人道的介入 正義の武力行使はあるか (岩波新書 新赤版752)
- 岩波書店 (2001年10月19日発売)
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感想 : 42件
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Amazon.co.jp ・本 (224ページ) / ISBN・EAN: 9784004307525
みんなの感想まとめ
人道的介入のテーマは、極度の人権侵害が発生している国に対して、他国が軍事介入することの是非とその難しさを探るものです。著者は、介入の必要性を認めつつも、安易な武力行使を戒める姿勢を示しています。歴史的...
感想・レビュー・書評
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第二次世界大戦、そして日本がアジアを侵略したアジア・太平洋戦争が終結し、二度と世界の安寧が乱されないよう、1945年10月に国際連合が設立された。それ以前にあった国際連盟は日本は戦争開始前に既に脱退していたし、結果的には第二次世界大戦の勃発を予防するだけの力は無く、その反省も含めて設立されたのが国際連合だ。国連憲章の第一条にその目的が記載されている。目的は次の三つ。
・国際平和・安全の維持
・諸国間の友好関係の発展
・経済的・社会的・文化的・人道的な国際問題の解決のため、および人権・基本的自由の助長のための国際協力
これを見ても解るように、第二次大戦で多くの人的被害や国土の荒廃が各地で発生したが、国同士が友好関係を維持または助長させ、二度と戦争の惨禍を繰り返す事なく平和を維持させる事、これが設立された国連の目的である。
一方、世界は大戦後も様々な悲劇が各地で発生した。国家間の利害関係が衝突した戦争だけでなく、国家が特定の民族や地域に住まう人々を虐殺するなど、非人道的な行為に及ぶ政権が各地に発生した。本書はそうした非人道的な行為を目の前にし、それらを止めるための他国もしくはその連合による介入、人道的介入の歴史とあるべき姿について記載された内容となっている。人道的介入とあるから、それは非人道的な行為に直面する、被害者である集団(多くは特定の民族や、非人道的行為を繰り返す国の国民)を救い出すことが目的である。
人道的介入の名の下に、他国に対して武力を用いるケースは前述したように大戦後繰り返し行われてきた。アフリカの旧宗主国から独立した後の国々は民族間で争った。例えばソマリアやルワンダがそれにあたるが、その介入のタイミングや介入方法には多くの問題があった。また、旧ユーゴスラビア崩壊後のコソヴォへのNATOによる空爆、ベトナムによるカンボジアへの武力介入なども(キリングフィールド: ポル・ポト政権下のカンボジアでクメール・ルージュ(赤色クメール)により数百万人が虐殺された刑場跡の総称)、虐殺から市民を守るという目的からすれば、他国による人道的介入と言える。これらいくつかの悲劇を例に挙げて、そのあり方が本当に正しかったのかについて本書は分析する。
ともすれば、他国による軍事的な介入は当事者である(介入された)国から見れば、内政干渉とも捉えられかねない。現在もなお中国による新疆ウイグル自治区での、ウイグル族やその他のテュルク系少数民族に対する深刻な人権侵害も、他国から見れば(少なくとも報道される内容からは)非人道的行為であり、非難の対象ではあるが、中国側からすれば、国内で暴発を繰り返す危険分子の再教育という名目が存在する。この様に他国による人道的介入には様々な問題課題があり、一筋縄では行かない点が多い。
そして昨今のアメリカによるベネズエラ大統領拘束やロシアによるウクライナ侵攻も別の意味で正確に捉える事は難しい。介入した(侵攻した)両国共に強大な力を持つ国家であり、介入の対象側からすれば、遥かに巨大な武力を有している。そうした国が自国に足を踏み入れるのは許しがたい行為であるが、アメリカで言えば石油の利権を手にし、太平洋の西の地域に覇権を及ぼしたいという利害関係、ロシアであれば2014年にウクライナから奪ったクリミア半島への陸路を強固にしたいという「思惑」があるだろう。だから介入した側が人道的であることを主張すればする程、それとは異なる利益に目が眩んだ点がより強調されてくる。前述したベトナムがカンボジアに侵攻した際も、中長期的なベトナムの利益につながるという実態があった。本書はそうした人道的介入と言いながらも、それとは別の利害関係の存在などが、介入を評価する上で難しい問題として存在しているし、その逆に自国の利益に繋がらなければ、非難はするものの、自らの軍隊を血の危険に晒す様なことをしなかった歴史についても触れている。
