安保条約の成立―吉田外交と天皇外交 (岩波新書)

著者 :
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レビュー : 9
  • Amazon.co.jp ・本 (245ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784004304784

作品紹介・あらすじ

「安保問題」は戦後史の一大争点である。だが、そもそもなぜ、一方的な駐軍協定というべきものになったのか。著者は、外務省の未公開文書さらにダレス文書などを徹底的に分析し、従来知られていた史料を再整理するなかで、戦後外交イメージを一変させていく。そこには「天皇外交」の姿も浮かび上がる。現代を考えるための必読書。

感想・レビュー・書評

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  • 安保、憲法第9条、戦後外交、昭和天皇を考えるうえで必読の書。
    朝鮮戦争が勃発した世界状況のなかで、米国日本含め全世界が、米軍が日本に駐留しつづける交渉が米国にとってタフになるという共通認識があったにもかかわらず、日本は交渉カードをきることもなく、まさに植民地的な安保条約を受け入れることになる過程を、著者は外交文書を分析することで明らかにした。最上級のミステリ小説のよう。
    米国の再三の要請にも関わらず、サンフランシスコ講和条約締結に全権代表として参加することを固辞していた吉田首相が、最終的には、昭和天皇の叱責により出席を決め、安保条約には国民の代表としてではなく、天皇の忠臣として署名したのではないかという、著者の推定が興味深い。
    右寄りの人たちが、占領軍である米軍駐留を支持続ける背景が、昭和天皇にあることが理解できる。

  •  『永続敗戦論(白井聡著』を読んでいて、この本の存在を知る。
     様々な傍証を基にして、安保条約の成立に昭和天皇が関与していたという仮説が導かれている。各種資料の読み込みと緻密な分析により導かれた勇気ある立論だ。
     朝鮮戦争が続いている中で、日本(吉田茂や外務省)は当初、「米国からの基地提供の要請があればそれに同意してもいい」という交渉の切り札を持っていた。それにもかかわらず、結果的には「日本国は、アメリカ合衆国がその軍隊を維持することを希望する」という前文を入れることで、安保条約を一方的な駐軍協定、基地提供協定へと変質させることを許してしまう。この裏には、天皇制という国体を護持しようとする昭和天皇とその側近グループが存在し、時の首相である吉田茂の頭越し(バイパス)に、ダレス米大統領特使との間でやりとりがあったのではないかという。日本は、「表向きの吉田外交」と「非公式な天皇外交」の二重外交になっており、結果的には裏の外交である天皇外交に押し切られて大きく米国側に譲歩する結果に終わったという経緯が浮かび上がってくる。だとすれば、対米従属はこの時から始まったと言えるだろう。
     しかも、沖縄を捨て石にしたことも浮き彫りにされるのを知ると、昨今の平成天皇の沖縄への思い入れや行動は、父親である昭和天皇の行為に対する負い目や償いの意味も含まれているのではないかとさえ思えてくる。
     『昭和天皇実録』が近々出版されるとの報もあり、こうした仮説がどこまで裏付けられるか、注目したい。

  • 白井聡著『永続敗戦論』で指摘しているように、この著作に対して宮内庁や政府は今でもだんまりを決め込んでいるのであろうか。問題にすることもない戯言と判断しているのか、はたまた正鵠を射ているので何も言えないのか。どちらなのであろうか。この後、青木 冨貴子著『昭和天皇とワシントンを結んだ男』を読むので、そこにこの豊下氏の推論を裏付ける新たな事実を見出すことができるかも知れない。

