科学の目、科学のこころ (岩波新書)

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  • Amazon.co.jp ・本 (214ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784004306238

感想・レビュー・書評

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  • 1999年刊行。著者は専修大学法学部教授(ただし専攻は行動生態学)。雑誌「科学」に寄稿したエッセイ集。敷衍すれば何百頁ものハードカバー書籍が出来そうな多種多様なテーマを簡潔に叙述。性淘汰仮説や生存競争、ハンディキャップ理論等、生物学に関心があれば既知の事項も多いが、大学論、あるいは科学哲学者と科学者との噛み合わせの悪さに関する著者による得心のいく説明など、読破の価値ある一書。ここまで言い切れるかは自信はないが、多くの人が保有することを著者が願う、科学的教養の一端に触れることが出来る書とも言えようか。

  • 元は雑誌に連載のエッセイだっただけあって、短い文章に内容が纏まっていてとても読みやすい。
    科学にさほど興味のないひとにおすすめしたい本。

  • 面白い話も多かったですが、全体的に読みにくい文が多かった印象 

  • 繊細な観察眼と豊かな色彩表現

  • タイトルと内容の整合性に疑問を感じるが、短編の集まりなのですぐに読めた。留学のエピソードや日本の大学の在り方に関する考察は面白かった。

  • 1-1 科学論・科学史

  • 確か高校生の時にふとしたきっかけで著者の存在を知って、それ以来ずっと頭の片隅にはあったが、数年の時を経て、こうしてようやく読む機会が訪れた。雑誌『科学』に掲載された、科学に関するエッセイをまとめたものだ。高校生から大学生の初めころまではエッセイという形式が好きで、よくいろんな人のものを読んでいたが、ここ数年はあまり食指が動かなかった。今こうして久しぶりにエッセイを読むと、やはりあまり面白いと思えるものではなかったのだが、それは内容云々というよりは、一つ一つの話が短く、単純に読み物として物足りないからだろう(エッセイなどの軽い読み物は、やはり電車の移動時間とか、ちょっとした時に読むものであると思いました)。
    著者は、専門は自然科学(行動生態学)だが、社会科学、人文科学などにも関心があるせいか、本書も、科学と社会との関わり、人間との関わりなどにも幅広く言及していて、そのあたりがエッセイを非常に親しみやすいものにしていると思う。
    あとがきにもあるが、著者の主要な関心である「科学とどのようにつきあうべきか、サイエンティフィック・リテラシーと呼ばれるものの基本はどうあるべきか」というのは、勉強としての自然科学が苦手だった僕の関心事の一つでもあります。今後も機会を見つけては自分なりに考えていきたい。

  • 非常に興味深い内容で、示唆に富んでいたように思います。
    なんだか既視感がありましたが。

    以下、引用

    「シェイクスピアのハムレットのセリフを知らないと無教養だと思われるが、熱力学の第二法則を知らなくても無教養だと思われないのはおかしい。ーC・P・スノウ」

    「人間は天使でもなければ野獣でもない。困るのは天使のように振る舞おうと思っている人々が、実は野獣のように振る舞うことである。ーパスカル」

  • 今や科学は思いもよらぬ発展を遂げて、今なお、その発展は止まる事をしらない気がする、いつ人類の探求が終わりを遂げるのか? いや、終わりを遂げることがあるのか?私達は常に科学の発展を目にして行くだろう。

    19世紀のダーウィンの時代には考えもつかないことがありすぎる。しかしその発展は、時代を変えてきた先人の知恵があってこそ今がある。
    そんな気がしてならない。

    では、一体ダーウィンの時代にはどの様な思想や考え方があったのだろう。それを今回紹介する書籍から考えていこう。

    まず、科学の発展は古代ギリシアから始まっていた。
    その当時何かな構造やシステムを考える上で必要にモデルがあったと言われている。それは人体の構造である。

    ギリシア人は自然を理解する上で人体の構造を一つのモデルにしていたと言われている。
    いまではその対比は人体ではないのかもしれない。しかしその当時のことを考えると、人体以外で複雑で自然に近いものとといえば、人体以外なかったと推測できるのではないだろうか。

    というように昔はそのような考えのもとで科学を発展させてきた。

    今では。バソコンや主に機械、動物など様々なものを活用できるような時代になった。

    本書はこのように出発して、この後に生物全般の話し、そして科学と社会の話し、そしてまとめにはいるという流れである。

    最後にはこんな内容になっている。

    ダーウィンの時代にはより優れた血統改善のためにより優れた血統を増やし、望ましくない人間の繁殖を妨げることによって人類を改良するための科学と定義されている。これを優生学というのですが、何故このような思想が生まれたかというと、この時代は資本主義の発展で貧富の差の増大によって、悲惨になったので、その社会を改良せねばならないと思い、その考え方に至ったとされている。

    本書ではこのようにまとめられている。「優生思想は1900年代初頭における急速な遺伝学の発展と社会改良思想とを背景に、人類の生物学改良が可能であると考えた、性急な理想主義の産物であった。」

    しかし、その思想に関して、社会にとって何が好ましくて、何が好ましくないのか?いったい何を基準にして判断するのか。という社会思想が科学を安易に使おうとして失敗した例でもある。

    では私達はなにを基準にすればよいのか?悩むところである。

    今の政治でもそうだが、日本にとって何が好ましくて、何が好ましくないのか?という問いに対して、頭を悩ませる次第である。
    しかし一つ言えるのは、好ましくないものを排除するという考え方は今後の社会にとってもよくないだろうと思う。
    不必要だと思われていたものにもれっきとした考えがあり科学があります。
    それを見極めることが本書で伝えたかったことではないだろうかと私はおもう。

    以上で話しは終わりだが、ここで長谷川氏が建築について話している箇所があったのでちょっと紹介しよう。
    このようにまとめている。
    「数学的な線や物理法則は、なぜ人間の審美的感覚を刺激するのだろう?自然界の生物が作り出す形は、なぜ美しくみえるのだろう?その答えは、数学や物理学ではなく、私達の神経系の構成に関する生物学の中にあるに違いない」と著者は考えている。

    数学的な線とかは20世紀の建築が装飾から解き放たれて、線の美、合理主義な建築美が現れてきた背景にある。

    おもしろい見解だと思う。生物学と建築学はなんの接点もないかのように見えるが、実は建築学ももとは人体をモデルにしていたし、なんのおかしな点もないことが時代を読めばわかることである。

    とまぁ話がそれたが、これで今回の書籍の紹介を終えたいと思う。

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