そうした歴史を振り返りながら、真に「人道的な介入」として各国、そして日本がどう対応していくか、沢山のヒントをくれる一冊である。極度のグローバル化で繋がりすぎた世界。一方で自国の利益のみを追い続けるナショナリズムが世界中で猛威を振るう中、アメリカの様な自国の利益のためなら他者の犠牲をも厭わないような大統領が登場する現実。そして世界には今もなお充分な食べ物も無く飢えて死んでいく子供達が大勢いる。勿論それを解決できない政府の存在がある事も間違いない。そして民族同士の血で血を争う闘いも各地で発生する。日本が真のグローバルリーダーとして高市政権の下で再び大きなプレゼンスを示していくなら、こうした世界の非人道的な行為を目にして、日本としてどう立ち振る舞うか、一国民として考察しながらも、高市総理の手腕にも期待したい所である。(ほぼ内容レビューからは逸脱したが)詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
あまり目新しい情報は無かった。筆者の理念は悪いものだとは思わないが、平和履行のための「第三者」部隊の武力・武装の不足のために紛争が激化したという研究も幾つか出ているので、もう一歩踏み込んだ考察を読みたかったところ。
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平和というのは一体どのような状態を指すのか?一つの国の中でそこの国民が明らかに「まともではない」生活を強いられている場合他国は武力を使ってでもこれを阻止する権利あるいは義務を持つのか。
武力を止めるための武力行使ということの難しさ。国連体制の問題点など。 -
人道的介入とは、ざっくりとまとめれば「極度の人権侵害が起きている国に、その救済を目的に他国が軍事介入すること」である。聞こえはいいが、歴史上幾度となく濫用され、人権侵害の拡大を招いて来た。しかし、全否定するのはナンセンスである。その上でどう折り合いをつけるかを、極めて国際法学者らしく場合分けして検討している。結論としては、「(軍事)介入が必要になる前の(非軍事)介入」とある種当然なのであるが、この本はどちらかというと、著者の思考の筋道を噛み締めつつ、安易な介入論を自制するところに意味があるように思われる。
以下引用
たしかに、極度に非道なことが世界に存在する限り、正義の武力行使というのも存在し得る。同時に大切なことは「人道的=正義であるなら何をしてもよい」論を安易に導かないことである。
「戦争は戦争」であるなら、そして、それへの訴求を慎むべしとする国際法の潮流に合理性があるならできるだけ代替策を模索し続けるほかない。ディレンマは明らかなのだ。明らかなディレンマのなか、迫害される人々にとって最も良い方法は何かと考える苦しい作業を「人道的介入」問題は私たちに強いる。 -
記念すべき人生初新書。批判的に読めるようになりたいと思った1冊。
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「人の苦しみはそれを見た者に義務を負わせる」
迫害の犠牲者が存在するとき、それを見た他人たちは犠牲者を救済する義務を負う(リクール・1997)。 -
人道的介入について主に国際法の観点から書かれた本。学部のゼミのディベートで介入の問題を扱うため、二度目となるが、読んだ。今、手元に当該本がないので詳細は割愛する。
人道的介入の問題点について非常によく整理されており、この問題について学ぶとき、最初に手を取る本としてお勧めである。国際法学者の著作であるため、国際法の観点からの記述が多いが、政治的な観点が全くない訳ではない。特にNGOの役割について詳細に記述しており、この点には斬新さが感じられた。 -
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現在リビアまたコートジボワールで軍事介入が展開されているが、その理解の一助になると思い読んだ。
