科学の目 科学のこころ (岩波新書 新赤版 623)

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  • Amazon.co.jp ・本 (214ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784004306238

感想・レビュー・書評

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    数学的な線や物理法則は、なぜ人間の審美的感覚を 刺激するのだろう?自然界の生物が作り出す形は、 なぜ美しくみえるのだろう?その答えは、数学や物 理学ではなく、私たちの神経系の構成に関する生物学 の中にあるに違いない。

    ミルクが欲しければ、ミルクが異常に出る牛を作るのがよいのか、どうしても子ども が欲しいという個人の欲求の実現は、あくまでも尊重されるべき権利であるのか、生き 延びたければヒヒを殺して肝臓をとってもよいのか。「それをすることは可能ですよ」 とささやくのは科学であるが、「では、やってくれ」と欲するのは人間である。 優しい顔をしたドリーはすくすくと育っているが、彼女の存在は私たちに難問を突き つけている。

    そこには、「生物学はイデオロギーである」式の発言が満ちあふれている。 しかし、それでは科学もイデオロギーの一種かというと、そうではないはずだ。科学は仮説構築の連続であ り、対立競合する仮説を観察に対して照合することによって、より事実に近い仮説を選び出していく手続きで ある。これ以外に、私たちを取り巻く自然界に関する知識を得るための、よりよい方法があるだろうか?

    しかし、私たちの手持ちのやり方の中では科学は一番客観的だし、間違いを正すための 自浄機構を備えている。研究者の偏見や信念が研究の足を引っ張ることもあるが、いずれ間違いは正される。 科学は、まったくの真実そのものを提供するわけではないが、手持ちの説の中から、より真実に近そうなもの をとっていくことによって、つねに改訂の可能性を前提としている。これらのことは、「イデオロギー」とい うものの性質とは大いに異なるだろう。これは、実際に仕事をしている科学者たちの多くが実感していること にちがいない。

    ダーウィン以外では誰に会おうか?やはり、アイザック・ニュートンという人には会ってみたい。いろい ろ伝記を読んでみると、議論では相手を完璧に叩き潰さずにはおかなかったとか、けっして人前で笑わなかっ たとか(一度だけ笑ったが、それは他人を馬鹿にした笑いだった)、講義がむずかしすぎて学生が逃げ出し、教 室には一人も学生がいなかったのに講義を続けたとかいう話が多いので、あまり人間的におもしろい人ではな かったかもしれない。しかし、微積分を作り上げて古典力学を完成させた、あの分析力と洞察力の素晴らしさ には、科学者なら誰でもあこがれるだろう

    もう一人、私が興味を惹かれる一七世紀オランダの画家は、フェルメールである。この人も、その幾何学性 と静寂さに惹かれるのだが、フェルメールの場合は、これに色の要素もつけ加わっている。彼の絵は、サーン レダムよりもずっと色がきれいである。とくに青と黄色がすばらしい。

    科学が自然の成り立ちを次々と明らかにしていくことは、自然界の美しさを奪うものではないはず だ。一七世紀、科学は自然を理解する哲学の新しい姿として台頭し、芸術家であれアマチュアであれ、ものを 考えることの好きな人々は、みな科学に熱中した。そのような、科学と芸術の密接な関係は、現代では薄れた かもしれないが、科学が明らかにする自然の姿は、自然の美しさに対する感動の、一つの源でありつづけるだ ろう。

    科学も人間のやっていることなので、嘘もあればデータの捏造もある。なかでも、ピルトダウン人のいかさ ま事件は、どことなくロマンスと探偵小説風の興味のある、しかも今世紀最大の詐欺事件であった。

    ダーウィン自身の著作を読むことは、科学史の上で興味深いばかりではない。いまだに解けていない問題に 対して彼が行なった考察や、さまざま事実を組み合わせて議論を構築する彼の洞察は、一〇〇年以上を経た 現在でも、私たちに新鮮な驚きとひらめきとを与えてくれるアイデアの宝庫なのである。

    チャールズ・ダーウィンは、一八〇九年にシュルズベリにある、「ザ・マウント」(The Mount)と呼ばれる 大邸宅で生まれた。父親のロバート・ダーウィン氏は、裕福な医者だった。この家はいまでも残っており、不 動産の査定に関する政府のオフィスとして使われている。中を見学したい訪問者には、役所の人がついててい ねいに案内してくれる。

