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Amazon.co.jp ・本 (224ページ) / ISBN・EAN: 9784004304456
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歴史の複雑さを深く掘り下げたこの作品は、1800年代から現代に至るまでのユーゴスラビアの歴史を描いています。読者は、民族分布や地名、人物に馴染みがないため、内容を理解するのに苦労するかもしれませんが、...
感想・レビュー・書評
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スポーツ選手界隈の話だと、バスケのドンチッチとかテニスのジョコビッチって4ヶ国語以上話せるマルチリンガルだし、東欧とか旧ユーゴスラビア出身の知り合い友達マルチリンガル多いのは歴史的に国境が何度も変わる多民族共生だった国だからというのも関係あるのかな?
ユーゴスラビア行ったらもう一度読みたい
柴 宜弘
(しば のぶひろ、1946年〈昭和21年〉8月27日 - 2021年〈令和3年〉5月28日[1])は、日本の歴史学者。東京大学名誉教授。専門は東欧地域研究、バルカン近現代史、バルカン諸国の歴史教科書の比較研究。1946年、東京都生まれ。埼玉大学教養学部卒業。早稲田大学大学院文学研究科西洋史学博士課程満期退学。1975~77年、ベオグラード大学哲学部歴史学科に留学。漫画家の坂口尚とは小学校時代の同窓であり、第二次世界大戦下のユーゴスラビアを舞台にした坂口の作品「石の花」の制作にあたって考証に協力、また同作品の単行本には、作品の時代背景(ユーゴ現代史)についての解説を執筆している。
「七世紀頃バルカン地域に移動、定住した南スラヴ(スラヴの一民族集団)は、近代においてハプスブルク帝国とオスマン帝国の支配下に置かれていた。これら二帝国は広大な領域をもつ典型的な複合民族国家であり、その多民族統治の形態は本質的に類似していたといえる。ハプスブルク帝国はカトリックのオーストリア系ドイツ人が、オスマン帝国はトルコ系ムスリム(イスラム教徒)が支配層として存在していたが、ともに南スラヴを含む多数の民族を抱えこんでいたため、帝国の維持はきわめて困難な問題であった。 ハプスブルク帝国は戦争と婚姻関係による領土拡大政策を進め、一六世紀にはその領域を大きくのばして帝国としての様相を強めた。しかし、基本的にはハプスブルク王家を中心とする諸王国や諸領邦の集合体にすぎなかった。例えば言語を見ても、帝国の行政語としてドイツ語が使われていたにせよ、それぞれの王国や領邦に住む農民たちは母語を用いており、農村では自治的な生活空間が保持されていた。多様な言語、そして多様な民族、宗教、文化が共存していたのである。一八世紀になって、マリア・テレジアやヨーゼフ二世の時期から、軍事面でも地方行政の面でも集権化が試みられたが、帝国内に居住する多数の民族の統合が図られたわけではなかった。」
—『ユーゴスラヴィア現代史 新版 (岩波新書)』柴 宜弘著
「ダルマツィアやクロアチアの民族間の関係にとって一大転機となる「新路線」は、議会を通じて政治問題や民族問題をじょじょに解決していこうとするものであった。この具体的な成果が一九〇五年一二月、クロアチア議会の五政党(クロアチア権利党、クロアチア進歩党、セルビア民族独立党、セルビア民族急進党、社会民主党)による「クロアチア人・セルビア人連合」宣言である。クロアチア人政党とセルビア人政党が初めて連立を組んだ「クロアチア人・セルビア人連合」は、クロアチア人とセルビア人との協力関係の維持および、クロアチアとダルマツィアとの統合を現実的な目標としていたが、ハプスブルク帝国内のスロヴェニア人を含む南スラヴの政治統合も視野に入れていた。」
—『ユーゴスラヴィア現代史 新版 (岩波新書)』柴 宜弘著
「スロヴェニア(当時、ハプスブルク帝国のクライン州)で生まれ、第一次世界大戦前に単身でアメリカに移住し、一九三〇年代のアメリカ・エスニック文学の旗手となったアダミックは、三二年にアメリカ人の妻をともなって初めて帰郷した。アダミックはこの機会に故郷のスロヴェニアだけでなく、統一を達成した南スラヴの国家である「第一のユーゴ」の各地を回って、ルポルタージュを書いた(一九三四年。邦訳『わが祖国ユーゴスラヴィアの人々』)。そのなかで、かれは多様な地域から形成されたユーゴスラヴィア王国が「自分の生まれた土地ではないが、祖国となった」と書いている。」
