言語学とは何か (岩波新書 新赤版 303)

  • 岩波書店 (1993年10月20日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (224ページ) / ISBN・EAN: 9784004303039

みんなの感想まとめ

言語学の多様な側面を深く探求する本書は、言語の構造や変化、社会的背景に焦点を当てています。ソシュールの理論から始まり、アメリカの心理主義との対立、チョムスキーによる生成文法の革新など、言語学の発展過程...

感想・レビュー・書評

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  • めも)

    1.ソシュールの言語学
    -(ソシュールの『講義』/ソシュールがたたかわねばならなかったもの/比較文法を称賛すると同時にそれを克服する/青年文法学派) 心理主義、共時態、比較言語学、音韻変化の法則

    2.アメリカの言語学
    -(心理主義の克服/オトからの出発/心理主義とのたたかい) フォネーム

    3.言語の相対性と普遍性
    -(記述言語学とドイツ意味論学派/チョムスキーによる大転換) 生成文法、普遍文法、精神

    4.社会言語学
    -(社会言語学の必然性/言語とは変化するものである) 社会的方言、階層、国語、造成言語、エトノス、プレスティージ

    5.クレオール学とソビエトの言語学
    -(言語の純粋、系譜主義とたたかう/ソビエト言語学) 語族、交叉

  • 高校生

  • 第1章 ソシュールの言語学(ソシュールの『講義』;ソシュールがたたかわねばならなかったもの;比較文法を称賛すると同時にそれを克服する;青年文法学派)
    第2章 アメリカの言語学(心理主義の克服;オトからの出発;心理主義とのたたかい)
    第3章 言語の相対性と普遍性(記述言語学とドイツ意味論学派;チョムスキーによる大転換)
    第4章 社会言語学(社会言語学の必然性;言語とは変化するものである)
    第5章 クレオール学とソビエトの言語学(言語の純粋、系譜主義とたたかう;ソビエト言語学)

    著者:田中克彦(1934-、養父市、言語学)

  • 2回連続して読んだ。ソビエト言語学、初めて聞いた。言語学の特殊性。当時は画期的でもそれを評価するのは歴史だのだな。また、こういう研究の積み重ねで今がある。

  • 著者自身の関心に応じて言語学史上の諸問題が考察されています。

    本書はソシュール言語学の意義を考察することから始められていますが、その視角は著者らしいものです。青年文法学派からブルームフィールドに至る自然科学的な言語学の潮流において心理主義が徹底的に避けられたのに対し、ソシュールは言語学を心的な対象の研究だと考えていたと著者は言います。ただしそれは個人の心理ではなく、本質において社会的であるラングを対象とすると考えられていました。ここに、ソシュールの共時言語学の、さらには構造主義の根拠が存するのであり、現代の言語研究の地平を鮮明に示したとされます。

    また著者は、チョムスキーによる普遍文法の探究を批判的な立場から紹介するとともに、ピジン、クレオールといった言葉が社会言語学に提供している重要な問題などを分かりやすく解説しています。

  • 「ゾウ」と声に出して言ってみて下さい。次に「インドゾウ」と声に出してみて下さい。その際、「ゾ」の音を出すときに自分の舌がどのあたりにあるのかを注意して下さい。何か違いに気がつきましたか。今度は「ジャガイモ」と「肉ジャガ」。「ジ」の音に注目してみましょう。日本人は全く気にせず使っていますが、外国人には違って聞こえるそうです。不思議です。さらに、朝鮮語で「お金」と「ウンコ」を発音してもらうと、日本人にはどちらも「トン」に聞こえる。「ト」にも「ン」にも何種類かの音がある。でも、われわれは同じ「トン」。だから、混乱する。困ってしまう。言語学というのはどうやらこのような音について研究する学問であるらしい。でも、いろんな歴史的な流れがあってややこしい。ことばはどんどん変化する。「最近の若者の言葉は乱れていていかん」とよく言われますが、変化するのが当たり前。どちらかというと、短く、簡単になっていくようです。敬語が残っていることばというのも、ちょっと古くさいのかも知れない。本書では、19世紀から20世紀にかけて言語学が何をテーマにしてきたか、そして21世紀、何が課題となってくるのかが論じられています。やや難解、でも、所々に上述のようなトピックがあっておもしろい。ちょっと古い本ですが、たまたま書店で、新古本で、半額で売り出されていたので買って読んでみました。ことばに興味を持った方は一度挑戦してみると良いでしょう。

  • 言語によって、私たちは多くを規定されている。
    ものの考え方、意味世界の分節のしかた、世界の捉え方…。自分にとって自分の母語は、生まれたときの環境によって決められてしまうものであるから、人はそれを選ぶことが出来ない。即ち、どのように世界を捉えるか、そこに重要な影響を与える軸にもなるような「母語」は、受身的に受け取ったものにならざるを得ない。しかし、多くの人はそんなことすら意識しないであろう。
    そう考えると、「主観」というものが如何に自分の内的な(母語に強く影響を受け、いい意味でも悪い意味でも偏った)考えなのだろうと私は思う。私たちが日常的に、何かに関して考えるとき、学問を追求するとき、判断をするとき、全ては母語が形作る意味世界に彩られていて影響は不可避なものとなる。これは、人間の「考える」という行為に対する、重要な言語的な影響である。

