世界共和国へ 資本=ネーション=国家を超えて (岩波新書 新赤版1001)

  • 岩波書店 (2006年4月20日発売)
3.44
  • (30)
  • (43)
  • (89)
  • (10)
  • (7)
本棚登録 : 806
感想 : 59
サイトに貼り付ける

本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています

Amazon.co.jp ・本 (224ページ) / ISBN・EAN: 9784004310013

みんなの感想まとめ

国家や共同体を超えたつながりをテーマに、世界共和国の理念を深く掘り下げた内容が展開されています。著者は、社会の構成単位がどのように変化し、交換様式が進化していくのかを探求し、個人から国家、さらには国際...

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
絞り込み
  • 国家や共同体(ネーション)を越えたつながりとして、世界共和国の理念を説く。
    社会構成単位規模により、生産から交換の発生し、交換様式は変わる。個(贈与)⇒国家(商品交換)。未開社会の婚姻(交換・贈与)⇒親戚⇒国家へと共同体は拡大して、他国家との交換をするための、法が発生する。商品交換、共同体外との交換は貨幣が必要となる。国際的な決裁手段としての金の価値は変わらない。交換以前に貨幣は存在している。金貸しの理論、利息という別な価値。
    大航海時代より、一国家単位では考えられない⇒世界帝国、世界経済へ。
    国家とは、
    1生得的=子、孫への支配と同様。
    2服従的=交換と見えない交換である。
    資本では、
    土地の商品化により、労働力が資本化される。限界がある(土地は有限)。労働力商品:商品が作った商品を商品が買う。

  • 「産業資本主義は、労働者が作ったものを自ら買うことによって成り立つ、自己再生的なシステムである。」

    ヘーゲル、マルクス、ホッブス、カントなどを参照しながら、社会を、世界の成り立ちを考察する、社会科学の本。キーワードは、資本=ネーション=国家。この三つは切っても切り離せないものとしてある。

    この辺りの議論って観念的に過ぎると感じてしまったりもするが、知って理解しておくことも世界の見方を広げる意味で大切なことだと思う。

  • 非常に面白いのだが、NAMの焼き直しじゃやないかと気になる。
    地域通貨が出てこないのは柄谷にとってNAMは黒歴史だったんだなー、と理解してよいのだろう。

  • 【「未来の国家」1971年 by チョムスキー】p4
    A. 国家社会主義(共産主義)ex. ソ連
    B. 福祉国家資本主義(社会民主主義)ケインズ主義的、福祉国家的
    C. リベラリズム(新自由主義)アダム・スミス以来の経済的自由主義 cf. ハイエク
    D. リバタリアン社会主義(アソシエーショニズム)

    【史的唯物論】p18
    マルクス主義の歴史観。歴史の発展の原動力は、社会的生産における物質的生産力とそれに照応する生産関係とからなる社会の経済的構造にあるとする立場。その上に政治・法律・宗教・哲学・芸術などの制度や社会的意識形態が上部構造として形成され、やがてその生産関係は生産力の発展にとって桎梏(しっこく)(束縛するもの)となり、新しい、より高度の生産関係に変わるとされる。唯物史観。→弁証法的唯物論(コトバンクより)

    【近代世界システム by ウォーラーステイン】p108
    世界経済の下に形成される主権国家と資本主義的経済という、政治―経済的なシステム

    【消費者としてのプロレタリアート】p138
    労働者階級の個人的消費は、資本家にとって不可欠の生産手段である労働力自身を生産し、再生産するものである。労働者は、その個人的消費を自分自身のためにするのであって、資本家のためにするものでないということは、問題にならない。Cf. 自己再生的(オートポイエーシス)

    【剰余価値】p142
    商人資本が空間的に価値体系の差異から剰余価値を得るのに対して、産業資本は、技術革新や新商品開発をを通じて、価値体系を時間的に差異化することによって、剰余価値を得る。

    【ボロメオの環】p175
    私は最初に、いわゆるネーション=ステートとは、資本=ネーション=国家であるとのべました。それは、いわば、市民社会=市場経済(感性)と国家(悟性)がネーション(想像力)によって結ばれているということです。これらはいわば、ボロメオの環をなします。つまり、どれか一つをとると、壊れてしまうような環です。