—『ユーゴスラヴィア現代史 新版 (岩波新書)』柴 宜弘著
「歴史上一度も自らの国家を建設したことがなかったスロヴェニア人にとって、思いは複雑であった。アダミックが生まれた頃、スロヴェニア人はハプスブルク帝国内のいくつかの州に散在していた(地図 4参照)。例えば、かれが生まれた村が属するクライン州では、スロヴェニア人が九〇%以上を占めていた。この他、スロヴェニア人が多いのはシュタイアーマルク州、ケルンテン州、ゴリツィア、トリエステ、イストリアであり、ハンガリー内にも約一〇万人が居住していた。これらのうち、ユーゴスラヴィアに統合されたのはクライン州の大部分、シュタイアーマルク州とケルンテン州の一部であり、スロヴェニア人の数は約一〇〇万人であった。隣接するイタリアに五〇万人、オーストリアに一〇万人が少数民族として残されてしまった。これらの少数民族がスロヴェニアに帰属することになるのは、第二次世界大戦後の大幅な国境変更によってである。しかしこれ以後は、連邦制をしく社会主義国家ユーゴスラヴィアの一共和国となったスロヴェニアが、イタリア人少数民族を抱え込んでしまう。」
—『ユーゴスラヴィア現代史 新版 (岩波新書)』柴 宜弘著
「クロアチアの歴史教科書では「第一のユーゴ」建国後、一貫してセルビア中心の国家運営が維持されてきたととらえられ、「第二のユーゴ」が崩壊するなかで、「大セルビア主義」政策の推進者は混乱し、「大セルビア」再建に「貪欲さ」を示して、セルビア人の居住する他地域の領有を目指して内戦が生じたと述べている。クロアチアの独立承認については、とくにドイツのコール首相とゲンシャー外相、ローマ法王ヨハネ・パウロ二世が政治的・精神的支持を与えてくれたと大きな写真入りで明記している。」
—『ユーゴスラヴィア現代史 新版 (岩波新書)』柴 宜弘著
「八八年七月、スロヴェニアの首都リュブリャナで開かれたにもかかわらず、軍事法廷で使用された言語がスロヴェニア語ではなく、セルビア・クロアチア語だったことは、スロヴェニア人の反連邦・反セルビア感情を強めることになり、結果としてスロヴェニア民族主義を前面に押し出すことになった。スロヴェニアでは、「ユージュニャツィ(南のやつら)」という蔑視の言葉がよく聞かれるようになる。「ヨーロッパ」に属するという自負をもっていたスロヴェニア人と、他の民族とをはっきりと区分し始めた。 それにもかかわらず、反セルビアを媒介とし、スロヴェニア人とコソヴォ自治州のアルバニア人とが連帯を強めていった。スロヴェニアは「敵の敵は味方」の政治原則から、セルビアのミロシェヴィチ体制と対立するコソヴォのアルバニア人支持を打ちだしたのである。」
—『ユーゴスラヴィア現代史 新版 (岩波新書)』柴 宜弘著
「各共和国はそれぞれバラバラな動きを見せ始めた。一〇月には、国家連合の形態を求めるスロヴェニア、クロアチア両共和国幹部会の名で「国家連合のモデル」が発表され、ついで連邦幹部会も「ユーゴスラヴィアの連邦的編成構想」を公表した。こうして、「第三のユーゴ」の国家形態である、連邦の再編か国家連合かをめぐり、六共和国の話し合いが続けられることになった。 ユーゴが解体・内戦を経て、民族的憎悪のみが残されたかに見えるが、これら二つの案の概略を改めて検討しておくことも、長い目で見れば無駄ではないであろう。以下、二つの案を概観しておく。」
—『ユーゴスラヴィア現代史 新版 (岩波新書)』柴 宜弘著
「住民投票実施に先立つ取り決めで、独立推進派の直前の選挙結果が五〇%前後だった政情を勘案して、独立は賛成票五五%以上で成立するとされた。これは、可能な限り多くの住民がボイコットすることなく、住民投票を促すとの EUの強い要請による面が強く、いわば苦肉の策であった。結果は投票率八七%、賛成票五五・五%の僅差で、独立が決定した。これまでの各共和国の住民投票では、「圧倒的多数」の賛成を得たうえで独立が確認されたが、モンテネグロの場合は国論を二分する微妙な独立であった。 なぜ、このような事態が生じたのかを理解するため、モンテネグロが独立するに至る経緯を概観しておこう。第二次世界大戦後のユーゴ連邦において、六共和国の一つとなったモンテネグロは概してセルビアと歩調を合わせて行動した。ユーゴのもとで、モンテネグロ共和国を構成する主要民族としてモンテネグロ人が承認されたが、セルビア人とモンテネグロ人とは言語(セルビア語)も宗教(セルビア正教)も共通であり、セルビアが兄、モンテネグロが弟の関係にあった。両共和国は密接な経済関係を維持し、人的なつながりも強かった。一九九一─九二年にかけて、ユーゴが解体過程をたどると、モンテネグロは住民投票によりセルビアとともにユーゴに残存することを決め、九二年四月にはユーゴスラヴィア連邦共和国(新ユーゴ)を建国した。」
