裏日本 近代日本を問いなおす (岩波新書)

  • 岩波書店 (1997年1月1日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (224ページ) / ISBN・EAN: 9784004305224

みんなの感想まとめ

地域間格差や差別的構造に焦点を当てた本書は、裏日本と表日本の不均衡な発展を深く掘り下げています。特に、明治初期から続く人材や資金の流出についての考察は、歴史的な視点を与えてくれます。また、国策による地...

感想・レビュー・書評

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  • だいぶ前に読んだ時には結構面白く読めたんだけど、時間をおいて再読してみたら、なぜかうーん…という感じ。面白い内容ではありますが、いかんせん、少し「古い」本になってしまった感は否めないかな、と思います。

    この本で定義する「裏日本」とは、山陰と北陸のこと。その地域が日本の開発や発展から取り残されてしまった経緯を細かく丁寧に拾っています。中央・大都市・工業優位の効率的なシステムを構築するにあたり、地方・農村・農業が崩壊したという点は、ある程度分かったつもりでいる知識ではあるものの、改めて整理されたうえで提示してくれているので、理解しやすい内容となっています。

    原発や水資源に関する記載もあるので、3.11を経た今、改めて読み直す価値はそれなりにあると思います。

  • 裏日本の定義などを云々するパートは普通でしたが、地域間格差や差別的構造を、国策をして地域毎の分業とする考え方への反論は面白かったです。
    基地や原発に通底するものが見えるような気がしました。

  • 過去の新聞記事を漁っていたら、2009年春に、自分が影響を受けた本として谷本正憲石川県知事が薦めていたので購入。次読む。

  • 「『裏日本』とは本州の日本海地域、とりわけ北陸・山陰をいう。そしてこの呼称は単なる自然地理概念ではなく20世紀初頭、「表日本」に対するヒト・モノ・カネの供給地とされていく中で成立し、定着したのである。」

    以上は著者による「裏日本」の定義。
    私は北陸や山陰出身ではないどころか
    ほとんどその地に足を踏み入れたこともない。
    むしろいわゆる「裏日本」を犠牲として栄えた
    東京でゆるゆると暮らしている。
    ニュースで水不足が報じられても水道からは
    水がジャージャー流れてきたし、
    とんでもない停電になったこともない。

    この本はまさにそういう私のような腑抜けが読むのにふさわしいのではないかと思う。
    何も知らず、ただ便利な毎日が誰にでもあると
    そう勘違いしている、そういう私に
    衝撃を与えた一冊。


    中国は革命の時に
    「先知先覚」というスローガンを掲げた。
    知っているひとから自覚して行動していこう。
    つまりは知識人たちが、エリートがリーダーとなるそういう構造。
    もちろんその先知者が夢と理想に追われている間は熱い革命となるが、
    世の中が安定し、まとまると結局はただの
    「上からの政治」「知ってるヒトだけ得をする世の中」になっていく。
    法律は作ったヒトに有利に作られていると
    言われるのがわかりやすい例だろうか。

    鄧小平は「先に豊かになれるものから富め」と言うようなことを述べ、
    中国は高度成長期を向かえ、沿海地区の都市は
    アジア最大の都市といわれた東京を脅かすまでに
    なっている。
    近代日本もそれをやってきた。
    そして今日本にあるもの。
    発展した中国にあるもの。
    一目瞭然だ。
    得するヒトは得をし、
    損したヒトは得をしたと思い込まされている。
    豊かであるというのはどういうことか、
    考えさせられる。

  • 1997年に初版。手に入ったのは2009年の10刷。2003年に著者が亡くなっても版を重ねているということは、すごいことだ。しかし、2003年からはや20年余。裏日本を超える「環日本海ネットワーク」構想は、遠のいているような気がしてならない。そして強まる東京への一極集中。能登地震、豪雨の被害。著者が生きていたら、どのように今を見るのか。そう思ってしまうほど「裏日本」をつくり出す構造は強靱であると思わずにはいられない。

