仕事が人をつくる (岩波新書)

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  • 岩波書店
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  • Amazon.co.jp ・本 (196ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784004307501

感想・レビュー・書評

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  • 同じ機械を購入して作っても50本削って5本しか合格しないものをほぼ100%で仕上げる町工場の社長。そんなことが可能な理由を「機械プラス人間」という。機械の持っている能力に、さらに人間の技能を加えてはじめて可能となるそうな。機械化、システマチックな世だからこそ示唆に富む一冊。

  • 【職人の仕事に対する考え方や、抱える問題とは】

    この本には研削工、瓦職人、染色工、歯科技工士、椅子作り職人など、さまざまな分野の職人が登場する。著者が職人にインタビューしていくかたちだ。興味深かった。

    テクノロジーが進化し仕事がなくなっていくのではないか、後継者が育たない、使い捨て文化になってしまった現代では質の良い品物を生活者が使っていない、技術が必要な仕事なのに下請けで給料が安い、とそれぞれ分野は違っていても抱えている問題は共通するものがあるみたいだ。

    職人と呼ばれるくらいに腕を磨くには長い年月が必要で、職人として信用されるようになった人たちは本当かっこいいと思うのに、先行きが明るいと言い切れないのは残念だなと思った。

    また、自分ために仕事したいという職人や、仕事を好きな人が自由に働ける会社がいいという社長は素敵だなと思った。

    人生の中で、働く時間はとても長い。だったら、いい仕事をしたいなとあらためて思った。

  • 進路支援図書「はたらく人びと」
    2009/6/24更新 006号 紹介図書
    http://www.nvlu.ac.jp/library/workers/workers-006.html/

  • 《教員オススメ本》
    通常の配架場所: 1階文庫本コーナー
    請求記号: 366.29//Ko83

    【選書理由・おすすめコメント】
    町工場の工員をしながら本を書く人の本。仕事が人をつくる。とても珍しいタイプの著者。薦めます。
    (経営学部 吉田博行先生)

  • F1や携帯電話のハイテクを陰で支える誇り高き職人の世界を訪ね、仕事の意味を問う

    [配架場所]2F展示 [請求記号]080/I-3 [資料番号]2003115675、2001106517

  • その道を極めたとされる一流の職人・技術者たちに自身が旋盤工である著者が聞き書きする。
    「仕事を人に教えることが最大の学びである」とはドラッカーの言葉だが、本書にも、自分の道具を見せない職人は技を秘しているのではなく、拙い技を隠しているのだ、との言葉がある。盗もうとした弟子の腕を切り落としたという日本刀の秘伝は、技を受け継ぐまでに至っていない弟子の未熟を戒めたものという。
    仕事を覚えるのがたのしくて仕方がなかったという人、仕事はつらくて苦しくて仕方がないものという人、それぞれがそれぞれに本当なのだろうと頷かされるのは経験の裏づけがある言葉だからだろう。
    空師三代のオヤジの言葉に木の上で号泣の息子のエピソードに代表される、ベタだが泣ける話もあり。

  • 小さな町工場の職人たちの仕事についての取材・考察を通して、人が育つということにスポットライトを当てた本。その仕事が例えば自動化されるのはいいことなんだろうけれど、読んでいて自分は、自動化する機械がつくられ大量生産される中で、100点じゃなくても95点は量産できる、それが良しとされていったんだろうなとか、名人級の人の中には先代の名人から引き継いだその自分の技を下の代に渡せないことに寂しさを感じた人もいただろうなと、そんなことを思ったりもしました。
    そして、「素人が4,5時間もかければとにもかくにも真似ごとくらいはできる間口の広い仕事でありながら、30年、40年と経験を積み重ねなければ達成できない技もある。」その間口と奥行き、それぞれの仕事で活躍してる人たちが感じながら取り組めているといいよな、とかも思ったりもしました。読んで良かったと思った1冊でした。

  •  旋盤工として長年務めた職人によって執筆された、日本の技術を支える人々へのインタビューをまとめた本。

     工作機械を作る安田工業株式会社(フェラーリから信頼を受けるほどの高い技術を持つのだという)で働く職人の話では、工業高校生の頃は「男が惚れるように歩け」と立ち姿を学び、後輩達に対しては山本五十六の教え「やってみせ褒めてやらねば人は動かず」を貫き、「若い人達はひとつ自信を付けると強い」と語る。機械でも正確に出来ないことをやってのけるのは「神業でなく毎日の仕事(トレーニング)」あっての事で無意識にできるようになるのだという。
     筆者の文中にある、「職人の世界の『仕事は盗んで覚えろ』は俗説にすぎない。彼らが隠していたのは技術でなく技の貧弱さ」、「ドイツでマイスターの資格をとるには、自分の技を次の世代に伝える能力があるかどうかを問われる」という記述も含蓄が感じられる。

