小国主義―日本の近代を読みなおす (岩波新書)

著者 : 田中彰
  • 岩波書店 (1999年4月20日発売)
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  • Amazon.co.jp ・本 (210ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784004306092

作品紹介

軍事大国路線を突き進んだ近代日本は、やがて敗戦によって破綻した。この歴史の歩みを、いま私たちはどう捉えなおすべきか。日本国憲法こそ小国主義の結実とする著者は、小国論の視座から、まず『米欧回覧実記』を検討し、植木枝盛・中江兆民らの主張、三浦銕太郎・石橋湛山の議論をたどりながら、日本近代史の全体像を描きなおす。

小国主義―日本の近代を読みなおす (岩波新書)の感想・レビュー・書評

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  • 前半の入りはよかったが、結局岩波ブックレットのような出来になってしまった。小国主義から一国ナショナリズムの文脈を排除して、平和憲法を守れという旧左翼的文脈で思考は停止する。ちょっと、おそまつすぎはしないか。

  • 戦前の記憶を持ち、戦後レジームの脱却に危機感を抱く著者の手になる良著。
    帝国主義を標榜した岩倉使節団以降の政策を大国主義と定義し、これに対比させる形で小国主義の思想的歴史を跡づける著作。
    その流れは中江兆民から石橋湛山に繋がり、対外的には平和外交を、対内的には自由の保障が根幹とされる。

    戦前への回帰を意欲する政権の時代に読みたい一冊。

  • 大学の恩師の著作。明治維新の研究では有名な方です。先日亡くなられたという記事を読んで、著作を図書館で借りて読みました。
    明治維新直後の岩倉遣欧使節団に、その後の大国主義と対抗する小国主義の萌芽を読み取り、その選ばれなかった小国主義の選択肢=未発の可能性が、歴史の節目節目で再三顕れてくる、そしてそれが最終的には現日本国憲法の草案に繋がっていく。決して現憲法は外国からの押し付けではなく、明治維新以来内在していた未発の可能性の行き着いた処なのだ。
    これは僕が卒業してから書かれた本ですが、大病をされたにもかかわらず、元気さが伝わってくる文章で、学生時代を少し懐かしく思い起こしました。
    今年は大学時代の友人を訪ねてのポーランド旅行とから何かと大学の思い出と関わる事の多い年だったかも。

  • [ 内容 ]
    軍事大国路線を突き進んだ近代日本は、やがて敗戦によって破綻した。
    この歴史の歩みを、いま私たちはどう捉えなおすべきか。
    日本国憲法こそ小国主義の結実とする著者は、小国論の視座から、まず『米欧回覧実記』を検討し、植木枝盛・中江兆民らの主張、三浦銕太郎・石橋湛山の議論をたどりながら、日本近代史の全体像を描きなおす。

    [ 目次 ]
    序章 小国主義とは
    1 近代国家の選択肢を求めて―岩倉使節団のめざしたもの
    2 自由民権期の高揚と伏流化―植木枝盛・中江兆民の位置
    3 「小日本主義」の登場―大正デモクラシーの中で
    4 日本国憲法をめぐって―小国主義の理念の結実

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  • 三浦銕太郎という人の知名度は低いけど、戦前にこういうことを主張していた言論人がいたというのはもっと注目されるべき。植民地を放棄し、小国として生きる道を歩んでいたら、どうなっていたんだろう。そして、東洋経済新報社における三浦の前任者であり、若くして亡くなったので三浦よりもさらに知られていない植松考昭という人は、ぼくの遠い親戚にあたるようだ。もうちょっとこの人のことを知りたい。

  • 米欧回覧実記は読まないといけないな…と感じた本。小国主義についてここから考察を始めるのは新鮮だった。

  • 日本の近代において、自由民権運動以来「伏流水」のように流れる「小国主義」(武装放棄、個人の自由尊重、削減した軍事費を産業・文化等へまわす)の伝統を見出し、1999年時点での改憲論に対し強い異を唱える著作。本書が出版されたのは今から8年前だけれど、9条を中心とした憲法改正は依然として、いやよりアクチュアルな問題として僕らの眼前に迫っているだけに、その意味で護憲の書として読むことが可能だ。

    改憲派による「押し付け憲法論」の恣意性(歴史的側面において特に)は、日本史の学会内でもことに色々な論者によって主張されているのだけど、この本も戦後すぐ立ち上がった憲法研究会の憲法草案の内容と、日本国憲法の内容の共通性を見出すことで「押し付け憲法論」を論破している。にもかかわらず、世の中ではどうも「押し付け憲法論」が依然として優勢な気がするのは、伝えることを怠っている歴史研究者の怠慢なのだろうか?という気がしてくる。

    それから、非常にアクチュアルな問題としては、軍縮や軍備放棄に対する理屈として必ず出てくる「もし他の国から攻められたらどうするのか」ということについても触れられている。これも『三酔人経綸問答』以来のアポリアとして今日も存在し続けていることが提示されていて、興味深い。ただし、この点に関して本書の回答は、これまでの護憲派の意見(無抵抗主義か、あるいは相手の「道義」を信頼することで戦争回避)を乗り越えるような見通しを提示していないような印象は受けた。この理屈で、果して他国脅威論を納得させることはできるのか。

    というよりは、このアポリアにはおそらく回答はないような気もする。とすれば、多くの人たちはは他国脅威論にしても、軍備放棄論にしても、どちらの説得性にもある程度の理解を示しつつ、「まあ矛盾は矛盾としてもうちょっと様子を見ていきましょうよ」と曖昧な態度で現状を維持していくのが、最も「大人」な態度ということになるのだろうか。

    ちょっと話が逸れてしまったけれど、本書での「現在」の「小国主義」についての疑問を1点だけ。「小国主義」に依拠して軍事費を産業にまわしたとしたら、グローバリズムのなかで個人主義と資本主義が一層進展してしまって、より残酷でひどい経済格差が少生じる社会になる可能性はないのだろうか。グローバル経済の問題と「小国主義」との関係がどのようなものであるのかは、読んでいて気になった。

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