壊れる男たち セクハラはなぜ繰り返されるのか (岩波新書 新赤版996)
- 岩波書店 (2006年2月21日発売)
本棚登録 : 282人
感想 : 47件
本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています
Amazon.co.jp ・本 (224ページ) / ISBN・EAN: 9784004309963
みんなの感想まとめ
セクハラや男女間のコミュニケーションのズレをテーマにした本書は、男性と女性の視点から描かれたリアルな事例が特徴です。男性の自分勝手な言動に対する嫌悪感や、無自覚な男性に対する恐怖心が浮き彫りになり、読...
感想・レビュー・書評
-
詳細をみるコメント0件をすべて表示
-
セクハラの事件に対して、実際にあった事例から男性視点の供述と、女性視点の供述が書かれており、リアルな描写が想像することができた。リアルが故に、男性の自分勝手な言動に嫌悪感や不快感を覚えることも多々あった。女性の視点で読んた時に、無自覚な男性には恐怖心を感じた。
2006年に出版されてから、10年以上経つ今も、男性の逸脱した言動の内容はあまり変わっていないように思えた。性的役割意識の違いによるものが原因にしても、セクハラをする男としない男がいる以上、する男の身勝手な認識は改められるべきだと感じた。
男らしさや女らしさという考え方も性差別的に捉えられることもあるため、認識を変えていこうと思った。 -
「合意だったはず」「自然のなりゆきで」―告発されて「加害者」となった男性たちは、事態を理解できず、相変わらずの言い訳を口にすると茫然と立ち尽くす。彼らはなぜ自らの加害性に無自覚なのだろうか。相談現場で接した多くの当事者の声を通して、「セクハラをする男たち」の意識のありようを探るノンフィクション。
女性からのセクハラやパワハラの告発によって、これまでの男性中心の職場運営の不合理な部分や根拠のない男性優位のシステムが問われている。
こうした変化により、男性は自らのアイデンティティーに向き合わざるを得なくなっている。
そして女性からのセクハラ告発に対して、自分が男性優位な職場環境を無意識に利用していることや女性を見下していることに気付かず、加害者男性はセクハラ相談窓口に来る。
加害者意識のない男性の意識には何があるのか?
「急な仕事上の相談と称して食事や酒に誘い、言葉巧みに人気のない場所に連れて行き関係を結ぼうとした」ケースでは、「仕事の相談というのはよくあるきっかけ作り」「男女の間ではよくあること」「男と女の駆け引きの一種」という会社内での上下関係に意識が行かず女性の意思や立場に思いが行かない男性の勝手な思い込みがあからさまになっている。
既婚女性にしつこく食事を誘う社長のケースでは、「付き合うのも給料のうち」「ここで仕事していきたいだろう」と関係を迫り、女性がセクハラで訴えると「何も出来ない女性に給料を払ってあげたのに、恩を仇で返された」「被害者意識が強い女」と逆ギレする加害者男性の不誠実さが露になった。
こうしたセクハラ加害者男性の共通点は、自分が置かれた立場や相手女性から自分の言動がどう受け止められるかどう感じるかに鈍感であること。
男性は、自分の立場の優位性に慣れ過ぎていて、女性の意思を無視したり、女性の立場が弱いことが分からない。
男性側は、平均で仕事とプライベートを混同して自分の職場での立場を無視して、自由な恋愛としてアプローチしているので、女性が拒否するサインを出しても駆け引きとしか受け止めない。仕事場の女性を、仕事仲間ではなく恋愛や性の対象として見ている。
「イヤもイヤもスキのうち」「女性の抵抗はポーズだ」など、男たちの勝手な思い込みで勝手なストーリーを女性に強引に展開させようと、少しずつ逆らうことが出来ないところまで立場や酒などを使い支配をベースにした強引で一方的な性を求めている。