この本の副題は「正義の武力行使はあるか」である。僕が読んだ限り、筆者の回答は「あるが、その行使は非常に限定されるべきだ」というものだ。
他者が残虐な行為を受けているにも関わらず、それを黙って見過ごすことは出来ない。人道的介入とはそういう倫理性から要請される。しかし、その手段としての軍事介入が「ほんとうに」善きことなのか。
人道的介入とは、個別的で具体的で現在的な状況に対して行われるものだ。抽象的なベキ論ではない。私たちがいかに誠実で倫理的であれるか。この本にそう突きつけられた気がする。 -
ただ単に武力介入すれば状況が良くなる、という訳でなく、むしろ状況が悪化することが多いという。何とも難しい。
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国連等の人道的介入に興味ある人は必読
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コソボ紛争でのNATO空爆をきっかけに、人道的介入について過去の事例を踏まえながら、国際法の観点から検討している。
武力介入ではなく他の道を模索すべしとする著者の主張は、いささか現実離れしている感はあるものの、理解できる。論理も丁寧に折っているので、紛争問題などに興味のある人ならば、読む価値はあると思う。 -
2009/11/05
人道的介入の定義(広義・狭義)
人道の意味・被害者に近づく。
つまり、介入の問題と・武力行使の問題を切り離すことが重要。 -
人道的介入の考察。主に法や倫理の観点から。
歴史の中(近代中心)の大きな人道的介入を中心とした事例の紹介を織り交ぜているので全体の論述に具体性がある。
狭義の人道的介入として武力行使を位置づけているんだけど、それが往々にして人道的介入を大義名分にした国益の追求になりがちなのを指摘。
それから国連中心の人道的介入では、ソマリアでの過剰な介入とルワンダでの過少な介入を対比。また旧ユーゴ内戦での国連の失敗や二つのR(ルーダー&フィンとラチャク)とゆう内戦のもう一つの側面をあげる。
それから正戦論の発展の流れや国境なき医師団をはじめとする市民的介入なども紹介。
非戦と絶対倫理の葛藤の中、この本で最終的に導きだしている結論は予防すること、「介入せよ、上流で」で、もちろん下流での介入も否定しているわけではないんだが、肝心の介入の目的は和解へと導くことであって、目的を見据え現実に即して思考することが大事だと。 -
平和を考える
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狭義の人道的介ー(1)国家が単独あるいは共同で、(2)国連など国際的機関の決定を経ずに独自の判断で、(3)武力行使を伴ってなされるものーを議論の入り口に置きそのありようを分析している。ただし注意しておくことはこの「狭義の人道的介入」を考察することはとても重要だがそれがメインではないということ。むしろ「広義の人道的介入」に主題を置いていると言っていい。
よくユーゴ空爆などの事例から「人道的介入」を考察することがあるが(自分はそうだった)、本書の著者はその事例は議題を考えるときにとても重要なパーツではあるが、それをメインに考えてはいけないのだという。「人道的介入=武力行使」と捉えてしまがちになるからなのだ。解釈によってはNGO(国境なき医師団、アムネスティ・インターナショナル等々)が戦地に赴き被害者救援活動に徹することも立派な「人道的介入」なのだ。(不干渉の原則を無視して当事国に赴き救助活動することは十分「介入」ということができる)著者はこちらを主眼に考察した方がよいと述べている。
他にもいろいろ伝えたいことがあるがどうもまとめてうまく書くには時間がものすごくかかりそうなので割愛。ユーゴ空爆からルワンダ、ソマリア内戦、インドによるパキスタンへの介入など興味深い例を絡めながら論じているからものすごく読みやすい、そして深い議論ができる。平和を考える上では必読ではないでしょうかね。
本書を読んでいない方にはうまく解釈することができない気がしますが(できるわけないが)本書の中で最も印象的な言葉&本書の結論でレビューを締めくくりたいと思う。
「介入せよ、上流で。」
著者プロフィール
最上敏樹の作品
