日本語練習帳 (岩波新書 新赤版596)

  • 岩波書店 (1999年1月20日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (224ページ) / ISBN・EAN: 9784004305965

みんなの感想まとめ

日本語の微妙なニュアンスを深く理解するためのトレーニング書で、練習問題を通じて言葉の使い分けや意味の違いをしっかり学べます。「思う」と「考える」や「が」と「は」など、普段何気なく使っている言葉の背後に...

感想・レビュー・書評

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  • この本は、国語学者で学習院大学名誉教授の著者が記した日本語トレーニングの書で、練習問題を交えながら日本語の細かなニュアンスの差異が解説されています。

    「思う」と「考える」、「しっかり」と「大丈夫」、のように類似する単語の微妙な意味合いの違いから、「が」と「は」など一見すると違いがなさそうな助詞の使い分けまで詳しく解説されています。

    『日本書紀』や『源氏物語』、夏目漱石や森鴎外など日本の古典を引用しながらの考証も豊富で、どんどん読み進めることができました。


    以下は言語の能力があるということ、良い言語生活を営むということについて著者が述べた部分の引用です。
    言葉を学ぶ意義とそのおもしろさは、まさにこれに尽きるなあと感じました。

    「語彙を七万も一〇万ももっていたって使用度数1、あるいは一生で一度も使わないかもしれない。だからいらないのではなくて、その一回のための単語を蓄えていること。」

  • 大抵の日本人は日本語を普通に話せるけれど、正確に使いこなせているかはまた別の話。
    よりよく日本語の読み書きができるようになるための、日本語トレーニングの手順本。

    練習帳とタイトルにあるように、途中ドリル的な問題が出題され、最後に得点計算もできる。

    「思う」と「考える」。
    「通る」と「通じる」。
    「意味」と「意義」。

    正しい使い方は感覚的にわかるのに、違いや定義を説明しろと言われると、意外と難しいもの。
    問題ごとに立ち止まって、きちんと自分の言葉でまとめようとする。
    考えさせられる本だった。

    一般的な学校文法とは違った、筆者独自の切り口もあった。

  • 家の整理をしていたら、買ったまま放置していた本が数冊出てきたうちの一冊。
    当時の私がなぜこの本を購入したのか今となっては分からないが、おそらく大人として改めて日本語を学び、語彙力のある人間になりたいと思ったのだろう。

    日本語練習帳だけに、ところどころ練習問題があって、やってみると案外難しい。
    学校では単語に対してこんなに深く教えてくれなかった気がする。

    語彙を増やしたい。もっともっと本を読まなければ…

  • 水泳ができるようになるためには、練習が必要であるように、文章についても、初心者である方にも日本語の練習が必要である。そのための『日本語の練習帳』を用意したとのことです。

    気になったことは以下です。

    単語に敏感になる

    ・考えるとは、理性的な働きで、思うとは感情的なものである

    ・思い込むとは、一つの考えを心にもったときに、それ1つを固く信じて他の考えをもてないこと
     考えこむとは、問題に関わって、あれこれとしきりに考えをめぐらして止まらないこと

    似たような言葉をならべると微妙にニュアンスが違う。それを知るには、辞書をたくさん引いてその単語を調べること。

    助詞の使い方 「は」と「が」の使い方、どう違うのか。

     日本語文法のアプローチ。そもそも「文法が必要なのは、知らない言葉(言語)を学ぶとき」

     文章は長いより短くする 区切るとセンテンスが明確となり、言葉が鮮明となる

    文章をわかりやすくするコツ
     ① 「のである」「のだ」を消せ
     ② 「が、」を使うな

    縮約と要約の違い
     各段落ごとに要点をまとめてそれをひとまとめにするが、縮約
     文章全体の骨格と論旨、要件を集約してまとめるのが、要約

     大事なのは、わからない言葉があったら、辞書などをつかって調べておくこと

    文を書く上での要旨は、メモとしてまとめることができる。文を書くためには
     ① 頭にある事項を思いつくままにばらばらにメモに書きつけてみる
     ② それをできるだけ細かく書く。雑多な項目を眺めて、どれを最初に次に何をと、見定め、項目に番号を振っていく
     ③ その途中で、ある項目についての準備不足、知識不足、考察不足が見えてくる。その内容をもとに不足な材料を集める、調べる、考える
     ④ 書き上げた内容のまずいところを修正する。つぎに、自分の内容の要点を項目として、順に書きあげて並べてみる。すると順序が逆になっている、錯綜してることに気づく。それを整える

