戦争論 (岩波新書)

著者 : 多木浩二
  • 岩波書店 (1999年9月20日発売)
3.21
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  • Amazon.co.jp ・本 (201ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784004306320

戦争論 (岩波新書)の感想・レビュー・書評

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  • 前半では軍事国家の成立のメカニズムや、軍部の論理などの分析がなされている。太平洋戦争までの軍部の在様を明治維新前からのサムライ観で説明付けたのが印象深い。後半は、20世紀の戦争や紛争といわれるものを、いくつか振り返り反戦・反暴力を再確認していていて(決して間違った話ではないものの)新鮮味に欠けた。ただ、戦禍の中での芸術の力の話題には力が入っている(著者の専門は芸術学とのこと)。

  • 難解だが勉強になる。国民国家というものは暴力を独占するゆえに、交戦権を必然的に持つ定めにあるとのこと。維新期の日本の徴兵制が憲法成立前であることが、いかに富国強兵を当時の日本が急いでいたか、いかに列強の脅威や不平等条約の十字架が重いものであったかを物語っているとの示唆。

  • 多木浩二の遺作とも言うべき『映像の歴史哲学』(みすず書房)を読んだ後で本書『戦争論』を再読すると、彼の主要なテーマの一つが、「戦争の世紀」であった20世紀の歴史哲学だったのではないかと思えてならない。そして、ここで歴史哲学とは、ベンヤミンの「暴力批判論」における「暴力の歴史の哲学」に刺激されるかたちで、戦争の暴力の歴史の連続を食い止める可能性を、新たな歴史のうちに探るものと言えるだろう。その際、芸術として現われる20世紀の精神史を踏まえ、その遺産を活かそうとしているのも、彼の仕事の特色と言える。そして、記憶をそのような力を持った新たな歴史に構成することは、喫緊の課題であり続けている。戦争論として見た本書は、たしかに議論の尽くされていないところが見られるとはいえ、戦争の暴力について根本的な問いを読者に投げかけながら、予言的な洞察を示している点は、新鮮さを失っていない。なかでも、コソヴォ紛争に介入して空爆を行なったのがNATOであったことを重視し、「グローバル化」のなかの、そしてグローバル資本の市場を拡大していくための新たな戦争が、「新たなインペリウム」の下で行なわれつつあることを、ネグリとハートが『帝国』を書く以前に指摘している点は、再評価されてもよいと思われる。

  •  多木浩二著『戦争論』。「近代の戦争」「軍隊国家の誕生」「死と暴力の世紀」「冷戦から内戦へ」「二〇世紀の戦争」と章建てされている。

     うち「軍隊国家の誕生」には「ー近代日本」の副題が付せられる。
     そこでは明治国家の誕生に、「幕府・大名家が有力商人から背負った借財」を明治政府が「肩代わりした」点を指摘する。
     それともう一点、維新政府の政策展開のその後に地主小作制度が拡大し、小作争議の頻発に軍隊は「争議鎮圧」という形で、国民皆兵で組織された軍が、国民を圧する形で対峙する構図。
     明治政府は富国強兵を政策にすえ、国際社会に伍していく国是を示した。旧幕の有力商人に背負わせた借財は政府が肩代わりしたが、有力商人にはその債務には応じなかったものの、産業育成の観点で保語と血税をつぎこむ保護政策が選択されたのだと、言いたいのだと見る。

     個人間の戦い、そして国家間の戦争は古代にもさかのぼる。
     しかし20世紀のそれは、局地の戦い、国家対国家の戦いではなく国家群と国家群の戦いとなった。それが「世界大戦」というべき結果であり、20世紀の戦略はそれまでの「陸」と「海」の覇権争いにくわえて「空」と「核」が加わったということになる。
     国民は原子力爆弾投下を忘れていないが、アウシュヴィッツも、南京もあった。非戦闘員のみならず、大量の人命が失われた。

     今日、日本国民とは遠いところで起きる戦時は発生している、とする。イラク、コソヴォ、ユーゴスラヴィア。戦いが核の時代にある今、隣国の北朝鮮にしても核保有がすすみ、本土上空を通過する兵器の実験が繰り返されている。官民の交渉と交流をこえて、なにかの触発でも攻撃をしかける自国民も人命・財産・将来への環境への甚大な被害を結果する。

