神仏習合 (岩波新書 新赤版453)

  • 岩波書店 (1996年7月22日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (224ページ) / ISBN・EAN: 9784004304531

みんなの感想まとめ

日本の古代から戦国時代にかけての宗教の変遷とその社会的背景を深く掘り下げた一冊です。元々の基層信仰と普遍宗教である仏教の受容・活用・変容が、当時の政治や社会情勢とどのように結びついていたのかを明確に解...

感想・レビュー・書評

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  • 日本人の宗教観というと、例えば年末年始では、クリスマスを祝い、除夜の鐘を突き、初詣に行くというような、ある種、節操がないというか、いや、それは宗教とは違うんじゃ?というような、どこかふわりとしたところがある。いろんなものを許容しているといえば聞こえはよいが、いい加減といえばいい加減である(いや、もちろん、何らかの宗教に対して、強い信仰を持っている人もいるとは思うが)。
    今年は大河ドラマで紫式部が取り上げられていることもあり、源氏物語を読み進めているのだが、ここでも伊勢の斎宮として仕えたにもかかわらず「怠っていた仏勤めを」するために尼になりたいと思う例などが出てきていて、え、なになに? 神様にお仕えしただけじゃダメなの?とよくわからなくなる。

    それとはまた違うのかもしれないが、と思いつつ、そういえば「神仏習合」ってどういうものだっけ?と、目についた本書を読んでみた。

    本書は平将門の乱(935年)から書き起こす。この時、将門に帝位を授けるとする巫女の託宣では「八幡大菩薩」と「菅原道真」の名が出てくる。八幡大菩薩とは応神天皇を指すのだが、しかし、名称からすると菩薩の形をした八幡神ということになる。菅原道真は、この時代には帝釈天の弟子の観自在天神に転生したと考えられていたという。
    儀式の際に演奏された音楽は雅楽で仏事の音楽だが、儀式そのものを行った巫女は神祇祭祀に仕えるもの。つまりは神事と仏事の組み合わせである。

    この「神仏習合」が、どこまでさかのぼるかと言えば、奈良時代後半であるようだ。
    伊勢国の多度山の神が奈良時代後半(763年)、人に乗り移って「長年、この地を治めてきたが、神道からはずれて重い罪業に苦しめられ、神道の報いを受けている。神の身を離れ、仏教に帰依したい」という。こうして、神宮寺が建立され、神が仏になる。
    いや、それはどういうこと?という感じだが、そうして仏になりたいと願う神はこれだけではなく、各地の神々が似たような願いを訴え、あちこちに神宮寺ができる。
    こうした神宮寺にも2つのタイプがあったようで、1つは鹿島や伊勢など、もともと国家守護の役割を持っていたもの、そしてもう一方は土地生え抜きのタイプ(前出の多度山など)で、これらが仏教を志向した背景や理由はやや異なるようなのだが、いずれにしてもこれは大きな流れとなる。
    この8世紀後半から9世紀後半というのは律令国家の基盤である社会統合の在り方が変わりつつある時代でもあった。
    神を祀り、共同体全体として栄えていくはずが、時代が下るにつれて貧富の差も出てくる。上に立つ富める者には罪の意識も生じるが、かといって逆戻りもできない。皆で行う祭祀の意味は薄れる。というようなところに仏教の救いの思想が入り込み、ということのようである。

    さらには、密教の呪術的な修法や怨霊信仰、ケガレ忌避観念、浄土信仰などが絡んで変遷し、平安末や鎌倉初期以降には、本地垂迹説と中世日本紀が登場する。本地垂迹は菩薩や諸天が神と化して跡を日本各地に垂れて現れることで、日本各地の神々は仏教の神仏が仮の姿を取って現れたと理解する。中世日本紀は『古事記』『日本書紀』の神話や神々を本地垂迹で説明しようとするものである。

    ・・・それで結局、最初の疑問は解けたのか?と言われると依然よくわからないのだが。
    つまり、歴史的背景があって、神道と仏教が混じりあい、押し合って、その時々の形をとってきた、というところだろうか。実際、明治期には廃仏毀釈などという動きもあるわけで。
    時代時代の人々が心の救いを求め、それに合った宗教の形が生まれてきた、ということかもしれない。
    相変わらず、よくわからないけど、ひとまず、先への宿題としておく。

  • 古代以降、元来、基層信仰(神)を保有する日本が、社会環境の変化の枠組みの中で、どのよう普遍宗教(仏)を受容し、活用し、変容させていったのか?を戦国時代までの流れを簡潔に解明した名著。

