神仏習合 (岩波新書)

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レビュー : 10
  • Amazon.co.jp ・本 (224ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784004304531

感想・レビュー・書評

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  • その昔(9世紀頃)「神様やってるのが辛いので、仏に帰依としたい」と、神社の神様が言ったそうだ。律令制度の求心力低下を、仏教の力で補うという政ごとの論理であろうが、形式上は、神の方から仏にすり寄っていったのが事の発端らしい。その後、平安末期から鎌倉期にかけて、力を増した仏門の勢力は、積極的に神道のリソースを取り込んでいく。本書では、神仏習合のこうした歴史をひも解いているが、なぜ神仏習合なのかという本質論についての解説が、やや弱い気がした。

  • 古代から中世にかけて隆盛した神仏習合の様相を、主にその社会的背景から論じた書。神身離脱に基づく神宮寺の建立、怨霊信仰などの神仏習合的言説が、どのような社会的要因から生じたのかを考察する。
    本書は神仏習合的言説を成立せしめた歴史的・社会的要因を読み解くことを目的としている。しかし、その論述には大きな問題がある。というのも、本書における著者の仏教認識が誤っているからだ。筆者は「仏教の根本は、何よりも、物や人間に対する欲望に人間の罪の源泉があり、罪を償うためには苦行によって欲望の根を断ち、その世界から解放されて悟りの境地に達することこそ究極の目的である、という教説にある」(p75)などとして、仏教を善悪二極対立(罪=悪、悟=善)の贖罪宗教と捉えているのだが、これは全くの間違いである。なお筆者は、儒教も善悪二極対立で語っている他、阿弥陀浄土信仰をキリスト教のメシア思想やゾロアスター教の影響下に生まれたものなどと語っており、その宗教知識の正確性には大いに疑問符が付く。
    本書の問題は、この間違った仏教理解に基づいて神仏習合を解釈していることである。例えば、神身離脱について筆者は「社会の発展の結果、私有財産を有するようになった豪農や地方豪族がそれに罪悪感を覚え、私有を罪とする仏教に共鳴してその思いを神々に仮託した」と述べている。しかし、仏教は財産の私有を忌避こそすれそれを罪としている訳ではないし、そもそも地方豪族たちが財産の私有を悪と捉え罪悪感を覚えたという説自体疑問である。また神身離脱を語る物語はあくまで仏教の価値観(神々もまた六道輪廻する衆生である)に基づいているのであって、そこでの神々は仏教から独立した(「本来の神道から外れて罪業に苦しむ」)存在として語られている訳ではない。さらに、筆者は怨霊信仰を(私有を罪とする価値と個我に目覚めた)没落貴族たちと密教が結託した反王朝社会運動と解しているが、これについては寧ろ民間の疫神信仰との関連を考慮すべきだと思う(筆者は民間の御霊会を王朝の残酷さや罪を糾弾するものとしているが、実際にはこうした御霊会では個人としての怨霊は意識されず疫神が念頭に置かれていた)。
    その他、末法思想に一言も触れずに平安期の浄土信仰を語ったり、本地垂迹などにおける神道側のアプローチに言及しなかったりと、その主張には問題が多い。資料の扱いについても、鎌倉時代成立の『北野天神縁起』に見られる思想をそのまま道真死亡直後の社会通念とするなど雑な点が見られる。全体として神仏習合の本質を語っているとは言えず、おすすめはできない。

  • 神仏習合。オドロオドロしい謂れや、奇跡や神秘の話ではなく、古代日本が取組んできた政治や経済などの仕組みとともに神仏が語られる内容にとても興味関心が湧いた。つまり、今の時代よりも神仏が密接に人々の生活と結びついていた。ということを理解させてくれた書籍である。丁度、年賀の初詣もあり、皆其々の願や祈念を神様や仏様に伝えてきたであろうこのタイミングに、個人的には的確な書籍を読んだなぁ。と思った。改めて、寺社仏閣へと参る時は、自身と向き合う瞬間を大事にすることだろう。次は廃仏毀釈や八幡信仰について書かれた書籍を読んでみたい。

  • 古代神道と仏教との融合過程を、政治経済的、社会的に説明している。特に「所有」という概念への着目は大きなものであったと思う。八百万の神々という多神教信仰が持つ宗教的緩やかさだけに議論を集中していたこれまでの神仏習合に比べて、融合メカニズムの基盤と必要性がすっきりと整理された感じ。ただ、一般庶民への仏教浸透の部分が新しく疑問点として残されることになった。

  • 古代後半〜中世にかけて進んだ神仏習合の歴史を、宗教的なものだけでなく、政治的な動きから再構成。平安時代の歴史を特に復習しておけば興味深く読めるでしょう。

  • 荻原規子さんの勾玉シリーズとかRDG関連でちょっと興味が湧いて読了。滅多に読まないタイプなので時間が掛かったうえに半分も理解できた気がしません。でも、祭祀と結び付けてしか成り立たなかった初期の租税システムといった古代の日本がこれほどまで宗教に支えられた存在であったことに驚きました。為政者の苦悩と向き合い、日本の神話を取り込んで変化していく仏教の在り方を知っていくと宗教に対する感じ方がまた変化した気がします。教科書では学べなかった日本の一面を垣間見れる一冊。

  • [ 内容 ]
    古代末期の東国の反乱者、平将門は巫女の託宣により「新皇」に即位する。
    託宣に登場するのは菅原道真の怨霊と八幡大菩薩。
    これを神仏習合思想の劇的な発現とみる著者は、神宮寺の発生から密教の展開、怨霊観念の成立、ケガレ忌避思想と浄土信仰、そして本地垂迹説・中世日本紀にいたる過程を分析し、社会的背景を論じつつ、全体像に迫る。

    [ 目次 ]
    序 巫女の託宣―誰が平将門に新皇位を授けたか
    第1章 仏になろうとする神々
    第2章 雑密から大乗密教へ
    第3章 怨霊信仰の意味するもの
    第4章 ケガレ忌避観念と浄土信仰
    第5章 本地垂迹説と中世日本紀
    結 普遍宗教と基層信仰の関係をめぐって

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    [ 関連図書 ]


    [ 参考となる書評 ]

  • 神宮寺
    怨霊信仰
    道真と観自在天神
    本地垂迹説
    ケガレ忌避観念と浄土信仰
    死の穢れで満ちた黄泉の国
    浄土信仰とゾロアスター、メシア思想。西方極楽浄土

    中世の八幡天神信仰と武士

  • システム(?)として取り入れられた仏教。八百万信仰が柔軟だったから仏教も共存できた、という甘い認識を払拭された。面白かった。

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