痴呆を生きるということ (岩波新書)

著者 :
  • 岩波書店
3.90
  • (25)
  • (21)
  • (22)
  • (2)
  • (2)
本棚登録 : 200
レビュー : 25
  • Amazon.co.jp ・本 (223ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784004308478

作品紹介・あらすじ

痴呆を病む人たちは、どのような世界を生きているのだろうか。彼らは何を見、何を思い、どう感じ、どのような不自由を生きているのだろうか。痴呆老人の治療・ケアに二〇年以上携わってきた著者が、従来ほとんど論じられてこなかった痴呆老人の精神病理に光をあて、その心的世界に分け入り、彼らの心に添った治療・ケアの道を探る。

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
  • 400430847x 223p 2005・5・16 12刷

  • 認知症がもたらす不自由を抱えて生きるということが、本人や身近で生活する人にとってどういうものであるかということを、様々な角度や前後の流れと共に考えるきっかけになった。

    家族が認知症になる場合を除いて、医療者として認知症の方と出会うと、
    本人と出会うと同時に症状に目が向くことが多いと思う。
    その時に、見えている症状や問題行動、介護者側の言葉だけで判断するのではなく、その方のこれまでの人生や性格、問題とされる行動に込められた気持ちなどにも目を向ける努力をしたいと思う。

    この本を通して、特に大きな気付きとなったのは、「記憶障害、見当識障害、言葉や数の障害などの知能を構成する道具自体にも障害が起きるのだが、むしろこれらの道具を駆使して生活のさまざまな場面に対応してきた機能が衰え、さまざまなつまずきが生じる」ということである。
    実際に対象者との関わりの中でも、指示の与え方や場面設定に工夫を加えると、発揮される能力に差があることを感じていただけに、とても納得できる内容であった。
    できない部分を手伝うだけでなく、できる環境を整えることも大切な支援の方法なのだと感じる。

    行動や言葉では表すことができていない相手のこころに近付けるようになりたいと思う。

  • 一言では言えない。ただ胸が痛い。でも一度は読んでおかなければならない本のひとつだと思う。

  • ある種の恐怖だった。
    昨日の今日で呆ける。少しづつ自分の記憶が減っていく。想像すると恐ろしかった。さっきのことを覚えてない、思い出せない、そして、さらに加速してないないないない盗んだ盗んだ盗まれた!と騒ぎ出す。
    家に帰れない。道がわからない、顔が分からない。

    ないないない。50代くらいから始まる人は始まるらしく、それまた怖い。。。痴呆患者が書いた本もあるらしく、なんこか引用してありましたが、自分がしんじられなくなる恐怖がひしひしと感じられて読んでてものすごい怖かった

    予防とかもあるのかないのか、突然くるのかこない人は来ないのか、考えれば考えるほど怖い本でした。

  • はじめとおわりにを読んで本書の内容を読む。

  • (2015.02.21読了)(2015.02.18借入)
    60歳を過ぎたあたりに定年についての本はいくつか読んだのですが、老化についての本はまだほとんど読んでいません。
    身近に認知症が始まっている人がいるので、認知症の本を借りてきました。認知症という呼び方は、新しいので、依然は、「痴呆症」とか「ボケ」と呼んでいたので、この本は認知症という名称がつかわれる以前の本ということになります。
    認知症の症状はいろいろあります。同じことを何度も聞く、ものがなくなるのでいつも捜し物をしている、人をどろぼう呼ばわりしたり、食事を食べさせてもらってないといったり、出かけて迷子になったり、身内が誰なのかわからなくなったり、…。
    上記のような事例をあげながら、どうしてそのような症状が現れるのかを読み解こうとした医師の書いた本です。老人保健施設の運営をしていた体験をふまえながら書いているので、説得力があります。
    認知症の症状には、その人の生きてきた人柄が反映されている、というのが著者の説です。その人の不安は何なのかを探り当てて対応できれば、まわりの困った状況を緩和することができる、とのことです。そのためには、本人やまわりの人から話を聞くということが糸口になります。

