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Amazon.co.jp ・本 (224ページ) / ISBN・EAN: 9784004305804
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対談形式で展開される本書は、加藤周一氏と丸山真男氏の知的対話を通じて、日本の思想や文化の形成過程を深く掘り下げています。特に明治期の翻訳活動を軸に、外国文化の受容やその影響を探る内容が魅力的です。対談...
感想・レビュー・書評
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丸山真男と加藤周一の二人の碩学による対談。
丸山真男は60年安保闘争でのオピニオンリーダーの一人だったが、70年安保闘争では、全共闘から批判され、心労と体調不良で逼塞するのだが、そういう政治色抜きで見ると、恐ろしいほどの碩学の徒であるのが分かる。「日本政治思想史」における業績や『福沢諭吉論』はそれ以降の思想史研究家にとって、現在まで見過ごすことのできない金字塔的な存在となっている。
本の冒頭の説明では「日本近代思想体系」の解説の作業にあたって、当時丸山真男が体調を崩していたので、その執筆を任された加藤周一が、丸山真男の意見を聞くための問答集という事になっているが、さすがに二人とも博学の主で問答の範囲は翻訳の問題を越えて拡がっていくのには、痺れる一方で、ついて行けない場面も多々あり、私の知的水準の低さを思い知らされた次第です。
タイトルは「翻訳と日本の近代」となっているが、江戸時代の荻生徂徠や本居宣長に話しが及び、江戸時代に既に翻訳という概念が出来上がっていたという処から話が始まる。その流れが、幕末~明治の広汎な西洋文献の翻訳、ひいては日本の近代化に繋がっていく。
面白かったのは、アヘン戦争で英国に敗れたのは中国なのに、中国人よりも、幕末の日本人の方が、熱心に英国事情を知ろうとして、近代化を急いだ。
その理由として、「戦闘者」=武士が支配階級だったことが大きく、中国のように文治官僚が支配階級だったら、そういう機敏な反応は出来ない。
当時の文献を読むと、天下大平が音を立てて崩れると、支配階級の武士に甦るのは戦国時代だと言う。サラリーマン化していた精神に武士の魂が現象的に甦る。これは吉田松陰だけでなく、広く本来の侍が、事態を軍事的脅威として受け取った。
また、明治5年に森有礼が大和言葉には抽象語がないから、とても西洋文明をものに出来ないと、「英語の国語科」を提唱し、それに対し、馬場辰緒が、日本で初めての日本語の文法辞典を書いたり、英語を国語にした場合の弊害を説いて反論している。兎に角、この時代に翻訳するに当たり、新しい日本語を創っていった福澤諭吉等の人々の努力には頭が下がります。
また、近年英語力の強化が叫ばれているが、幕末~明治にドップリと英語浸けになった人々は、この事態をどうみているのでしょうか?
色々と考えさせられる一冊でもあり、大変疲れる一冊でもありました。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
加藤周一氏の質問に丸山真男氏が答えるという形式の本。1998年にこんな面白い本が出版されていたのか。学生時代に出会いたかった。
対談本の面白さは、対談を通して新たな知見が誕生する瞬間を追体験できるということにあると思う。
あの加藤周一氏でさえ明確な形になっていなかったものが、丸山真男氏を介することで1つの知見として形作られていく。
そのダイナミックな過程そのものが読むものを興奮させる。
もちろん内容がすべて理解できたわけではありません。
だいたい「『道理』と『物理』の区別」とかさらりと言われて、
どれだけの人が「ははん、なるほど」って言えます?
そうした難しさは当然あるのだけれど、それを超えるダイナミクスが面白い。
明治期の、ひいては現代社会の知の枠組みがどのように形成されていったか。
そんなことに興味がある人にはぜひおすすめしたい一冊だった。 -
明治初期の思想状況を翻訳を軸に解説する。福沢諭吉に根拠ある興味を抱いた。
思想的な足腰の強さがこの時代にはある。今はどうか。娯楽に商売に依存しすぎていないか。 -
1998年刊、岩波新書。再読。日本近代思想体系「翻訳の思想」編集にあたって両者が交わした問答、主に加藤が聞き役、その記録。会話なので読みやすい。
1翻訳文化の到来、2何を、どう、訳したか 3「万国公法」をめぐって 4社会・文化に与えた影響 の4章からなる。
幕末明治に政府が力を入れて、反政府系のものまで含めて懐深く政策的に大々的に翻訳出版を行っていることに感心する。 -
明治維新期の日本がいかに西洋の思想と対峙したかを翻訳の視点からひもといている。近代化を成し得たかつての日本にあって、今の日本にないものは何なのだろう。考えさせられる。
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明治維新後の翻訳の歴史について書かれている。途中脱線するけれども、話が面白い。
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日本の近代化において、同時的にみれば翻訳主義による西洋思想の受容は大きな役割を果たしたと言えるだろうが、通時的にみればそれを可能にした江戸時代の翻訳文化まで遡る必要がある。日本思想史的には江戸期と明治期の連続性については福澤を典型とする「一身二生」で語られる事が多く、本書もそれに則る形で議論は展開されている。
ただし、本書は対談本というか問答集の形態をとっているので、議論が発散しており少々まとまりに欠ける印象がある。2人の生き生きとした会話を楽しむならいいのだが、思想史として勉強するならもう少し整理された内容の本を読んだ方がいいように思う。 -
いい意味で期待を裏切られた感じ。宣長の玉勝間や太宰春台など、おもろいこぼれ話が豊富。丸山は流石だなと思わせてくれました。
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2018年02月11日に紹介されました!
