居住福祉 (岩波新書)

著者 :
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  • Amazon.co.jp ・本 (227ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784004305279

感想・レビュー・書評

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  • 福祉は住まいに始まり住まいに終わる。
    住環境が健康へ影響する。
    老人ホームに入る理由は家庭、身体、住宅事情の順。
    世界的な長寿国が狭い国で、住環境が良くなさそうなのにどうしてそうなるのだろうかと思った。

  • -

  • 請求記号:I/365.3/H46
    選書コメント:
    阪神淡路大震災、そして、東日本大震災による被害を見れば分かるように、災害と隣り合わせで生活をしている我々にとってあるべき町とは何かということにつて論じられています。また、災害に限らず、我々が直面する貧困問題や高齢者の介護といった福祉分野の課題についても言及がなされており、総合的な住環境について学ぶことが出来ます。
    (環境創造学部環境創造学科 齋藤 博 准教授)

  • 今は拠点などという観点から論じられる住まい。しかしやはりそこにつきまとう家族や近しい人の存在とあいまって、心身の拠り所かつ福祉の基点という視点は変わらないのか。家族論とあわせた議論が薄いからか、単なる批判的な文言につまらなさも。ワーカーズコレクティブの老人ホーム、これだけは参考になりそう。

  • 早川和男『居住福祉』(岩波新書、1997年)は福祉の観点から住まいを考える新書である。住まいの貧困が日本社会の人心の荒廃の一因であるとし、居住福祉社会を新しい時代の文化として作り上げていくことを訴える(15頁)。
    北欧では「福祉は住居にはじまり住居におわる」と言われるが、日本の住まいに対する意識は低いと「はしがき」で著者は指摘する。著者の嘆きは正しい。住まいは人権という意識の低さがゼロゼロ物件のような貧困ビジネスを横行させている。
    『居住福祉』の優れている点は住まいに関する様々な問題を「居住福祉」という観点で網羅していることである。住宅や街づくりは社会保障に密接に関連する分野である。マンションだまし売りの東急不動産だまし売り裁判も、大型開発による住環境破壊の二子玉川ライズも、東急電鉄による東急大井町線高架下住民追い出しも、貧困ビジネスのゼロゼロ物件も居住福祉の貧困が原因である。それらと闘う運動は居住の権利を守る運動である(170頁)。
    日本の住宅政策の問題点は、住宅の供給と確保を市場原理に委ねていることである(103頁)。総理府社会保障制度審議会は1962年の「社会保障制度の総合調整に関する基本政策についての答申および社会保障制度の推進に関する勧告」で以下の勧告をした。
    「国の住宅政策は比較的収入の多い人の住宅に力を入れているので、自己の負担によって住宅を持つことができず、公営住宅を頼りにするほかない所得階層の者はその利益にあずからない。これでは社会保障にならない。住宅建設は公営住宅を中心とし、負担能力の乏しい所得階層のための低家賃住宅に重点をおくよう改めるべきである。」
    しかし実態は正反対の方向に進んだ。「戦後、企業および公共団体は一貫して土地と住宅を利潤追求の手段にし、それゆえに政府も自治体も、居住の権利をタブー化せざるをえなかった。」(171頁)。だからマンションだまし売りの東急不動産だまし売り裁判や貧困ビジネスのゼロゼロ物件など悪徳不動産業者が横行する。
    『居住福祉』では転居の弊害も指摘する。「一般に高齢になってからの転居は「精神的卒中」といってよいほど深刻な事態を招きがちで、避けるにこしたことはない。」(110頁)。古くから居住している東京都品川区の東急大井町線高架下住民を追い出す東急電鉄は非道である(林田力『二子玉川ライズ反対運動2』151頁)。
    転居の弊害に対する日本人の意識が低い点も住まいが市場原理に委ねられていることが背景である。「日本の不動産業者や仲介業者は買い替え、引っ越しで食っているのだから警告するはずはない。」(113頁)。
    ジョン・メージャー(John Major)英国首相は「ホームレスは目障り。観光客や買い物客を繁華街から遠ざける」と発言して世論の猛反発を浴びた。しかし、日本ではホームレス排除が社会の無関心の上に強行されている。
    「わが国には、市民の生命や環境の破壊、住民の追い出しなど反社会的行動を恥じない企業が多すぎる」(192頁)。東急リバブル・東急不動産・東急電鉄や宅建業法違反のゼロゼロ物件業者は典型である。
    「住宅問題はたいてい、個人の問題として個別にあらわれる。」(197頁)。それ故に『東急不動産だまし売り裁判』という形で公刊されることに意義がある。
    再開発の問題への指摘も重い。「町なかの民間借家などに住む住民が、行政の再開発事業とそれにからむ暴力的地上げなどで追い立てられる事態が再びぶり返し、人々を居住不安に陥れている」(8頁)。これは東京都世田谷区の二子玉川ライズや品川区の東急大井町線高架下に該当する(林田力『二子玉川ライズ反対運動2』)。二子玉川では駅前の中小地権者は追い出され、東急電鉄・東急不動産の商業施設「二子玉川ライズ ショッピングセンター」やオフィスビル「二子玉川ライズ オフィス」になってしまった。東急大井町線高架下住民は東急電鉄から一方的な立ち退き要求を受けている。
    住居で日照が重要であることを明らかにする。阪神大震災で「隣の家が壊れて空き地になって、自分のアパートに日があたるようになった。今までは日があたらず、湿気も多かった。」という住民は「かぜひかなくなった。咳一つでない。」と語る(38頁)。
    別の箇所では「日照・通風・採光の不良は室内を不衛生にし、呼吸系疾患や骨粗鬆症やくる病などの原因となるだけでなく、健康回復への意欲を失わせる。通風の悪さによる夏の暑さは食欲不振などから体力の衰弱をもたらしている。」(66頁)。
    これは東急不動産だまし売り裁判でも共通する。東急リバブル東急不動産は隣地建て替えという不利益事実を隠して新築マンションをだまし売りした。隣地建て替えにより、日照・眺望がなくなり、通風も悪化した。消費者契約法によって売買契約を取り消し、売買代金を取り戻した(林田力『東急不動産だまし売り裁判こうして勝った』)。東急不動産だまし売り被害者は東急不動産だまし売りマンションから出ていったことで、以前よりも健康になった。
    公園の問題も指摘する。大規模公園を防災公園とする傾向がある。しかし、本書は以下のように批判する。「大規模な公園は、たどり着くまでの距離が遠い、日常的に役立たない、などの欠陥をもっている。日常、市民の居住や生活環境に無関心で、ことさらに防災公園をいうのはまやかしである。」(41頁)。
    反対に「長田区内の小さな公園で火が止まった」と住宅地内の小規模公園を評価する(40頁)。二子玉川東地区再開発でも駅前から離れた場所に巨大な防災公園が作られるが、住民のためになっていない。
    二子玉川ライズのような再開発そのものが世界的には時代錯誤である。街づくりの先進地域である西ヨーロッパでは都市再開発が中止されている。再開発の弊害が大きいためである。再開発はコミュニティーを破壊する。そのために「既存住宅の修復事業が住宅政策、都市政策の中心になっている。」(114頁)。
    開発優先区政からの転換を訴える「新しいせたがやをめざす会」でも、住宅リフォーム助成制度の創設が提言された。新しいせたがやをめざす会の政策案は中小建設業者の振興策として提示されたものであるが、住宅政策からも支持できる。
    また、「再開発にともないがちな高層住宅は高齢者や子どもを孤立させることが明らかになるにつれ、高層住宅の建設を中止する国がふえた。既存の高層住宅はこわして三~六階建て(むろんエレベーターはある)に建て替える。イギリス、フランスなどの都市を訪れると、どこでも高層住宅を次々と爆破して中低層住宅に変えているのに目を見張る。」(114頁以下)。アメリカでは容積率を減らすダウンゾーニングをしている。二子玉川ライズも減築が将来的な目標になる。