    【目次】
    はじめに
    第一章 痴呆を病む、痴呆を生きる
      1 病としての痴呆
      2 生き方としての痴呆
    第二章 痴呆を生きる姿
      1 痴呆はどのような経過をたどるのか
      2 私小説にみる痴呆老人の世界―耕治人を読む
    第三章 痴呆を生きるこころのありか
      1 痴呆老人からみた世界
      2 初期痴呆―未来への不安
      3 中期痴呆―過去への執着
      4 重度痴呆―今・ここに
    第四章 痴呆を生きる不自由
      1 アルツハイマー病者の著作から
      2 痴呆を抱えて暮らす困難
      3 妄想の成り立ち
    第五章 痴呆のケア
      1 前提と基本視点
      2 周辺症状のケア―もの盗られ妄想を例に
      3 個別ケアを超えて
    終章 生命の海
    おわりに

    ●痴呆(3頁)
    痴呆を病む人は経験したことの内容を忘れるだけではなく、経験したこと自体を忘れる。たとえば、何を食べたかを忘れるだけでなく、食事したこと自体が記憶に残らない。
    ●アルツハイマー病(3頁)
    アルツハイマー病患者は発病後三年で五○%、五年で八〇%が死亡するという統計がある。
    ●症状(7頁)
    痴呆という病を得た人には誰にでも現われる中核症状と、人によって現われ方がまったく異なる周辺症状とに分けるのが痴呆学の習わしである。
    前者には記憶障害、見当識障害、判断の障害、思考障害、言語や数のような抽象的能力の障害などがあげられる。後者には、自分が置いたところを忘れて「盗まれた」といいつのるもの盗られ妄想、配偶者が浮気していると思い込む嫉妬妄想などのような幻覚妄想状態、不眠、抑うつ、不安、焦燥などの精神症状から、徘徊、弄便(便いじり)、収集癖、攻撃性といった行動障害まで、さまざまな症状をあげることができる。
    ●見当識障害(12頁)
    痴呆の見当識障害は、時間、空間、人物の順に障害が進行するのが原則である。つまり、まず今がどのような季節であり、時間であり、曜日であるのかがわからなくなる。次いで、自分のいる場所がわからなくなる。さらに痴呆が深まると、身近な人さえだれであるかわからなくなる。
    ●意欲障害(49頁)
    実際にケアにあたって難渋するのは、この病が生きるエネルギーを徐々に奪うというところにある。その結果、元気がなくなり、ものぐさになり、閉じこもりがちになる。
    ●攻撃性(84頁)
    攻撃性の裏に彼らの不安と寂寥が隠されている
    盗ったとなじる相手に対する彼らの「頼りたいけど、頼るのは絶対に嫌!」という両価感情
    ●もの盗られ妄想(99頁)
    もの盗られ妄想は、争えば必敗の形勢を察知したものの、つまりは弱者からの訴えあるいは反撃であった、とみることができる。

    ☆関連図書(既読)
    「老人と犬」秋元良平著、あすなろ書房、1995.07.20
    「老人介護 じいさん・ばあさんの愛しかた」三好春樹著、新潮文庫、2007.12.01
    「おお、定年」加藤仁著、文春文庫、1988.03.10
    「定年の身じたく」石川恭三著、集英社文庫、2002.01.25
    「定年漂流」西田小夜子著、小学館文庫、2005.10.01
    「定年後のただならぬオジサン」足立紀尚著、中公新書ラクレ、2006.11.10
    「定年後」加藤仁著、岩波新書、2007.02.20
    「そうか、もう君はいないのか」城山三郎著、新潮社、2008.01.25
    「どうせ、あちらへは手ぶらで行く」城山三郎著、新潮社、2009.01.25
    「おひとりさまの老後」上野千鶴子著、法研、2007.07.12
    「老いの才覚」曽野綾子著、ベスト新書、2010.09.20
    (2015年2月23日・記)
    (「BOOK」データベースより)amazon
    痴呆を病む人たちは、どのような世界を生きているのだろうか。彼らは何を見、何を思い、どう感じ、どのような不自由を生きているのだろうか。痴呆老人の治療・ケアに二〇年以上携わってきた著者が、従来ほとんど論じられてこなかった痴呆老人の精神病理に光をあて、その心的世界に分け入り、彼らの心に添った治療・ケアの道を探る。

