幼児期―子どもは世界をどうつかむか (岩波新書 新赤版 949)

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  • / ISBN・EAN: 9784004309499

感想・レビュー・書評

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  • 子育てをしていて驚かされることの一つは、三歳にならないような
    子どもにも、人間としての基本は全て備わっているということです。
    いや、むしろ、人間としての本質は幼児期に最も顕著に現れていて、
    大人になるにつれて、その本質が見えにくくなってしまうというこ
    とではないのか。最近はそう考えるようになっています。

    今週おすすめするのは、そんな自分を深く納得させてくれた一冊
    『幼児期』です。著者は発達心理学者の岡本夏木氏。

    副題には「子どもは世界をどうつかむか」とあります。「世界をつ
    かむ」を、著者は「世界をどう意味づけるか」という意味で使って
    います。この世界をどういう意味に解釈するかが人が人として生き
    る上で最も重要な基盤であり、それは、幼児期における「しつけ」
    「遊び」「表現」「ことば」を通じて獲得されるのだ、というのが
    著者の基本的な主張です。

    本書が他の発達心理学や教育学の本と一線を画しているのは、著者
    が一貫して「子どもの側」に立ち、子どもを、「一人の全体として」
    とらえ、大人とともに生活を実現している「生の共同者」として見
    なす姿勢を大切にしている点にあります。そのような著者の態度の
    根底には、幼児の人間性に対する深い信頼があるように思えます。

    「しつけ」は、「仕付け糸」から来ている、だから、あくまで仮止
    めのものであって、縫い上がったらはずすことが重要なのだ、と著
    者が言う時、そこにあるのは、しつけを受け入れつつも、さらにそ
    の先へと成長していこうとする人間性に対する信頼であり、その原
    動力となる子どもの自尊心や誇りに対する敬意です。そのような信
    頼や敬意が感じられるからこそ、本書の一文一文が読む者の心に沁
    みるのでしょう。

    本書を読むと、人生とは、自分の中の幼児期を育てていくプロセス
    に他ならないと思えてきます。そして、自分が一生付き合うことと
    なる幼児期が持つ意味を教えてくれるのが本書の魅力です。是非、
    読んでみて下さい。

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    ▽ 心に残った文章達(本書からの引用文)

    =====================================================

    幼児期において子どもが「世界」を「人間」を、そして「自分自身」
    をどうつかみ、それらをどういうものとして意味づけるか、それは、
    子どもがその後の自分の生き方の基礎をどうつかむかの問題に他な
    りません。

    「しつけ」という語は元来、着物を「仕付ける」ことと結びついて、
    私たち日本人の生活の中に根をおろして来ました。(中略)着物を
    縫う時、あらかじめ形を整えるため仮に縫いつけておくのがしつけ
    ですが、大切なことは、いよいよ着物が本格的に縫い上がると、し
    つけの糸ははずす、ということです。(中略)この「はずす」こと
    が、子どもの発達にとっても重要な意味をもつのです。

    子どもが遊びを通じて自らの中に育んでゆく「想像力」は、人間が
    苦しい現実に直面した時、それを超えてゆく原動力になるものです。

    幼児期の表現が芸術家のそれに通ずる点として、それが一般のおと
    なの絵よりもはるかに独自性に富み、表現することの喜びに支えら
    れている、ということがあります。しかもそれを見る人、それが多
    数の人であれ、一人の人であれ、あるいは未来の人であれ、自分を
    「わかってくれる人」がいるにちがいないという信頼を基底にして
    いる点です。それは表現行為のもつ深い共同性への信頼ともいえる
    でしょう。

    親や先生からかけられることばを自分に取り入れ、自分で自分を励
    ますことができるようになった時、子どもは新しい世界を、自分の
    力できり拓いてゆくことが可能になります。しかもここでつけ加え
    ておかねばならぬのは、自己督励となることばをかけてくれる他者、
    つまり自己への取り入れの対象となる他者は、誰であっても可能だ
    というのではなく、自分と生活をともにし、経験を共有し、相互に
    理解し合っている「好きな人」であるという点です。

    大切なことは、幼児期は幼児期自体の中で終るものではないという
    ことです。そこでの経験は記憶としてはいろいろの形で貯蔵され、
    学童期から老年期にいたるまでの長い間に、必要に応じて想起され
    引き出されます。それはその時の「今の自分」を意味づける形で新
    たに再構成されてゆきます。このことは、一生を通して、自分の中
    で「幼児期」そのものが成長し続けてゆく過程に他なりません。

    他者に向けたことばが、同時にそれ以上に自分に向けられる、こう
    いうことばこそが、他者と自己、人と人をもっとも根源的なところ
    でつないでゆくのではないでしょうか。(中略)子どものために、
    教え子のために、友のために、病者のためにと他者に向けて懸命に
    している行為が、どれだけ自分自身への励ましとなり、生き甲斐に
    なっていることか。

    事物や事件にかかわる記憶であっても、それは対人関係の中で記憶
    されます。(中略)三歳の直前に衝突事故になった子は、その時の
    恐ろしさよりも、必死に自分の上にかぶさってくれていた母(重傷
    を負っていた)の重さの方をおぼえていたと言います。

