし、CSR活動もそこそこ行われていたみたいです。現在はどうなんだろうな・・・?と思いながらも自分がものごごろつく前の現状を知ったという感じです。
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最近は登録してから買うようにしている。
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展示期間終了後の配架場所は、1階 学士力支援図書コーナー 請求記号:369.1//Ka53
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20年前に書かれたとは思えない慧眼。資本主義の欠点を鋭く指摘した「功利的理性批判」も、結論は「贈与論」に丸投げで結局具体的な施策を示さなかったのに対し、こちらは「ボランティア」という切り口から資本主義の欠点を補完できる可能性を示している。
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三葛館新書 369||KA
和医大図書館ではココ→http://opac.wakayama-med.ac.jp/mylimedio/search/book.do?target=local&bibid=27425 -
購入
良書。常識。
阪神大震災について。 -
ボランティアにおける人との関わり方の精神性について主に論じていた。
個人的には久々に感銘をうけた。
ボランティアは資本主義から離れた根源的な人間関係を作るという。
それはしてあげている、してもらっているという関係性でなく、他者の問題を自分の問題として感じるということである。
この本では、合理的に構築された巨大システムに属する人間は個別に役割をあてられ、実際は関係したいるのに、個人は引き離されてしまったと論じている。
そして次第に他人の事は自分には関係ないというスタンスが出来上っていかおそれがある。
昔からそういったところのあった私には強烈な本だった。何かにつけて当事者性というのがなかった。
性格や容姿、能力の如何よりも、そういった精神性が人を孤独に追いやるのだと思う。
この本を読んで、資本主義から離れた、自分の気持ちや他人との関係について、深く考えていきたいと思った。 -
1125夜
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著者は、慶応SFC・金子郁容・大学院政策メディア研究科教授。私のゼミの教授でした。
92年に発売された当時は、一橋大学商学部の教授でした。
ちなみに、金子先生が日本にボランティアという概念を持ち込んだとのこと。友人に聞いて知りました。
この本は、ボランティアを通じた様々なエピソードから始まり、
中盤から現代社会に特徴的な複雑な構造を理論ベースから落としてボランティアを詳説すると同時に、金子先生の専門でもあるネットワーク論をベースとしたボランティアを通じた、ボランティアから広がるネットワークについての詳説。ボランティアの「弱さの強さ」、つまり、「自分の直観、論理、経験などに基づいて、自分で判断して、自分から動くことによって、また切実さをもって相手や事態にかかわることによって、逆に相手から力をもらう可能性があること、さらには新たなネットワークの構築の可能性を秘めていること」に関してを情報をキーワ—ドに詳説。それから、ボランティアと報酬についてなどが書かれている。
この本読むまでは、ボランティアって単なる偽善的なイメージしかなかった。 -
著者はボランティアに参加する傍ら、ネットワーク論の教授である。いや逆か?教授でありながら、ボランティアに参加している。
ボランティアが自発的なものであることは言うまでもないが、自発性に委ねられるがゆえに、”周囲から守られないことがある”というのは直感的に理解できるだろうか。ボランティアをやってはじめて気付く、その活動の限界、自分の限界、周囲の目。それによって、「ボランティアをやってみよう」と志を抱いたときとは異なる、さまざまな感情が呼び起こされることがある。
その問題意識から、本書は情報ネットワークとの類似性について語っていくのだが、僕にはよく分からなかったなあ。しかし、情報ネットワークで情報を与えるのも、ボランティアも、共に自発的な行動であって、見返りは期待しないのだが、「そこに得るものがある」から、次の価値が生まれてくる、というところは「なるほど」と思った。
それが直結しているのはWIKIだろう。本書の初版は92年なので、まだWIKIは存在しなかったと思うが、それゆえにこの本の論点は面白いと言える。
ここからは僕が適当にめぐらせた思考になるが、ボランティアをすることで得るもの、知り合う人、感じること、次にやろうと思うこと、などはみんな価値が計れない。価値が計れないものはお金で手に入りにくいから、本当は価値がある。ただ、意味づけが難しいし、その意味が分かるのはどのくらい先になるかが分からない。
そうした不安と、今やるべきことの優先順位が、均衡しないとなかなかボランティアに踏み込めない。
しかし、ボランティアを行っている瞬間って、価値や意味がすぐには分からないからこそ、ゆたかな時間だとは言えないだろうか。そうした時間が持てるくらいの心のゆとりを持ち続けたいものである。どんなに小さなことでも、無理せずにできる範囲で…。
僕のブログより:http://d.hatena.ne.jp/ninja_hattorikun/20091114 -
タイトルは「ボランティア」だが、サブタイトルにあるように情報社会について多く書かれている。
事例が多く書かれており読みやすい一冊。
著者プロフィール
金子郁容の作品
