サルトル―「人間」の思想の可能性 (岩波新書 新赤版 (948))

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  • Amazon.co.jp ・本 (200ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784004309482

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  • 思想界において一時代を築いたサルトルを長年読みつづけてきた著者が、サルトルのヒューマニズムの思想の意義を力強く肯定している本です。

    本書の前半では、サルトルの哲学的著作や小説、戯曲が、人間の自由という観点から読みほどかれています。定型的なサルトル解釈でありながら、サルトルのあげる例や具体例にそって人間の自由の具体的なかたちを描き出していく著者の行論は、通俗的な解釈の図式を当てはめただけという感じを抱かせません。「各人をそれぞれのアンガジュマンへと送り返す」サルトルの志向を自家薬籠中のものとしている著者ならではの仕事ではないでしょうか。

    構造主義以後、アンチ・ヒューマニズムが思想界の主流となり、サルトルのヒューマニズムはもはや時代遅れのものとみなされることが多くなっています。著者はそうした風潮に抗って、「現代において倫理は不可欠であると同時に不可能である」と述べたサルトルの希望を、高く評価しています。このような著者の描くサルトル像は、最後の知識人と呼ばれるにふさわしいヒロイズムを感じさせますが、けっきょくのところどれほど有効な倫理思想を彼の仕事から引き出すことができるのかという疑問に答えが示されているようには思えないのも事実です。

  • (2015.12.20読了)(2015.12.09借入)
    副題「「人間」の思想の可能性」
    下記の二冊を読んでもよくわからなかったので、あきらめればいいのですが。
    「実存主義とは何か」サルトル著・伊吹武彦訳、人文書院、1955.07.30
    「サルトル『実存主義とは何か』」海老坂武著、NHK出版、2015.11.01
    懲りもせずに、図書館にあったので、借りてきました。
    2005年が、サルトルの生誕百年に当たる、ということで出版された本です。
    学生時代にサルトルの名は知られていましたが、著作物は、何回ということで敬遠してきました。それでも、何かサルトルのものは読んでおきたかったので、新潮文庫で出版された「水いらず」と「悪魔と神」は読んでみましたが、思想書ではないので、サルトルの思想に触れることはできなかったように思います。「聖ジュネ」も読もうとしたのですが、上巻の途中で挫折したままです。ジャン・ジュネの著作も読んでいないし。
    「聖ジュネ(上)」サルトル著・白井浩司訳、新潮文庫、1971.08.26
    「聖ジュネ(下)」サルトル著・白井浩司訳、新潮文庫、1971.08.30
    改めて挑戦するには、「泥棒日記」あたりを読んでから、取り掛かることになるでしょう。

    さて、この本の内容ですが、著者が大学一年生で、『嘔吐』を手にして以来、サルトルに親しんできた経験を述べながら、サルトルは何を考えてきたのかをたどろうとした本です。
    取り上げている著作は、主に小説、思想書、評伝、といったところです。
    サルトルの思想書は、ほとんど未完に終わっているようで、著者は、副題に「「人間」の思想の可能性」と付けているように、未完だからといって、読む価値がないということではなく、思索の過程を追体験しながら、人間はどのようになってゆくべきかを考えることが大事なんだ、ということです。
    人間は、予めどのようなものであるかは、決められていないので、自分で考えて作り上げてゆくべきもの、または、つくりあげてゆくしかない、ということです。
    『嘔吐』『存在と無』『自由への道』『家の馬鹿息子』『方法の問題』『弁証法的理性批判』などと、格闘する日が来るでしょうか。