セクハラで訴えられると、「派手な服装をしているから」「酒を飲んで酔っ払った時に彼女にも期待があったはず」と卑怯な言い訳を並べる。
セクハラ事件は、加害者男性の男尊女卑的な意識と旧来の「男性が女性に好き放題に振る舞っても許される」という意識から派生する。
セクハラ加害者男性になる可能性は、どの男性にもある。歪んだ「男らしさ」を表現するジェンダー意識が自分の中にある限り、男は加害者になる可能性がある。男性の中にある男尊女卑的なジェンダー意識を問い、意識改革するきっかけになるノンフィクションです。 -
溝の口の古本屋で購入。
著者は日本に「ホームレス」という言葉を普及させた社会学者だ
そうです。
この本書の帯「魔が差したはウソ!」と、岩波にしては
面白いコピーだが、これがまさにその通り。
面白いというか、呆れると言うか、ここまでやるかという事例の
オンパレード。
男性が女性を誘う時、「ちょっと相談があるんだけど・・・」
これを男側は普通のアプローチ・誘いとして良くあること、そしてここで
来るならばOKというサインと理解、片や女性側からすると
仕事に関する相談と思ってしまうので断ることが出来ない、故に
本意でなくても誘いについていくこととなる、
この両者の決定的な違い。
さらには派遣社員が仕事で積極的に、働きたい、お願いします、を
言ってくることが、自分に対して積極的にアプローチをしてきていると
思いこむ勘違い。
(この社長は、とにかくエロかった)
結論に近い部分で、(問題のある)男性たちにはセクハラはされる側に
問題がある、という意識があること。そして、ありとあらゆる女性の
しぐさをOKサイン、と強引に解釈する傾向があることと述べている。
タイトルが「壊れる男たち」とあるが、別に社会不適合者ではなく
普通に、しかもきちんと働いている社会人(しかも年輩だ)。
その人たちが、こうした理性で、言うならば羊の皮をかぶって
会社内で生きているということ。
表沙汰にならないケースも多数あるらしいので、
この事実は重い。-
こんにちは。
レビュー読みながら、そうだ、そうなんだよとぶんぶん首を上下に振りながら共感しました!
私の友人が今まさに上司のセク...こんにちは。
レビュー読みながら、そうだ、そうなんだよとぶんぶん首を上下に振りながら共感しました!
私の友人が今まさに上司のセクハラ被害にあっているので、良く分かります。
そうなんですよね、仕事ができて真面目な人なのに。
まさに壊れたって感じです。
友人にも勧めてみます。
良い本を紹介していただきました!2013/07/04
-
-
実例のストーリーがやけに古臭い…と思ったら10年も前の本だった。考察は面白いのに10年経っても進歩しない現実が悲しい
-
著者の楽しんでいる気持ちが伝わってくる。
-
1990-2000年代の相談事例をもとに「男性の相談員が」目にした事例が記されているんだけど、時代のせいなのかそもそもこういうジャンルの話なのか分からないけどあまりにも常軌を逸した事例が多くて、読みかけのままだと夢見が悪そうだったので一気に読んだ本。
-
相談に現れる多くの男性たちは企業社会のマインドコントロールにどっぷりハマっている。だから会社のためには全てを捨てるという、もはやボロボロになってしまった鎧を、まだ身につけてやってくる。
男性優位の職場環境を無意識に利用したセクハラ加害者は、自分がいまだに女性を見下していることに無自覚なまま、逆に怒りを引きずってやってくる。
こんな男たちがこのまま時代の変化を正確に受け止め理解することが出来なかったら、自らの権利を守ることはおろか、アイデンティティの危機に向き合い、乗り越えることも出来ずに自己崩壊するしかない。
仕事とプライベートを分けられていない、職場の上司と部下というシチュエーションを男女のラブストーリーと混同してしまうモラルダウンが発生しがち。
-