  • ふむ

  • 裏日本という単語自体は初耳だったが、日本海側に対してもっていたイメージは裏日本そのものだった。しかし、過去には日本海側の方が豊かであった。日本海域に対するまなざしは現在に束縛されている。歴史を知ることで現在から解放してはじめて、日本海のポテンシャルは開かれる。

  • ・表の発展のために裏が必要とされていた
    ・北前船の寄港地として、また北海道との交易により栄えた時代があった。西洋船の普及や鉄道輸送に切り替わると衰退していった。
    ・富国強兵の原資は地租。明治20年では政府税収2/3を担っていた。裏日本が捻出した利益を太平洋側に投資する構図。
    ・労働力も工業化に伴い裏日本から捻出を余儀なくされた。先述の米に限らず、ひいては電力までも
    ・大正に入るとウラジオストクとの交易が盛んであった福井の敦賀港が栄え、新潟港を逆転する。
    ・明治29年に新潟で大災害が発生し致命的な被害が発生するも国は冷淡な対応。県民に意識が芽生える。
    ・治水や港湾、鉄道の整備などの点で国の援助の少なさに不満が噴出。ここで県議から地理的要因としてではなく地域格差を含むニュアンスで使われたのが裏日本の始まりとして事実に残る。明治38年
    ・「資本的表日本と民衆的裏日本」など日本海の扱いや展望について様々な言論が飛び交う
    ・上越線の使命は新潟経由で満州国と東京を結ぶため。まさに国家戦略によって敷かれた路線
    ・北海道、満州、朝鮮などへ多くの裏日本民が成功を祈願して渡っていった。満州国の建国は裏日本にとっての飛躍の機会であり、日本海湖水化をイメージすることで裏日本からの脱却を図ろうと期待した。
    ・裏日本という言葉が反応されるようになった高度経済成長期には、太平洋ベルトに傾斜がかかりまたも裏日本は置き去りにされた。

    結局のところ、日本の成長は裏日本なくしてなかったことには変わりないが、犠牲への対価があまりに少なく、その差別されてきたという意識を過去からずっと引きずることで裏日本イデオロギーは形成されてきた。さらには原発など面倒なものを押し付けられたり、とにかく損な役回りを今も果たしている。

  • 「裏日本」という言葉は差別的ニュアンスも含むとして1960年頃から既にNHKでは用いられなくなった。しかし、筆者は、この言葉を使って色々な分析を試みることで、明治以来の近代日本のあり方を問い直している。

  • 著者:古厩忠夫(ふるまや ただお、1941-)(中国近現代史)

     いまや放送禁止用語に指定されている「裏日本」(日本海側の地域)の歴史について詳しい。


    【目次】
    序章 「裏日本」――もうひとつの日本近代史 001
    (「ナホトカ号」事件と信濃川の水/田中角栄をめぐる温度差/二〇世紀史としての裏日本史/格差のシステム/「裏日本イデオロギー」/「裏日本」の範囲/東北地方との違い/本書の用語について)

    Ⅰ どのように形成されたか 019
      一 裏日本以前――日本海交通の繁栄
      二 ヒト・モノ・カネ移転システムの形成
      三 北陸の「半周辺性」

    Ⅱ 自己イメージと「県民性」 077
      一 裏日本観念の形成
      二 県民性論議と裏日本文化
      三 裏日本の対外硬派と大正デモクラシー

    Ⅲ 脱裏日本の道――対外進出論と列島改造論 131
      一 大陸進出=表アジア化の道
      二 日本列島改造論

    終章 「裏日本」を超えて 177
      一 内発的発展の道
      二 環日本海地域交流
      三 巻町住民投票をめぐって

    参考文献 [209-213]
    あとがき(一九九七年) [214-216]