    「言語学とはなにか」というタイトルからも感じ取れるように、言語学が何を研究対象に、どのような手法で、研究を進めていくべきかということは、歴史的に見ても重要な議論であり続けてきた。また、言語学が、単なる論理学や文法学とは違った「科学」として成り立とうとする過程で、様々な学派が発生し、その研究対象や研究手法が模索されてきた。
    ヨーロッパでは、言語学は長い間文献学や論理学といったものに従属させられてきた歴史があり、いわゆる「書き言葉」をその研究対象である「言語」とし、古代からの文献に書かれた言葉を研究したり、論理にしたがった文構造や文法などを研究し、論理に従わない言葉は言語ではないとして退けてきた。
    しかし19世紀には、近代言語学の祖と呼ばれるソシュールによってそれらの文献学・論理学の抑圧から解放され、彼は「話し言葉」こそがその真の研究対象であるとした。人間の口や舌といった器官を使って作り出される物理的な「オト」がいかにして言語としての意味を成し機能を果たすのか。そのメカニズムを探ろうという方向を定めたのがソシュールである。
    さらに、ヨーロッパの人々が未開の地として訪れたアメリカ大陸では、学問的伝統がなく、はなからそうした論理学等の呪縛から解放された状態にあった。また、様々な種族が居住しており、全く知られていない前人未踏の言葉が多く話されている中で、単なる「オト」からの研究がスタートされた。こうして様々な「オト」を詳細に記録し同じような意味を示す「オト」の分布図を作るなどの「分布主義」という科学的な研究手法も生まれた。
    言語学はこのように、科学的な手法を用い研究を行うことで科学としてあろうとしたため、心や精神といった非科学的なものを論議から除外し受け付けない動きもあった。しかし、言語とは、意味を表すことで初めて言語としての役割を果たし、そしてその意味は、人間の心の働きによって生じているのに、その心の働きを無視するという矛盾を抱えることになる、と著者は述べていた。しかし、私はここで1つ疑問に思ったことがあった。それは、問題になっている“心”についてである。そもそも“心”という存在を意識すること自体が不思議なことのように思われたのだ。
    人が何か考えるとき、その作業は「脳」という器官で行われる。何かを感じるときは、それが感覚であれば皮膚など、感情であれば、脳に何かの物質が分泌されたりしてその感情が引き起こされる。科学的に考えれば、“心”という器官は物質的には人体に存在しない。しかし、人間には“心”があるものとして一般的には考えられている。それは人間が感情を持っていることの表現にすぎないとも言えるかもしれない。しかし、あたかも人間には“心”という器官が備わっていて、その働きが言語に「意味」を添える、といった書きぶりのように自分には感じられた。この”心“という概念、もしくは考え方は、いつ、いかにして発生したのだろうというのが私の疑問である。
    本書は、日常的に私たちが使っている言語の根本にあるものを考えさせるような、示唆に富んだ一冊であったように思った。

  • 言語学を概観するために。
    オト。

  • まさに「言語学史」と言える一冊。「ことば」についてはともかく「言語学」というものを知るにはまずここから。

  • 軽い気持ちで読み始めましたが、なかなか…
    ただ、「人間にとって言語とは何か」を考えるきっかけにはなったような気がします。
    改めて挑戦したい一冊です。

  • 言語学の奥は深い。

    人間の精神的相互作用についての記録と考えることができる。
    認識、理論の構成要素の一つである。
    絵や記号の一つとして理解することもできる。
    「言語の相対性と普遍性」を鍵として、いろいろな観点で分析できる。

    ソシュールやチョムスキーの理論もその一端だと理解するとよい。
    言語学を言語だけで記述するのではなく、図や数・論理式との関係もおさえておくとよい。

    この新書は言語学を極めるための最初の入り口としての役割を果たしている。

  • 先に読んだ『ソシュールと言語学』(町田健)よりソシュールに割く部分が少なく、また筆者の言語学に対する姿勢も垣間見えて、単なる概説書以上である。
    とくに、第四章の「社会言語学」が良い。「純粋な言語」を探求するのも、もちろん学問の志向として正しいが、やはり言語は社会に密接に結びついたものであることに違いはない。私の興味・関心に沿っているのも一因だが、少し深めてみたいと思った。

  • 言語学の発展を歴史にそって紹介しています。言語学って何する学問?という疑問がすこし解消しました。いままであたりまえのものとして見ていた言語についていろいろ考えさせられました。また言語学において言葉の意味を問題するのが難しいということがわかりました。