    文章を書くにあたって、求める限り、短く、細かく小分けに分割する


    目次

    まえがき

    Ⅰ 単語に敏感になろう
    Ⅱ 文法なんか嫌い 役に立つか
    Ⅲ 二つの心得
    Ⅳ 文章の骨格
    Ⅴ 敬語の基本

    配点表
    あとがき

    ISBN:9784004305965
    出版社:岩波書店
    判型:新書
    ページ数:215ページ
    定価:780円(本体)
    発行年月日:
    1999年01月20日第1刷発行
    2018年06月15日第62刷発行

  • 息子へ)

    さまざまなビジネスシーンで、より明確で伝わる日本語文章を書くことは、とっても重要なスキルにあげられる。

    報告書、Eメール、プレゼン資料。

    自分で作成した文章を読み直してみて、いつも自己嫌悪にさいなまれている中流サラリーマンは多いと思う。

    お父さんも、その一人。本書を手にして、正しくて、分かりやすい日本語を学ぼうとした。

    正直、おもっていた日本語スキル本とは、少し筆者の目的が異なったためか、文章作成のノウハウ以上に、「国語」という学問的な要素にまで踏み込んだ本であった。

    そこらへんの、文法や単語の厳密な定義の解説は走り読みして、次のことは学んだ。
    ①文章の中に、「は」を、なるべく少なくする。
     つまり、文章を短くして、主語と述語を多数配置しない。こうすることで分かりやすくなる。
    ②逆説の接続詞として使う以外の「が」を使わない。
      逆説の場合も、一度文章を区切り。「しかし~」でつなげる。上の文章を保留するために使う「が、」は、なにを伝えたいのか分からなくなる。

    あと、もし、もの書き自体を、職業としたい場合は、社説を、きっかり400時に縮訳する訓練をするとよいらしい、、、。

    が、そこまでは通常のサラリーマンが追い求めるべきではないとおもう。

    といったところで、一般的なサラリーマンが望む、文章を書く上でのノウハウ要素は、あまり多くないが、それでも、日本語をうまくなりたいなら、おすすめだ。

    (お父さんの一言)
    結局、どんなスキルを身につけるにも、ただ勉強するではなく、訓練が必要だ

  • p123の読書感想文の話は、なるほどなと。感想よりも、精確に読み取る練習、文章を読む眼力を鋭く、かぁ。
    たくさん読むこと、縮約。p114の縮約は実践したい。そのうえで、p136の手順をなぞって文章を書きたい。2024/9/14(土)