  • 裏日本、とくに新潟県に焦点を当てた著作。新潟県の歴史を追って「裏日本」の概念がどのように生まれたかを明らかにしている。

    冒頭にある「新潟県内の河川で発電された電力で東京の電車を動かしている」ということをいちど首都圏の人に考えてもらいたいなあと思った。

    この本の刊行後、JR東日本が発電のために県内の河川から不正取水していたこともあった。都会の電力需要はどうやって賄われているのか、想いを馳せてみてほしい。

  • [ 内容 ]
    「裏日本」とは本州の日本海地域、とりわけ北陸・山陰をいう。
    そして、この呼称は単なる自然地理概念ではなく、20世紀初頭、「表日本」に対するヒト・モノ・カネの供給地とされていくなかで成立し、定着したのである。
    歴史の実相をたどりつつ、「裏日本」を必然とした日本の近現代を問い直し、二一世紀に向けての視点を考える意欲作。

    [ 目次 ]
    序章 「裏日本」―もう一つの日本近代史
    1 どのように形成されたか
    2 自己イメージと「県民性」
    3 脱裏日本の道―対外進出論と列島改造論
    終章 「裏日本」を超えて

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    ☆☆☆☆☆☆☆ おすすめ度
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    ☆☆☆☆☆☆☆ メッセージ性
    ☆☆☆☆☆☆☆ 冒険性
    ☆☆☆☆☆☆☆ 読後の個人的な満足度
    共感度(空振り三振・一部・参った!)
    読書の速度(時間がかかった・普通・一気に読んだ)

    [ 関連図書 ]


    [ 参考となる書評 ]

  •  私は生粋の「裏日本人」である。本籍(父の実家)は秋田県(日本海沿岸の岩城町というところ。あれ、秋田は東北だな。)、新潟で生まれ、人生の大半は新潟で過ごしている。「表日本」には、小学時代に四年ほど暮らしたのみである。夏は蒸し暑く、冬は雪に囲まれる。その間にすごしやすい春と秋が、申し訳程度にあるというのが、私の四季イメージである。
     「裏日本」というのは、そういうところだ。しかし、「裏日本」が裏になったのは、ここ百年のことでしかない。そうすることによって、東京中心の日本の近代化が進んでいったと、本書は教えてくれる。そんな歪みの中から、「まぁ、その〜」と先述した理研の大河内正敏を頼って「越山」してきたのが田中角栄であった。田中角栄を単純にカネに汚い政治家としか見れないようでは、近代日本の病理に迫ることは出来ないだろう。
     「表日本」/「裏日本」の問題は、国際的に存在する南北問題と根は同じことで、資本主義は格差の上に成り立っているということなのだろうか。今の私にそれを判断するほどの知識はない。まだまだ学びが足りないことを痛感する。
     著者の古厩氏、いや古厩先生は、新潟大学人文学部教授であったが、既に鬼籍に入られた。先生は私が大学に入ったときの学部長である。学生・院生と六年間も在籍したのに、ゼミを受講することもなく、授業をまともに受けたこともない。というのも、先生は中国近現代史担当であったので、中国語を習ったことのない私が先生のゼミに出るというのは、そもそも無理だったからである(思いっきり言い訳である)。むしろ、大学を出てから、いろいろとお世話になった。そういうことで、恩義のある先生であった。
     しかも、私は先生から与えられた一つの宿題をまだ果たせずにいる(それはいずれこの場で果たすつもりである)。
     その先生がゼミ生・卒業生たちに発信しつづけた「通信」が、『Fゼミ通信―古厩忠夫の思索と行動の記録』(同時代社)としてまとめられている。癌に苛まれながらも、思索の歩みを止めることのなかった先生の「生の記録」である。私が駄文を弄するまでもなく、読み応えのある一冊としてぜひお薦めしたい。

  • ・?部は読むのが辛かったーー。きちんとした調査に基づいた記述であり、文句言っちゃ悪いんだけど、それでも慣れない言葉や地名の連続には疲れました。。まあ、それも日本海側には馴染みがないということの表れなのよね。   ・帝国主義時代の歴史が今までとは違う視点から見られて興味深かった。上からの統制がもちろんあったわけだけれども、表に搾取される裏がそれと同じ論理でアジアに向かっていった面がある、と。。

  • 日本海側が「裏日本」と呼ばれていたわけ。

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