    【目次】
    まえがき
    I 『嘔吐』から─出発点
    1 私にとっての『嘔吐』
    2 <人間>の思想の萌芽
    サルトルの肖像─1
    Ⅱ 戦争、収容所、占領─戦時下の思想形成
    1 <奇妙な戦争>と戦中日記
    2 『存在と無』を読む
    3 <アンガジュマン>思想の形成
    サルトルの肖像─2
    Ⅲ 自由の実現は可能か─戦後の展開を読む
    1 実存主義宣言
    2 自由と連帯─小説『自由への道』と戯曲群
    3 『聖ジュネ』または非人間の復権
    4 家族論として読む『家の馬鹿息子』
    サルトルの肖像─3
    Ⅳ 闘うサルトル─知識人としての〈参加〉
    1 マルクス主義との格闘─『方法の問題』から『弁証法的理性批判』まで
    2 「サルトルを銃殺せよ」─アルジェリア戦争
    3 五月革命と毛派
    4 葬儀の日
    サルトルの肖像─4
    Ⅴ サルトル再審─二十一世紀へ
    1 < 父親殺し>の後に
    2 破壊者/建設者、サルトル
    3 友愛と暴力、そして倫理
    4 人間化の運動─二十一世紀のサルトル
    あとがき
    参考文献
    略年譜

    ●権利(7頁)
    街のお偉方たちは「人生にたいし、仕事にたいし、富にたいし、指揮をすることにたいし、尊敬されることにたいし、最後に不死にたいしても」権利を持っている、と。なぜなら彼らは「息子としての、夫としての、父親としての、指導者としての義務をすべて履行した」からだ。
    ●『存在と無』(50頁)
    『存在と無』は四部構成である。そこには何が書かれているのか。大ざっぱに記せば次のようになる。第一部では意識の根源的な働きとされる<否定><無化>について。第二部ではこうした意識(対自)と事物(即自)とのかかわりについて。第三部では自分の意識と他人の意識とのかかわりについて。そして第四部では、人間活動のすべてが「持つ」「為す」「在る」の三つに集約され、こうした存在論を根拠とする実存的な精神分析の展望が描き出される。
    ●マイナス要因(75頁)
    少年(サルトル)は、背が小さく、醜いという二重のマイナス要因をかかえていた。
    ●実存は本質に先立つ(80頁)
    人間の場合は、無神論の立場に立つかぎり、あらかじめ人間の本質を定めるものは誰もいない。人間はまず現実に存在する(実存する)。人間の本質が何かを定めるのは人間自身なのだ。したがって、実存は本質に先立つことになる。
    ●評伝(111頁)
    サルトルが残した著作の中で、最も量の多いのは、小説でもなく戯曲でもなく哲学作品でもなく、評伝ということになる。評伝を書くことに彼は最大の情熱を傾けたのだ。
    ●倫理(172頁)
    「現代において倫理は不可欠であると同時に不可能である」

    ☆関連図書(既読)
    「実存主義とは何か」サルトル著・伊吹武彦訳、人文書院、1955.07.30
    「水いらず」サルトル著・伊吹武彦訳、新潮文庫、1971.01.25
    「悪魔と神」サルトル著・生島遼一訳、新潮文庫、1971.12.25
    「サルトル『実存主義とは何か』」海老坂武著、NHK出版、2015.11.01
    「実存主義」松浪信三郎著、岩波新書、1962.06.23
    「人間について」ボーヴォワール著・青柳瑞穂訳、新潮文庫、1955.06.25
    「第二の性 Ⅰ」ボーヴォワール著・生島遼一訳、新潮文庫、1959.10.30
    「第二の性 Ⅱ」ボーヴォワール著・生島遼一訳、新潮文庫、1959.11.05
    「第二の性 Ⅲ」ボーヴォワール著・生島遼一訳、新潮文庫、1959.11.10
    「第二の性 その後」ボーヴォワール著・福井美津子訳、青山館、1985.06.28
    「ボーヴオワール自身を語る」ボーヴォワール著・朝吹三吉訳、人文書院、1980.04.30
    (2015年12月21日・記)
    (amazonより)
    さらば〈ろくでなし〉よ!  ──『嘔吐』で鮮やかに登場し、小説家として、哲学者として、そして最大の「知識人」として20世紀を生きたサルトルは、2005年生誕百年を迎えた.世界的に血なまぐさい暴力が繰り返される今、時代に〈参加〉することを、〈人間〉とは何かを問い続けた思想が、新たなリアリティとともによみがえる.

