人間回復の経済学 (岩波新書 新赤版782)

  • 岩波書店 (2002年5月20日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (224ページ) / ISBN・EAN: 9784004307822

みんなの感想まとめ

経済の本来の目的は人々を幸せにすることですが、現代の日本では効率や数字が重視され、人間が単なる歯車のように扱われている現状があります。著者は、過去の経済政策を厳しく批判し、特に知識社会の重要性を訴えて...

感想・レビュー・書評

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  • 日本社会事業大学現学長である著者がバブル崩壊前後の日本経済施策をバッサリと切り捨てる。20年近く前の論旨が今の状況にも当て嵌まってしまっていることを実感せずにはいられない。
    「財政民主主義といわれるように、財政は民主主義にもとづいて運営されなければならない。「主」とは支配する者を意味する。民主主義とは民つまり統治される者が、主つまり支配する者になることを意味する。」
    「知識社会における生産性の向上には、二つの要素が重要になることがわかる。ひとつは、個人的な知的能力である。もうひとつは、知識を自由に与えあう人間のきずなである。前者の個人的能力と、後者の人間のきずなをあわせて「知識資本」と呼ぶと、知識社会では知識資本の蓄積が生産を決定することになる。」
    「自由時間とは本来、人間が人間としての幸福を味わう時間である。人間とふれあい、愛しあい、学びあい、ともに遊ぶ、それによって人間の文化的豊かさを体験しつつ、人間としての力を発揮して人間の文化を創造する時間である。」

  • 日本の歴史を省みない政策により日本の危うさが語られている。
    印象が強かったのは対照的に取り上げられた知識社会を実現するスウェーデンについて。
    例えばカルマー工場は流れ作業ではなくチームで一つのものを作り上げる。これにより「何を」作っているのかを意識でき担うことができる。これは本著の中で語られたマズローの欲求の目的を持つことをうまく充足させた考え方であるといえる。
    また、学習サークルも魅力的だ。参加者の意思によって幅広い学習プログラムを受けることができる。参加は有料だが5人以上など一定の条件をクリアすれば補助金も受けられる。
    日本に対して厳しい目を向けていると思いきや結びには励ましの言葉を綴っている。確かに悲観的な見方ばかりでは社会の成長は滞おる。しかし2002年にかかれたこの本の日本への指摘は現在でも当てはまりむしろ悪化の一途を辿っている気がしてならない。不安を覚えつつも自分たちが何ができるかについて考えさせられた。

  • 経済は本来、人を幸せにするための仕組みであるはずだ。だが数字や効率ばかりが重んじられ人間は歯車のように扱われてきた。競争より共生を、成長よりつながりを――。市場の論理に偏れば社会は冷え人の心は貧しくなる。互いを支え合う経済こそが真の豊かさを生む。利潤の追求から人間の尊厳へ、経済の針路を今こそ問い直したい。失われた温もりを取り戻す道を歩もう。

  • いくらスウェーデンやアメリカの経済を真似しようとしてもそれは正解ではないというのが本当にそうで。

  • 学生時代。
    回復しないままか。

  • すでに15年も前の本ですが
    考え方としてこれしかないなぁと思うところあります。
    新自由主義に問題あるとしてどうあるべきかを
    提言しています。どのみちグローバリズムは避けられないので、どうやって財源を確保するのか考えさせられます。スウェーデンの例が出ていますが、どの国にも当てはめられるというわけでない、とくにスウェーデンはそう思います。

    メモ
    市場経済のボーダレス化
    新自由主義 民営化 小さい政府
    人間が経済人であるとして進む

    競争による経済活動、技術の進歩は必要
    一方で、競争から堕ちていく人への現金支給は必要

    この両輪を成り立たせていた
    ケインズ的福祉国家の行き詰まりを
    各国が新自由主義を進めることに

    人間の労働が機械に従属する(テイラー主義
    労働の全体性を喪失、部分だけ担うと仕事やる気減
    テイラー主義、部分労働は生産性を向上させる。
    利潤をたかめ賃金も上昇
    大量生産大量消費を可能に、貧困から解放
    大量消費を継続するために
    負け組に現金給付を行うことは必要
    ケインズ的福祉国家は飢餓的貧困を克服した。
    部分的労働を受け入れることで