     携帯電話用のリチウム電池ケースを「深絞り」の技術で効率よく製造することに成功した、都内の岡野工業株式会社の経営者のインタビューでは、どんなに金型屋が工夫してもプレス屋の下請け止まりのため見返りが無いという辛酸を嘗めたが、そのプレス屋が嫌がった・不可能だと断った仕事を続けてどんどん技術を蓄えていった結果、世界から注目される会社へと成長させたが、「金儲けが先に立つと技術が縮こまる」「会社を大きくすると人のために働くようになる。自分のために働きたい」「(他の企業は)どうして人がやらないことをやってみようという気にならないのか」と、技術者としての誇りが失われることはない。
     大企業が自分と同じことを出来ないのは「技術者はいくらでもいるが責任をとろうとする奴がいないから」と分析している。インタビューの終わりの、「トイレを借りたい」という口実で技術を盗み見しようという輩の存在はなかなか怖いものがある。

     宇宙の調査に欠かせない高精度の望遠鏡を作っている「三鷹光器」の会長は、戦時中の飛行機の作成した経験から、より性能の良い望遠鏡を作るアイデアを得たという。
     各メーカー同士でどれがより性能が良いか調査したら一番の成績を得るも、もっと安く作れると言う他社メーカーに対し「なぜ最初から作らない、真似なら誰でもできる。うちは何も無いところから作った」と力を込めて話す、千分の一・一万分の一ミリの測定器を作るもすぐに真似されるので、十万分の一ミリの測定器を他社製の一万分の一のものと同じ値段で出品する、「技術大国」を豪語するも一台700万円以下の製品しか入札に参加出来ない(海外では可)ことに不平を漏らす場面もあったが、「学校で習わなかったから」と応用のきかない人でなく、本当に仕事が好きな人だけを迎えいれるためのユニークな試験を導入していることを明かしている。
     
     三州瓦を代表するメーカー「野安製瓦株式会社」では、下絵を見て、形の無いところから手作りをする「上仕(あげし)」がインタビューに答えている。「数をこなして稼ぐよりも、いい仕事をすれば飯の種になる瓦がある」「考えもなしに仕事をするから行き詰まる」という父の教えを受け、「勘にだけ頼る人間はいけない。段取りが大事」という姿勢を仕事でみせている。
     「阪神淡路大震災では老朽化した木造家屋が瓦の重みに耐え切れず倒壊した」とされ、瓦離れが進んだことに対し「木造家屋が古びても瓦は古びない」という発想を筆者はしている。考えたこともなかったので新鮮であった。
     
     色合いのデータ化に取り組んでいる茶周染色工場の社長は、職人技にたよるばかりではいけない(経験と勘に頼っていては再現性が無い)と、染色技術のデジタル化を早くから導入したが、今度は現場に職人が育たなくなったというトレードオフに悩んでいるという。
     職人との話では、「機械を使うのは人間なのだから、使う人の心構えが色に反映する」と語る。また、筆者はこの職人の「調合を記録したノート」の話から、「職人は自分の仕事を客観化するのは苦手で、この腕が仕事を覚えていると錯覚していることが多く」、自身の仕事を振り返る際にも役立つと記している。
     冒頭の、「熟練工の技をどう次世代に伝えるかが社会的な問題(中略)となっており、どんなに良い機械を導入しても未熟な工員がやると60%の出来になってしまう」、「計器に表現されている数字が完全無欠なものでない以上、そこに携わる人間の知恵なり能力が加えられる必要がある」という下りは、機械化すれば何でも上手くいくと信じがちな人には、、目からウロコが落ちたんじゃないだろうか。

     「仕事が楽しいなんて綺麗事だ。真剣にやっていれば仕事は苦しい」と断言する歯科技工士の方のような例もある。
     大抵の技工士は一人で5、6件の歯医者を受け持ち、先生によっては平気で数時間待たされるという、「歯科医師のパートナー」というにはやや遠いという状況の上、毎晩仕事が終わるのは二時三時、それも終わらせるよう努めてその時間となり、競争相手が増え続ける事もあり手間賃が安くなってしまうためである。
     そんな状態を支えたのが「親が自慢してくれるような息子になりたかった」という思い、「患者さんが具合がいいと喜んでいた」という報告であったという。インタビューの最後には「この仕事が好きだ」と笑顔を浮かべて答えていたが、「地道にものづくりをする人が脚光を浴びるのは稀だ」という筆者の経験則には、職人が軽視される日本の現状を憂いる感情が込められている。