  • 人生初言語学。はじめは、何を言っているのかが、そもそも理解出来ず、進むのにも大変苦労いたしました。
    著者の考えというか、熱い思いがたぎっている本なので、言葉の端々から、ページから迸るようにしてその熱意を感じるようで、そこに慣れるのにも、ひと苦労。
    まだ、言語学に関しての本としては一番初めの本なので、これを読んだだけで、言語学というものに対してどうこう言えるようになる代物ではありません。
    強いて言えば、これを読むことによって、言語学というものが放つ魅力、その深さ、そしてそれに巻き込まれたひとたちが辿ってきた軌跡、なんてものの片鱗が垣間見えるかなあというくらい。
    もっと言語学そのものを勉強してから読めば、面白く感じるのかもしれません。これだけでも、楽しめることは楽しめますが、正直、ここに書かれている全てを理解するには、ここに書かれている以上の予備知識が必要だと思います。

  • [ 内容 ]
    二十世紀の学問としての言語学は、進化論、マルクス主義から文化人類学までさまざまなその時代のイデオロギーや思想を背景にもちながら、何をめぐって争い、どのような方向をめざしてきたのか。
    ソシュールにはじまる言語学の流れを全く新たな視点からとらえなおし、人間にとって言語とは何かを問う。
    刺激に満ちた問題提起の書。

    [ 目次 ]
    第1章 ソシュールの言語学(ソシュールの『講義』 ソシュールがたたかわねばならなかったもの 比較文法を称賛すると同時にそれを克服する 青年文法学派)
    第2章 アメリカの言語学(心理主義の克服 オトからの出発 心理主義とのたたかい)
    第3章 言語の相対性と普遍性(記述言語学とドイツ意味論学派 チョムスキーによる大転換)
    第4章 社会言語学(社会言語学の必然性 言語とは変化するものである)
    第5章 クレオール学とソビエトの言語学(言語の純粋、系譜主義とたたかう ソビエト言語学)

    [ POP ]


    [ おすすめ度 ]

    ☆☆☆☆☆☆☆ おすすめ度
    ☆☆☆☆☆☆☆ 文章
    ☆☆☆☆☆☆☆ ストーリー
    ☆☆☆☆☆☆☆ メッセージ性
    ☆☆☆☆☆☆☆ 冒険性
    ☆☆☆☆☆☆☆ 読後の個人的な満足度
    共感度(空振り三振・一部・参った!)
    読書の速度(時間がかかった・普通・一気に読んだ)

    [ 関連図書 ]


    [ 参考となる書評 ]

  • 「だからこそ、ソシュールは、世紀の転換点において言語についての通俗教養という遺産を、一つ一つ葬って前へすすまなければならなかったのである。」

  • 言語学史的作品。

    わかりやすく書いてあって素敵。

    田中克彦はやっぱ素敵。

  • 言語学史的な観点から近代言語学における大枠を説明し、言語学における重要な課題を紹介している。『20世紀言語学入門』や『ソシュールと言語学』のように、言語学の学説そのものを体系的に解説したものではない。
     「言語学における重要な課題」を説明するためには、社会言語学の必然性を解く必要があり、そのため社会言語学の内容も少なからず含められている点が新鮮であった。あまり触れたことのなかったソビエトの言語学も面白かったが、全体として言語学の背景にある考え方を捉えながら、言語学という学問の持つ性格を改めて確認できた点が最も良かった。

  • 「言語学」学。

    言語に規定される身体とか精神活動うんぬんについて調べたかったので、
    正直買う本を間違えたが、(100円だったからまぁ良い)
    社会言語学とかの話は興味深かった。

    世界を見る見方は、言語に依存している。
    須藤元気が「世界はことばでできている」とか言っていて少し共感したけど、
    正確には「ことばによって、世界の見え方が異なる」かな。

  • 主にソシュールから始まる言語学の流れを紹介する。
    ただ,ソシュールや青年文法学派,チョムスキーなど各学派の具体的内容を紹介するのではなく
    各学派がそれぞれの研究対象に行き着いた経緯,研究態度など思想的な面が詳しく書かれている印象。
    そのため若干抽象的なこともあって難しく感じた。

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著者プロフィール

田中 克彦(たなか・かつひこ):1934年、兵庫県生まれ。東京外国語大学モンゴル語科、一橋大学大学院社会学研究科、ボン大学哲学部にて、モンゴル語、言語学、民族学、文献学を学ぶ。東京外国語大学、岡山大学、一橋大学、中京大学にそれぞれ在職。現在、一橋大学名誉教授。主な著書に『ことばは国家を超える』(ちくま新書)、『差別語からはいる言語学入門』(ちくま学芸文庫)、『ことばと国家』(岩波新書)、『「シベリアに独立を!」』(岩波現代全書)、『田中克彦自伝』(平凡社)、『言語学者が語る漢字文明論』(講談社学術文庫)などがある。

「2025年 『ことばの道草 言語学者の回想と探求』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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