    市場経済がボーダレス化すると
    ケインズ的福祉国家を支える財政が機能しなくなる。
    資本が世界を駆け巡るから
    所得再分配が困難に

    競争原理に基づく市場経済拡大はは自発的協力の家族や共同体を縮小させるため、ケインズ福祉国家の財政による所得再分配を実施する
    バランスが崩れる
    経済、社会、政治

    生産性が低下すると
    賃金抑制へ非正規へ
    首切りへ

    ローカルアイデンティティ
    地域社会の民主主義回復
    地域経済再生運動
    インテグレーションからインクルージョン
    スウェーデンの例が多い

    政府支出乗数 公共事業で国民所得が伸びなくなったのは、産業構造の変化、海外立地など


  • 105円購入2011-10-30

  • とうとう本を買うお金がなくなってしまった()ので、節約のために家になぜかある本を拾って読むことにした。

    この著者の名前どっかで聞いたことあるなーって思ったんだが、周りの人に聞いても誰も知らなかったのでおそらく俺の勘違いなのだろう。

    なんてこと考えながらつらつら読んでいたんだが。序盤はただひたすら理論経済学批判www「人間はホモエコノミクスではない、ホモサピエンスである(キリッ」ってうるせーよww何回も言わんでいいわwwwってかお前の言う「人間的」な部分も効用関数にぶち込めばいいじゃんかwwうぇうぇうぇ

    なんて感じで読み進めていくと今度は非常に難解なパートに突入www疲れ、眠さもありほとんど斜め読みでした。すみませんww

    そして、最後は流行の北欧を見習え論www女子大生みたいな思考だなwww日本だめ、海外すばらしいのオンパレードwwまあ日本がオワコンなのは同意するがwww

    ってな感じでいつの間にか読み終わってた。まあそこそこ面白かったんだが(いろんな意味で)、なんつーか、財政社会学の人ってひたすら理想論展開するよね。もうちょい現実的なことを。なんでも財政社会学ってワード聞いた瞬間、俺にDをつけた井○先生を思い出してしまい非常に不愉快な気持ちになりますたwwwうぇうぇうぇ

    と久しぶりに変なテンションでのレビューでした。

  • きっかけ: 偉い人の本棚にあった。
    目的: 偉い人は何を読んでいるんだろう?

  • 読み終わりました。
    読みやすい方だと思います。

    10年位前に書かれた本だから、今はどう考えていらっしゃるのかしら~?なんて思いがわきました。

    スウェーデンの政策について、今は?というのも気になりました。


    知識社会ということを改めて考えさせられる内容でした。

  • ・新自由主義的な発想に基づく日本の構造改革は人間的な能力を必要としない職務を増加させることによって、コストを低下させる改革である。

    ・ケインズ的福祉国家は、現金給付による所得再分配で社会的セーフティネットを張り、公共事業を実施して需要サイドから経済システムに介入するものだが、もう時代にそぐわなくなっている。知識資本を蓄積して、イノベーションを巻き起こす、供給サイドからの経済システムへの介入が必要となる。

    などと偉そうに述べているが、考察が希薄で説得力がまったくない。
    人間回復、人間同士に絆などの美辞麗句を随所に挟んで議論をごまかしているだけのように思われる。

  • [ 内容 ]
    好況時は過重労働、不況時はリストラ。
    私たちはまるで経済に従属して生きているかのようだ。
    これは本来の姿なのか?
    現在の閉塞状況は「構造改革」で打開できるのか?
    いまこそ人間に従属する経済システムをつくる絶好の機会であり、それが閉塞打破のカギにもなる。
    社会、政治、経済の三者のあるべき形を提案する、斬新な経済社会論。

    [ 目次 ]
    1 経済のための人間か、人間のための経済か
    2 「失われた一〇年」の悲劇
    3 行きづまったケインズ的福祉国家
    4 エポックから脱出できるのか
    5 ワークフェア国家へ
    6 経済の論理から人間の論理へ
    7 人間のための未来をつくる