  • #3225ー48

  • 皆さんは「思う」と「考える」の違いを説明できるだろうか。「通る」と「通じる」、「嬉しい」と「喜ばしい」の意味を正しく理解して使い分けているだろうか。「大丈夫」の使い方を間違えてはいないだろうか。
    私達は日本語で本や雑誌を読み、文章を書いている。コミュニケーションをとるのもほとんどの場合は日本語だ。それでも日本語を完璧に使いこなしていると自信を持って言える人は恐らくいないと思う。日常生活に支障はなくても、例えば参考図書として色々な本を読むときは、込み入った文章をもっと容易に理解できるようになりたいと感じるだろうし、レポートを書くときは、適切な表現を使ってもっと良い文章を書けるようになりたいと思うだろう。そんな学生や社会人のために書かれたのがこの『日本語練習帳』だ。練習帳なので、問題があり解答と解説が示され、自分の解答に点数も付けられる。繰り返し解いているうちに、読み書きをする上での考え方や技が身に着き、日本語の特質もわかってくるように工夫されている。
    著者は『岩波古語辞典』などの編纂も手掛けた国語学者で、日本語について多くの本を著している。その中の1冊である本書は1999年に出版され、190万部を超える大ベストセラーとなり日本語ブームのきっかけをつくったものだ
    単語の形と意味に敏感になる事、文法を理解すること、文章の骨格を見極めて要旨をつかむこと、敬語や謙譲語の成り立ちを知って適切に使う事などが日本語の基礎となる。
    日本語文法で大切なことのひとつが「ハ」と「ガ」についての理解だ。「私は大野です」と「私が大野です」、「花は咲いていた」と「花が咲いていた」など、意味の違いをうまく説明できなくてモヤモヤしていた「ハ」と「ガ」について、著者はその文法的な役割を解説し意味の違いを明確に論じている。まさに目から鱗が落ちる思いだ。
    文章の骨格をつかむ練習のために、1400字で書かれた新聞の社説を、論旨を損なうことなく400字に縮約し、更に200字に要約して見せた解答例は見事で、著者の文章に対する鋭い感覚と巧みな技には敬服せざるを得ない。本書は日本語の豊かさとそれを深く学ぶことの楽しさを教えてくれる。
    骨董の目利きになるためには、まず一流品を見続けなければならないのと同様に、日本語の優れた使い手になりたいと思うのなら、言葉に対してセンスが鋭い優れた小説家、劇作家、詩人、歌人、学者の作品や文章を数多く読んで文脈ごと言葉を覚えるのが良いというのが著者のアドヴァイスだ。多くの優れた文章に触れれば語彙も豊富になり、日本語を使いこなす力も上がるだろう。言葉に対して鋭い感覚を持ち、深く文章を理解し、良い文章を書き、正しい言葉づかいで話すという能力は、これから大学で学び社会に出ていく皆さんにとって大きな強みとなるはずだ。

  • 大野晋
    1919(大正8)年、東京深川生れ。東京大学文学部国文学科卒。学習院大学名誉教授。「日本とは何か」という問題意識から古代日本語の研究を始め、上代特殊仮名遣・万葉集・古事記・日本書紀などを研究し「日本語はどこから来たか」を追究。日本語のタミル語起源説やベストセラーとなった「日本語練習帳」などで知られる国語学界の第一人者。大野は言語を通じて「日本とは何か」という謎に挑み続けた。万葉集の研究からスタートした日本の古代語研究はやがてライフワークとなる日本語の起源を探る研究に繋がった。また大野は日本人が普段使う言葉の運用面でも大きな足跡を残した。正確に読み正しく表現すること、コミュニケーション能力の向上の重要性をわかりやすく語る。

    「日本語がよく読めるように、よく書けるようになりたいとすれば、最初にどんなことに気持を向けるといいか。  文章は一つ一つの単語で成り立っています。文章はほぐしていくと、結局は単語に達します。単語は建築ならば 瓦に喩えられるでしょう。 瓦はその一つ一つが同じ形に作られていて、適切に配置されます。 瓦ならば形が均一ですが、文章を組み立てる 瓦である単語は一つ一つ異なっていて、文章の中でお互いに微妙に応じあいます。だから、まず単語の形と意味に敏感になりましょう。」

    —『日本語練習帳 (岩波新書)』大野 晋著

    「 骨董の目利きになるためには、よい物を、まず一流品を見続けなければだめだといいます。二流品を見ていては眼がだめになる。文章もそれと同じです。よいと思われるもの、心をひくものを見馴れているうちに、ああ、これは雑だなとか、ここはおかしいなとか気づくようになる。自分を引きつけるものはその人にとってよいものなのです。だから、自分を引きつけるものを熟読して、それをいっそう鋭く深く受け取るようにすること。次に、よい文章といわれるものを読んで、どこが違うか、どちらがよいかを自分の目で判断すること。」

    —『日本語練習帳 (岩波新書)』大野 晋著

    「自分の語彙を増やすことに関しては、小説家とか歌詠みたちなどは、みんな非常な苦心をしています。例えば、与謝野晶子とか斎藤茂吉などの歌人は、辞書を読んでいって単語を拾ったようです。井上ひさしさんは、辞書をたくさん買って頭からそれを読むようですし、大江健三郎さんは、あの堅牢な製本の『広辞苑』を三冊取り替えたという です。『広辞苑』はそう簡単にはこわれない。だから、大江さんがいかに辞典を引いたか分かります。普通の人間は、せいぜい五、六万語知っていれば多い方でしょう。しかし、彼は二〇万語の日本語を消化しようとしたように見えます。しかも覚えた単語をそのままは使わない。大江さんには『万延元年のフットボール』とか『芽むしり仔撃ち』とか、普通にはない単語の組み合わせがあるでしょう。それは単語そのものではなくて、単語の組み合わせ方において新しくしようとしたのでしょう。」

