- Amazon.co.jp ・本 (224ページ)
- / ISBN・EAN: 9784004309789
感想・レビュー・書評
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「学力とは何か」「子どもの学力を伸ばすにはどうしたら良いか」を考えるとき、一度は読んでおいた方が良い本。ただし、具体例が関西の学校に限られている点が少し物足りないのと、発行年が少し古いため、特に教員の長時間労働問題については全く触れておらず、そのため「効果のある学校とは」の議論は今の時代には合わなくなってしまっている点が少し残念。
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この本によると、そもそも日本で使われる学力という言葉は日本独特のもので、英語で同じニュアンスを指す単語を見出すのは難しいらしい。
なるほど、私たちは「学力」と聞くと、ペーパーテストや高校・大学入試のような点数化できるものを想像する。だが、これほどまで日本人を悩ませ、一喜一憂させる学力という概念は、世界標準ではなかった。世界では判断力や思考力といったものを含めて、もっと広い捉え方がされている。
「データや根拠にもとづかない主張はしない」
著者の持ち味は既成概念や学界の狭い枠にとらわれずに、物事の本来の状況を的確にわかりやすく捉えようとする視点であり、また、自分の考えのよりどころを現場から得ようという、頭だけでなく足も使った研究姿勢。だから書いている内容は理解しやすく、突飛さがない。
一般に「親が高学歴ならば子どもの学力は高い」「親の収入が多いほど子どもの学力は高い」というようなことをよく聞く。確かに全体から見た傾向ではそれは正しいだろう。
しかし著者はフィールドワークの結果「親が学歴でも収入でも恵まれていない家庭が多い学校で、それらが恵まれた学校を上回る成績を出す学校」の存在を発見した。
教師が個人でなく集団で取り組み、そして家庭訪問などで学校外もフォローする…地道で単純で即効性があるわけじゃない。だけど、学校が家庭が地域が同じ方向を向いて協働した結果、従来の説なんか蹴り飛ばすかのような痛快な結果につながった。
子どもの学力を上げようとするのなら、塾に通わせ、家庭教師をつけて…といったことをすればいいのは素人でもわかる。それが経済的理由などで全員ができるとは限らないから問題なのであって、今の日本教育の危機には、そんな当たり前の処方箋は意味がない。本当に現場の視点から出た、現場の状況に応じた柔軟な提案。それこそが私たちみんなの求めているものだし、実践できるもののはずだから。
ただし志水先生も「これは特効薬やマジックじゃない」とは認めている。つまり、このやり方で成果が出せるなんて何の保証もないってこと。じゃあどうすればいい?その答えの導出を志水先生だけに負わせるのは酷だろう。「学力」を本当に広い世界標準の意味で捉えて教育を大きな視点で考えれば、選択肢が何百通りもあるテストを解くように正解が見えない。だから政治家や評論家の口先だけの論調は虫酸が走るし、志水氏のような現場とつながった研究者を待望する。
(2011/6/19) -
うちの校長が勧めていたので,読んでみました。
とくに「効果のある学校」の実践例のことを言っていたので,その部分を中心に読みました。
ま,確かに,これだけ手厚く教師集団が指導をすれば,家庭的に,社会的にしんどい環境におかれた子どもたちも,伸びるんだろうなあって思いました。でも,そのためには,教師自身の家庭はどうなるのかな…(とくに中学の生徒指導上の話題)。みんな金八先生みたいになれないし…ってこともちょっとだけ思いました。
ただ,効果を上げている小中学校がやっていることには,今,すぐにでも真似出来そうなことがたくさんあります。それはそれで,真似をしていけばいいんですよね。
すでにうちの学校でもちゃんとやっているやん。というものもたくさんあるように思います。
教師集団の力で,子どもたち全体を見ていく…そんな姿勢が大切ですね。 -
【2011.07.30 再読】
公立学校教員なら共通して持っておきたい「学力」観が、
すっきりと明解な論法で書かれている名著。
教育社会学の観点からも、
ストンストンと胸の中で落ちていく論が展開されているし、
データやフィールドワークの結果も読んでいて信頼性の高さが伺える。
公立学校のあるべき姿がハッキリと著されているので、
今後の私の行動に大きな示唆を与えてくれることは間違いない。
あと、著者自身の人生経験も語られているところが、
同和教育を大切にしているなと感じられ好感が持てたのはいうまでもない。 -
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10年ほど前に書かれた本です。この中にある「学力の樹」という考え方が大事だとある講演会でおうかがいしたので読んでみた。その考え方自体はよく分かるし、根っこの部分が最も大切であるのも分かる。が、まあ特に新しい考え方でもなかったように感じた。国際学力調査で日本の学力が低下しているということについて、参加国が増えたために順位が落ちているだけ、ということは一覧を見ればすぐわかることなのに、はっきりそう言っている人は、私にとっては本書の著者が初めてだった。ブルデューの考え方が、不勉強な私には新鮮で得るものが多かった。経済資本(お金・資産)、文化資本―客体化された形(本・楽器・骨董品)、制度化された形(学歴・教育資格)、身体化された形(ハビトゥス)―、社会関係資本(コネ・人間関係)、この3つの資本が、家庭における子育て・教育という再生産に役立っている。はてさて我が家には、経済資本はともかく、文化資本はまあまああると思うのだけれど、再生産にどうも役立っていない。父親がさりげなく(わざとらしく?)差し出した本を読んでいる姿を見つけたことがない。ピアノもヴァイオリンも長続きしなかった。進め方が上手でないのかなあ。良かれと思ってやったことがすべてうまくいくわけではない。それが今のところの実感。けれど、必ず根っこのところに何らかの引っ掛かりができているはずと思っているのだけれど、いつか何かのきっかけでまたそこから新しい芽が出ることを期待しつつ・・・。そう、今ふと思ったけれど、樹というのは上の方を切り落としても、横からふいっと生えてくることがある。すごい生命力だし、「学力の樹」についてもそういうことがあってもいいかも知れない。もう一つ、本書で紹介されている「効果のある学校」の取り組みについて、先生方の並々ならぬ努力、すごいことなのだろうと頭が下がります。しかし、一方できっと先生方は自分の家庭を犠牲にされているのではないだろうか、しんどいことだなあという思いもある。森毅先生ならどない言わはるのやろ~
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自分史から学力感を導入していくところは、「読み物」的であるが、その後は、教育学らしい論が展開される。