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    [ 参考となる書評 ]

  • 小泉政権時代のきわめて強権的な構造改革が行われていた時期に、その改革に異を唱え、衰退していくばかりの日本が進むべき方向を示した本。

    著者によれば、サッチャリズムに始まる新自由主義は、19世紀に起こった構造改革の根底に流れていた自由主義思想とは、似て非なるものであったという。
    古典派経済学に基づく自由主義思想は、それまでの中央集権・私的国家からの脱却であり、言うなれば国家の民主化を進め、市場を開放することにその本質があった。ところが新自由主義思想は、第2次大戦後、そろって福祉国家を目指した大国が経済的に行き詰ったところで打ち出した、市場の創成を目的とした思想であった。結果、所得の低い者ほど租税負担率が高くなる構造を生み、人頭税を導入したところでサッチャーは指導者の立場を追われる。こうした不幸な過ちを、米国、日本は先例に忠実に再現しようとしているのである。

    著者の主張に目を向けると、人間を「経済人」としてとらえる古典派経済学、旧来の「遠い政府」による所得再分配を行うケインズ的福祉国家を見直すべきであるとする。人間は「知恵のある人」であり、人間的な生活のために経済活動を行うべきであって、所得の再配分は自治体の責任において行う(なお足りない分については中央政府がその責を負う)という社会の構造を目指すべきとしている。

    モデルとしてスウェーデンでの教育制度、福祉制度等に触れられており、かの国の社会を、国民の知識の向上を国を挙げて行う社会という意味で「知識社会」と名付け、これこそ目指すべき社会であると説く。

    ただし、国土面積こそ広くはあるが人口も経済規模もまったくことなり、また国の成り立ちや意識(特に国防に対する)が大きくことなっている日本において、類似の改革ができるかと考えるとやはり疑問符が付く。とにかく現在の日本は、地方が疲弊している。福祉を「参加型」のものにすると言って地方自治体の責任の下で大規模な福祉政策を進めることはかなり難しくなってしまったのが現実だろう。市場原理の闇は根が深く、すでに日本経済の深部まで侵されてしまった。私自身、地方の出身だが、地元に帰るたびにさびしくなる街並みには毎度驚きと悲しみを覚える。しかし、その地域に住む人は、すでに新しい経済構造に順応しているのだ。この現実はどう打開できるのであろうか。老人や障害を持つ人は郊外の大型ショッピングモールに一人で買い物に行くことが困難なのである。

    どうしても大学者の崇高な理論を語られている感がぬぐえないまま、読み終わってしまった。本書の締めくくりは非常に甘美な結論となっているのだが、途中の説明も概念的な部分が多く、門外漢である私にはやや難しく感じられたことが、さらに著者との距離を感じることにつながったようにも思える。

  • 経済学者なのに、牧師さんのような神野先生の講演会、忘れられません^^
    内容も、タイトルからすると難しそうに感じますが、
    中身は私たちの生活に密着していて、とても読みやすいです。
    これからの社会を担う人材育成をしている親として、読んでおきたい1冊。

    そういう意味で、「育児書」♪

  • 2009年?購入。

  • タイトル通りの本
    現在の経済は2000年以降の新自由主義による「構造改革」により人間性を失っており、経済が人間に対して牙をむく主客逆転の状況になっていると説く。

    政治システムと経済システム、社会システムとの関係を論じた部分はよかったと思うが、後半になってくるにつれてただの欧米礼さんになっているように感じた。おそらく本書は新書だから十分に議論できていないのだろうが(著者は誠実であるようには感じる)、その部分が少し惜しいと感じた。

    宇沢弘文でもそうだが、なぜいわゆる主流派ではない経済学者はやたらと教育ネタを取り上げようとするのだろうか。教育が人間の発展を考えるうえでは重要であるというのはわかるのだが、何となく経済学者としての本分から逸脱しているような気がしてならない。

