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Amazon.co.jp ・本 (256ページ) / ISBN・EAN: 9784004308294
感想・レビュー・書評
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明治から昭和にかけて、権力の中枢にいた元老政治家の評伝である。
昭和史の資料を読んでいると、度々その名前が登場するのでまと
まった評伝を探していた。
パリ講和会議出席の折り、同行した近衛文麿がコロンボ寄港中の植物
園見学の際に車の窓から手を出して枝を折った。
「そのような野蛮な行為をする者はつれていけぬ。ここから日本に帰れ」
近衛家は五摂家筆頭。清華家の西園寺よりも家格では上位に位置する。
それでも近衛公を叱りつける西園寺が好きだ。
政治家としてはリベラリストなのだろう。しかし、皇室を守ることに
かけては誰よりも心を砕いた人ではなかったか。
「いくつかの政党が分立しているということは、もともと争うために
であります。但し利権や私情の争いは断じて許さるべきでなく、常に
君子の争いでなければなりません。議会に於いては、正々堂々と、
各自の所信を披歴し合い、真面目に討論を闘わすべきで、殿下が
政争そのものを非難あそばされることは御再考を煩したいと存じます」
軍部に傾倒して行く秩父宮への西園寺の苦言である。前半の部分は現代の
政治家センセイも肝に銘じてもらいたい。
明治の元勲は次々と世を去り、91歳という高齢まで生きた西園寺は正に
「最後の元老」である。小さな部分では妥協も辞さないが、大枠では決して
譲らないという強固な意志の持ち主でもある。
軍部の暴走を危惧し、英米との開戦を回避しようとした。あの時代にあって、
希有な存在である。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
前半はちょこちょこ面白いエピソードが挟まっていて楽しく読めたのですが(パリ留学や東洋自由新聞社時代の交流が楽しそうで和む…)後半から少し読むのが辛くなってきました。戦前の軍部の暴走に何とか歯止めをかけようとする姿が、全部終わった今読んでいるとはがゆい。西園寺が戦争を止められなかった原因、思想的欠陥なんかを冷静に、というかけっこう突き放した感じで書いてありました。
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西園寺公望の評伝。1849年に京都で生まれ、1940年に91歳で亡くなっているので、幕末の動乱から日中戦争に突入し日本が破滅に向かうまでが西園寺の生きた時代である。激動の時代と言える。以前読んだ岡義武『近代日本の政治家』でも西園寺公望が取り上げられており、その際には傍観者的な姿勢の人だなと言う印象があった。本書では西園寺公望の全生涯を描いているが、前半生は民権派の東洋自由新聞の社長に就任したり、文部大臣として第二の教育勅語を出そうとしたりと積極的に活動をしていた。しかし、総理大臣就任くらいから西園寺の政党人に徹しない姿勢が原や松田を苛立たせたように、物事への消極的な姿勢が目立つ。清華家に生まれた時点で既に地位や名誉を持ち合わせていたので、あまり権力への欲や執着が無い。それは彼の美徳でもあるが、政治家としての弱さでもあるのではないだろうか。
晩年は自身の望まぬ方向に日本が向かっていき、側近だった近衛や木戸も離れていく。見識があるだけに歯痒い思いをしながら亡くなったのは気の毒なことであった。 -
明治から十五年戦争期までの政治史について、西園寺公望の視点から評伝した名著。西園寺公望という人物についてより一層の理解が得られ、大変勉強になった。
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読了 20220611
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立命館大学を創った人。昭和天皇にNOと言っちゃうぐらい戦争に反対していた人。あと50年この人が生まれるのが遅かったら日本は戦争をしていなかったんじゃないか。少数派が日陰で生きる時代に堂々としていて、しかも文化人だったというのが興味深い。一目置かれていたんだと感じる。
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元老として明治以降戦前までの日本に影響を与え続けた公望。リベラルな思想の持ち主であり、それ故苦悩に苛まれることも。そんな公望がいかにして戦っていくのかを描く物語。
……というほど派手な伝記であるわけではない。
しかし、西園寺公望という人物がどれほど偉大な人物であったかを知るには十分すぎる著作。
筆者が言うように、結局公望にとっては天皇をいかにして守るのかということが最重要事項であり、その意味で彼は貴族だったのかもしれない。しかし、彼は失敗した者だったのだろうか。それを判断するためにも、他の本にもトライしてみたい。 -
最後の貴族らしい貴族なのか、生まれた時代に翻弄されただけなのか、しかしながら彼がいなければ今の日本がないのも事実。
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電子書籍端末で読む。長い間、積読でした。きまぐれで読み始めました。意外に面白いのです。再読の価値があります。
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公家として生まれ、フランスで10年の修業を積んだ後に
桂園時代を経て最後の元老として没した西園寺公望の伝記。
明治大正期に日本で絶大な力を持った元老が
昭和期になり途端にフェードアウトしたのがなぜか気になっていたが
その経過が分かりやすく記されている。
山県のようにバックボーンが厚く、声が大きい元老ではなかったために
西園寺は消えていったように感じたが
そこに西園寺の魅力はあったようにも思う。 -
「西園寺公望」と聞くと、大部分の人が、名前は知っているがどんなことをおこなったのかはよく知らないと答えると思う。「B級グルメ」という言葉はあるが、歴史上の「B級人物」と言ったら、本人は気を悪くするかもしれない。
しかし、本書を読むと、西園寺公望は幕末から明治維新の時にも青年公家として20歳前後の若さで活躍し、その後もオーストラリア公使やドイツ公使、枢密院議長、総理大臣などの国家の枢要を歴任し、晩年は「最後の元老」として時代をになった大政治家でもあったことがよくわかる。
しかも、その活躍の時間軸は長く、1930年代の昭和の激動期にも及んでおり、1940年(昭和15年)に91歳で死去するまで、政治の舞台で現役で活躍していた。
しかし、なぜ「西園寺公望」が歴史上、あまり知られていないのかということは、本書での彼の活動内容を知ればよくわかる思いがした。
西園寺の人生前半の「フランス留学」や「新知識人として」も明治の匂いを感じさせる内容で興味深かったが、後半の「戦争とファシズムに抗して」の人生はもっと興味深く感じた。
本来は、長いフランス留学により深い国際的知見を持った西園寺は、昭和の戦争への道に反対する思考を持っていたはずであるが、宮中と皇室の権威を維持するためには、権力を強める陸軍等に迎合せざるを得なかったというのだ。これが彼の政治スタイルだったのだろう。
当時の国際関係において日本の進路をめぐり、陸軍等の軍事的強行政策に迎合することによって権威を保ち自らの影響力を保持するべきか、それともはっきりと反対して孤立・失脚となるのか、西園寺は、明らかに前者を目指し、そして昭和の日本は軍事的敗北の道を進んだ。
これは、典型的な日本的な指導者のあり方なのだろうと思えた。西園寺は、やはり失敗した指導者なのだろう。
しかし、本書による彼の人生は、明治から昭和の日本のほとんど全てを読む思いがして興味深かった。
ただ、かなり明治・大正・昭和史を知っていないとよくわからず、馴染めない話であると思う。本書は、いわゆる硬い本である。 -
オーソドックスに。西園寺の生涯とその時代を。
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えー…入学式で全学生徒に配られた本です。読んでません、すいませんすいませんすいません!!
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未読
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