    【アソシエーショニズム】p179
    商品交換の原理が存在するような都市的空間で、国家や共同体の拘束を斥けるとともに、共同体にあった互酬性を高次元で取りかえそうとする運動。

    【人類が直面する三つの課題】p224
    ①戦争
    ②環境破壊
    ③経済的格差

  • 「アソシエーショニズムは、商品交換の原理が存在するような都市的空間で、国家や共同体の拘束を斥けるとともに、共同体にあった互酬性を高次元で取りかえそうとする運動です。それは先にのべたように、自由の互酬性(相互性)を実現することです。つまり、カント的にいえば、「他者を手段としてのみならず同時に目的として扱う」ような社会を実現することです。」う〜ん。新書の内容だけじゃ、論点がいまいち分からないなぁ〜。

  • 『ぼくらの頭脳の鍛え方』
    書斎の本棚から百冊(佐藤優選)34
    カントの説く統整的理念を21世紀に生かそうとする意欲的な著作。

  • この本を読んで思ったこと
    共同体と国家の関係は太陽と北風 
    この本は民衆すべての対等な暮らしを目指した共和国を
    模索しているが
    社会の成立を物質性だけでとらえているようだ
    つまり対立で成り立つバランス性だけを意識して
    混乱と不安な世の中を解決しようといているらしい
    最も基本である相互信頼から起こる一体感によりハーモニー性を
    考慮していないようにみえる
    そのためだろうか共生社会の可能性を具体的に示してくれている

    宗教は人々に自律ではなく依存心を植え付けてきたわけだし
    国家的なシステムと支え合って今現在も民衆を翻弄している
    自律することで裏打ちされた自由と対等な互助性を摘み取っている
    これは世界共和社会を実現するために大きな弊害である
    この本ではカントの言う倫理観と純粋理性によって集うことが必要で
    そうしてできる共同体はいわば「神の世界」の出現だという
    他者を手段としてしか扱わない資本主義においては不可能なことだけれど
    他者を手段と同時に目的とできてこそ「神の世界」が可能となるとも言う
    商人資本の支配を無くすためには利益追求型ではなく品質追究の製品を目指した心でつながれる単位の小ぶりな組織で小ロットの個性ある製品が必要となる
    当然特許やノウハウや著作権をフリーに公開し
    誰もが最高の状態で物を生み出せる環境にしなければならない
    利益のために行動するのではなく最高の状況を保ち社会のために生きる事こそ
    宇宙すべてにとって平和と自由と対等な暮らしを創れる

    共同体は家庭のように愛情と信頼を基礎とした
    生産物の交換と分配システムによって成り立つ
    その拠り所は家族から民族・宗教族そして利害組織へと広がって大きく強くなる
    しかし構成員のお互いを肌で感じられる以上に膨らんでしまうと対等な関係を維持できなくなって内部暴力に発展する

    交換と分配には食物・道具・特産物・土地財産・女男子供の奴隷・
    時間・技術・知識・まじないなどがあり
    そこには自と他の区別がない一体の者達と
    他を意識して分散した者達がおり
    損得がなく分け合う者達と奪い合う者達に別れる
    又、この意識が強くなるに従い
    贈与・貢ぎ・租税に伴った見返りとしての再配分など
    取引の姿も複雑になる
    見返りとしては福祉・治水・防衛・侵略・などの安全と繁栄を見せつけ
    公共事業と軍事警察や通行手形などの権利・権限・権威のお墨付きを与える

    人間の生活と自己発見に対する創造のための生産は
    自然循環エコシステムを破壊することなく発展していくが
    資本のための生産は必要性を度外視することにつながって
    競うための競いにおちいる
    ゴミを作りだしては処分するという不合理を生み搾取の掛け算を始める
    労働を無駄にして資源と大地と大気と水を汚し地球丸ごと破壊に追いやる
    自らの手で人間自体を教育によってロボット化してしまい
    宗教化した資本に恐怖を感じ無条件に支配されてしまう
    勿論資本家自体も気づかないうちに資本の虜に成り下がっている
     