—『ユーゴスラヴィア現代史 新版 (岩波新書)』柴 宜弘著
「セルビアとモンテネグロが分離し、さらにセルビアからコソヴォが独立する事態が続いたが、いち早く独立を宣言したスロヴェニアとクロアチアはその後どのような経緯をたどったのだろうか。一九九一年六月二五日、スロヴェニア共和国議会はクロアチア共和国議会とともに、独立宣言を採択した。この直後、国境の管理権をめぐり一時、連邦人民軍との「一〇日戦争」が生じたが、 ECの仲介により停戦合意が成立し、九二年五月には国連加盟を承認された。九三年に欧州評議会に加盟したスロヴェニアは、民主化と市場化を順調に進め、ユーゴ内戦と距離を置きながら急速度でヨーロッパ統合に向けて突き進んだ。二〇〇四年には NATOおよび EU加盟を同時に果たし、〇七年にはユーロを導入して、〇八年一月からは東欧諸国のなかではトップを切って EU議長国(六カ月)となったのである。 二〇〇三年にリュブリャナ大学社会科学部の世論調査研究所が実施した調査では、四〇%以上の人が旧ユーゴに対して肯定的な記憶を保持していると回答し、七三%の人が旧ユーゴ時代の方が暮らし向きはよかったと答えている。この時期、「ユーゴノスタルジー」という表現が盛んに使われ、リュブリャナのセルビア料理店は大賑わいであった。ヨーロッパ統合への道を突き進んでいたが、一方で、旧ユーゴの空間が共和国ごとに国境で区切られてしまい、それぞれ小さな空間になってしまった。この調査には、独立の牽引車であったスロヴェニアの人たちの、他のユーゴ諸国の人たちから見れば贅沢ともいえる息苦しさが表れていたように思われる。」
—『ユーゴスラヴィア現代史 新版 (岩波新書)』柴 宜弘著
「ドルノウシェクは二〇〇五年にがんが転移して末期症状にあることを公表して、公務を続けた。この時期から、首都リュブリャナ近郊の故郷に近い村に住まいを移した。徹底して生命や環境にこだわる生活を実践してその視点から政治を考え、政治につきものの取引を時間の無駄と批判し、国家の行事さえ取りやめた。大統領の任期を終えたドルノウシェクが一政党である自由民主党を離れ、貧困層や弱者の側に立つ「すべての人々」に開かれた運動に着手したのも、スロヴェニアの小党分立状況の政治を考えるとうなずけるエピソードだ。 もう一人は、一九九〇年一月のユーゴ共産主義者同盟最後の大会に若くしてスロヴェニア代表団に加わり、初の自由選挙では共産主義者同盟・民主改革党から立候補して当選したパホルである。二〇〇八年の議会選挙で社会民主党が第一党になると、党首のパホルは短期間ではあったが首相に就任し、一二年の大統領選挙では、現職のテュルク(国連大使、リュブリャナ大学国際法教授)を破り、二期にわたり大統領職に就いている。」
—『ユーゴスラヴィア現代史 新版 (岩波新書)』柴 宜弘著
「最近、ユーゴスラヴィアを舞台にした映画を三本立て続けに観た。ひとつは人口二〇〇万の小国マケドニア出身の監督マンチェフスキーのデビュー作『ビフォア・ザ・レイン』、そして『旅芸人の記録』や『こうのとり、たちずさんで』などの作品で、わが国でも名の知られたギリシアの監督アンゲロプロスの『ユリシーズの瞳』、もうひとつは『パパは、出張中!』や『ジプシーのとき』でわれわれに強烈な印象を与えた、サラエヴォ出身の監督クストリツァの『アンダーグラウンド』である。三本とも、連邦の解体にともなう戦火のユーゴを背景に、ストーリーが展開されている。」
—『ユーゴスラヴィア現代史 新版 (岩波新書)』柴 宜弘著