    —『日本語練習帳 (岩波新書)』大野 晋著

    「ちょっと古いけれど、昭和三〇年代の調査では、高校の上級生が三万語の語彙をもっていたという調査結果があります。今は大学生でも語彙は平均一万五〇〇〇か二万くらいに落ちているのではないかと思います。読書量がものすごく減っていますから。」

    —『日本語練習帳 (岩波新書)』大野 晋著

    「生活していく上で間にあうという数でいえば、三〇〇〇語あれば間にあう。だいたいは生きていられる。これが、いわゆる基本語です。では、三〇〇〇語知っていればいいか。言語生活がよく営めるには、三〇〇〇では間にあわない。三万から五万の単語の約半分は、実のところは新聞でも一年に一度しか使われない。一生に一度しかお目にかからないかもしれない。しかし、その一年に一度、一生に一度しか出あわないような単語が、ここというときに適切に使えるかどうか。使えて初めて、よい言語生活が営めるのです。そこが大事です。語彙を七万も一〇万ももっていたって使用度数 1、あるいは一生で一度も使わないかもしれない。だからいらないのではなくて、その一回のための単語を蓄えていること。」

    —『日本語練習帳 (岩波新書)』大野 晋著

    「まず「独身」とは結婚の相手なしに一人で暮らしている成年の男女。「独白」は相手なしにものをいうこと。「独学」「独習」も、普通なら学校でいっしょに学ぶ相手がいるはずなのに、一人でする学習。「独力で」とは、協力する相手なしに、一人の力で、ということです。国や人間が他の支配から脱して自分の自由をもつときに「独立」という。「独立」は他に服従しないこと。それが「独断専行」となると、勝手に一人でしてはいけない場面で「相手なし」に強行すること。「独裁」とか「独走」、あるいは「独善」なども同じです。つまり「独」とは、相手に制約されずに自由にすることです。」

    —『日本語練習帳 (岩波新書)』大野 晋著

    「昔、森有正というフランス文学者がいて、デカルト研究者として知られていました。若いころの森さんを知っていますが、森さんは「日本語は非文法的言語だ。フランス語には文法があるけれど」と書いています。森さんは日本文法は嫌いだったのでしょう。森さんだけでなく、大多数の日本人は日本語の文法なんて嫌いです。  文法が必要なのは、知らない言葉を学ぶときです。フランス語を知らない人はフランス語の文法を習う。古文を学ぶとき現代日本人は古文の文法を習う。それが自然です。ところが学校文法では、現代語の文法から教えようとする。しかも文章を読み書きする上で大事な点にしぼって教えるのではなく、子供に「文法学」を体系的に教えようとする。「文節」から始めて品詞分類。名詞・動詞・形容詞・形容動詞 ​ 。 ​特殊な、文法好きの子供のほかは、みんな退屈してしまう。現代語は文法など習わなくても読み書きできる。芭蕉も西鶴も近松も日本文法の教育など受けなかったのに、立派な日本語を書きました。」

