日露戦争の世紀―連鎖視点から見る日本と世界 (岩波新書 新赤版 (958))

著者 : 山室信一
  • 岩波書店 (2005年7月20日発売)
3.71
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  • レビュー :11
  • Amazon.co.jp ・本 (256ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784004309581

日露戦争の世紀―連鎖視点から見る日本と世界 (岩波新書 新赤版 (958))の感想・レビュー・書評

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  • 新書文庫

  • 【資料ID】17921
    【分類】210.67/Y44

  • なぜ日露戦争が起こったのか、
    当時の世界情勢、
    日露戦争の世界史的意味。

    歴史の本は正直読むのが辛いのですが、本書は歴史の「流れ」を語るタイプなので、なんとか読めました。
    知識はすごく付きます。

  • 日露戦争前後の歴史を概説した書だが、
    軍事史や外交史としての性格は弱く、その背後で展開された
    メディア戦略や社会的論旨にまつわるエピソードが面白かった。

    黄禍論対策としての根回しが結果的に武士道が広まった点や
    ロシアのポグロムの影響を受けてジェイコブ・シフから
    多額の外債を得られたりとそういう裏側もあったのかと感じさせる。
    この黄禍論、ジェイコブ・シフについては別に本を読んで、
    知識を深めたいところ。

  • [ 内容 ]
    1904年2月、日本の連合艦隊による旅順港外のロシア艦隊への攻撃によって、日露戦争の火蓋は切られた。
    国際社会に参入して半世紀の近代日本は、どのような経緯で戦争を始めるに至ったのか。戦争の衝撃力は、時代と社会を超えてどんな新しい思想・文化や社会変革を呼び起こしたのか。
    終戦から100年、その世界史的意味を考察する。

    [ 目次 ]
    はじめに
    第1章 近代国際社会への参入
    第2章 東アジア国際情勢の変化
    第3章 日露開戦へ
    第4章 二〇世紀最初の世界戦争
    第5章 世界とのつながり、日本へのまなざし
    第6章 主戦論と非戦論の世紀
    主な史料および参考文献
    あとがき
    人名索引

    [ POP ]


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    ☆☆☆☆☆☆☆ 冒険性
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    共感度(空振り三振・一部・参った!)
    読書の速度(時間がかかった・普通・一気に読んだ)

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    [ 参考となる書評 ]

  • 短いですがこちらに書きました↓
    http://esk.blog9.fc2.com/blog-entry-965.html

  • 誰もが戦争は良くないと思ってるのに、それが叶わないのはなぜか。
    すっごいジレンマ。

  • 先日、『日本人としてこれだけは知っておきたいこと』という新書を読んだのだけど、その中で「日露戦争原因論」を批判する文章があった。いわゆる「十五年戦争」の原因を日露戦争に求めるのは間違いで、大正デモクラシーという「歴史の切れ目」(『日本人〜』p112)を経験していることを考慮しなければならない、という論調だった。

    ただ、『日本人〜』では「日露戦争原因論」がいったい誰の主張なのか、「戦後の歴史家」「左派や知識人」とするだけではっきり述べられていなかった。引用も参考文献目録もないので、「日露戦争原因論」がどういう根拠で述べられているのか、知りたいと思っていた。

    そう思っていたところ、本屋で偶然この本を目にしたので買ってみた。あらかじめ言っておくと、この本は「日露戦争が大東亜戦争の破滅を導く原因となった」 (『日本人〜』p109)と断言できるような、はっきりとした「日露戦争原因論」ではない。ただ、この本は「連鎖視点」という「あらゆる事象を、歴史的総体との繋がりの中でとらえ、逆にそれによって部分的で瑣末と思われる事象が構造的全体をどのように構成し規定していったのか、を考えるための方法的な視座」(p?)に基づいている。そうだとするならば、「歴史の切れ目」を重視する『日本人〜』の言う「日露戦争原因論」的な視座とも取れるかもしれない。

    ただし、「十五年戦争」を考える上で、問題は「日露戦争が大東亜戦争の破滅を導く原因となった」と考えるほど単純な論法では解決できないところにあることを、方法論的にこの本は教えてくれる。概括的ではあるが、さまざなま対象と要因からある事象を解きほぐす方法は、読んでいて非常にダイナミックな印象を受ける。

    日露戦争に即して言えば、そこに至る過程を、国際関係のなかで日本の立ち位置や方向性(すなわち帝国主義的な世界体制のなかに参入すること)が定まっていくなかで解き起こす。さらにその後起こってくる様々な事象とのつながりとその意味を、問うことにまで、論考を続けていく。ただし、日本が帝国主義的体制のなかに参入していくことそのこと自体の是非や善悪を問う視点には立っていないところがミソだ。

    むしろこの本で重視しているのは、日露戦争への過程とその後を概観したうえで、帝国主義体制への日本の参入が(山県の「主権線」と「利益線」の議論をひきつつ)、実は「領土拡張が自己目的化してしまえば、それがなんのためなのか、という意味を問い直すことさえできなくなる」(p207)、ということへの危惧なのではないか。帝国主義体制への参入とそれがひきおこした領土拡張は、日本が開国以後、国際法体制へ参入することの、実は必然的帰結だったのかもしれない。しかし、「拡大」が産み出す必然的な帰結としての「喪失の恐怖」という一般的な教訓は、現代においても受け止められるべきではないのか、というメッセージを発しているように思えた。

    もうひとつ重視しているのは、「日露戦争前にうまれた非戦論が、激しい非難や家族にも加えられた迫害にもかかわらず、世紀を通じて絶えることがなかったという、そのことにこそ、私は日本という歴史空間に生まれ育ったものの一員としての、心ひそかな矜持を覚える」(p239)という点だろう。

    ただ、疑問も残る。それは「連鎖」を重視するということは、帝国主義的な進出の「連鎖」としても、現代を理解できてしまうのではないかということだ。つまり、著者が20世紀に脈々と続く「非戦論」の「連鎖」に「矜持」を覚えるように、一方で20世紀にまた脈々と続く<好戦>(それは具体的な戦争だけに限らず、優勝劣敗の論理に依拠する思想と言ってもいいかもしれない)の「連鎖」に「矜持」を覚える人が居た場合、それをどう説得しうるのだろうか。現代の「非戦」は、単純に過去にそれに類するものを求めるのではなく、あくまでも歴史的経緯に注意を払いながら―つまり過去の「非戦」がどのような思想的営為によって成り立っていたかに意を向けながら―問い続けなければならない、非常に難しい問題ではないのだろうか。

    とはいえ、さまざまな要因や視点から日露戦争前後を概観・叙述するという点ではとても勉強になった、面白い本だった。

  • これが僕の卒論の根幹になります!!(笑)

  • 日露戦争の勝利は二つのことを証明した。ひとつは、西欧型の国家体制が軍事的に優越性をもつこと。ふたつは、日本はアジアの文明に適合させながら西欧文明の受容に成功したこと。このことは中国を中心としたアジア全体に、欧米の学術や法制などを日本を通して摂取しようとする動きを本格化させた。この“日本を通じて”(西学→東学→中学)アジア諸国に伝わったことから、この著書では日本を“知の結節環”と表現している。そして
    かつては西欧の情報は“中国を通じて”(西学→中学→東学)日本に伝わってきており、それが日清、日露戦争後は上記のような逆の流れが生じた。この双方向性の思想の伝達が最終的にアジアという思想空間をつくったというダイナミックな論理は傾聴すべきものがある。

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