「ところで柴先生が亡くなられる直前の五月中頃、この新版についてユーゴ研究に関する研究会で先生の報告を伺う機会があった。オンラインによる画面越しの研究会で、先生はご自身にとっての本書の位置づけや新版の結論部について、次のように話しておられた。最後に紹介してみたい。 「私には、モノグラフの形での個人の著作というのは今にいたるまでありませんが、私にとってこの『ユーゴスラヴィア現代史』というのは、いわば当時の集大成だったのです。ただ新書という性格上、多くの人に読んでもらうというのが目的でしたから、論文調にはなっていませんけれど。」 「結論として終章を書き換えたのですが、ボスニアやモンテネグロの最近の動き、あるいはコソヴォの動きなどを、楽観的に見過ぎているのではないかと思われる人もいると思います。しかし、そういう新しい動きに微かな希望を見出していきたい、というのも私の考えです。「すこし楽観的ではないか?」という批判は覚悟の上でこのようにまとめてみました。」 報告のなかで先生は、杉田さんをはじめ、岩波書店の編集者の方々とのこれまでのやり取りについても時間を割く場面があった。「非常にしっかりとコメントをくださり、言葉や用語の使い方についてもとても厳密に対応してくださるので、こちらとしても大変勉強になります」とおっしゃっていたのが印象的であった。」
—『ユーゴスラヴィア現代史 新版 (岩波新書)』柴 宜弘著
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現代史と言いながらも、この本が出版されてからもう20年以上たっている。
しかしこれ以上最近の本があまり出版されていないようだし、今でもよく読まれているこの本で、少しでもユーゴスラヴィアだった国の勉強をしようと思う。
ヨーロッパの火薬庫と言われるバルカン半島にあったユーゴスラヴィア。
いくつもの民族が混在し、いくつもの宗教がそこにあり、それぞれの歴史を抱えていた。
人口が多いのはセルビア人とクロアチア人。
なので最初のユーゴスラヴィアは、セルビア人がリードしていた。
ヨーロッパの列強の都合でくっついたり分割されたりしていたこの地域の人たちは、とりあえずまとまって、社会主義国家となった。
ほかの東欧諸国とは違って、ソ連型ではない社会主義を選んだユーゴは、ソ連の影響を受けることなく、大国と同盟を組むこともなかった。
ソ連型ではないというのは、経済を国家が管理するのではなく、国民(労働者)が経済を自主管理する社会主義システム。
これは、ソ連型と違って、実はとてもうまくいった。
うまく行き過ぎて、経済発展したスロヴェニアやクロアチアが、独立を主張したのだ。
本来社会主義の国は、豊かなところも貧しいところも平らに均して富を分配するはずの物。
だけど、貧しいところに自分たちの富を分配したくないのが人の常。
独立して豊かな暮らしを求めるスロヴェニアやクロアチアと、置いてきぼりにされるマケドニアやモンテネグロの間でバランスをとろうとしたのが、セルビアだったのだが。
宗教的にも使用する文字的にもソ連に近いセルビア人だが、非ソ連型の社会主義を選択していたためソ連の保護はない。
カトリックの国やムスリムを支えるヨーロッパ諸国は、問題のすべての責任をセルビアのせいにする。
民族主義を盾にセルビア攻撃を主張するドイツ。
じっくり解決の道筋を探そうとしていたイギリス、フランス。
早期解決のために空爆を急ぐアメリカ。
まあ、大国の論理はいいよ。誰かを悪者にする理由なんていくらでも付けられるんだから。
でも、それまで多民族国家として、多様な文化背景を持った多様な人たちが分断されてしまったこと。
家族が、友人が分断され、殺し合いをするということ。
これはどう理屈をつけても納得できないだろう。
同じ民族、同じ宗教、同じ文化を持った人とでなければ同じ国民になれないのだとしたら、その国はなんと窮屈なことか。
人が作った国境にどれだけ意味があるというのか。
目の前にいる大切な人との間に引かれた見えない線。
国が分裂してしまうのはしょうがないとしても、何とか憎しみの連鎖を断ち切って、平和な国土を取り戻してほしいと強く思った。 -
ユーゴスラビア現代史との表題だが、1800年代からの歴史が描かれている。ただ人名・地名に馴染みがなくすんなり理解するのは難しかった。
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入門者向けの様でそうじゃない本。まずは慌てず"図説 バルカンの歴史 (ふくろうの本)"を読んでからでも遅くはない。
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ユーゴの民族分布が複雑すぎる。これで紛争おきないほうがおかしい。