    —『日本語練習帳 (岩波新書)』大野 晋著

    「明治二十六年東京帝大卒業と同時に、漱石は東京高等師範学校の英語講師となったが、わずかに二か年足らずでここを辞して四国の松山中学の教師に転じている。いうまでもなく、東京高師は当時の普通教育の大本山である。そこから片いなかの中学への自発的な転任はとうてい常識では律しきれないものである。失恋の結果とか、給与の問題とかいろいろいわれているが最大の原因は、彼の自然や自由を求めてやまない心が、東京高師の教育勅語一辺倒的な空気に堪えられなかったのであろう。そのことは「坊っちゃん」の冒頭がこれを証している。この作品は舞台や事件は松山にとっているが、その主題は東京高師の生活に胚胎しているのである。  松山中学も在任一年で明治二十九年に熊本第五高等学校に転じて、明治三十三年ここから英国へ留学するのである。この熊本時代に短いものではあるが注目すべき文章「人生」を校友会の雑誌に発表している。これは一般に漱石の「暗い深淵」の表白のように考えられているものであるが、実は彼の本能ともいうべき自由模索の呻吟の、まことに素朴な表現なのである。  三十三歳から三十六歳にかけての英国留学中の漱石は、文字通り寝食を節して、のちに『文学論』としてまとめたものの資料の収集と整理に没頭したのであって、彼はここではじめて幼時から親しんできた「左国史漢」の東洋的な文学思想から近代思想への脱皮を遂げることができたのである。」

    —『日本語練習帳 (岩波新書)』大野 晋著

    「そこで練習すべきことは何か。  よく書くためには、まずよく読み馴れること。たくさん読むこと。つまり、文章全体をつかみとる技を身につけることが大事です。  昔、剣道修行のため入門して修練を積むと、先生から免許皆伝という認定を受け、極意書を授かったそうです。それは剣道の極意が書いてある巻物です。ところが、その巻物を開いてみると「敵に切られる前に切れ」とだけあったそうです。なんだ、ばかばかしい、そんなこと当たり前じゃないか。」

    —『日本語練習帳 (岩波新書)』大野 晋著

    「文章をよくするためには、自分の書いた文章を何度も何度も読み返す、そして一つの助詞の使い方にも心をくばることが必要だということ、その他いろいろのことが、この作業を繰り返すうちに体得されます。お茶を一杯  文章が上手になるためといって、先生方は生徒に読書の感想文を書かせます。しかし感想とは、おのおのの人のそれぞれの体験、あるいは過去に読んだ書物の記憶などが、新しい読書とぶつかりあって生じるものです。昔、大岡昇平『野火』の感想文を課題にしました。第二次世界大戦中、ガダルカナル島の激戦陥落のとき、ラバウル基地から飛行機を使って逃げた将校もあった中で、踏みとどまり何万の兵隊と運命を共にした陸軍参謀将校のお子さんが、一番心を打つ感想文を書きました。『野火』という作品は彼女の心をかき立てたのです。」

    —『日本語練習帳 (岩波新書)』大野 晋著

    「 このように感想文とは書き手の条件に左右されるもの。また、一度ざっと読んだだけでもいちおうは書けるものです。それでは文章の力は養われません。そのうえ、感想文を書かなくてはと思うと、読書の楽しみが失われ、読書が荷物になり、本を読むことが喜びでなくなる。これはとんでもない間違いでしょう。学校の先生方が生徒に感想を書かせるのは、一人一人違った感想が出てくるのを、読み手として楽しみたいという気持がある。  生徒のためにはそれよりも、個々の作品を精確に読みとる練習をまずさせるべきで、文章を読む眼力を鋭くさせる方が先でしょう。先生は生徒の縮約の答案にあらわれる微かな差に気を配って、生徒とつきあうべきだと思います。」

    —『日本語練習帳 (岩波新書)』大野 晋著

    「英語のセンテンスは、まず主語が立つ。次に助動詞・動詞がきて、肯定・否定・未来・過去が決まる。そして目的語がくる。つまり、話の行き先、話の枠組みはそこで明示されます。目的となる名詞の後に関係代名詞がきて、それの説明が細かく細かく続く。話は細かくなるけれども、すでに枠組みが示されているから、読み手は不安なく細部へと分け入ることができる。前にも引用しましたが、政治学者丸山眞男氏のセンテンスも長いものが多い。これは丸山氏がドイツ語に堪能であることと深い関係があります。また丸山氏は漢文をよく読み、和文も本居宣長以下の国学者を分析できるほど読んでいます。」

    —『日本語練習帳 (岩波新書)』大野 晋著

    「文体をどうするというような高度なことを、私は語る力をもっていません。私は少年の頃は小説を読むことが好きだった。そして、学生としては国語学を勉強し、社会に出てからは日本語について考え、論文を書いてきたにすぎません。その間に最も基本であると思った「文章の骨格」のことをここに説明しました。」