     大工業を営む日光建設の職人との話では、戦時中の苦労がたたって両親を失い、支えてくれた兄と姉のおかげで大工となり(大工修行に五年・お礼奉公に一年)、金よりも作ったものに満足出来るような職人となったという。
     今日では、工場で加工した木材を組み立てただけの家が立ち並び、大工の仕事が減ってきているという厳しい状況が続き、かつ海外から安い木材を輸入したために、日本の山がどんどん荒れているため、森林保護の活動も「新太田建設業組合」で行っているという(元々は羽田空港の騒音被害を防ぐための家づくりの一環で結成した)。かつてのように「早く安く大量に」ものづくりをするのではなく、それらが生み出した負の遺産と向き合いながらものづくりをしなければならないと、筆者はまとめている。
     それにしても冒頭の、バブルが弾ける前の講演会とは言え、職人である筆者を前に「うちの子は成績が悪いから旋盤工にしようと思っているが、どうでしょう」と発言したホワイトカラーの男性に対し、筆者が「両手を拡げて、全国の旋盤工達の前に立ちふさがりたくなる思いを禁じえずに、顔をこわばらせた」のも無理もない。私を含め、自分たちが快適に生活を出来るのは、それを支える人がいるからだということを再認識しなければいけない。

     考えてみれば、人が使うものは人が製造しているのだから当たり前なのだが、布団にも職人がいるというのは初耳だった。
     布団が庶民の暮らしに定着したのは明治以降であり、それまでは特権階級しか使えなかったという歴史の話(時代劇で布団を持ち出して逃げるシーンがあるのはこのためか)や、日本の生活文化が使い捨てになってしまったために、布団離れ・ベッド生活が進み、打直しが行われる機会も減り、結果的に布団職人がどんどん減っているという実情が語られている。
     今日では、綿や羊毛の品質にそれほど目を光らせることが無くなってしまい、ベッドやマットの緩衝材に使うような粗悪な綿が布団に使われているのだという。住宅の暖房環境が改善されたことで、吸湿率・熱伝導性に優れた綿の布団の説得力も失われてしまった。加えて、ダブルの布団を注文したというのに、真ん中を高く盛り上げてつくってしまう職人もいるという。「寝られればいいのだから寝心地なんて二の次」と考えていた私も見る目がなかった客の一人だ。

     皇居の玉座や銀行の頭取の椅子(の木枠)を作った職人は、「聞く側に熱意があれば、親切に教え、楽だけをしようとする奴には盗んで覚えろと言われる」と話す。難しくかつ厳しい下積みだったが、そのおかげで10年かけて一人前となった。
     若い検査員には背もたれの部分の作成に、目の錯覚を意識して削った事を理解してもらえなかったり、コンピューター化によって「今までの苦労はなんだったのか」と思う日もあったという。それでも「ほんとうの楽しさは苦労の上で獲得できる(筆者)、楽と楽しいは違う(職人)」と、思い返している。
     厳しい景気の中、今までの得意先からの注文が途絶え、かつ利益を追求することが優先されるため、後継者が育たなくなってしまっていることが今の日本の抱える問題点なのだそうだ。

     最後のインタビューの相手は、筆者の家の隣に生えた巨木の枝下ろしをした山師(飯田林業)であった。
     家族三代で風や雨で揺れる木々と格闘してきたエピソード、ひとりで高い木に登る山師を「空師」ということ、カンボジアのアンコールワットに生えている高さ50m・枝の葉張り25mの巨木を、父の声援を受けて切ったことなどが語られている。
     ただ枝を切るだけで終わらず、切られた枝でベンチやテーブルを作って喜んでもらおうとする心意気は素晴らしい。
     
     仕事で必要な技能は一朝一夕で身につくものではない。何代も前から伝わってきた技術を「仕事」の中で磨き、人から認められる「仕事」へと昇華させ、途絶えさせないよう後進へ伝えていく。耐え忍ぶことはしんどいかもしれないが、成し遂げたときには大きなものを手に入れることだろう。

    自分用キーワード
    水心子正秀『剣工秘伝誌』(いやしく惜しみて伝えざるにあらず。無闇に伝えても弟子の技倆がそこまで到達していない時は、却って修行の妨げとなるものなり) 三州瓦 伊勢湾台風 段取り八分 光硬化性樹脂 『入れ歯の文化史』 前場幸治『大工という生き方』(穴掘り三年、鋸五年、墨かけ八年、研ぎ一生)

