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Amazon.co.jp ・本 (240ページ) / ISBN・EAN: 9784004308287
みんなの感想まとめ
アフガニスタンの歴史と現状を深く掘り下げた本書は、外国からの軍事的干渉や内政への影響、地域の複雑な抗争を理解する手助けとなります。特に、ソ連やアメリカ、隣国の思惑がどのようにアフガニスタンの政治的不安...
感想・レビュー・書評
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映画アウトポストを鑑賞して
改めて疑問?
なぜアメリカ軍が駐留しているのだろうか?
その理由は?
これらのことを理解すべく本書を手に取る。
この本は2003年ごろの状況で終わる。
これからは明るい未来が
待っているで締め括られる。
しかしその後またまた混迷を兆している。
アフガンの民衆のことを思うと辛い。
ここまで周りの国と大国の思惑に
翻弄されていることに悲しくなる。
タリバンという組織を生んだ経緯。
思想、文化、宗教の問題。
多種多様な民族の価値観の相違。
利権がらみの経済支援。
複雑怪奇過ぎて理解不能。
はじめの疑問の答えに至らず。
大国同士の争いによる現状に
責任を感じて平和を願う行動なのだろうか。
この国に暮らす民に平穏な日が
来ることを願う。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
アフガニスタンという国がいかに外国から軍事的干渉を受けてきたかを知ることができた。特にソ連やアメリカ、隣国のパキスタンやイランなどの内政への干渉は目を見張るものがあった。そうした事情とアフガン内部の組織間の抗争も相まって、政治的な不安定さが今も尚続いていると思われる。(数ヶ月前に読んだ本だから記憶が曖昧。)
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2021年のアメリカ軍撤退について報道各社のいかにもタリバンが悪の枢軸であるからのような論調と、各地の驚くべき速さの昭和区に掌握に大いに疑問を持った。民主国家でなくなる等も懸念の裏腹にむしろ住民の多数の支持を得てなければこの速さでタリバンが侵攻していくことは無理だと思ったのだ。本来の意味で民主的なのはタリバンである可能性がある。
この疑問を解くべく本書を紐解いた。想像を絶する戦乱の歴史と、イギリスアメリカ中国ロシアそれぞれの暗澹たる思惑に翻弄されてきた国だ。この認識は新たに得ることができた。
しかし当初の疑問には結局触れられることはなかった。
社会学の分野なのかもしれない。 -
18世紀以降のアフガニスタンの近代史がわかりやすく書かれている。アフガニスタンを知らないもこの本で現在のアフガニスタンの混乱の理解の助けになると思う。冒頭でアフガニスタンの地理状況、民族(宗派?)などの基本情報を説明してあるので、歴史も頭に入りやすい。オススメの一冊
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19世紀頃から2002年頃までのアフガニスタンの歴史について詳しく書かれた内容。すごくわかりやすいし、アフガニスタンってメディアだけのニュースだとただ危険な国だったりってイメージだけど、実際はかなり大変な国なんだなと思った。ソ連とイギリスのグレートゲームから始まり、各国の干渉、タリバーンの出現や、アメリカの介入などなど。意外とパキスタンもデンジャーだと思ったり。アフガニスタンの歴史を見ると、何か日本とか生ぬるく感じてしまう。それにしても岩波の新書はほんとためになる本が多いなぁ。これを機にもっと色んな国の歴史を学んで、また、アフガニスタンの今後も追っていきたいと思う。
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~2002年までのアフガニスタンの状態を追ったもの。取材が多くわかりやすい。タリバンが生まれた経緯、難民との関係、ソ連とイギリスの大国に挟まれてきた歴史、ソ連KGBによる操作、パキスタン軍情報部、アメリカCIAの影などの思惑もわかる。
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アフガニスタンの近現代史を概説する一冊。
簡単にまとめられておりわかりやすい。
特にソ連進行やタリバン台頭の流れが
スッキリとまとまっている印象を受けた。
結びの言葉がやや楽観的に過ぎる気はしたが、
これを入門書とし、さらに深く勉強を進めるのに適しているように思う。 -
アフガニスタンは多くの民族の集合体であり、
「国民」として一致団結する気質には乏しいらしい。
というのが、一番印象に残った記載。
19世紀初頭から2002年までのアフガニスタンの歴史を、
背景説明付きで語ってくれる本。
語りの都合で多少時代が行き来する部分はあるが、
周辺諸国の思惑なども含めて書いてくれているのでイメージしやすい。
図らずも、先日読んだヨーロッパ史の概説本
『ユーロ誕生への道』(http://booklog.jp/item/1/4764104628)との相乗効果で、
歴史に少し立体感を感じられたのが新鮮だった。
受験勉強のときには、こんなに時間的&地理的に狭い範囲に絞って
