- Amazon.co.jp ・本 (224ページ)
- / ISBN・EAN: 9784004304531
感想・レビュー・書評
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古代以降、元来、基層信仰(神)を保有する日本が、社会環境の変化の枠組みの中で、どのよう普遍宗教(仏)を受容し、活用し、変容させていったのか?を戦国時代までの流れを簡潔に解明した名著。
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荻原規子さんの勾玉シリーズとかRDG関連でちょっと興味が湧いて読了。滅多に読まないタイプなので時間が掛かったうえに半分も理解できた気がしません。でも、祭祀と結び付けてしか成り立たなかった初期の租税システムといった古代の日本がこれほどまで宗教に支えられた存在であったことに驚きました。為政者の苦悩と向き合い、日本の神話を取り込んで変化していく仏教の在り方を知っていくと宗教に対する感じ方がまた変化した気がします。教科書では学べなかった日本の一面を垣間見れる一冊。
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大神神社の告白を契機に日本古来の神が仏教に帰依という形で始まった神宮寺の興りなど面白かった。
仏教に「罪の意識」…?
うーん、ちょっと言い切りすぎかなぁ。そこが引っかかってしまい、色々頭に入ってこなかった。。。 -
神仏習合に至る事情が
解説されておるかんじの内容 -
【貸出状況・配架場所はこちらから確認できます】
https://lib-opac.bunri-u.ac.jp/opac/volume/705279 -
(後で書きます。参考文献リストあり)
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YA3a
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学生時代から何度も読み返している。日本における神道と仏教の融合はどう起こったのか。仏教伝来のときもそうなのだけど、政治的に仏教の性質が都合のよい点を持っていて、でも天皇家の正統性が続く日本では、神仏習合というかたちで存在するしかなかったのかなと思う。神仏習合自体は日本という国に合わせたスタイルというだけであって、その意味において「特殊」とも言いがたいか。すべて同書の解釈が正しいとも言い切れないところはあるのだけも、仏教を学ぶなかでの日本における解釈書として読むもよし、日本史における土地所有概念のありかたを学ぶために読むもよし
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その昔(9世紀頃)「神様やってるのが辛いので、仏に帰依としたい」と、神社の神様が言ったそうだ。律令制度の求心力低下を、仏教の力で補うという政ごとの論理であろうが、形式上は、神の方から仏にすり寄っていったのが事の発端らしい。その後、平安末期から鎌倉期にかけて、力を増した仏門の勢力は、積極的に神道のリソースを取り込んでいく。本書では、神仏習合のこうした歴史をひも解いているが、なぜ神仏習合なのかという本質論についての解説が、やや弱い気がした。