    —『日本語練習帳 (岩波新書)』大野 晋著

    「したがって、ある一つの行為をソトのものとして手を加えないこと、つまり成り行きのままとして扱うとは、恐ろしい自然のままのことと扱うことでした。それが尊敬へと展開しました。日本語の尊敬は、いきなり相手を上と扱い下と扱うという人間関係の上下から始まったのではなく、根本的には外界に対する恐怖から始まった。それが、恐怖 →畏怖 →畏敬 →尊敬という展開をへて、人間的関係に広がり、いわゆる尊敬語になったのです。」

    —『日本語練習帳 (岩波新書)』大野 晋著

    「 言葉は制度とか決まったものとかではない。しかし思うままに造形する絵画のような、主体性だけによってなされる表現行為でもない。言葉には社会的な規範がある。その規範にかなう形式に従わなければ、主体的に自分の気持や事柄を相手に表現することはできない。受け手は規範に従って表現を受け取り、理解につとめる。聞くことも読むことも、主体的な能動的な行為です。それは規範に従うことを通して成り立つ。言語とはそういう表現行為、理解行為の全体をいうのではないか。私がこう言えるようになったのはかなり後のことでした。  言語をそう見る点で、私は今も変わっていない。自分の思うところを aと表現したとき、相手が a ´と取ったとしたら、それは相手が a ´と取り得るように表現した自分が悪い。相手が分からないと言ったら、分からない表現をした自分が悪い。相手が aと取れるように、 aとだけしか取れないような形式を選び出して表現することを心がけなくてはならない。言葉は天然自然に通じるものではなくて、相手に分かってもらえるように努力して表現し、相手をよく理解できるようにと努力して読み、あるいは聞く。そういう行為が言語なのだと私は考えています。」

    —『日本語練習帳 (岩波新書)』大野 晋著

  • 非常に学ぶことの多い書物だった。国語という科目を久しぶりに学んだ気がする。国語を今なら楽しく学べるかもしれない。

    学んだこと
    ・「〜は」「〜が」を同じと思わないこと。
    ・「〜である」「〜のだ」を多用しないこと。
    ・「〜だが、〜」を回避する。

    英語は主語に続いて動詞がくるので話の行き先が早く明示されるため、文章が長くても伝わる。それに対して、日本語は終結をずるずると引っ張っていく傾向にあり、文章は短い方が明瞭に伝わりやすい。
    このようなことから、英語が読みにくいことにもつながっているのかもしれないと思った。

  • この本は、語の意味の中心を的確に把握し、それを表現するための方法論である。

    著者は『岩波古語辞典』の制作に長く携わってきた。これは言葉(や概念)の中心的な意味をひらすら掘り下げ、掴み取った単語の特徴を文章で説明する仕事に従事していたと言う意味である。
    そんな経験から打ち出された文章によって次々と、今まで感じていたモヤモヤを言語化し思考をクリアにしてくれた。
    言葉に対して敏感になるために日本語と向き合ってきたからこそ、本質を掴み平明に表現できるのだろう。

    必要な状況に応じて、ぴったりな言葉を選び取り表現する。本書はその訓練の方向性を確かなものにした。

  • 日本人なら日本語を話す(書く)ことができると思いますが(大坂なおみのように日本人でありながら海外生活が長く英語の方が堪能なケースもありますが)、日本語を使いこなすことができる人はどれだけいるでしょうか。

    例えば、「はっきりとした」を意味する言葉として「明白な」「明確な」「明晰な」「鮮明な」などがあります。

    文脈によって的確な言葉を使うことで、「はっきりとした」では表しきれない、奥深さを伝えることができます。

    本書は、このような事例を交えながら、日本語の奥深さ、表現の豊さを説くなど、参考になる箇所満載です。

  •  何の番組かは忘れたが、テレビのバラエティ番組でかつてのベストセラーとして紹介されていた。ずいぶん前に出版されていたのに知らずにいた。最近の自分の趣味に合ったので読んでみることにした。ただ読ませるだけでなく、タイトル通り練習問題を多用し解説しているので、最後までとても興味深く読み進めることができた。