  • 荻原規子さんの勾玉シリーズとかRDG関連でちょっと興味が湧いて読了。滅多に読まないタイプなので時間が掛かったうえに半分も理解できた気がしません。でも、祭祀と結び付けてしか成り立たなかった初期の租税システムといった古代の日本がこれほどまで宗教に支えられた存在であったことに驚きました。為政者の苦悩と向き合い、日本の神話を取り込んで変化していく仏教の在り方を知っていくと宗教に対する感じ方がまた変化した気がします。教科書では学べなかった日本の一面を垣間見れる一冊。

  • 平将門の新皇宣言から菅原道真の怨霊、神宮寺や怨霊信仰にケガレ忌避と、当時の社会情勢から読み解かれている。本地垂迹や廃仏毀釈も政治や社会情勢で変化(ある意味利用された?)していくのも、何となくだが掴めたように感じている。

  • 中世神話について勉強するために読了。

    他の本でマルクス主義の考え方を使った論として紹介されていた本。

    神仏習合が、社会構造の変化とどのように対応して生まれ推移していったかを説明してくれている。

    マルクス主義が文学や歴史学に影響を与えていたのは知っていたけど、歴史学はこういう感じになるのね。
    社会の変化に宗教も対応していく、というのがきれいに示されているけど、きれいすぎて結局すべて社会の反映なのねってなっちゃうのはマルクス主義のお約束なのか。

    カチッとはまりすぎてなにか漏らしてしまっている気がしてしまうけど、そのぶんわかりやすく、神仏習合の素人としては勉強になりました!

  • 第125回ビブリオバトルinいこまテーマ「半分・はんはん」で紹介された本です。
    2025.9.28

  • 天皇→法皇のメカニズムが本地垂迹に関連している事に、合点のいく説明が書かれていた。

  • 神仏習合が始まった理由を神が自らの救済を求めて仏に帰依したいと望んだからだとする。
    神社の境内には神宮寺という寺が建てられ、仏教の庇護を受けたとか。
    実際は神の名を借りて、地方の豪族が所有と支配の罪の意識から仏教に頼ったという。
    これは仏教側からの理論だと思われる。
    最澄も延暦寺を建てるときには守護神を勧請したとか。

  • 大神神社の告白を契機に日本古来の神が仏教に帰依という形で始まった神宮寺の興りなど面白かった。

    仏教に「罪の意識」…?
    うーん、ちょっと言い切りすぎかなぁ。そこが引っかかってしまい、色々頭に入ってこなかった。。。

  • 神仏習合に至る事情が
    解説されておるかんじの内容

  • 【貸出状況・配架場所はこちらから確認できます】
    https://lib-opac.bunri-u.ac.jp/opac/volume/705279

  • (後で書きます。参考文献リストあり)

  • YA3a

  • 学生時代から何度も読み返している。日本における神道と仏教の融合はどう起こったのか。仏教伝来のときもそうなのだけど、政治的に仏教の性質が都合のよい点を持っていて、でも天皇家の正統性が続く日本では、神仏習合というかたちで存在するしかなかったのかなと思う。神仏習合自体は日本という国に合わせたスタイルというだけであって、その意味において「特殊」とも言いがたいか。すべて同書の解釈が正しいとも言い切れないところはあるのだけも、仏教を学ぶなかでの日本における解釈書として読むもよし、日本史における土地所有概念のありかたを学ぶために読むもよし

  • その昔(9世紀頃)「神様やってるのが辛いので、仏に帰依としたい」と、神社の神様が言ったそうだ。律令制度の求心力低下を、仏教の力で補うという政ごとの論理であろうが、形式上は、神の方から仏にすり寄っていったのが事の発端らしい。その後、平安末期から鎌倉期にかけて、力を増した仏門の勢力は、積極的に神道のリソースを取り込んでいく。本書では、神仏習合のこうした歴史をひも解いているが、なぜ神仏習合なのかという本質論についての解説が、やや弱い気がした。