  • 「衣食足りて礼節を知る」という言葉が表すように、「衣食」に関しては「足る」ことを求めるのに「住」にまでは日本の意識はまだ向いていない。
    その「住への意識」の欠如を「居住福祉」という言葉で表し、住まいが人に与える影響を説く。

    「持続可能な社会」や、「地域活性化」を考えている人にはおすすめです。
    住まいが人にもたらす影響は、目には見えないけれどもとても大きいようです。

    赤ちゃんからお年寄りまで、どのような「住まい」に観を置けば、その地域で永続的に暮らしていけるのかを考えるには入門的一冊では。

  • 今回の震災で、住む家があるということの有り難さを噛み締めてい
    る方は多いことと思います。今ほど多くの人が家や暮しのあり方に
    意識的になっている時はないかもしれません。

    今週おすすめするのは、まさにそんな状況にぴったりの一冊、家や
    暮しのあり方について考えさせてくれる好著『居住福祉』です。著
    者の早川和男氏は、神戸大学名誉教授で、福祉の観点から居住環境
    のあり方を考え続けてきた方です。

    「居住福祉」とは、「住居は人権であり、福祉の基礎である」とい
    う早川教授の信念から生み出された言葉です。そういう言葉を作ら
    なければならないほどに、日本の福祉は住居というものに目を向け
    てこなかった。そして、それがために重大な福祉上、人権上の問題
    を生んできてしまった。それが早川教授の問題意識です。