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日本人である私が欧米の文化で最も理解できないもののひとつに、“国家”、“民族”という概念がある。同じ国に住んでいるのに違う民族、同じ民族であっても複数の言語を持っている、同じ言語を話すのに属する国家は違う。単一民族、単一国家、単一の言語圏で生まれ育ち、それが当たり前と思って生きてきた私には何がなんだか分からない。
“国家”とはなんだろう。地域によって分けられるのか、それとも言語によって、宗教によって規定されるのか。あるいは、大昔から連綿と続いてきた、民族としての「血」で決まることもあるかもしれない。そうやっていくつもの要素があるから、同じ国のなかで対立が生まれ、凄惨な内戦にまで発展してしまう。同じ“国”に属する隣人同士が争うことの、なんと悲しいことよ。
著者の、平和を実現するための「多様性を受け入れる新たな枠組み作り」という言葉がすごく印象的だった。様々な違いを受け入れて、それでもなおどっしりと構えていてくれる“国家”づくりは全人類が全力で取り組むべき課題である。 -
民族の違いは生物学的には説明できない
なのになぜ近くにいる者同士で「民族浄化」が起き、ユーゴは分裂したのか
歴史を紐解くと各民族のアイデンティティの拠り所が全く異なる事がわかり、統合や分裂の過程と悲劇は、現代日本人として知れて良かった -
1918年の第一のユーゴ誕生から、95年のボスニア内戦終結まで。
7つの国境、6つの共和国、5つの民族、4つの言語、3つの宗教、2つの文字、1つの国家。
内戦とともに終結したこの統合国家の何が間違いで、何が正解だったのだろうか。
本書ではその発端を、各国における混迷の時期から物語る。
西と東の境目として、キリスト教とイスラム教、東方正教会とローマ・カトリック、ハプスブルク帝国とオスマン帝国など、衝突の歴史の地であったバルカン半島において、第一次世界大戦の契機となるサラエヴォ事件がこの地で起こったのも歴史の必然と言えるのかもしれない。
大戦後すぐに第一のユーゴと呼ばれるユーゴスラヴィア王国が成立するのだが、これは連帯の成果でも征服による統合でもなく、大戦後の混乱からの崩壊を免れるための統合であり、歴史的経験や宗教、言語等のすべてがバラバラ。さらにはセルビアが無理矢理中心に立つという、大きな危険をはらんだものであった。
二次大戦が始まり、一瞬でドイツに飲み込まれた時でさえ国としては団結できなかったが、唯一民族性を持たない団体である共産党だけが指導者チトーのもと、対枢軸国パルチザンとして活発に動き、時に連合国、時にソ連の協力をとりつけた結果、戦後、共産党を中心とする第2のユーゴスラヴィアが誕生する。
しかし、それでも民族問題は棚上げしただけで根本解決には至らず。1980年、連邦の要であったチトーの死と、石油危機に端を発する世界不況は、抑えつけられた民族感情と絡み合い、連邦瓦解から内戦までを一直線に結ぶ。
特にボスニアにおいては長きにわたり住み分けができない程にムスリム人、セルビア人、クロアチア人が混在しており、過去宗教・民族の違いによる相互の殺し合いなどなかったのだが、武器の密輸、徴兵制、ソ連に対する防衛体制の準備が災いし、経済的不満、国際社会の不理解もあいまってユーゴスラヴィア崩壊を代表する内戦に至る。
果たしてこれは防ぎ得た崩壊だったのだろうか。
本書が発行された1996年にあっては、長い年月をかけて地域による共同体意識が民族の分断を上回ればという思いが語られるが、2023年現在、技術の発達により地域性は薄れる一方であり、特にインターネットによるエコーチェンバー現象は、次々に特異な集団を産み続けている。
これが新たな紛争の火種となるのか、または民族問題解決の糸口となるのか。
現代は、未だ国家や民族が消えてなくなるほど情報化されてはいない。 -
数年前に新婚旅行でクロアチアとボスニア・ヘルツェゴヴィナを訪れる前に、予習として読んだ本を再読。
火薬庫、というのは外部の人間だとすれば、セルビアを悪玉と決めつけるのも外部の人間である。
2025年8月 再々読。
民族意識がどのようにして芽生え・発展するのかについての経緯が、非常に興味ぶかかった。 -
「今はもうどこにも存在しない国」というのが何となく魅力的に思えて、その複雑さを少しでも紐解いてより理解を深めたいと思ってこの本を手に取ったんだけど、激ムズ〜。
どこの国でいつ誰が何を理由に何をしたというまさに5Wが入り混じっていてめちゃくちゃ私の小さな脳みその理解を阻んだ。