  • 古代から中世にかけて隆盛した神仏習合の様相を、主にその社会的背景から論じた書。神身離脱に基づく神宮寺の建立、怨霊信仰などの神仏習合的言説が、どのような社会的要因から生じたのかを考察する。
    本書は神仏習合的言説を成立せしめた歴史的・社会的要因を読み解くことを目的としている。しかし、その論述には大きな問題がある。というのも、本書における著者の仏教認識が誤っているからだ。筆者は「仏教の根本は、何よりも、物や人間に対する欲望に人間の罪の源泉があり、罪を償うためには苦行によって欲望の根を断ち、その世界から解放されて悟りの境地に達することこそ究極の目的である、という教説にある」(p75)などとして、仏教を善悪二極対立(罪=悪、悟=善)の贖罪宗教と捉えているのだが、これは全くの間違いである。なお筆者は、儒教も善悪二極対立で語っている他、阿弥陀浄土信仰をキリスト教のメシア思想やゾロアスター教の影響下に生まれたものなどと語っており、その宗教知識の正確性には大いに疑問符が付く。
    本書の問題は、この間違った仏教理解に基づいて神仏習合を解釈していることである。例えば、神身離脱について筆者は「社会の発展の結果、私有財産を有するようになった豪農や地方豪族がそれに罪悪感を覚え、私有を罪とする仏教に共鳴してその思いを神々に仮託した」と述べている。しかし、仏教は財産の私有を忌避こそすれそれを罪としている訳ではないし、そもそも地方豪族たちが財産の私有を悪と捉え罪悪感を覚えたという説自体疑問である。また神身離脱を語る物語はあくまで仏教の価値観(神々もまた六道輪廻する衆生である)に基づいているのであって、そこでの神々は仏教から独立した(「本来の神道から外れて罪業に苦しむ」)存在として語られている訳ではない。さらに、筆者は怨霊信仰を(私有を罪とする価値と個我に目覚めた)没落貴族たちと密教が結託した反王朝社会運動と解しているが、これについては寧ろ民間の疫神信仰との関連を考慮すべきだと思う(筆者は民間の御霊会を王朝の残酷さや罪を糾弾するものとしているが、実際にはこうした御霊会では個人としての怨霊は意識されず疫神が念頭に置かれていた)。
    その他、末法思想に一言も触れずに平安期の浄土信仰を語ったり、本地垂迹などにおける神道側のアプローチに言及しなかったりと、その主張には問題が多い。資料の扱いについても、鎌倉時代成立の『北野天神縁起』に見られる思想をそのまま道真死亡直後の社会通念とするなど雑な点が見られる。全体として神仏習合の本質を語っているとは言えず、おすすめはできない。

  • 神仏習合。オドロオドロしい謂れや、奇跡や神秘の話ではなく、古代日本が取組んできた政治や経済などの仕組みとともに神仏が語られる内容にとても興味関心が湧いた。つまり、今の時代よりも神仏が密接に人々の生活と結びついていた。ということを理解させてくれた書籍である。丁度、年賀の初詣もあり、皆其々の願や祈念を神様や仏様に伝えてきたであろうこのタイミングに、個人的には的確な書籍を読んだなぁ。と思った。改めて、寺社仏閣へと参る時は、自身と向き合う瞬間を大事にすることだろう。次は廃仏毀釈や八幡信仰について書かれた書籍を読んでみたい。

  • 古代神道と仏教との融合過程を、政治経済的、社会的に説明している。特に「所有」という概念への着目は大きなものであったと思う。八百万の神々という多神教信仰が持つ宗教的緩やかさだけに議論を集中していたこれまでの神仏習合に比べて、融合メカニズムの基盤と必要性がすっきりと整理された感じ。ただ、一般庶民への仏教浸透の部分が新しく疑問点として残されることになった。

  • 古代後半〜中世にかけて進んだ神仏習合の歴史を、宗教的なものだけでなく、政治的な動きから再構成。平安時代の歴史を特に復習しておけば興味深く読めるでしょう。

  • [ 内容 ]
    古代末期の東国の反乱者、平将門は巫女の託宣により「新皇」に即位する。
    託宣に登場するのは菅原道真の怨霊と八幡大菩薩。
    これを神仏習合思想の劇的な発現とみる著者は、神宮寺の発生から密教の展開、怨霊観念の成立、ケガレ忌避思想と浄土信仰、そして本地垂迹説・中世日本紀にいたる過程を分析し、社会的背景を論じつつ、全体像に迫る。

    [ 目次 ]
    序 巫女の託宣―誰が平将門に新皇位を授けたか
    第1章 仏になろうとする神々
    第2章 雑密から大乗密教へ
    第3章 怨霊信仰の意味するもの
    第4章 ケガレ忌避観念と浄土信仰
    第5章 本地垂迹説と中世日本紀
    結 普遍宗教と基層信仰の関係をめぐって

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