じっくり調べる余裕も発想もなかったからなあ。
ちょっと歴史が好きになれそうな体験。
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<以下、まとめつつ抜粋。ページ数はおよその位置>
イスラム神学校生を中心とする若者らの「アフガンへの大量輸送」の目的や動機は、当初は不明だった。しかし、1995年、タリバーンの活動人員が二万人にまで増え、活動範囲を本拠地カンダハールからイランに近い都市ヘラートにまで拡大しようとする意図が見えたとき、その本質が徐々に明らかになってきた。
その目的は、第一段階として、無政府状態同然のアフガンの地方諸州に新たな政治勢力を打ち立て、新秩序を構築することであり、第二段階として、その延長線上にタリバーン新政権を樹立し、アフガン全土を支配下に置くことであった。(p.156)
1991年のソ連崩壊前後から、カスピ海周辺(アゼルバイジャン、カザフスタン、ウズベキスタン、トルクメニスタン)の石油資源が世界の注目を集め始めた。問題は、海のない後者3国がどのようなルートで石油と天然ガスを国外に運び出すかであった。そこで、パイプラインの建設を最大の焦点として、イランとパキスタンの戦いが始まった。(p.165)
しかし、パキスタンにパイプを通す場合には、建設ルートを事実上支配しているアフガンの軍閥や地方勢力がパイプラインの建設工事を妨害する恐れが十分考えられた。従ってブット政権の最大の課題は、アフガン南西部の治安をいかにして速やかに回復するかに絞られた。そのためには、どうしても軍事作戦を展開しなければならなかった。しかし、パキスタン軍が直接アフガンに出兵するとなると、ソ連軍のアフガン侵攻を何ら変わらない。侵略行為として国際社会から非難されるのは明白だった。(p.168)
ブット首相の懐刀となったバーバル内相とイスラム神学者協会のラーマンが思いついた妙案が、タリバーンを装ったパキスタン軍の派遣であった。大半がアフガン難民キャンプ出身の孤児であるタリバーンの若者らは、こうしたパキスタン政府の秘密工作については知る由もなく、祖国の秩序を回復するという大義のもとに活動していた。(p.169)
当初、タリバーンの若者たちのなかにはリーダーも兵士も存在しなかった。ところが94年12月を境に、いつの間にか戦車、航空機、ヘリコプター、機関砲などが配備され、無線通信機など近代戦に必要な装備品がタリバーンの手に届いていた。~~これは宗教集団が武装したのではなく、宗教集団の中に、武装集団が新たに加わったに過ぎなかった。武装集団の構成員は、身分を隠したパキスタン軍兵士と軍情報部員を中核として、元アフガン共産軍兵士やゲリラ組織を抜け出たムジャーヒディーン、さらにかつてソ連軍と戦うためにサウジアラビアや湾岸のイスラム諸国からやってきた義勇兵も混じっていた。この中にウサマ・ビンラーディンがやがて紛れ込むことになる。
こうした武装集団に参加した兵士の数は、95年1月の段階で約1万5千ないし2万人にものぼった。これに比べて、神学校出身の純粋なタリバーンは5千人前後しかおらず、タリバーンの実態がいかにパキスタン軍情報部によってカムフラージュされていたかが分かる。(p.170)
ところが、パキスタンの描くパイプライン建設のシナリオが現実味を帯びてきた頃、つまり96年の後半から、米国がタリバーンを非難し始めた。女性にブルカを強要することに対する、女性の地位向上を目指す人権団体からの非難などである。(p.180) -
[ 内容 ]
「文明の十字路」と呼ばれながら、現実には「戦乱の十字路」であり続けたアフガニスタン。
英露の「グレート・ゲーム」、米ソの冷戦構造、そして周辺諸国をも含む諸民族の対立・興亡―それらに翻弄されつつ、9・11を経て今日に至るこの国の歴史と全体像を、一〇回を超える現地取材をふまえてコンパクトに描き、今後を展望する。
[ 目次 ]
第1章 アフガンの自然と人々―戦乱の十字路(ヒンドゥークシュと「瑠璃の道」;多民族社会とイスラム ほか)
第2章 近代国家への模索(一八三九~一九七二)―イギリスとロシアのはざまで(国家の形成と諸王朝の成立;海外の干渉 ほか)
第3章 ムジャーヒディーンの闘い(一九七三~八九)―ソ連軍の侵攻と撤退(社会主義化するアフガン;ソ連軍の侵攻 ほか)
第4章 内戦とタリバーン支配(一九九〇~二〇〇一)―イスラム原理主義と国際テロ組織(冷戦の終結がもたらしたもの;内戦とタリバーンの誕生 ほか)
第5章 恒久和平への道(二〇〇一~ )―民族統合の条件(同時多発テロとアフガン空爆;暫定政権の樹立とカルザイ体制 ほか)
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[ 関連図書 ]
[ 参考となる書評 ] -
イギリスとしてはアフガン王国から挑戦された戦争には勝ったものの、アフガニスタンを支配するエネルギーも意欲もなかった。その頃のイギリスはインド植民地で燃え続けるインドを押さえつけることに精いっぱいだった。
ブレジネフがアフガニスタンの民主化を考える余裕があれば、その前にソ連の民主化を考えるだろう。
アフガンの武装ゲリラがソ連との戦いをジハードと呼んだことは無神論を掲げるソ連軍との戦いの性格を明確かつ効果的に規定するものだった。
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