  • ※法改正により「認知症」が正規の名称とされているけども、やや古い本なので、タイトルまま。

    認知症の妻と過ごした作家 耕治人(こう はるひと)の三部作や、認知症を患った本人クリスティーン・ボーデンさんの著作も深くとり上げて解説しておられる中で、外部から観察した認知症に焦点を当てるだけではなくて、彼らの中に入っていこうとする試みがみられる。
    その上で、認知症を患う方をどのように見て、どのように接していけばよいかといったケアに関る提案もあり勉強になる。
    これは、認知症に限らず、医療全般においても、あるいは社会生活全般においても重要なことかもしれない。

    徘徊やモノ盗られ妄想といった、いわゆる周辺症状に多くの頁が費やされているが、どのようにそういった症状を考えていくかという点は非常に重要だと思う。
    その反面、あまりできていないことなのではないかと感じることもあるし、反省もある・・・。

    各章の扉には、認知症を患う方の写真が掲載されている。これをみても、著者の人間に対する愛着が感じられた。

    終章において、著者自身が、癌を宣告されていることを打ち明けられているが、どことなく清々しさを感じた。
    (※著者は2008年逝去)
    ----------------
    【内容(「BOOK」データベースより)】
    痴呆を病む人たちは、どのような世界を生きているのだろうか。彼らは何を見、何を思い、どう感じ、どのような不自由を生きているのだろうか。痴呆老人の治療・ケアに二〇年以上携わってきた著者が、従来ほとんど論じられてこなかった痴呆老人の精神病理に光をあて、その心的世界に分け入り、彼らの心に添った治療・ケアの道を探る。
    ----------------
    【目次】
    第1章 痴呆を病む、痴呆を生きる
    第2章 痴呆を生きる姿
    第3章 痴呆を生きるこころのありか
    第4章 痴呆を生きる不自由
    第5章 痴呆のケア
    終章 生命の海
    ----------------

  • 「心ない正しい指摘より優しい誤解を」。作家・耕治人は、認知症の妻が夜中に起きだし食事を用意したことを、自分への善意によるものと解釈する。それは耕のやさしさが生み出した誤解かもしれないとした上で、著者はこう書く。本書で語られる痴呆という病を抱えた人との生き方や著者の哲学は、まさにこの一言に言い表されているように思う。可能な非現実に佇む彼らに不可能な現実を突きつけるのではなく、彼らの不可能を可能にし、非現実を受け入れることにこそ、両者にとっての救いがある、あると信じたいと、著者のことばに触れて思う。

  • 痴呆について、ただのボケている人が皆痴呆なんだと思ったら全然違っていた。
    難しいことは書いておらず、読みやすく、すらすら頭に入ってくる。
    最初から最後まで丁寧に説明されているので多分退屈せずに学ぶことが出来ると思う。

    痴呆を病んでいる人達はただ「痴呆を病んでいる」ことだけが
    私達と違うだけであり、その他は何も変わらない、私達と同じ人間なのである。
    大事なことを改めて再確認出来て良かった。

  • 痴呆の周辺症状である妄想。女性に多いのが「もの盗られ妄想」、男性に多いのが嫉妬妄想」。しかし、なぜ妄想なのか?痴呆が「発見」した破局を生き延びるための「妄想」の解説に納得。

全25件中 1 - 10件を表示

痴呆を生きるということ (岩波新書)のその他の作品

小澤勲の作品

この本を読んでいる人は、こんな本も本棚に登録しています。

有効な左矢印 無効な左矢印
三島 由紀夫
村上 春樹
三浦 しをん
ヘミングウェイ
ヴィクトール・E...
フランツ・カフカ
デール カーネギ...
有効な右矢印 無効な右矢印

痴呆を生きるということ (岩波新書)を本棚に登録しているひと

ツイートする