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対談形式で読みやすい文章だと思ったのですが、確かに読みやすいのですが単語、人名などわからない事が多く結果的にあまり内容を理解できなかったと思います。本の中で福沢諭吉について話しているところが結構あったので手始めに「学問のすすめ」を買ってみました。
あまりにレベルの違うお話の内容だったので、星はつけられません。
いつかつけられるようになると嬉しいですね。 -
以前,筆者は相模大野の市立図書館に足繁く通っていた時期があるのだが,そこで何気なく手にとって読んだら,これが抜群に面白い!!著者は誰だと思ったら丸山眞男と加藤周一という,知の両巨頭という。そりゃ面白いわけですね。
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(1999.03.20読了)(1999.01.02購入)
(「BOOK」データベースより)
日本の近代化にあたって、社会と文化に大きな影響を与えた“翻訳”。何を、どのように訳したのか。また、それを可能とした条件は何であり、その功罪とは何か。加藤周一氏の問いに答えて、丸山真男氏が存分に語る。日本近代思想大系『翻訳の思想』(一九九一年刊)編集過程でなされた貴重な問答の記録。自由闊達なやりとりはまことに興味深い。
☆関連図書(既読)
「日本の思想」丸山真男著、岩波新書、1961.11.20
「雑種文化」加藤周一著、講談社文庫、1974.09.15 -
完全積ん読このへん
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「問答」形式になっている。会話の記録なのでまとまりはあまりないが読んでいて面白い。
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徂徠・白石・福澤を褒め称える近一世代前の近代知識人の言葉は矢張りかび臭くも思えるが、中国の支那思想の受容に関して、また支那のエターナルなものへの関心と、日本の歴史への姿勢に関しては多くの示唆を得た。しかし、宣長の矛盾(神代を尊びながら歌論は古今という)は頂けない、その点、宣長の遺書より入った小林秀雄の文学的感受性の方が真に近づいている気がする。いづれにしても「矛盾」と見える心性は合理主義のものである。
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幕末~明治初期にかけて出版された数多の翻訳書。
昭和を代表する知の巨人・丸山眞男と加藤周一が、その翻訳過程と対象領域から日本の近代化を考察する。広範かつ深淵な教養に裏付けられた二人のやり取りが非常に面白い。
議論は、中国語に対する日本の漢文式な読解法が翻訳に過ぎないことに気が付いた荻生徂徠の転換論的発想から始まり、外国語の認知、翻訳による主張の過激化傾向、歴史と道徳に対する認識、そこから日本語訳の特徴が生み出されていく過程へと推移する。また、翻訳を渇望された軍事・歴史・化学に対する関心、そしてそれらが知識人に与えた影響に関しても問答がなされる。
長い歴史を持つ中国文明を受容してきたために、当時の日本が歴史的アプローチを好んでいたという指摘、また逆に中華思想の中国では歴史を超えた真理が重視されるという指摘が個人的には印象的だった。 -
対談あるいは聞き書きの体裁をとり、話はときどき脱線するものの、示唆に富む話が満載。明治初期の大混乱の時代に多数の翻訳書が出版されていたこと自体が新鮮。
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対話形式でとても読みやすいということはあれど、やはり内容はかなり難解だった。
翻訳文化、という事情はあれど日本の変わり方についての考察が面白い。
薩英戦争で負けたと思ったら英国に留学などの、驚くべき変わり身の早さ。これがやはり日本の良さ、成長の理由だと思う。
尊王攘夷を信じて西南戦争までつながる人と、イデオロギーを交換可能な道具と考えていた人。後者のような身の切り替えが出来ていた昔の人があってからこそ、だと思う。
難しさはあっても軽く読むことが出来た前半部が良い。
加藤周一のあとがき。文化の一方通行は社会の孤立を意味する、には鎖国時代の日本の遅れ、これが今にもつながってきている(=改善されていない)ことを表しているような気がして何とももどかしい感覚を覚えてしまう。
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