悪について (岩波新書 新赤版 935)

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  • Amazon.co.jp ・本 (216ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784004309352

感想・レビュー・書評

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  • 厳格な倫理思想として知られるカントの倫理学を、「悪について」という観点から解き明かしている。

    カントの問題は、何が適法的な行為であるかを規定することではなく、道徳的に善い行為を、単なる適法的な行為から鋭く区別することだった。著者はこうしたカントの問題意識の中に深く沈潜することで、カントの「形式主義」といわれる道徳法則についての議論が、一見道徳的に見える行為の中にびっしりとはびこっている「自己愛」をえぐり出す鋭い刃として機能していることを読み取っていく。ここでの著者の議論は、上に述べた論理的明晰さと繊細さが類まれな統一を見せており、まさに圧巻である。

    カントの倫理学の中には何が適法的行為であるかを教えてくれるような規準は存在しない。そのために、自分が正しいと信じることとこの世の掟との相克に身を置く者は、どのように行為するべきなのか悩むことになる。それどころか、みずからの信念とこの世の掟のどちらにしたがったとしても、彼(彼女)は、みずからのとった行為が、はたして善かったのだろうかと悩み続けなければならない。悩み続けることによって、彼(彼女)は、自分が道徳的でありたかったということを、さらには、自分が幸福になりたかったということを、知ることになると著者は言う。このように展開される議論にも、この著者らしい繊細さが細部にまで行き渡っていて読者を魅了する。

  • タイトルだけを見ると、なんだか犯罪心理分析のような本かと思ったが、本書は「カント哲学」の「根本悪」をわかりやすく解説している本だった。
    カントというとわかりにくいイメージがあり、またこの「根本悪」という言葉も性悪説?なのかとやや批判的に思っていたのだが、筆者の言葉をかりると、カントがいうところの「悪」は、キリスト教の原罪よりも、より”人間的”なのだ。
    筆者は、カント哲学をわかりやすく解説しつつ、我々に考えるヒントを与えてくれているようだ。
    「善く生きること」を求めるがゆえ、悪に陥るという矛盾した構造に悩むことを、筆者は力強く肯定的に問いかけている。
    この本はカント哲学の入門書として最適な一冊だと思う。

  • 高校生の時に買って、大学で哲学を学んでいた頃まで、度々格闘しました。ただ、やはり、全く書いてあることが分かりませんでした。難しいです。カントを専門的に学んでようやく、その難しさの原因がカントを扱う上での特有の難しさである事が分かり、カントが嫌いになりました(笑)。

    月日は流れ卒業から2年後の今読んで、書いてある内容の意味は大体取れました、でもさっぱり分からないし、分かったところで「そんなの、嫌だわ!」と叫んでいる自分がいました。「分かっても受け入れ難い」んです要するに。どうも、カントは好きになれません。

    哲学畑を出た人間としては、この本がいい本であることはさして疑いがないです。カントを扱う時は特に、概念の定義レベルからミスリードに神経質にならないといけない。だから、ああいう小難しい書き口になるんです。私がいい本だと思うのは、中島義道節を生かしつつ「新書レベルの厚さでよくあんな質めんどくさいもの解説できたな!」という意味で、です。はっきり言って、書いてある内容の意味を把握する(つまり「読み解く」)には、しっかりした哲学の専門教育か、それ相当の教養を要します。理解したり批判するには、院でカントを専門研究するしかないです。難しいです。新書だから入門レベルと侮らない方がいいです。

    ただ、分かったところで、嫌ですね。道徳的な正しさってなんだ?悪ってなんだ?という問いについては、「お前ん中で、一生生きながら、動きながら、考え続けてろ。正解なんてないし、正解だと思い込めば思い込むほど、お前は悪に近づく」ですもの。厳しいですね。この厳しさを受け入れられるかどうかが、この本を読んだ後でなおカントを勉強したいと思えるかどうかですが。

  • カントを通して見る悪

    どちらかというとカントの解説書(一部)みたいな感じ。

  • カントの倫理学から、「悪」(そして、その対になる「善」)についての解釈のエッセンスを抽出して、比較的わかり易く解説してくれている。
    「道徳的」「善」「自己愛」「理性」などのキーワードが巡る中で、きっちりと論旨を積み上げて理解できた訳でないが、言わんとしている事は、わからなくもないレベルで読み終えた。
    とはいえ、難解は難解。自己愛に基づく行動が、本当に善いのか悪いか?混乱の深みに嵌ってしまうのは、自分が凡人な証跡であろか。
    自分自身を見つめなおすのに、軽薄な自己啓発本より、この手の本が良いというのがわかってきたのが収穫。