「国民性」とか「民族性」とかって何なんだろうなとは思うようになったかもしれない。例えばLGBTなんかを含めて、性別に関してはかなり自由が認められつつある社会になっていると思うけど(なっていてくれ)、民族に関してはそういう自由は未だない。「日本に生まれたんだから日本人だろ、日本語もしゃべってるし」。日本に限って言えば確かに海に囲まれいて国境も分かりやすいし、同じ文字体系を使用しているし、そこまでの問題にはならなかった。しかしユーゴスラヴィアはそうではなかった。
もちろん日本にも色々な民族がいて、人によっては話す言葉もまるで違っていて、そう簡単に括ってしまうのがあんまり良くないなとも思っていて───。
ぶっちゃけ正解をまだ誰も知らないこと、っていうこは世界には意外とたくさんあって、この本に書かれていることもそのうちの一つなんだと思う。誰もが早くその正解が見つかることを望んでいるのに、そう簡単にはことは進まなくて。
でもそんないっぱいある問題を、こうやって考えている、という姿勢を、これからも保ち続けられるといいな。 -
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対立や分裂は、最初から歴史的背景や民族性が原因というより、政治状況や経済格差が、より民族意識を強固にしてしまうことで生まれるのかな…と読んだ。
複雑で把握しきれなかったところが多い。本当に知らないことばかりだった。 -
ユーゴスラヴィアという国は、自分が生まれた時にはすでに少しずつ国々の独立により解体し始めていた時期であり、物心がついた頃にはすでに存在しない国だった。
だからこそ気になって読み始めたが、本の内容が濃く、自分の予想以上にユーゴスラヴィアを取り巻いていた環境が複雑すぎて、理解に時間がかかりながら読みきった。
6つの共和国、5つの民族、4つの言語などなど、一期間だけといえど、ユーゴスラヴィアという1つの国として存在出来ていたことが読めば読むほど衝撃であった。
日本から想像のつかない事実を読むことは非常に興味深かった。 -
ユーゴスラヴィアは東欧にある、いや、あった国だ。
ユーラシア大陸の文化圏が重なるような地域で、
ややこしい地域だという知識しかない。
この新書は19世紀からのその国の揺れ動きを丁寧に追ってくれている。
これは一重に読者の力量不足ではあるが、
正直読んでも何かが分かるという程分からず
「やはりややこしい」という認識にはなる。
大きな帝国のせめぎ合いよりも
むしろ前景にはセルビア人、クロアチア人、ムスリムの3つの
アイデンティティのもつれ合いがある。
はっきり言ってこれを簡略に示すということは
歴史を無視するようなものだろう。
ただ一つ読み終えて気づくのは
タイトルに著者の気持ちがあることだ。
すでに存在しない国名を掲げることで
儚くも確かにあった共存の面影を残そうとしているのだ。
ただの無念さではない。歴史は過去のものだが今を生きる人間が読むものだ。
>>
クロアチアの歴史教科書が、統一国家の建国によってクロアチアの「国家性」を奪われたとしているのは特徴的である。(p.62)
<<
国家性の剥奪というのはそれほど特異なケースではないだろう。
ただ、国家性が必要不可欠であるかは外野からは常に疑問が提示されてしかるべきだろう。
この熱の差異も余計に関わりが難しい。国民国家とは難儀な発明だ。
>>
この「ユーゴスラヴィア人」という民族概念は、自主管理社会主義体制のもとで既存の民族を越える新たなユーゴ統合の概念として、共産主義者同盟によって提案され、導入された。旧ソ連における「ソ連人」と同様の概念であった。(p.163)
<<
国民のアイデンティティから積み上げて国家になるパターンはおそらくもっとも現代的なものだ。
むしろ、国から枠組みを作ってそこの中にいる人間を抱え込んで命名する方が古い。
そのバリエーションとして主権者による主権者の自己規定がモダンなんだろう。
極めて近代的である。自由・平和・愛どれも古くなってしまった。 -
●帯に「結合と分裂の全過程」とあるように、ユーゴスラヴィアの諸地域がいかなる過程を経て、現在に知られるような状況になっていったかを事細かに叙述した本。
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2018年7月21日に紹介されました!