    例えば、阪神・淡路大震災。甚大な被害が集中したのは、低所得層
    の居住地区でした。劣悪な居住環境の中で、身を寄せ合うようにし
    て生きていた人の多くは高齢者や障害者や在日外国人のような社会
    的弱者・マイノリティでした。震災はそういう人々を集中的に襲っ
    たのです。その後の仮設住宅や公営住宅での高齢者の孤独死も含め、
    福祉と切り離された住宅政策や住居観が生んだ問題でした。

    これに対し、欧米では居住の権利が明確で、住居と福祉は両輪とし
    て機能してきたそうです。そもそも英国の住宅政策は公衆衛生とし
    て始められたと言いますから、住居は、最初から健康や福祉と結び
    つけて考えられてきたのです。

    どうも戦後の日本は、効率や成長を重視するあまり、最も大事な人
    間の問題をないがしろにしてきてしまったようです。戦後10年たち
    「もはや戦後ではない」と復興終了宣言がされましたが、人間の復
    興はされたのか。日米安全保障には熱心だったけれど、「いのちの
    安全保障」はどれだけ真面目に考えてきたのでしょうか。

    東北の復興においても、これからの日本の社会づくりにおいても、
    最も重要なのは、どんな状況にあっても人間らしく生きていけると
    いう安心感をつくることではないかと思います。それが未来に対す
    る希望を生み、経済を成長させるのでしょう。優先すべきは経済で
    なく、人間の復興です。

    そして、人間の復興は、生活の基盤である住居というハードの解決
    を抜きにして語れません。ハードの時代は終ったと言われますが、
    居住環境については、圧倒的にハードの問題が大きい。制度や人々
    の助け合いのようなソフトだけではいかんともしがたい厳しい現実
    があるということを本書は教えてくれます。

    そう考えると、住居の問題は個人の資産の問題として放置しておく
    べきものではないことがわかります。いつ何時どんな災害に襲われ
    るかわからない日本ではなおさらです。そして、それは行政や政治
    に委ねておく問題でもなく、一人一人が、まさに自分事として真剣
    に考え、コミットしていくべき権利の問題なのだと本書は説きます。

    40歳を過ぎても家を持てていないので、色々と身につまされる思いを
    しながら読みました。身近な問題から社会のあり方を考えさせてく
    れる好著ですので、是非、読んでみてください。

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    ▽ 心に残った文章達(本書からの引用文)

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    全国に約七二万世帯が住む公団住宅の居住者は、失業したり年金暮
    らしになったり、家賃値上げで払えなくなると、裁判にかけてでも
    追い出される。それを苦にした自殺、無理心中、餓死などが頻発し
    ている。

    住環境のもつ役割と人間形成にあたえる影響はきわめて大きい。人
    の心に感動をあたえる芸術家などが、幼いころの故郷の自然が自分
    を育てたと述懐するのも、不思議ではない。

    日本は高齢者福祉政策として在宅福祉を目指している。住み慣れた
    家とまちで人生を継続するのは望ましいことである。だが、住宅が
    現状のままでの在宅福祉は、お年寄りのいのちを危うくする。寝た
    きり老人、虚弱老人、障害をもつ老人は倒れた家から逃げられない。
    住居を安全にすることなしに在宅福祉は成立しないと考えるべきで
    ある。

    人は希望がなければ生きられない。いま苦しくても未来に希望があ
    れば生きられる。だが、仮設住宅の居住者にとっては希望が見えな
    いのである。希望の生まれない最大の理由は、暮らしの根拠地とし
    ての住居が定まらないからである。

    震災で犠牲となった人たちは、一般に日常から健康をむしばむ老朽
    家屋や過密住宅地に住んでいた。いわば毎日少しずつ死んでいた。
    震災はそれを一挙に増幅して死に至らしめたといえる。考えてみれ
    ば、死は病いの先にある。日常、健康を守れない住宅と居住環境の
    もとで、地震時の死を防ぐことは困難ということである。

    現在多くの家族は子ども、老祖父母、両親、兄弟姉妹などが日常的
    に接触できない一家離散同様の生活状態に追い込まれている。家族
    みんなが下宿人のようになっている。遠距離・長時間通勤は勤労者
    自身の疲労の回復、家族の団欒、子どもの成長、老人の福祉、コミ
    ュニティの形成などに弊害をもたらしている。阪神大震災級の直下
    型地震が平日・昼間の東京で起きたら、都内で働く人のうち約240
    万人が「帰宅困難」になると、警視庁は発表した。

    家のなかで滑ったり転んでの家庭内事故による死亡者は年間七千数
    百人である。

    ロサンゼルスのデベロッパーを訪問したとき、二人の年輩の元保健
    婦が出てきたのには驚いた。会社は経験のある保健婦を開発・設計
    部門に採用し、健康や福祉に配慮した住居と居住地開発にとりくん
    でいるのだという。日本でもデベロッパーや住宅メーカーやマンシ
    ョン業者などが、住宅と健康・福祉について専門知識のある保健婦
    や理学療法士その他の保健・医療経験者を採用すれば、乳幼児から
    高齢者までの健康的で住みやすい居住空間づくりに寄与できるので
    はないかと思う。

