ナチ・ドイツと言語―ヒトラー演説から民衆の悪夢まで (岩波新書)

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著者 : 宮田光雄
  • 岩波書店 (2002年7月19日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (211ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784004307921

ナチ・ドイツと言語―ヒトラー演説から民衆の悪夢まで (岩波新書)の感想・レビュー・書評

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  • 2002年刊。著者は東北大学名誉教授。◆ナチスによる演説・映画による大衆への印象操作とコントロール(ナチ=政治宗教が言い得て妙)を描写する前半は他書にあるかも。が、後半は当時の反ナチ視点から、①戦中、反逆罪で死刑された教育者、②反ナチジョーク、③一般民衆から聴取した夢の内容にも言及。◆反ナチジョーク関連に驚愕。①戦時中(43年頃以降)、政治風刺を公訴事実にして4000人が刑事被告人、内2000人死刑。数は勿論、禁固等でない重刑に驚き。②レストランの物不足を嘆く客の「これら一人の犯罪者に責任ある」との発言。
    これに対して、検察、そして裁判所が、「かの一人の犯罪者がヒトラーを意味する」と認定して判決書を起案できないために(その判決を出すこと自体で、自らが犯罪者として裁判にかけられる恐れ)、かえって処罰を免れたという事例が実に振るっている。

  • 科学の発達によって、今まで世界を支配していた宗教神話というイデオロギーがぶちのめされつつあったところに現れたヒトラー。ヒトラーは単純化、二者択一、聖書からの引用などを実に巧妙に演説にまぎれこませ、国民を擬似宗教にまきこみます。

    驚いたのは、地下と言語の章。ナチ時代にも、ヒトラーを否定するような文脈が見られたということ。
    キリストは一回死んで生き返った、というような長い間疑われることのなかったテキスト。理系の技術によって、それがどうやら全部正しいわけじゃないっぽいということがだんだん明らかになってきた。古くから行われてきた異教徒同士の信仰をめぐる争いも、結局は単なる利権争いに過ぎなかった。この先、無意味な争いを繰り返さないためには、正しい現状把握が間違いなく必要だと思う。それはまさしく文系学問の管轄なのではないか。文系は必要ないって切り捨てられがちだけど、やっぱりわたしはそうは思えないなあ。

  • おそらく出たばかりの頃(2002年あたり)、高校時代に書店で買った記憶があります。なんで買ったか覚えていません。きっとナチズムに興味があったんでしょう。
    ただ、難しい本です。買ってから12年くらい経った今日、よーーーーやく読み通せました。

    この本を読むにはそこそこ予備知識が要ります。
    まず、現代ドイツ史。特に、ナチ時代にドイツであった出来事や人物を解説した本は、何でもいいしざっとでいいので、前もって読んでおくと良いと思います。いきなり「ゲッペルス」とか「ラインラント進駐」とかいう単語が出てきてもパッと意味する内容が思い浮かぶまで。
    あと、レニ・リーフェンシュタール『意志の勝利』を前もって観ておくといいでしょう。第2章をネタバレとか気にせずゆったり読めるでしょう。
    http://www.amazon.co.jp/dp/B002TVFGIE
    最後に、『わが闘争』くらいは読んでおくと良いかもしれません。序盤がナチのプロパガンダ分析という性格上、『わが闘争』読んだあとに読むと味が出る本です。
    上巻
    http://www.amazon.co.jp/dp/404322401X
    下巻
    http://www.amazon.co.jp/dp/4043224028

    その上で申し上げますと、見事な研究書という他無いです。「独裁者の言語」「映像の言語」「教育の言語」「地下の言語」「深層の言語」の5章が5章とも内容が濃いです。ナチ研究に限らず、「メディアと政治」というテーマならダントツで良書の部類に入ります。
    私はこの本でレニ・リーフェンシュタール、アードルフ・ライヒヴァイン、マルティン・ニーメラーを初めて知りましたが、この3人の名前は覚えるに値します。
    ただ、新書という性格故か、引用解説されるテクストの量に物足りなさを感じる部分はありました。分析自体も、これでいいのかどうか、まだ納得し難い部分もあります(特に「深層の言語」の辺り)。かなり丁寧な研究ですが、反証の余地はあるかもしれません。ちょっと、深く内容を検討してみたい本ではありました。

  •  言葉の持つ効果について、考えさせられる。いまの日本にもナチ時代のドイツに起きたことは起こりえる。言葉とそれを伝えるメディアの怖さ、恐ろしさ。思考を停止させ、抑制するメディアの影響力。抵抗しているつもりが、単に甘受に終わる民衆の言葉たち。例えば、Twitterで我々はつぶやくしかできないのか。日本が向かおうとしている未来に対して、ただつぶやくだけなのか。為政者の言葉の意図に真の意味で抵抗する言語はいかにして発話され、行動されるべきなのか。
     そもそも言葉によって人はいかに掌握されてしまうのかを考えてみたくて読んだ本。結果的にそれがナチズムを広める話法だとしても、何か自分に役立つ言語の機能と方法が見つかるかと思ったけれど、それほどすっきりとは読めない本だった。もちろん良い意味で。

  • ヒトラーの演説について、調べていて、手に取った。
    リーフェンシュタールの「意思の勝利」について細かな解説を試みているが、映像を全く知らない人には分かりづらいだろう。
    一度意思の勝利を観てからのほうがより理解が深まるように思う。
    後半の国民の夢について夢だからこそ本音がででくるというのはなかなか面白かった。
    全体としてもう少しヒトラーの演説内容や当時の時代背景にふれてほしかった。