  • 配置場所:摂枚新書
    請求記号:135.54||E
    資料ID:95050185

  • 「嘔吐」は、日常生活の中の不条理を表出させている。
    「奇妙な戦争」「家の馬鹿息子」は未読かもしれない。
    「存在と無」は読み締めて,読み終わっていない。
    聖ジュネ、自由への道、方法の問題、弁証法理性批判の話題も出てくる。

    戯曲は上演したこともあるので親しみ易い。
    親しみ易いというよりは上演しやすいと言った方がいいかもしれない。

    サルトルの解説書というよりは、サルトルの愛好者の感想とも言うべき書籍。難しいサルトルの本も親しみが持てる様な書き方に好感が持てる。

  • 「サルトル哲学」(主に実存主義)をサルトル=人間の『人間哲学』で語ってみようじゃないかという新書。最近ではそのような「既存するもののレベル」を下げて若者や知らない世代にアプローチするという類の本が溢れているため、この本が実在する意味はあるのかといわれれば「サルトル」のみに焦点が当てられているためサルトルだけ知りたいという僕のような人間にピッタリなのです。というわけでこの本が実在する意味はあります、ハイ。

  • [ 内容 ]
    現代に「参加」して生きるとはどういうことか?
    サルトル生誕百年。
    世界的に血なまぐさい暴力が繰り返される今こそ、「人間とは何か」を問い続けた二十世紀最大の知識人の思想が、新たなリアリティとともによみがえる。

    [ 目次 ]
    まえがき
    I 『嘔吐』から─出発点(1 私にとっての『嘔吐』 2 <人間>の思想の萌芽 サルトルの肖像─1)
    II 戦争、収容所、占領─戦時下の思想形成(1 <奇妙な戦争>と戦中日記 2 『存在と無』を読む 3 <アンガジュマン>思想の形成 サルトルの肖像─2)
    III 自由の実現は可能か─戦後の展開を読む(1 実存主義宣言 2 自由と連帯─小説『自由への道』と戯曲群 3 『聖ジュネ』または非人間の復権 4 家族論として読む『家の馬鹿息子』 サルトルの肖像─3)
    IV 闘うサルトル─知識人としての〈参加〉(1 マルクス主義との格闘─『方法の問題』から『弁証法的理性批判』まで 2 「サルトルを銃殺せよ」─アルジェリア戦争 3 五月革命と毛派 4 葬儀の日 サルトルの肖像─4)
    V サルトル再審─二十一世紀へ(1 < 父親殺し>の後に 2 破壊者/建設者、サルトル 3 友愛と暴力、そして倫理 4 人間化の運動─二十一世紀のサルトル)
    あとがき/参考文献/略年譜

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著者プロフィール

1934年東京に生まれる。東京大学文学部仏文科卒業。同大学院(仏語・仏文学)博士課程修了。著書『フランツ・ファノン』(講談社1981、みすず書房2006)『戦後思想の模索』(みすず書房1981)『雑種文化のアイデンティティ』(みすず書房1986)『シングル・ライフ』(中央公論社1986)『記憶よ、語れ』(筑摩書房1995)『〈戦後〉が若かった頃』(岩波書店2002)『かくも激しき希望の歳月』(岩波書店2004)『サルトル』(岩波新書2005)『戦後文学は生きている』(講談社現代新書2012)『加藤周一 二十世紀を問う』(岩波新書2013)『戦争文化と愛国心』(みすず書房2018)、訳書 ニザン『番犬たち』(晶文社1967)ペレック『眠る男』(晶文社1970、水声社2016)ファノン『黒い皮膚、白い仮面』(共訳、みすず書房1969、1998)ボーヴォワール『別れの儀式』(共訳、人文書院1989)サルトル『植民地の問題』(共訳、人文書院2000)『自由への道』(共訳、岩波文庫2000)『家の馬鹿息子』1-4(共訳、人文書院1982、1989、2006、2015)ほか多数。

「2018年 『戦争文化と愛国心 非戦を考える』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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