     また学生のトレーニングとして読書感想文ではなく、既存の文章の縮約訓練を推奨している。著者が言うように読書感想文にあまり訓練効果が無いなら、これまで世の国語学者たちは何をしていたのかと言われても仕方がないだろう。これは早急に結論を見いだし、教育現場に反映させるべきではないのか。

     中でも面白いと思ったのは敬語の使い方だ。一般に敬語については、それだけでひとまとめの本になっているようだが、このように国語の解説の一部として取り上げでいるのはあまりなさそうだ。その中で太宰の「斜陽」に使われている敬語を批判している。確かに「斜陽」の敬語にはずいぶん違和感を持った。太田静子の日記を丸写ししたからそんな表現になったらしいが、そもそも太宰は津軽弁ばかりしゃべっていだろうから、正しい敬語や標準語など解らなかったのではないだろうか。

     志賀直哉が戦後の国語改革にあたり、日本語を廃してフランス語なり先進外国語を採用すべきと主張していたとは驚いた。そんなことにならずに良かった。いかに愚かなことか隣国を見ればわかる。漢字を廃してハングルのみにした半島の人々は、自分たちの古典さえ読めなくなってしまったという。わが国の国語も危うくローマ字や英語などにされるところを回避して本当に良かったと思う。

  • 時折ヤフコメを目にする機会があるが、漢字の誤りは当たり前、用語の選択が間違っていたり、論理が破綻していたりするコメントが非常に多く、国語力の低下に驚くことがある。いや、これは低下ではない。ネット以前の社会ではプロの書く文章しか目に入らなかったが、いまや誰でも自分の文章を公開できるようになって、市井の人たちの文章を目にする機会が史上初めて出現したことが真相だろう。匿名とは言え、よく恥ずかしくもなく投稿できるなと感心する(この駄文を書いてるお前が言うな、と言うのは無しで。。。)。
    一方でブクログのレビューにはヤフコメのようなひどいものは少ない。やはり読書量と表現力は比例するんだな、と実感した次第。

  • 日本語は難しい。
    毎日使ってるけど、間違うこともたくさんある。
    日本語の使い方を学ぶため、非常に良い本であった。

  • 日本語の難しさ、奥深さがひしひしと感じられる。また、自身の国語力の低さも痛感させられる。


  • 【あなたは、日本語の文法を意識したことがあるだろうか】
    上記の一文における「は」と「が」の役割を説明できますか?

    私はできなかったし、自分で考えてみてもしっくりした答えは思い浮かべられなかった。本書には書いてある。是非読んでみてほしい。
    本書は実践的に日本語の文法を学んでいくスタイルである。
    詳しい説明は省略する。

    私の思いが言語化されたと思うほど府に落ちた記述が本書にあったので、ここで要約して共有したい。

    自分の思いをaと表現したとき、相手がa`と受け取ったとしたら、それは相手がa`と取り得るように表現した自分が悪い。相手が分からないといったら、分からない表現をした自分が悪い。相手がaとして受け取るように、自分が努力しなければならない。
    そういう行為が語学なのだ。

  • 日本語は天然自然に伝わるものではなく、
    伝えたいことを正確に伝えるためには、一義的な日本語を使わなければならない。
    仕事でも行きてく上でも読んでおきたい一冊です。ハとかガの意味なんて、初めて考えました。

    #読書 #読書記録 #読書倶楽部
    #日本語練習帳
    #大野晋
    #2017年35冊目

  • いつか流行った本書をいったい何年遅れだろう、ひもといてみた。
    助詞の「は」の定義に驚愕した。
    肝心の練習問題は途中から面倒になってやめた。

  • 岩波新書のベストセラーにしてロングセラー。できれば学生時代に読みたかった。文法がどうこうという話だけでなく、その社会的・歴史的背景にまで考察が及んでいて、とても興味深く読めた。少し時間をおいて再読しようと思う。

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著者プロフィール

1919-2008年。東京生まれ。国語学者。著書に『日本語の起源 新版』『日本語練習帳』『日本語と私』『日本語の年輪』『係り結びの研究』『日本語の形成』他。編著に『岩波古語辞典』『古典基礎語辞典』他。

「2015年 『日本語と私』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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