    自然にとっても人間にとっても多様性が大切なのであって
    地球上のシステムを強制的に一元化することは真空状態にしてしまうことになる
    この世に絶対の善なる一つの答えはなく
    強いて言うならば無限の多様性が共生することで幸福を得る
    無限に異なる色があるからこそ織りなす美が生まれハモル歓びを持てる
    一色に塗りつぶされた世界は光も影も失った掃きだめとなってしまう
    グローバリーゼーションが一色化することではなく多様性を引き出すものであれば矛盾のない発展となり得るのではないだろうか

    ギリシャの民主主義が奴隷によって成り立ったように
    21世紀の民主主義は技術と意識の高さによって
    支えなければならない
    つまり誰の犠牲も借りることなく
    自然循環の中で物質的争いなしに暮らせる準備が整っているのだけれど
    人間の心の方がまだ自律できておらず恐怖をぬぐえずにいる
    そのため現状は未だに合法という暴力で
    管理と支配と搾取をし合っている
    その見返りに人のフンドシで福祉国家を
    装っている政治家や官僚という下層貴族も温存している

    共同体には頭や手足という分担はあっても支配者はおらず
    一体感による互助の原理が働き国家の形成や国王の誕生を必要としない
    敵を想定することによって国家が生まれるのであって
    国家は共同体の内側から起こることはない

    道徳は「善と悪」による「従順又は精神と物欲」
    意識は「美と醜」による「価値又は創造と破壊」
    経済は「利と害」による「搾取又は安心と浪費」
    政治は「友と敵」による「恩賞又は分配と侵略」
    人間はこれらを左右することで社会を構成し
    その体験によって自分を確かめることを目指しながら日々を過ごしている

    貨幣は商品との社会契約によって対等に成り立つものだとされている
    一度交換契約が公になると対等性が薄れ
    一般に商品や労働力よりも選択肢が多い分優位に立つ
    つまり
    貨幣を持っている人は強い立場になり
    共同社会での互助性による分配を上回る魔力を潜ませる
    人々はその魔力と交換に自由と対等な立場を手放してしまう

    守銭奴①の貨幣貯蓄家は使用権を保留する
    この守銭奴は無限に権利を保留し続ける禁欲家か無欲者だし
    貨幣フェチズムに酔っているとも言える
    守銭奴②の金貸し屋は利息システムを作り
    質権として貨幣をため消費の権利を貸すことで更なる利益を上げ続ける
    この守銭奴は幾分合理的だが貨幣の本質を見失っている
    最もこのシステムは自然法則のエントロピーに逆らってもいる
    守銭奴③の商品資本家である商人は商品と貨幣の交換を転がして利益を上げる
    この守銭奴は合理的であると同時に
    一攫千金を夢見て命を賭けて努力する冒険家でもある
    守銭奴④の金融資本家は政治を巻き込み不等価交換による利益をだまし取る
    この守銭奴は最もドライであると同時に姿を隠した弱虫で
    ターゲットを絞り詐欺的合法を駆使して追い詰め搾り取る残忍な人非人である

    守銭奴は多かれ少なかれ人間の生きる目的と手段を取り違えて倒錯しているが
    思い込みの激しい分一途で強く多勢を相手に分別なく挑む
    「無く子と地頭には勝てぬ」勢いで社会を振り回す

  • ネットワークの世界がソーシャル化されていくことで、国家、資本に対してどういう位置づけ・価値付けを行い、そして立ち向かうのか、ということを考えてみたくて読んでみるのだけれど、柄谷行人は、そこには言及しない。
    インターネットを知らないわけではないだろうし、その人類史的な動きに気づいていないはずもないだろうに、ネットワーク化された世界について具体的な指摘がないとは、どういうことだろう?
    マルクスやらカントやらプルードンやら、過去の積み上げや歴史的洞察については、僕なんていう者があれこれ批評するのもおこがましいくらいの突出した内容だが、なんだか過去からの積み上げ(のまとめ)だけに終始されたような読後感。2006年の初版というには内容が古過ぎないだろうか。

  • 国家様式を4つの原理を持って説明し、誘因原理のバランスが壊れた状態(偏った状態)からの脱却が必要である、というのはとても納得。
    しかし、主権は人にあるというその概念から抜けなければ、平和というものは訪れないし、世界共和国というのも実現できないのではないだろうかとぼんやり思った。難しい話。