  • 自己愛から逃れられない。悩み続けるしかない。
    日頃思うことを言語化してくれてる。

  • [ 内容 ]
    残虐な事件が起こるたび、その“悪”をめぐる評論が喧しい。
    しかし、“悪”を指弾する人々自身は、“悪”とはまったく無縁なのだろうか。
    そもそも人間にとって“悪”とは何なのか。
    人間の欲望をとことん見据え、この問題に取り組んだのがカントだった。
    本書では、さまざまな文学作品や宗教書の事例を引きつつ、カント倫理学を“悪”の側面から読み解く。

    [ 目次 ]
    第1章 「道徳的善さ」とは何か
    第2章 自己愛
    第3章 嘘
    第4章 この世の掟との闘争
    第5章 意志の自律と悪への自由
    第6章 文化の悪徳
    第7章 根本悪

    [ POP ]


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    [ 関連図書 ]


    [ 参考となる書評 ]

  • 半年くらい前に読んだときは途中で読むのをやめてしまった本だが、今回は最後まで引き込まれて読んだ。
    また半年くらいしてからもう一度読んでみたい。

    この本に書かれている『道徳的な善さ』の良さは分かるが、そこに意識を向けて生きると人生が重く苦しく気が狂いそうだ。
    『道徳的な善さ』を注視しながら生きる著者は強い。

    【2010年10月23日追記】
    再読したが、前より理解しやすくなっていた。

  • 「不倫はダメに決まってる」も「不倫こそ最高の恋愛だ」も間違っている。何が掟に沿っていて、何が掟に反しているのか、“正解”を決めてはいけない。“正解”に従って、何も考えずに行動するとき、傲慢さが顔を出す。どうにもならないくらい、醜悪な顔をして。

  • 「はじめに」の部分を本屋で立ち読みして、共感する部分があり、
    読んでみたくなった一冊です。
    そこで、著者は、次のようなことを述べます。
    ※※残虐な事件が起こると、歌手やタレントやスポーツ選手までがわがもの顔に「対策」を論ずるが、「きわめて不愉快」である。
    残酷な事件について語るレポーターなどが異常事態に驚き呆れたという顔をし、
    沈痛な面持ちで現代日本人の「心の退廃」を嘆き、
    どうにかせねばと提言するのには、「はなはだしい違和感を覚える」。
    あたかも「自分はこういう悪とはまったく無縁の安全地帯にいるかのよう」であり、
    自らの言葉に「何の後ろめたいものも感じないとすれば、
    自分を棚に上げたしらじらしい発言に対しあとで激しい自己嫌悪に陥らないとすれば、
    彼らは私とは異世界の住民である」。
    著者は、むろん、ジャーナリズムを批判したいというわけではなく、
    「彼らの言葉は、ある社会的な役割を自覚してのもの」と評価しています。
    著者は、この「違和感」から「善い人」なんているのかという疑問を呈した上で、
    「悪」について検討していくのです。
    その手法としては、本書では、ドイツの哲学者・カントの考え方を紹介しています。
    カント倫理学を「悪」という側面から丁寧にたどった文章は、
    わかりやすく好感がもてます。
    もし「はしがき」部分に興味を引かれるようであれば、ぜひご一読をお勧めいたします。
    本書の内容に踏み込んだレビューは、amazonの本書のページで丁寧になされています。

著者プロフィール

1946年生まれ. 東京大学法学部卒. 同大学院人文科学研究科修士課程修了. ウィーン大学基礎総合学部修了(哲学博士). 電気通信大学教授を経て, 現在は哲学塾主宰. 著書に, 『時間を哲学する──過去はどこへ行ったのか』(講談社現代新書),『哲学の教科書』(講談社学術文庫), 『時間論』(ちくま学芸文庫), 『死を哲学する』(岩波書店), 『過酷なるニーチェ』(河出文庫), 『生き生きした過去──大森荘蔵の時間論, その批判的解説』(河出書房新社), 『不在の哲学』(ちくま学芸文庫)『時間と死──不在と無のあいだで』(ぷねうま舎), 『明るく死ぬための哲学』(文藝春秋), 『晩年のカント』(講談社), 『てってい的にキルケゴール その一 絶望ってなんだ』, 『てってい的にキルケゴール その二 私が私であることの深淵に絶望』(ぷねうま舎)など.

「2023年 『その3 本気で、つまずくということ』 で使われていた紹介文から引用しています。」

中島義道の作品

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