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ユーゴスラヴィアという、今はなき国家を、近現代の歴史から遡って記載されている。
途中途中は、専門家が書いているためかなり記載が細かいが、ユーゴについて知る時、91年の解体前後だけではなく、近代史まで遡って考えることで知識に深みが増した。
第一次、第二次世界大戦前後の欧米の思惑や、冷戦の構図を考えながら読むことができた。 -
戦時からすでにあった民族紛争の種。
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この本では締めくくりとして、
「民族自決と国民国家は果たして本当に最良の選択なのだろうか」
という問いを投げかけている。
ユーゴスラヴィアでは経済問題を端に発し、各民族が独立する過程において凄惨な殺し合いとなった。これは何もユーゴに限らない。イスラエル・パレスチナ、インド・パキスタン、同じではないだろうか。
もしかしたら、うまくいった国だってあるかもしれない。
国民国家は民族にとって悲願であり、何を持ってしてでも否定できないと言われるのかもしれない。
しかし、民族紛争は争いの種を生み、それはどちらかが絶滅するまで互いを恨み合い、いつまでも続く。
例えばボスニアのような多民族国家において、闘争を和らげる手段はないだろうか。
著者は別の帰属意識を持つことにより、争いを軽減できるのではないかと提案している。
例えば、同じく居住する地域に対しての愛着や、同じ言葉を話す者同士の愛着など、民族という枠だけにこだわり過ぎず、同じレベルで相対化できれば、民族紛争は軽減できるのではないか。
ベルギーにおいては、それが成功していると書かれている。
僕は、これを日本人的な発想のようにも思える。
ユーゴスラヴィアという国はそもそも、それを実現しようとして、失敗した国だったように思う。
ソ連のように、上からの統制で成り立っていた社会主義国家とは違い、チトー率いるユーゴは民族の枠を越えてドイツと戦い、互いに協調し合い、国を育もうとして、そして失敗していった。
課題は、経済問題においての脆さと、民族同一性以外の面について、プロパガンダ・結束力の弱さだろうか。 -
民族、国家、宗教の絡み合い。
ユーゴにおいても壮大な「実験」でもってこれらのパズルを解こうと試みたがあえなく挫折を見た。
思うにこの問題は人間の業そのものであり、未来永劫解けることはないんだろうな。
悲観的ではありますが、これらがこんがらがってしまった場合には行くところまで行きつかないと収まりがつかないんでしょう。
故にせめてこんがらないよう、時には「大人の対応」も必要ということです。 -
ふくろうシリーズの「バルカン半島」も編集している著者の新書版。
現代史とはあるが、簡単に近代史の流れからユーゴスラヴィアが成立し、それが崩壊していく様子を概論的に描いている。ソ連が崩壊したときには、社会主義国家の経済的破綻と民族主義が重なっていたが、ソ連とは違い、緩やかな連合であったユーゴスラヴィアでも、民族や言語の壁や近親憎悪ということは乗り換えられなかったのだと思う。
報道では、大セルビア主義を掲げたセルビアが悪い論調があったが、これは報道偏重や歴史的な流れの中で進んできたことだとわかった。1996年発刊で、この後コソヴォ紛争など、旧ユーゴはいろいろな意味で、民族や人間の姿を歴史の中で提示しているように見える。
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