  • 著者は熟練の旋盤工である。現役を引退した今でも、時々は旋盤の前に立つという。その著者が若い頃背広を誂えようとして採寸してもらっているとき、仕立職人が、「旋盤工をしていらっしゃいますか」と、仕事をずばり言い当てたそうだ。「旋盤工は左肩が下がるんですね。」と、その職人は言ったと、あとがきにある。そこを読んで、はっとした。

    亡くなった父も旋盤工であった。そして、やはり左肩が下がっていた。歳をとり、後ろ姿が父にそっくりと言われるようになってから、自分の左肩も下がっているのに気がついた。残念ながら、私自身は旋盤工ではない。後ろ姿を見て育ったのでそうなったのかも知れない。しかし、父の肩は、長年の旋盤の仕事によってつくられたものにちがいない。仕事が父の体まで変えていたのだ。

    もちろん、仕事が人をつくるという題名は、そんな体形のことではない。その人が打ち込んできた仕事と、その人の人格形成とは無関係ではあり得ないというような意味でもあろうか。聞き書きの対象になった人は十人。携帯電話の電池ケースで一躍有名になった「深絞り」の技術を開発した岡野さんをはじめ、「空師」というめずらしい肩書きを持つ飯田さんまで、職種は様々である。ちなみに「空師」というのは、高樹の枝下ろしをする人を指していう呼び名である。

    「ものづくり」が日本の産業を支えてきたのはよく知られた事実である。それが、いつしか忘れ去られていたのだが、バブルを経過した後、少し復権してきた感がある。情報産業、IT革命などという言葉がマスコミを賑わしている現在だが、やはり、ここにしか日本の生きる道はないのではないか、そんな声が囁かれるようになってきたのだ。痛い目にあって、懲りたというところだろうか。

    ここに取り上げられた十人の人たちは、小さな町工場で働く人がほとんどである。その町工場が、資本も人材にも恵まれた大工場にはできない製品を作り出しているのだ。フェラーリ社の精密加工を要するラインに岡山県の従業員250名ほどの会社の機械が選ばれたなどという記述を読むと、さして日本贔屓でないこちらまでうれしくなるのだが、いったい、その秘密はどこにあるのだろう。十人に共通するのは、学歴に頼らず、自分の力を頼りに、人の真似をせず、地道な努力を続けてきた結果、現在があるということだ。では、何故そうできたのだろうか。

    その秘密は他でもない。若い頃から現在に至るまで手を働かせ続けているという事実にある。社長という肩書きを持つ今になっても、機械の前から離れられないのは、手と頭との間に幾筋もの道が繋がっていて、頭だけでは仕事ができなくなっているからだ。実は、人間というものは、頭だけで考えているのではない。手足を通しても考えているのだということが、十人の話から分かる。頭の代わりをコンピュータにさせることができても、それだけではいい仕事にならないのは、コンピュータには手がないからだ。熟練工に匹敵するだけの手をコンピュータが持てるようになるまで、町工場の仕事はなくならないだろう。

    そしてもう一つ言えるのは、彼らは自分の仕事に誇りを持ち、仕事が好きだということだ。この「好き」という感情は、頭だけでも手だけでも生まれない。手から頭へ、頭から手へという通路の中に生まれてくるのが「感情」なのである。すぐれた芸術家がそうであるように、彼らは町工場の油にまみれながら、日々研鑽を積み、今の自分をつくったのである。「仕事が人をつくる」というのはそういうことであった。頭と手と心をバランスよく育てることは難しい。十人の言葉に魅力があるのは、その難しいことを、仕事をする中で成し遂げてきたからだろう。実に羨ましい限りである。

  • 【閲覧係より】
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    所在番号:新書||366.2||コセ
    資料番号:20062031
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著者プロフィール

作家、元旋盤工。1933年、東京生まれ。高校卒業後、大田区内の複数の町工場で50年余り旋盤工として働く傍ら、1975年、『粋な旋盤工』で作家デビュー。以降、ものづくりの現場で生きる人びとの人間模様を描いた作品を次つぎと発表。1981年には『大森界隈職人往来』で日本ノンフィクション大賞、2004年には『職人学』で日経BPビズテック図書賞を受賞。また、2003年には、科学技術普及啓発の功績で文部科学大臣賞を受賞している。著書に、『どっこい大田の工匠たち』(現代書館、2013)、『職人学』(日本経済新聞出版社、2012)、『町工場巡礼の旅』〈中公文庫〉(中央公論新社、2012)、『越後えびかずら維新』(小学館、2010)、『町工場・スーパーなものづくり』〈ちくま文庫〉(筑摩書房、2009)、『現場で生まれた100のことば』(早川書房、2008)、『道具にヒミツあり』〈岩波ジュニア新書〉(岩波書店、2007)、ほか多数。

「2014年 『町工場のものづくり』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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