とはいえ、著者が男性なので、もやっとするところはあるけれど、本当にここに出てくる男たちは氷山の一角なのかと思うと怖い。が、しかし、全ての人をこういう目で見る必要があると思うとしんどい。ちょうどいまセクシャルハラスメント以上の訴求をされている俳優について追っているので辛い。好きな俳優なので辛い。 初版2006年なのか!何も進歩してない…むしろ後退…。
-
ツィッターで紹介されていて読んだ本です。
セクハラ問題について書かれたノンフィクションです。
幸い、私はこの事例に出てくるような酷いセクハラは受けたことはありませんが、思えば新卒で入った会社がセクハラ多かったなぁと思います。「彼氏いるの?」「XXさんと付き合ってるの?」そういう話題がどこでもなされていて、上司が部下の恋愛関係を把握している感じ。私はそういう噂になるようなことはしなかったし、できなかったので上司に「彼氏いるの?」と聞かれても「いませーん。」と言ってすぐにその話題から抜け出すことができました。ですが、友人の中には微に入り細に入り聞かれて、飲み会の席ではネタにされるという事もあった会社です。今でもあの会社はそういう事をしているのかと思うとちょっとぞっとします。
この本に出てくるセクハラは主に上の立場の人からの力関係を(無意識下にでも)利用したセクハラばかりです。
生活がかかっていたり、仕事をやめなくてはならないのではないかと悩んだり、心を病んでしまったり。ただでさえもセクシャルなことを人に無理やり言わざるを得ない状況になったり、セクシャルな態度やふれあいを求められたりというのは辛いもの。実際、作者が相談を受けた事例を見ていくと本当に怖気が走ります。気持ち悪い。というのが第一の感想。そして、どうしてそんなことを考えるのだろう?と思考回路に疑問を持つのが二つ目。本当に脳みそおめでたい人たちばかりで腹が立ちます。
何故男たちはセクハラをするのかという所に対する作者の意見も載っているので、よみごたえがあります。ただ気持ちの悪い本でなくてよかった。 -
-
"離婚した女性"に向けられる視線があまりにも自分の想像とかけ離れ過ぎて…というか理解ができなくてびっくりした。
何故セクハラが起こるのか、男性側の思い込みの仕組みとか、セクハラ例の話は胸糞だけど、すごく分かりやすかった。
派遣やアルバイトの女性に対する差別のあり方など。
もっと若い時にこの本を読んでいたら、自分の尊厳ももう少し守られていたかもしれないと思う。
男女問わず読まれて欲しい本だなと思いました。
あと、"男らしさ""女らしさ"だけに限らず、この社会は何かと枠が多い。"大人なんだから"や、"普通は"などといった社会の常識という枠。そういえ枠組みから外れる事を非難したりする風潮がある。
それが社会を息苦しくさせて、セクハラやパワハラに繋がっていくのだと思う。 -
加害者の自覚皆無の加害者たちに反吐が出そうになりながら頑張って読み切った。「言葉遊び」出て来た…。
-
さまざまに寄せられるセクハラの事例を、男側の紹介。紹介するに値するようなある程度重い事例を取り上げているのもあるだろうし、本自体が10年ほど前のものなので、そのへんを割り引く必要があるだろう。とはいえ、自分の行為や考え方のなにがだめなのか、ここまでわからない男性がいるというのはすごい。いちどその人の中で定まってしまった価値観というのは環境が変わっても簡単には変えられないなんだろう。そして、自分自身の中に、(ここまでではないにせよ)このような価値観が潜在してはいないか、と考えるとちょっと恐ろしい。
-
セクハラを意識しない男たちの事例が前半で出てくるが,これまで女性の側からとらえていた問題を男性の方角から見直していく第4章の記述が良い.男は誰でも加害者になる素質を持っており,トリガーになるのが男たちが抱える危機感と閉塞感だとの論考(p210)は素晴らしい.男たちが自覚する点として「これまで職場でも家庭でも幾重にも下駄を履かされて生きてきたことを認めなければならない」を挙げている(p214).正鵠を射ている.