  • 【目次】

    序 資本=ネーション=国家について
     1. 理念と想像力なき時代
     2. 一九世紀から見た現在

    第Ⅰ部 交換様式
     1. 「生産」から「交換」へ
     2. 「交換」の今日的意味
     3. 五つの社会構成体

    第Ⅱ部 世界帝国
     1章 共同体と国家
      1. 未開社会と戦争
      2. 国家の誕生
      3. アジアの専制国家とギリシア・ローマ
      4. 封建制と自由都市
      5. 亜周辺のゆくえ
     2章 貨幣と市場
      1. 商品交換とは何か
      2. 未開社会と原始社会
      3. 貨幣の起源
      4. 商品資本と金貸し資本
      5. 国家・貨幣・交易
     3章 普遍宗教
      1. 普遍宗教と預言者
      2. 自由の相互性をめざして

    第Ⅲ部 世界経済
     1章 国家
      1. 世界帝国から世界経済へ
      2. 絶対主義国家の誕生
      3. 国家と暴力
      4. 官僚支配と福祉国家
      5. 国家の自立性
     2章 産業資本主義
      1. マニュファクチュアの時代へ
      2. 生産=消費するプロレタリア
      3. 技術革新による存続
      4. 自己再生的システム
      5. 資本の限界
      6. 紙幣への対抗
     3章 ネーション
      1. ネーションの誕生
      2. 共同体の想像的回復
      3. 想像力としてのネーション
      4. 美学と想像力
      5. ボロメオの輪
     4章 アソシエーショニズム
      1. カントの構想
      2. プルードンの構想
      3. 軽視された国家
      4. アンシエーショニズムのために

    第Ⅳ部 世界共和国
     1. 主権国家と帝国主義
     2. 「帝国」と広域国家
     3. マルチチュードの限界
     4. 世界共和国へ

    あとがき

    *****

  • マルクスの言い方でいえば、貨幣は生成の「商品世界の共同作業」です。
    ホッブズは国家主権者の生成を万人が一人に主権を譲渡する社会契約から説明しました。
    マルクスが商品から貨幣を考えたことに対して批判がなされている。
    プロレタリアとはむしろ消費者である。このことを考えないと産業資本における剰余価値について理解することができない。
    一国だけの社会主義革命も同時的世界革命もありえないとしたら、どうすればよいのか?ここでキーとなるのが、カントが19世紀主張して無視されてきた世界共和国という概念。これは諸国家が主権を譲渡することによって成立するもの。

  • 神的批評→ネット
    国家は対国家において存在する。

  • 「新自由主義」とはアメリカ的なものを指しており、"自由"に重きを置く一方で、"平等"を犠牲にするものです。それは、たとえばアメリカでは年俸何十億と稼ぐ一流アスリートやCEOがいる一方で、同じアメリカ南部においては貧困が存在しているということに表れています。

    基本的に自由と平等はトレードオフ(どちらかを重視すればどちらかが軽視されてしまうシーソーのような関係)にあり、かつては新自由主義(自由重視・平等軽視)に対する強固なアンチテーゼとしてソ連を中心とした共産圏(平等重視・自由軽視)がありました。
    しかし、共産圏崩壊後の今日において、世界中で「新自由主義(=アメリカ的なもの、資本主義的なもの)」が絶対的なものとして君臨してしまっています。

    一方そのような新自由主義への新たな対抗として、各地で宗教的な原理主義という形をとった排外的な運動が起こっています。いわゆる大手メディアで「テロ」と呼ばれるものがそれにあたります。
    本書著者の柄谷氏によれば、そのようなファンダメンタリズムは、結局は社会民主主義に行きつくほかにない、つまりその理念を現実にしていこうとするとケインズ主義的な福祉国家モデルに帰着するしかないのだといいます。
    しかし、福祉国家のモデルは、いわば戦後の「社会主義」への危機感から先進資本主義国家がとった形態であって、「社会主義」圏が崩壊してしまうと、先進資本主義国家にとっては、福祉国家への動機はなくなってしまいます。