    おとなは常に「現実社会への適応」に動機づけられているのに対し、
    幼時は一つの「可能態」としての自己を志向していることなのです。
    (中略)幼児期の諸性質こそが、人間が生きるための本来的基礎な
    のであって、その上に立ってこそ、おとな社会の諸性質は、はじめ
    て人間性充実のための力として機能してきます。

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    ●[2]編集後記

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    先日、渋谷の小さな映画館で上映中の『里山っ子たち』を観てきま
    した。千葉の木更津にある社会館保育園の一年間を追ったドキュメ
    ンタリーです。社会館では、里山保育をしています。里山保育とは、
    文字通り山の中での保育。年間70日、近くの里山の中で子ども達は
    遊ぶそうです。

    社会館では、「汚いことや危ないことをしないと人間としての健全
    なセンサーは育たない」「ちょっと努力すればできる課題の存在が
    意志力を育てる」との信念に基づき保育をしています。里山のよう
    な自然環境は、センサーを育てる機会や乗り越えないとならない課
    題に満ちていますから、まさに社会館の保育にとって格好の舞台。
    子ども達は、泥だらけになりながら自然に触れ、喧嘩や失敗を通じ
    て人との触れ合いを学んでいきます。大人は最低限の介入しかしま
    せん。だから子ども達は何でも自分達で解決しようと努力します。

    映画を観て印象的だったのが子ども達の優しさです。怖くて立ちす
    くんだり、失敗して落ち込んだりしている子がいると、必ず誰かが
    寄り添いにきます。何も言わずに手をつないであげ、そうして新し
    い一歩を踏み出すための勇気がわいてくるのを待ってあげるのです。
    誰が教えたわけでもないのに、四歳になったばかりの子達がそうい
    う振る舞いをする。その事実に感動します。

    そういえば、まだ三歳にならない我が家の娘も、泣いている子がい
    るとその子の手を握りいくのだと、先日、幼稚園の先生が教えてく
    れました。

    そういう子どもの持つ優しさを知るたび、人間は労り合い、かばい
    合い、協力し合うことが本性であって、弱肉強食のような、万人の
    万人に対する闘争のような状態というのは、決して、人間の本来的
    な姿ではないのだろうな、と思うのです。本能というと、どうして
    も獣欲のような凶暴なものを思い浮かべがちですが、人間の本能は
    もっと優しく穏やかなものなのではないでしょうか。

  • 要旨:
     情報社会・能力主義社会は幼児期も浸食し、人間形成の基礎となる大切な時期である幼児期不在のまま成長する人間が増えていることは現代社会の危機である。
    なぜなら幼児期は人間が自己実現していくのに不可欠な精神の発達基板を形成する時期だからである。
     幼児期に行われる主な活動「しつけ」「遊び」「表現」「言葉」を通して幼児期に形成されるものが何かを考える。
     まずしつけは、自己の実現と他者の関与を統一し、社会に生きていくための基礎を身につける場である。愛情を持ったしつけを通じて、子どもは自分の行動を行為として認識し、やらされるのではなく誇りと自尊心を育て、自己形成していく。
     遊びは、それ自体を目的とし、自発的に行われ、自由度が高く快適で楽しい場。特に想像力を用いた虚構の遊びを通じて子どもは未知の物へとアクセスし自分の内に取り込んでいく。
     表現は自分の内なるものを外部に表す作業。外部のものを自分の内に取り込んでいく認知とは相互作用して変容する。表現は成果より過程が大事である。
     言葉は行動と相互作用して変容する。他者との共同行為である対話や自分に向けての言葉を通じて自分を理解していく。(※内容濃かったのですがまとめきれず)
     こうした幼児期の諸性質こそ人間が生きるための本来的な基礎であり、その上に立ってこそおとな社会の諸性質ははじめて人間性充実のための力として機能する。
     生涯にわたって自己の新たな意味づけを必要とする時や、危機的場面に遭遇した時、そこに立ちもどり、そこから再出発するべき原点となる記憶の母胎となりうるのが幼児期。
     こうした幼児期の諸機能は時間をかけて育てられるべきで、現代のスピードや効率優先社会を憂い、保育の場の再建をとねがうのである。

  • 良い本だと思うが、私には少々読みづらかった。

    子育てで大切なことは、(親を含めた)他人と関わる機会をなるべく多く作ること、新たな経験を沢山積ませることなのかな、と感じた。

  • 保育や教育の仕事をしているわけではないけれど、子どもを育てるにあたって大事なことを学びたく本書を手にとりました。

    結果、学びが多く、読んで大正解。

    幼児期の子どもたちは周りの大人の関わりによって、その可能性をどれだけ伸ばせるかが変わってしまう。
    親は1番身近な他者なわけで、非常に重要な存在なのです。

    私たちは、幼児期の子どもの行動の意味を理解して接することで、大事な能力を潰すことなく伸ばしていくことができる。
    この本を通してその意味を学べたことはとても良い機会でした。