     本書では、ここに注目しておきたい。
     「権力の言説の罠にはまらないこと。戦争がこれこれの理由で生じたという権力の言説に対して反論するよりもー戦争の現実を徹底的に知ることは必要だがーそれを超えて希望を見いだす言説を創造することがいっそう必要なのである」(156p)。

     著者は末尾に「可能なかぎり平易な言葉で書こうと努めた」(200p)とする。
     拙い評者として読み進めつつ。人類のどこかに、自然に対しても、人間自身にも、互いに「尊厳」なる価値を平気で踏みにじろうとした「20世紀以降」を、思わずにおられなかったのではあるが。(岩波新書 1999年)

  • 思ってた内容はとは大分違いました。私にはかなり難解な内容でした。セルビア内戦については予備知識がないので、まったく分かりませんでした。ただ、チトーというカリスマ的独裁者が治めている間は民族間の争いが表面化しなかった、くらいの認識でした。
    しかし、中で紹介されている、『南京の真実』と『アウシュビッツは終わらない』は読んでみます。

  • 専門用語が多くて読むのが大変ですが、日本の徴兵制が出来た流れ、なんかは興味深いです。ただやっぱりこういう本は思想に偏りは出てくるのかなーと思います。それらが本当に誰にとっても共通の認識なのか、他のも読んでみないといけないなっと思います。

  • 図書館より。
    期待していた内容は戦争を哲学的に、または心理学的にも踏み込んだ内容だったのですが、どちらかというとアウシュヴィッツのことや南京、各地の内戦などの歴史的な事柄の解説が印象的でした。

    第二章の日本が強国を目指しての徴兵制を始めてからの歴史は学校でもぱっと片づけられていたので、この本で今までより深く知ることができました。

    読むのに時間をかけてしまい理解をしっかりとしきれなかったので、また再挑戦したいなあ。

  • 明治維新から太平洋戦争に至るまで、日本人が「暴力を国有化」するのに本来必要な過程を経なかったという指摘が興味深かった。

  • ▼何のために戦うのだろうか。目的があれば戦争が正当化されると言いたいのではない。そうだとしても、それ自体が目的として戦われる戦争には問題がある。
    ▼相手が間違っているから私たちは戦うのだろうか。しかし、少なくとも国際関係上においては、いわゆる宗教の《真理》の脱争点化がコンセンサスとされてきた。
    ▼冷戦後の「新らしい戦争」においては、既に「旧い戦争」における合理性が妥当しなくなってきている。
    ▼「誰もが武器を捨てれば平和になる」あるいは「悪を滅ばせば平和になる」――どうやら、私たちの住む世界はそう単純ではないようだ。この世界で求められているアプローチもまた、旧い合理性を超えたものでなければならないのだろう。

  • [ 内容 ]
    すさまじい暴力と破壊の爪痕を人類の歴史にのこした二つの世界大戦、そしていまなおつづく内戦、民族紛争。
    20世紀とはまさに戦争の世紀だった。
    世界はなぜ戦争になるのか?
    われわれは戦争という暴力をどのようにし認識し、いかなる言葉で語るべきなのか。
    新たな思想的枠組みを探り20世紀をとらえかえす歴史哲学の探究。

    [ 目次 ]
    近代の戦争(戦争の近代的パラダイム;戦争と国民国家;近代における暴力批判;戦争のための国家―ナチの場合)
    軍隊国家の誕生―近代日本(徴兵令の施行;軍隊をモデルにした国家;百年戦争」の日本)
    死と暴力の世紀(暴力に直面した20世紀;ガスと炎―ホロコースト;アウシュヴィッツ後の言説;戦争と近代技術)
    冷戦から内線へ(冷戦というパラダイム;内線とジェノサイド;連邦の崩壊;あたらしいタイプの言説)
    20世紀末の戦争(あらたなタイプの戦争;バルカンとヨーロッパ;あらたな帝国の登場)

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