    日本の政治は「教育制度の改革」にエネルギーを傾けるが、もし日
    本の未来に思いをはせるのなら、政治家も親も教師も、子どもたち
    の心身が伸び伸びと育つ住環境や自然の回復に力を注ぐべきであろ
    う。

    日本の高齢者にとって最も深刻なのは、一定の広さと設備のある、
    まともで安心して住み続けられる住居をえられない、ということで
    ある。

    人間に値する生き方をすることは人間としての基本的人権である。
    人間に値する生き方は、人間にふさわしい住居がなければ不可能で
    ある。

    わが国の政府・国民には、居住を権利として受け止める感覚は希薄
    である。いわゆる民主的勢力、研究者も居住の問題に鈍感であった。

    個人の家を考えても分かるように、住みやすくしたいという気持ち
    と創意工夫がなければ、家の中は住みやすくならない。住居やまち
    づくりも同じである。わが国では、この市民の参加による「住む能
    力を発展させる権利」が奪われている。それが全体として住居とま
    ちをよくすることを阻んでいる。

    地域づくりはひとりではできないから、大勢の人が相談する。それ
    が民主主義を育てる。市民自治が重要であるのも、自治をつうじて
    市民の住む能力の発展が可能になるからである。

    わが国の持ち家中心の住宅政策の最大の問題は、住居の問題を家を
    持つことに矮小化してしまったことである。どのような家やまちや
    村が子どもの発達や高齢者の福祉や人間の幸せにつながるのかとい
    った想像力と創造力、つまりは人間にとっての本質的な居住空間の
    ありかたを構想する動機も能力も摘み取ってしまった。(…)居住
    の主体性とは、人間居住のありかたを構想する能力でもある。その
    回復が必要である。

    その土地に住んでいる人たちが自らの知恵と経験で地域や町や村を
    よくしていこうとするのが、自治の原点でもある。それを援助する
    のが自治体である。わが国の市民主体のまちづくりの困難と真の自
    治や民主主義がなかなか根づかない今日の状況とは、密接に関係し
    ていると言わざるをえない。

    居住の安定がなければ、これからの社会は成り立っていかない。高
    齢社会の福祉など成立しようもない。「住居は人権であり、福祉の
    基礎である」という考え方は、その意義をましているように思う。

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    ●[2]編集後記

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    昨日は母の日。母の日というのは、亡き母に白いカーネーションを
    献じたことが由来だそうですね。母が生きていれば赤、亡くなった
    場合は白。それを胸に飾るのが米国における母の日の始まりだとか。

    イエスが十字架で亡くなった後、聖母マリアが流した涙の後に生え
    たのがカーネーションだったという言い伝えもあるそうで、そこか
    ら転じて、カーネーションは母の愛情を象徴するものになったとも
    言われています。「母への愛情」ではなく「母の愛情」なんですね。
    母の愛情に思いを馳せるのが、母の日の正しい過ごし方なわけで、
    プレゼントが大事というわけではないのです(←言い訳です)。

    母の愛情というと、思い出すのは炊事洗濯や身の回りのことばかり。
    昨日、近所の洋服修理屋さんにズボンの修理の相談に行ったのです
    が、2500円くらいかかると言われ、母が生きていればこんなの簡単
    に直してもらえたのにな、と亡き母のことを思いました。思い出す
    のはそういう即物的なことばかり。しかも、してもらったことばか
    りで、こちらから何かをしたという記憶はほとんどありません。

    思い返すと、ものごころついてからの自分が母を喜ばせることがで
    きたのは、大学に合格した時と、娘が生まれた時くらいだったかも
    しれません。娘が生まれた時は、「これでツトメを果たした」と心
    底安心したように言っていたのが印象的でした。母にとって子育て
    とは何よりも「ツトメ」であったのです。「無償の愛」と言われて
    もピンと来ないけれど、ツトメと思うからこそ無私になれたのだと
    言われると、あの迫力も何だか納得できる気がするのです。

  • 勉強になった。日本が諸外国より遅れている点は多々あるが、居住福祉についても明らかに遅れをとっており、これからの政策も大丈夫なの?って感じ。

  • 住まいあっての人の生活。当たり前といえば当たり前のことだが、日本では必ずしも居住環境のあり方はそうした視点から検討されてこなかった。70年代の状況を記した『住宅貧乏物語』から18年経った1997年に本書は出版された。内容としては『貧乏物語』の方がインパクトはあった。こちらは住宅改造助成など福祉政策との関係や諸外国の事例紹介、阪神大震災の教訓などがちりばめられている。

  • 「家」について考えさせられる本です。

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