  • 存在の前に言葉があるという旧約聖書を理解していないと読み誤るかも。
    旧約聖書の選民であるユダヤ人に対する反発を理解していると読み解けるかも。

    ps.
    図書館で読もうとしたら,鉛筆で一杯線が引いてあった。
    この本を読んだ人の質の低さを痛感した。
    消しゴムを借りて,十数分かけて全部消した。

  • 【資料ID】18119
    【分類】234.074/Mi84

  • 政治の世界では、言葉というものが大きな働きをなす。言葉を用いればこそ、民衆の支持のとりつけが可能にもなるし、その逆も招く。また世論を誘導するのも言葉の力によるところが大きいのはいうまでもない。

    デモクラシーの国であれ、独裁者の国でえあれ、政治過程において「言葉」を扱うことには変わりない。それは平時でも戦時においても同じ事だろう。

    本書は、政治的言語を衷心にして、ナチ・ドイツ社会の政治レトリックと人々が巻き込まれ過程を分析した一冊。

    ナチズムの言語は、時代から半世紀以上立った今なお有効に機能している。その特徴は次の通りだ。

    「たとえば、簡潔で《断定的》な語法によって細かい議論を拒絶したり、「悪の枢軸」との対決といった《単純化》した論理で、あれかこれかの《二者択一》を迫ってみたりする、内外の政治家たちの言動など。とくに、それが、しばしば疑似宗教的な粉飾を帯びるとき、その感が深い。実際、ヒトラー演説には、一般に考えられているより以上に《摂理》や《絶対者》といった言葉がちりばめられ、その歴史観と政治観の特色を示している」。
    この一節を読み想起するのは、「既得権益」という仮想敵を自ら演出し、パフォーマンスに手際の良い某市長。

    本書は政治イデオロギーの分析だけでなく、映像メディアや教育の言語も取り上げているが、興味深いのは、それらに対する抵抗の言語も紹介していることだ。

    人々が選択した武器は笑いとジョークだ。
    圧倒的ともいえる全体主義の統制のなかでも、鋭い風刺的なジョークを用いた受動的な抵抗者が少なからず存在することには瞠目した。

    「ナチ・ドイツの政治的ジョークは、けっしてひとりでに生まれたものではない。それは最終的には、何百万という犠牲者をともなうことになった政治体制によって、いわば呼び出されて成立した。これらの犠牲者には、国籍や人種、宗教や思想などを異にする多くの人びとが入っている。彼らを結び合わせていたものは、共通の苦難の運命だった。ヒトラーとナチズムに向けられた政治的ジョークもまた、同じである。それは、共通の敵にたいして、ヒューマニズムにたつ人間をすべて一つに結び合わせるものだったから」。

    風刺が連帯を必然とする。
    笑いは本朝にも存在する。しかしそれは、2chに代表されるように、相手の生命をけなすことで自益するネタ・disりの、閉じた笑いにほかならず、人間同士を結びつけるヒューマニズムとは程遠いもの。

    この陥穽を乗り越えるヒントが本書には沢山詰まっている。

  • 2011,09,13 読了。

  • 薄っぺらい新書ながら、なかなか面白かった。
    ただしタイトルの「言語」はちょっとふさわしくないような。
    ここでのテーマは言語学上のラング/ランガージュではなく、個々のパロールなので、「ナチ・ドイツと言葉」くらいにしておけばよかったのではないか。しかしナチス時代をめぐる記録映画や市民の「悪夢」まで取り上げられるので、もっと漠然と「表象」といったところかもしれない。

    第1章、有名なヒトラーの演説に関しては、それが聖書のイメージを縦横に駆使した「疑似宗教」なのだとわかった。「摂理」に動かされている、と言いながら、それを「神の」摂理とは言わないところがミソだ。
    第3章では「教育の言語」、要するに当時の学校の教科書が取り上げられる。いつの時代も、偏ったイデオロギーが権威を持ち始めると、子どもたちの「教科書」が狙われるようだ。これは日本でも、戦時ばかりか、最近の「教科書をつくる会」とかいう右翼連中の活動にも見られる。同じだ。彼らは教科書さえなんとかすれば、子どもたちを洗脳し、自分たちに都合の良い子羊を大量生産できると思い込んでいる。まったく、頭が悪いとしか言いようがない。
    第4章「地下の言語」がとりわけ興味深かった。
    ヒトラー(ナチス)の権力は当時のドイツ国民を心酔させ、絶大な支配力を持っていたように考えていたが、ここに書かれているのは、戦時中にヒトラーやナチス上層部をからかった庶民のジョークが大量にある、という事実だ。
    もちろん、恐怖政治だから、そんなジョークは見つかったら処刑されるのである。
    にもかかわらず、ここには、権力を軽く「笑い」の中に組み込んでしまう、したたかな庶民的健全さがある。
    ヒトラーが勢いのあった最初の頃はともかく、第2次大戦の途中あたりからは、国民もけっこうヒトラー/ナチスにあきれていたのだろうか。
    この健全ぶりに、当時のドイツ国民を改めて見直した。
    戦時中の日本には、こんな軽やかな「笑い」は無かったのではないだろうか。

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