  • 安保条約というと60年安保、70年安保が有名だが、日本が1951年にアメリカと単独講和をしたあとに結んだものが最初である。この最初の安保条約は日本にとってきわめて不利なものであった。しかし、1949年の中華人民共和国の成立、1950年の朝鮮戦争の勃発を考えると、当時の首相吉田には、アメリカとの交渉を有利に運べるカードがいくらもあった。それが、日本にとってきわめて不利な内容になったのはなぜか、というのが本書の問いかけである。そこには、武力を解かれ非武装化した日本にあって、共産圏の勢力を憂い、やがては戦争責任を問われ(東京裁判はすでに終わっていたが、ソ連は依然としてアメリカにそれを長く要求していた)、天皇制の廃止にまで発展するのではないかと心配した天皇による、マッカーサーやダレスとの直接交渉、いわば二重外交があったのではないかというのが著者の仮説である。ちなみに、吉田は新憲法になったにもかかわらず何度も「内奏」をしていた。この仮説が正しかったことは、のちに、天皇とマッカーサーの会見を語る資料が公開、発見されたことで証明される。著者の『昭和天皇とマッカーサー会見』(岩波現代文庫)はまさに、この仮説を開示された資料で証明したものである。

  • [ 内容 ]
    「安保問題」は戦後史の一大争点である。
    だが、そもそもなぜ、一方的な駐軍協定というべきものになったのか。
    著者は、外務省の未公開文書さらにダレス文書などを徹底的に分析し、従来知られていた史料を再整理するなかで、戦後外交イメージを一変させていく。
    そこには「天皇外交」の姿も浮かび上がる。
    現代を考えるための必読書。

    [ 目次 ]
    1 日米交渉の準備はどうすすめられたか
    2 吉田外交の展開―第一次交渉はじまる
    3 日米交渉の帰結と波紋
    4 「池田ミッション」とその背景
    5 天皇・マッカーサー会見の性格
    6 「天皇メッセージ」と日米交渉
    7 「二重外交」―一つの仮説

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  • 沖縄の基地移転問題でゆれる日本の現状であるが、1996年に書かれた日米安保条約成立に関する分析ではあるが、今後、真の独立国家日本を目指す時、重要な論点・視点が描かれている著作である。サンフランシスコ講和条約の全権大使を最後の最後まで渋った吉田首相の真意が理解できる。新憲法下で象徴天皇となったにもかかわらず、ダレスと二重外交を行った昭和天皇のとった行為が、後の対米従属国家日本となってしまったのではと思ってしまう。
    新たに出てきた当時の外交文書を克明に読み取ったするどい指摘であった。

  • 本書の構成は以下の通りである。

    Ⅰ 日米交渉の準備はどうすすめられたか

    Ⅱ 吉田外交の展開-第一次交渉はじまる

    Ⅲ 日米交渉の帰結と波紋

    Ⅳ 「池田ミッション」とその背景

    Ⅴ 天皇・マッカーサー会見の性格

    Ⅵ 「天皇メッセージ」と日米交渉

    Ⅶ 「二重外交」-一つの仮説


     本書の面白いところは、前半から後半にかけて時系列となっていない部分である。

     前半のⅠ~Ⅲにおいては1950年から1951年に行われる吉田・ダレス会談をめぐる講和・安保条約をめぐる日米の思惑について実証的に記述されている。 そしてこの交渉の中で、吉田茂は有効な基地カードを有効に行使しえず、米側に押し切られた形になったと論じている。

     後半に入ると、この米軍の駐留を許す基地問題とそれをめぐる吉田の不手際についての仮説構築にうつる。それが1950年4月の「池田ミッション」であり、同年8月の「天皇メッセージ」である。つまり、日米安保条約の根幹をなす米軍の駐留継続の意向の発端は、内閣総理大臣兼外務大臣たる吉田茂ではなく、昭和天皇その人ではなかったのかということである。そしてこの天皇外交は、日本政府の代表たる吉田茂・外務省も、そして占領軍の最高司令官であったマッカーサーをもバイパスして、アメリカ本国へ直接働きかけた二重外交であったと言うのである。

     ここらへんは一種の謎解きミステリーのような面白さがあっていいと思う。

     しかしながら、本書刊行以来10年余りを経ても、この状況証拠を裏付けるような新史料も発見されず、後を追う研究者も見あたらないので、どうもこれは仮説のまま据え置かれるのではないかと思う。
     もちろん全てが虚構というわけではなく、天皇の意志がアメリカのジャパンロビーを通じて、ワシントンに伝えられていたということは間違いのない事実である。ただ、吉田・外務省がすすめてきた交渉を完全に「バイパス」するほどの効力を持っていたのかは疑問符がつくところだろう。

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