    「社会主義」は崩壊し、宗教原理主義も対抗できないのだとすると、いかにして世界は新自由主義に対抗する有効策を持ち得ることができるのでしょうか。

    それが本書における主題です。


    上記の問題意識に対して柄谷氏は、本書でカントによる「世界共和国」の理念を提示します。
    その「世界共和国」がどのようなものかについては本書をご参照いただきたいのですが、その際に重要なのは、そのような「世界共和国」の実現が可能か不可能かということではありません。

    それが不可能だとして退ける一方で、それに代わる有効な「理念」を示し得ず、むしろ「理念」というものを「大きな物語」として軽視し、ただただ現実を肯定するしかない「モダニズム」を柄谷氏は批判しています。

    重要なのは、実現が可能か不可能かではなく、そこへ「至ろうとする」ことです。人々がそこへ至ろうとする「理念」を持ち得ることだけが現在の新自由主義に対抗できる唯一の有効策なのであり、それこそがカントのいう「統整的理念」であり、「世界共和国」なのだと柄谷氏はいいます。
    またその「世界共和国」へと至る道筋を示すことこそが本書において柄谷氏が試みた仕事です。
    言うまでもありませんが、それはそこへ「至ることができる」道筋なのではなく、人々がそこへ「至ろうとする」ための道筋です。

  • [ 内容 ]
    「資本=ネーション=国家」という接合体に覆われた現在の世界からは、それを超えるための理念も想像力も失われてしまった。
    資本制とネーションと国家の起源をそれぞれ三つの基礎的な交換様式から解明し、その接合体から抜け出す方法を「世界共和国」への道すじの中に探ってゆく。
    二一世紀の世界を変える大胆な社会構想。

    [ 目次 ]
    序 資本=ネーション=国家について(理念と想像力なき時代 一九世紀から見た現在)第1部 交換様式(「生産」から「交換」へ 「交換」の今日的意味 ほか)
    第2部 世界帝国(共同体と国家 貨幣と市場 ほか)
    第3部 世界経済(国家 産業資本主義 ほか)
    第4部 世界共和国(主権国家と帝国主義 「帝国」と広域国家 ほか)

    [ POP ]


    [ おすすめ度 ]

    ☆☆☆☆☆☆☆ おすすめ度
    ☆☆☆☆☆☆☆ 文章
    ☆☆☆☆☆☆☆ ストーリー
    ☆☆☆☆☆☆☆ メッセージ性
    ☆☆☆☆☆☆☆ 冒険性
    ☆☆☆☆☆☆☆ 読後の個人的な満足度
    共感度(空振り三振・一部・参った!)
    読書の速度(時間がかかった・普通・一気に読んだ)

    [ 関連図書 ]


    [ 参考となる書評 ]

  • ひさしぶりに,一冊の本を堪能しました。柄谷行人が『隠喩としての建築』を出版したとき,だれかが書評で「これは失敗作だ。しかし,なんと素晴らしい失敗作だろう」という意味のことを書いたように覚えています。本書は,そのフレーズを思いださずにいられない,本当に素晴らしい失敗作だとわたしは思います。

    本書が意図しているのは,資本制,ネーション,国家という三者を止揚する方法を模索することです。従来ほとんどの共産主義者は,資本制を止揚すれば,その結果ネーションも国家も止揚されるだろうと考えていました。しかし柄谷氏によれば,近代社会では,資本とネーションと国家とが結合体を形成しているといいます;その三者は,近代社会で相互補完的な機能を有しているが,それぞれ固有の原理にもとづいて成立している;したがって,資本制を止揚するには,その三者の原理を把握したうえで,三者すべてを止揚する必要がある,と。彼の思想は,共産主義の一変種ですが,彼自身は自分の思想をソ連型の共産主義と区別するために,それをアソシエーショニズムと呼んでいます。

    資本制,ネーション,国家という三者それぞれに固有の原理を説明するために,柄谷氏は「交換様式」という概念を提唱します。彼の挙げる「交換様式」は,「互酬」,「略取-再分配」,「商品交換」,「X」の四種です。前三者は歴史上実在した交換様式ですが,最後の「X」は,来るべきアソシエーショニズムのために彼が予約している空席で,理念上のものです。共産主義者のみなさんには容易に察せられるように,柄谷氏の言う「交換様式」は,マルクスの「生産様式」を新たな角度から解釈した概念です。そして,マルクスと同じように,柄谷氏もその概念で人類史を説明します。彼によれば,「互酬」,「略取 -再分配」,「商品交換」という三種の交換様式は,歴史上つねに存在していたといいます。そして彼は,原始社会から絶対主義国家までのさまざまな社会の特徴を,交換様式という概念で分析します。その手際は鮮やかですが,ここで触れていると長文になるおそれがあるので,話を近代社会に進めます。