-
セクハラは絶対にいけない。
しかし、本書に出てくる悪質なケースはさておき完全に個人的感情を抑えて業務を行うのは本当に難しい。
若くて綺麗で明るく知的で愛想の良い女性は、業務を円滑に行う点で、確実に有利であり、多くの女性はそこを目指す。
そのような女性を部下に持ち、男として湧き出る感情を殺して仕事をすることは、まさに苦行としか思えない。 -
私も随分クズオトコと向き合い私なりに戦っているつもりでしたが、余りに苦し過ぎる戦いなのでこの本を半ば救いを求めるように手に取りました。
金子さんは壮絶ですね。身勝手な屁理屈を延々聞かされ、会話や態度から滲み出すセクハラ加害者の悪に苦虫を噛み潰しつつも、冷静に事情を把握して和解なり何なりの解決をしないといけないのですから。
私はああいう相談に来たセクハラの加害者男性の言い訳に対しては軒並み「あぁ、あんたも本物のクズですねぇ」って直言するのを堪えきれないと思います。加害者の気持ちに「男だったらそういうとこ確かにあるわ」という共感をやはり感じる点で、私にもクズオトコの心があり、現実問題クズだと自覚があるからです。だから、はっきり言っちゃう点では相談員には向いてないでしょう。とても著者みたいな仕事は出来ないし、やるのも嫌に思えてくる。その代わり、男性中心主義がしぶとく残る日本で、己の沽券にまだこだわりを持っている男性に、はっきり「人間以下」「クズオトコ」と男性の側から自覚を持って言い渡すことが大事だと私は思うので、筆者には深い共感もそうですが、憧れすら抱いてしまうほどです。
さみしいから、人間は罪を犯すものと思っています。
「結論を先回りしていえば、職場で加害者をパワハラやセクハラに駆り立てるものの正体は、男たちが抱えた危機感と閉塞感である。言い方を換えれば、男たちが置かれた立場の不安定さや、そこから生まれる将来に向けての不安や苛立ちの裏返しである。」(p.210)
は全くその通りです。ただ、閉塞感と言っても分かりにくいと思い、私は「さみしさ」と呼んでいます。男はさみしさを埋めようと砂漠をさすらい、心の安らぎというオアシスを求め続ける生き物だと思います。しかし、心の安らぎ程不安定なものはありません。ステータスである上位の役職と、潤沢な資産、妻がいる家庭……昔はこれらがあれば長いこと安らぎが得られると思っていたし、実際思えたのかもしれません。長い平成不況に度重なる金融危機、それによる大量リストラ、ジェンダー観の変化、そして高い離婚率……いつまでも昔あったオアシスが今もあるわけが無いし、それも薄々分かっているのですが、次のオアシスはさぁどこに?となるともう本当に分からない。見つからないし、探せない。だから、セクハラに走る。周りもセクハラに走る人を見てみぬふりをする。食糧に飢えた集団が少ないパンを分け合うのと似ています。さみしさに対する気休めを暗黙の了解のもと分け合っている。パンがそのことに文句を言うのが飢えた集団には面白くないのは当たり前です。要するに、金と女と仕事で困っている貧乏人はいつでもセクハラの加害者に、「クズオトコ」になり得る。この本で出てきた加害者男性も、背景を見るにやはり、金か女か仕事で困っていて、満たされなくて飢えている。
おそらく、セクハラという考えに反発を持つ男性の多くは、「それじゃあ、大人の恋はどこですればいいんだ!? 会社の女性に手を出そうものならセクハラになるとすれば、 ただでさえ自分の貴重な人生の大半を会社で奪われるっていうのにどこに出会いと希望がある?」と思っているに違いないと思います。実際にそうして婚期を逃す人も男女問わず日本には多い気がします。そういう人達には、「働き過ぎ。仕事にうつつを抜かしてボヤボヤしているからだ」と言いたいところですが、もっと根本的な話として、「だったら仕事とプライベートのメリハリくらいつけろ」と言いたい。会社勤めを一回でもすると分かりますが、日本の職場は余りに仕事とプライベートの区別がなさすぎる。定時終わって飲みに行くのも、「仕事付き合い」のだらしない延長でしかない。同僚同士の飲みならそういうことは少ないかもしれない。しかし、上司が場にいるとなると仕事かプライベートかの判断は上司が決めます。そういうところにまで権力を振るってくる。セクハラ・パワハラが無くならないわけです。男らしさの崩壊を踏まえて、筆者は最後にジェンダーフリーを強く推していますが、そんな小手先の考えじゃ何も変わらないしどうでもいい、日本の労働環境を改善するほうが先だ、と私は思っています。 -
