- Amazon.co.jp ・本 (173ページ)
- / ISBN・EAN: 9784004307112
作品紹介・あらすじ
「秋茄子は嫁に食わすな」「姑と嫁の仲の良いのは物怪の不思議」-昔から嫁姑をめぐる諺には事欠かない。諺や語録、対談・講演録を通じて、嫁姑のこれまでとこれからを語り、賢いつきあい方を考える。『夫と妻』『親と子』に続き、家族のかたちを考える三部作の完結編。読者のリクエストに応えて、ご存じ、六輔辻説法はいよいよ快調。
感想・レビュー・書評
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我が家の姑(つまり僕の母)は、息子(つまり僕)と嫁(僕の妻)を支配しようとする人だった。残念ながらあまりよい母ではなく、よい姑でもなかった。妻はよく泣かされた。嫁ではなく女中扱い。支配と隷属の関係だった。妻は精神的に追い込まれ鬱を発症しても支配の手を緩めなかった。
本書で描かれる家族像はある意味で理想の追求なのだろうと思う。描かれるいくつかのエピソードも我が家では笑い話にもならない。母の病的な性格もあったが、そういう苦労を著者はやはり理解していない。「お互いわかり合おう」が通用しない人もいる。読み物としては面白く読んだが、痛みを伴う嫁姑関係への共感も欲しかった。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
<内容紹介より>
「秋茄子は嫁に食わすな」「姑と嫁の仲の良いのは物怪の不思議」ーー昔から嫁姑をめぐる諺には事欠かない。諺や語録、対談·講演録を通じて、嫁姑のこれまでとこれからを語り、賢いつきあい方を考える。『夫と妻』『親と子』に続き、家族のかたちを考える三部作の完結編。読者のリクエストに応えて、ご存知、六輔辻説法はいよいよ快調!
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嫁姑問題といえば、小学生の頃に母親が観ていた「渡る世間は鬼ばかり」で初めて目にしたような気がします。
この年になると、母親と祖母(姑)の関係の微妙な距離感や、自分と奥さん、奥さんと自分の母親(姑)のつきあい方など、色々と見えてきたこともあり、タイトルに惹かれて読みました。
永六輔さんの書かれた文章も、掲載されている「語録」もウィットに富んでいてスラスラと読めますし、「免疫学」の視点から嫁姑問題を捉えた部分は説得力がありました。
母親にとって息子は「自分」、その息子を奪った嫁は「非自分=体にとってのウイルスと同じ」→「免疫反応」により、嫁を拒絶。
なるほど、と思います。
もちろん、そうではない家庭もありますが。。。
何はともあれ、「別の文化で育った人」であることは間違いないのですし、「異文化交流」という感覚で付き合う事ができれば、トラブルにはならないようですね。 -
嫁と姑、に関する内容。
いさかいが…とかいうのではなく
嫁と姑の関係や、それに関する文章。
どういう関係になるのか、という説明には納得。
言葉が通じるからこそ、いらだちが募ってくるが
国外からの嫁には、そういうものだと割り切っている。
そもそも世代が違うので、そういうものだ、と
同じ国の嫁でも、割り切ってしまえば楽なもの。 -
ドラマだけではなく、現実の中でも嫁姑の関係がよくない家庭やそれが原因で離婚する人たちが少なくない。自分が知っている人の中でも夫の問題ではなく、姑の問題で離婚した人がいる。なぜ、嫁姑の関係がなかなか悪いのか?それは時代の差や考え方の違いではないだろうか。
最近は昔みたいに結婚しても姑と同居する人も減ってきたと思う。自由で、楽な生活を送りたいからだと思う。でも、結婚して一緒に住んでもお互いに
相手の気持ちや状況を考えてあげると何の問題もなく、普通に生活できると思うけど・・・一番大事なのは嫁と姑が相手をライバルだと思う考えかを捨てるべきだと思う。 -
今回もサクッと面白かった。
嫁姑を軸に(どっちかといえば姑ベースかな)、多岐にわたる雑学だったり真理を考えてみたり。
嫁姑はごくプライベートな人間関係だから人類永遠のテーマではあるのだろうけど、時代と共にどんどん変化していくのだろうなぁと思う。いわゆる嫁姑バトル的な関係を文化だから守らねば!いる人がいるわけもないから、変化を留める要素が無い。
それがいい方向なのかは誰にもわからないのだろうけど。
本作は姑が出てくるだけに"老い"というものについても結構考えさせられてしまった。
奈良からの遷都の理由が"公害"にあるんじゃないかという話は面白かったな・・・そういう説があるのだろうか。
その他雑談も面白い。 -
「婿」って言葉まで女へん、という指摘が可笑しい。