    ダーウィンは、一生自分が働かなくてすむ金持ちの家に生ま れ、自分のすべての時間を自由に使えた。のびやかな学生生活を 送り、ビーグル号で五年間かけて世界をみるというすばらしい機 会に恵まれた。多くの知的な友人や師にも恵まれた。しかし、後 半生のうちの半分以上は、原因不明の病気で苦しみ、生まれた子 どものうちの三人は幼くして死んだ。

    ふつう、店でハチミツの瓶を買うと、四五〇グラム(一ポンド)である。行動生態学者のハインリッチによる 、一ポンドの蜜を集めるために、ミツバチは一万七三三〇回の蜜集め飛行をせねばならない。一回の飛行 は平均二五分で、およそ五〇〇個の花を回る。したがって、一瓶のハチミツには、およそ八七〇万個の花を回 ったミツバチの七二二〇時間の労働が集約されているのである。 今度ハチミツを食べるときには、この数字を思い起こし、相互扶助の大切さとともに、騙されないことの大 切さも忘れないようにしよう。

    本当に、ほんどいないのだろうか?私が調べた範囲では、国公私立大学の理学部、農学部、薬学部の講 師以上の職のうち、女性が占めているのは、わずか二・七パーセントである。これは、もともと科学を志す女 性がそれほど少ないからというわけではない。先の『サイエンス』の記事にも示されているが、理学部の学部 学生のレヴェルでは、女性の割合はおよそ三分の一に達しているのである。

    アメリカは自由と平等を謳っているが、実は根強い 人種差別の社会であることはよく知られている。そし て、二〇世紀初頭には、その人種差別と優生思想とは 手に手を取りあっていた。一九二一年の移民法や、そ の前から進められていた断種法などの法案は、まさに 優生思想を実践するものである。

    社会にとって「好ましい「好ましくない」というのは、いったいなにを基準に判断するのか。「好ましい」日的のためには、「好ましくな い」人間の人権を制限することができるのか。短絡的な目的のために導 入された科学技術が、結局は人々に悪をもたらすという話は近年数多く ある。

    本書は、もともと岩波書店の雑誌『科学』に、一九九六年一月から 九九九年四月までの三年間にわたって連載したエッセイに、加筆・修正 を加えたものである。

    科学技 術のどんどん進んでいくこの時代に、専門の科学者ではない人々が、科 学とどのようにつきあうべきか、サイエンティフィック・リテラシーと 呼ばれるものの基本はどうあるべきかというのが、本書のエッセイを通 じての、一つの思考の結び目のような役割を果たしてはいる。私にもま だ答えの出ない難問である。

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  • 信州大学の所蔵はこちらです☆
    https://www-lib.shinshu-u.ac.jp/opc/recordID/catalog.bib/BA42203981

  • 777円購入2011-01-25

  • とても読みやすくて面白かった。科学者と一般人のコミュニケーション以上に、異なる分野の科学者同士のコミュニケーションは難しいのかもしれない。

  • 1999年刊行。著者は専修大学法学部教授(ただし専攻は行動生態学)。雑誌「科学」に寄稿したエッセイ集。敷衍すれば何百頁ものハードカバー書籍が出来そうな多種多様なテーマを簡潔に叙述。性淘汰仮説や生存競争、ハンディキャップ理論等、生物学に関心があれば既知の事項も多いが、大学論、あるいは科学哲学者と科学者との噛み合わせの悪さに関する著者による得心のいく説明など、読破の価値ある一書。ここまで言い切れるかは自信はないが、多くの人が保有することを著者が願う、科学的教養の一端に触れることが出来る書とも言えようか。

  • 元は雑誌に連載のエッセイだっただけあって、短い文章に内容が纏まっていてとても読みやすい。
    科学にさほど興味のないひとにおすすめしたい本。

  • 面白い話も多かったですが、全体的に読みにくい文が多かった印象 

  • 繊細な観察眼と豊かな色彩表現

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著者プロフィール

総合研究大学院大学名誉教授・日本芸術文化振興会理事長

「2023年 『ヒトの原点を考える』 で使われていた紹介文から引用しています。」

長谷川眞理子の作品

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