怖いです。男の立場から言って何が嫌がられてるかわかんない。当たり前の感覚が向こうに取っては嫌なことに写る。この本では当たり前のように悪い行為だと書かれてるけど本人に自覚がないのが怖い。つまり、自分にも当てはまる可能性が十分にあるということ。
-
セクハラに苦しむ女性の訴えを聞き入れ、セクハラを行う男性と応対をするという、労働相談に携わった経験を持つ著者による本。
上司と部下、正社員と派遣社員、人事と新入社員といった立場の違いを利用した相談を一例として取りあげている(この中には対価型と呼ばれる形態も含まれている)。
読んでいて、男性の身勝手な言い訳には何度となくイライラとさせられる。これがいい歳をした男の発言なのだろうか。
最後の章で職場で加害者をパワハラやセクハラに駆り立てるものは、従来の雇用形態が崩れたことからくる危機感と閉塞感、置かれた立場の不安定さ・そこから生まれる将来への不安や苛立ちの裏返しにあると論じている。
「家庭・職場では男が優位」という過去の風習にとらわれ、苦しむ姿があるとのことである。
悪い本ではないと思うが、セクハラを行う理由についてこれといって統計的なデータを用いていないのが少し気になった。 -
東京都で労働問題の相談員をする傍ら、労働問題を扱うルポライターとして活躍する著者による本。セクシュアル・ハラスメントの事件の数の急増をきっかけに、「最近、男が壊れ始めているのではないか」という疑念や、セクハラをする男としない男をひとくくりにされるのが男性として心外、という思いから、「女性相談窓口」「労働相談窓口」に持ち込まれた数々の事例とその背後にある本当の理由を解き明かしている。
なぜ、セクハラはいつまでたっても止められないばかりか近年増加しているのか。その理由の一つにはもちろん、今まで泣き寝入りしていた被害者側からの告発数の増加があるが、その背景には、この時代になってやっと、それまで加害者側(主に男性)が当然として持っていた思い込み・偏見に満ちた価値観に対する正当な判断が下され始めたことがある。男性たち、特にセクハラの加害者となりやすい、職場での地位を持つ男性たちは、部下である女性との間に力関係が働いていることも忘れ、単に「男と女」という極めて公私混同のなされた視点で女性を見てしまっている。過去の時代であれば、ひどい話であるが、男性の性的な逸脱は許される、そうした逸脱を引き起こす女性の側に全責任があるといった差別的意識が社会全体に行きわたっていたのであるが、もはやそういった時代錯誤な間違った価値観が通用しなくなった現代でさえも、男性たちはその古い基準に基づいた思考をしているのだ。今まで「男であること」という理由だけで当然のように身にまとっていた権力の保障がはく奪された今、男たちは壊れ始めている。そうした状況にある男たちは、彼らの抱えた危機感と閉塞感の裏返しとしてセクハラ行為に走ってしまう。
この本でとりあげられている実例に登場する男性加害者は、なにも凶悪な犯罪者というふうではなく、まったく悪びれずに相談窓口に呼び出されることが心底意外であった。彼らは、勘違いと偏見にまみれた自分なりのものの見方のせいで、なぜ自分たちがこんなに重く追及を受けているのかさっぱり分からないのである。こんなに悪気もなく、重大な事件を引き起こしてしまっているとは驚きである。
また、それらの実例について、もはや「セクハラ」ですまされるレベルではなく、どう見ても「強制わいせつ罪」「暴行未遂事件」のものがたくさんある。「暴行未遂事件を刑事事件として親告するにはすでに時間が経ちすぎている」(本文134ページ)として和解を目指す対応には疑問が残ってしまった。 -
セクハラの加害者インタビューを含んだルポ。よくもまあこんなひどいことを女性にするものだ、というのが外野の意見だけれど、自分も男である以上女性にとって不快なことを言ったりしたりしてしまう可能性は常にあるということを忘れてはならないだろう。
それに、自分の愛する女性がセクハラに遭う可能性だって十分にあるわけで、想像しただけでもぞっとする。どうして男性は性衝動を抑えられないのか。
著者プロフィール
金子雅臣の作品