  • 10年以上前から言われていた少子高齢化社会となる将来の日本をどのような形にしていくのかを新古典派の経済学理論やケインズ経済学を否定し、知識社会の到来にあわせてどのように社会と経済に対する人々の姿勢をとるべきかを、スウェーデンでの取り組みを混ぜ込みながら紹介しています。現代経済の根幹を成しているともいえる新古典派経済学の理論を、経済学者がまっこうから否定しているという点で希有な書物と言えそうです。

    著者の論点にはつよく同調できる所が多く、読みながら「日本人の多くがそうおもっているはずなのにこんなにも買われないのは何故なのかな?」と不思議に思えてしまうところも多いのです。ホモ・サピエンス(知恵のある人)と称される私たち人間が、自分たちの手で生み出した経済学からなぜ「見えざる手」という言葉で価値・価格・需給バランスが人の手を離れたところで決められるという発想にいきつくのか?人間の生み出したものだし、市場に参画しているのは人間自身であるということは分かってもそれをコントロールできないこのもどかしさは何故なのか?

    経済学の原論に触れたことのある人ならば、著者である神野直彦・東大教授の指摘は「確かそうかも…」って思えるポイントが多いのですが、どうすればこうした現代の日本社会を根幹から変えるか?というところへの著者なりの行動計画は示されていません。それだけの大転換が必要だということは十分認識できますし、そこにたどり作るためのグラウンドプランを示している政党や政治家も見当たらないのも分かります。

    著者は小泉改革に反対する立場にたっているようにも見えます。本書が発行されたのが2002年ですから、劇場型政治によっては国民が本質を見抜く努力を、かれの単純で伝わりやすいメッセージ性が削いでしまった時に、その将来どうなるかを見通していたような内容の本は2002年に出されていたというポイントは押さえておくべきだと思います。発刊から6年を経て、金融危機という新たな経済に関わる問題が浮上し、世界はその対応に追われている中での、人間本意の経済学の確立というところはなかなか見えてきません。

    特に、家父長制の二次的影響ともいえる名残からか、長時間労働が英雄視される傾向がまだ企業に残る一方で、核家族化した家庭を担う中年世代は育児と介護も同時にこなすような時代になりつつあるなかで、日本人の「労働」観そのものを転換する必要もあるのではないか?とも思えます。その労働観の転換が何によってなし得るのかを知りたいとこの本を読み終わった後の私はそう思えるようになりました。問題を深く知るためにステップを一つあがれたと思える、そんな読了感の持てる本です。

  • 読了

  • ケインズ型福祉国家の行き詰まりを指摘して、シュムペーター型「ワークフェア」国家を提唱。スウェーデンとは人口規模も全く違うこの国で、「知識集約型産業」立国はどれだけ現実的になるか。

  • 雑感
     この前読み終わった。


    ○人間回復の経済学  神野直彦著   岩波新書




     以下雑感。


     単なるブームという可能性はあるのだろうか。(あるのか無いのかを管理人は知らないわけだが)

    80年代だったろうか、日本型経営が非常に賞賛されて「輸出する価値がある」などと言われていた時期があったと聞いたことがある。

    同じような感じで今は「スウェーデンに学べ」ということになっているだけということはありえないのか。


     
     とはいえ、倫理面からのアプローチは好きだ。ユートピアだ、という指摘も聞こえてきそうな気もするが(つまり現実性が無い)、

    いや、しかし倫理面からの接近はどんな経済理論よりも勝るものがあると思うのが。

    根底に必ず倫理的なものが無いとだめだと思うわけです。(当たり前だったか・・・。)

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著者プロフィール

神野直彦(じんの・なおひこ)
日本社会事業大学学長、東京大学名誉教授(財政学・地方財政論)
『システム改革の政治経済学』(岩波書店、1998年、1999年度エコノミスト賞受賞)、『地域再生の経済学』(中央公論新社、2002年、2003年度石橋湛山賞受賞)、『「分かち合い」の経済学』(岩波書店、2010年)、『「人間国家」への改革 参加保障型の福祉社会をつくる』(NHK出版、2015年)、『経済学は悲しみを分かち合うために―私の原点』(岩波書店、2018年)
1946年、東京大学大学院経済学研究科博士課程単位取得満期退学



「2019年 『貧困プログラム 行財政計画の視点から』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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