    柄谷氏によれば,近代社会でも,「互酬」,「略取-再分配」,「商品交換」という三種の交換様式が機能しているといいます;資本制は「商品交換」の原理に基づいている;国家は「略取-再分配」の原理に基づいている;ネーションは「互酬」の原理に基づいている,と。国家は,他の諸国家にたいして国家として成立している,と彼は言います。近代的な主権国家は,主権国家でないどんなものから「略取」することも合法化されている;主権国家を「略取」しようとするのは他の主権国家だけであり,そのさい戦争が起きることがある;主権国家は「略取-再分配」を独占しており,その実体は常備軍および官僚機構である,と。一方,資本制は,「互酬」に基づいていた旧来の農村共同体を解体します。国家の「略取」や資本制の「商品交換」によって,現実には多くの人々の自由と平等とが損なわれますが,それを想像的に補填する存在がネーションである,と彼は言います。ネーションを形成する人々とは,絶対王制以後の主権国家のもとで均質化された国民=臣下(subject)たちである;ネーションにおいて,人々は感情(sentiment)を「互酬」的に交換している,と。

    では,柄谷氏の言うアソシエーショニズムとはなんでしょう,そしてそれに固有の原理となるべき交換様式「X」とはどんなものでしょうか。歴史上実在してきた三種の交換様式はいずれも,交換に関与するだれかの自由を奪います。それらすべてを否定する理念上の「X」は,自由の相互性という倫理を伴っていると彼は言います。彼によれば,「X」は,普遍宗教の預言者たちの主張に現れていたといいます。すなわち,彼ら(仏陀,イェス,マホメット)は,生まれながらの共同体の拘束から人々を解放することによって「互酬」を否定し,国家の一角を占める祭司階級と対立することによって「略取-再分配」を否定し,資本の蓄積を伴うような「商品交換」を否定した;たしかに「X」は理念上のものであるが,歴史上の社会運動は,そういった信仰共同体を志向する宗教運動の形態をとって現れた,と。「X」に基づくアソシエーショニズムとは,「商品交換」の原理が存在する都市空間で,国家や共同体の拘束を斥けるとともに,共同体にあった「互酬」を高次元で取りかえそうとする運動である,と柄谷氏は言います。「互酬」を高次元で取りかえすとは,交換において自由の相互性を実現することである;言いかえればそれは,カントの言う「他者を手段としてのみならず同時に目的として扱え」という道徳法則を実現することである,と。プルードンのアナルコサンディカリズムはアソシエーショニズムの一例であった,と柄谷氏は高く評価します。しかし,アナルコサンディカリズムによってたとえ資本制が止揚されたとしても,主権国家が止揚されるわけではありません。国家の「略取」が合法化されている現状を改めるには,究極的には,諸国家が主権を放棄して世界共和国を設立するしかない,と彼は言います;当面の目標としては,諸国家が軍事的主権を国際連合に譲渡するように「われわれ」が働きかけることである,と。