    何度か読み返したい本です。

  • 上島逸子先生おすすめ
    36【専門】376.1-O

    ★ブックリストのコメント
    この書は、発達心理学の立場から、幼児期「しつけ」「遊び」「表現」「言葉」の四つの相を取り上げ、子どもが自分を取り巻く世界に踏み出すための発達的基礎が幼児期にこそ培われることを明らかにしています。

  • 幼児期の特徴についてしつけ、遊び、表現、ことばの4側面から解説した本書。読みやすいながらも重要な部分はしっかりと捉えられており、2005年の本が未だに書店で平積みされていた理由がわかるようだった。本書は保育や教育に携わる職業や親にとって有用なだけではない。
    幼児期に獲得されたものは大人になるとあまりにも当たり前で隠されてしまう。しかし、幼児期に獲得したものこそ、人が社会で生きていくために最も重要なものだ。そんな基本中の基本を改めて思い起こさせてくれるところにこの本の面白さがある。

  • 3 子どもは大人を社会化するか[伊藤崇先生] 2

    【ブックガイドのコメント】
    「子どもの視点に立って『子ども』を研究するためのヒントを与えてくれる。」
    (『ともに生きるための教育学へのレッスン40』128ページ)

    【北大ではここにあります(北海道大学蔵書目録へのリンク先)】
    https://opac.lib.hokudai.ac.jp/opac/opac_link/bibid/2001205786

  • 2008年10月05日 21:47

    しつけに関する章が特に印象に残った 
    自身の経験では、「しつけ」とは親からの矯正・強制的な印象が大きく、それはそれで必要なのではないか、ただ自分が子どもに対してどのようにすれば良いのか、と考えあぐねていたので、そういう意味でよい「気づき」になった本 

    日本での本来の「しつけ」とは 
    あらかじめ形を整えるための仮縫いを意味する着物のしつけと同じ意味で、 
    「しつけ糸を外す」ところまでは「しつけ」であり、しつけの本来の目的とは「矯正」ではなく、親の手が離れるところまで含まれているのである 

    「しつけ糸を外す」のはおとな側の仕事で、子どもが自分自身について持つことの出来た「誇り」「自尊心」を育てていくことの手助けをすることである 


    子ども「待つ」⇔おや「待ってやる」という行為が重要 
    自分の要求の実現を延期させること、 
    自己の行為や未来についてのTime Perspectiveを作り出す力を獲得させることが「しつけ」である 

    具体的なやり方としては、形式的な賞罰を与えるのではなく、おとな(お母さん)の喜びとして表現すればよいそうすれば子どもは「自分はお母さんを喜ばせることが出来るんだ!」という自尊心を養っていく 

  • 人は、成果が保障されていないものを採用する勇気をなかなか持ち得ないものである。

    教育の方法については、とかくそうで、「東大に3人入れた母親が教える~」のような、実績を出した人の本は話題になりやすいが、本質的で重要な議論でもタイトルが地味な場合などは、手に取る人が少なかったりする。

    モッテソーリ教育などは、既に実績をあげている立派な方法論かもしれないが、
    藤井四段が受けていたということが、モッテソーリ教育への信頼向上にさらに拍車をかけているだろう。

    本書は、「幼児期」という漠然としたタイトルではあるが、しつけ、遊び、表現、ことばという4つの章から構成される学術書である。

    タイトルを見る限り目的が明確な新書が世に溢れるなか、
    幼児期に子供に教えるべき重要なことは何なのかを丁寧に考察していく思考の軌跡である。

    著者の問題意識は、現代の能力至上主義を背景とした、なんでも一人でスピーディにできる人間=社会で使える人間という図式への違和感にある。

    その流れが自然と隅に追いやってしまっているのが、人間本来の対話や人との丁寧なコミュニケーションである。

    本書を読み進めていくにつれ、普段見過ごしだが、誰しもが本心では重要だと思っていることを再確認することができる。

    昨今は小さい頃から英会話をやらせたり、プログラミングをやらせたりと、とにかく社会でサバイブすることを重視した教育に重点がおかれていると感じる。

    親心としては、否定できない側面も往々にしてあるが、そんなことよりも知らないお年寄りとの会話を大切にしたり、地域社会の子供たちに揉まれて実経験を積んでいく。
    そんなことのほうが、たくましく自分の頭で考えることができる大人になるには必要なのではないか。

    これから子育てをする世代も孫を持つおじいちゃんおばあちゃん世代も関係なく、
    子育てに生かせる考え方を学べる一冊である。

    私は、この本を読んで、子供とじっくり会話することを大切にしようと心を新たにした。

  • 幼児期を、人間の成長において非常に重要な時期ととらえ、しつけ、遊び、表現、ことばの4つの面から発達の過程を探っていく。全編に貫かれるのは、現代社会への危機感であり、幼児期の心の発達が、大人になってからの生き方にも強い影響を与えるとして、今後の研究に発破をかけている。
    (2015.7)

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著者プロフィール

元 京都女子大学文学部教授京都教育大学名誉教授2009年逝去

「2016年 『意味の復権[新装版]』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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