    以上,柄谷氏の言葉をそのまま用いていない箇所がありますが,本書の内容はおおよそ上のとおりです。素晴らしい失敗作だとわたしが思った理由は,以下のとおりです。

    * 時代が下るにつれて「生産様式」が変遷する原因として,マルクスは「生産力」という概念を立てた。それは,時代に沿った変遷を説明するためのものであって,同時代の地域に応じた「生産様式」の差異を説明するにあたっては弱点を有している。一方,柄谷氏の「交換様式」が時代に沿って変遷する原因は,本書を読むかぎり明らかでない。
    * 上の疑問点に関連するが,柄谷氏の言うアソシエーショニズムを推進するのがどんな人々であるか,本書を読むかぎり明らかでない。たとえば,上のまとめの最後の文に現れる「われわれ」とは,だれを指しているのか分からない(もしこの「われわれ」がレトリック上のフュア・ウンスであるのならば,アソシエーショニズムを推進するのは柄谷氏だけということになりかねない)。
    * 上の粗っぽいまとめでは分かりづらいが,アソシエーションとネーションとの違いが不明瞭である。アソシエーションは「X」に基づいているという点がネーションと異なる,と言ったところで,「X」が明示されているわけでない。ネーションが想像上の存在であるのにたいして,アソシエーションは生産者協同組合などの具体的な集団を指す,ということになるのかもしれない。しかしそうならば,生産者協同組合(アソシエーション)の連合会(アソシエーション)が結成されたりすると,アソシエーションはネーションのように徐々に想像上の存在と化していくのではあるまいか。
    * 上の疑問点に関連するが,ネーションはどのように止揚されるのか。ネーションは,資本制と国家とを結びつける輪の役割を果たしていると柄谷氏は考えているようだが,それは,資本制と国家とが止揚されたらネーションはひとりでに解消される,という意味であると考えていいのか。
    * 以上の疑問があるにもかかわらず,この本は,おもしろいし,人々を運動に誘っている。柄谷氏が New Association Movement を始めたとき,わたしは参加したいと思わなかったが(それでもなぜか加入したのだが),この本に基づいた運動が起こったら参加したいと思った。止揚する相手が三者もあったら,いろんな人々が集まってきそうだし,いろんな人々が集まらないと運動が運動を始めないからだ。

  • ゼミ課題
    2010.4.21

  •  岩波新書赤版。先日岩波文庫版で出た「トランスクリティーク」を平易な文章でまとめたもの。時間がない人にはおすすめ。
     マルクス主義・資本論って何だ?という人の一夜漬けにも最適だ。タイトルが残念だ。

  • カントの「永遠平和のために」の理想を掲げながら、法的な共同体を徐々に拡大していき、世界共和国を作ろうと主旨

    また、「反社会性的性質」を持っていることを前提のうえで、戦いなどからの、経験的な論理の帰結により、争いが無くなっていくとしている。

  • 柄谷氏の「世界史の構造」(岩波現代文庫)を読んで感銘を受けたので、続けて本書を購入しました。私は「トランスクリティーク」はまだ読んでいないので、そことの比較はできませんが、本書は「世界史の構造」の理解を深めるためにはちょうどよかったと思います。世界史の構造を交換様式から分析するということで、様式AからDまでがあるわけですが、そこの用語は「世界史の構造」から少し変更が加えられていました。個人的には本書の用語の方がしっくりきます。また「世界史の構造」ではよくわかっていなかった点についても本書でだいぶ捕捉された感じがします。よってこれは人それぞれかもしれませんが、難易度が一番低い本書から読んで、そこから「世界史の構造」に進んでもOKですし、「世界史の構造」から読んで、それをさらに補足するために本書を読んでも大丈夫とは思いました。非常に多くの示唆が含まれていると思います。おすすめです。

  • 商品交換という交換様式が強くなりすぎた時代に、どのようにして互酬原理や再配分原理を取り戻せば良いか。これまで、革命家たちは国家権力を握って産業資本主義的な経済を廃止することや、国家をアソシエーションに置き換えることを試みてきたが、いずれも上手くいかなかった。国家が内側から出てくるものではなく、外部に対してできあがるものだということを忘れてはいけない。筆者は、諸国が主権、とくに軍事力を譲渡するほかないと考えている。

全47件中 1 - 20件を表示

著者プロフィール

1941年兵庫県生まれ。東京大学経済学部卒業。同大学大学院英文学修士課程修了。法政大学教授、近畿大学教授、コロンビア大学客員教授を歴任。1991年から2002年まで季刊誌『批評空間』を編集。著書に『ニュー・アソシエーショニスト宣言』(作品社 2021)、『世界史の構造』(岩波現代文庫 2015)、『トランスクリティーク』(岩波現代文庫 2010)他多数。

「2022年 『談 no.123』 で使われていた紹介文から引用しています。」

柄谷行人の作品

  • 話題の本に出会えて、蔵書管理を手軽にできる!ブクログのアプリ AppStoreからダウンロード GooglePlayで手に入れよう
ツイートする
×