世界共和国へ―資本=ネーション=国家を超えて (岩波新書)

著者 : 柄谷行人
  • 岩波書店 (2006年4月20日発売)
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  • Amazon.co.jp ・本 (228ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784004310013

作品紹介

「資本=ネーション=国家」という接合体に覆われた現在の世界からは、それを超えるための理念も想像力も失われてしまった。資本制とネーションと国家の起源をそれぞれ三つの基礎的な交換様式から解明し、その接合体から抜け出す方法を「世界共和国」への道すじの中に探ってゆく。二一世紀の世界を変える大胆な社会構想。

世界共和国へ―資本=ネーション=国家を超えて (岩波新書)の感想・レビュー・書評

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  • 国家や共同体(ネーション)を越えたつながりとして、世界共和国の理念を説く。
    社会構成単位規模により、生産から交換の発生し、交換様式は変わる。個(贈与)⇒国家(商品交換)。未開社会の婚姻(交換・贈与)⇒親戚⇒国家へと共同体は拡大して、他国家との交換をするための、法が発生する。商品交換、共同体外との交換は貨幣が必要となる。国際的な決裁手段としての金の価値は変わらない。交換以前に貨幣は存在している。金貸しの理論、利息という別な価値。
    大航海時代より、一国家単位では考えられない⇒世界帝国、世界経済へ。
    国家とは、
    1生得的=子、孫への支配と同様。
    2服従的=交換と見えない交換である。
    資本では、
    土地の商品化により、労働力が資本化される。限界がある(土地は有限)。労働力商品:商品が作った商品を商品が買う。

  • 非常に面白いのだが、NAMの焼き直しじゃやないかと気になる。
    地域通貨が出てこないのは柄谷にとってNAMは黒歴史だったんだなー、と理解してよいのだろう。

  • 【「未来の国家」1971年 by チョムスキー】p4
    A. 国家社会主義(共産主義)ex. ソ連
    B. 福祉国家資本主義(社会民主主義)ケインズ主義的、福祉国家的
    C. リベラリズム(新自由主義)アダム・スミス以来の経済的自由主義 cf. ハイエク
    D. リバタリアン社会主義(アソシエーショニズム)

    【史的唯物論】p18
    マルクス主義の歴史観。歴史の発展の原動力は、社会的生産における物質的生産力とそれに照応する生産関係とからなる社会の経済的構造にあるとする立場。その上に政治・法律・宗教・哲学・芸術などの制度や社会的意識形態が上部構造として形成され、やがてその生産関係は生産力の発展にとって桎梏(しっこく)(束縛するもの)となり、新しい、より高度の生産関係に変わるとされる。唯物史観。→弁証法的唯物論(コトバンクより)

    【近代世界システム by ウォーラーステイン】p108
    世界経済の下に形成される主権国家と資本主義的経済という、政治―経済的なシステム

    【消費者としてのプロレタリアート】p138
    労働者階級の個人的消費は、資本家にとって不可欠の生産手段である労働力自身を生産し、再生産するものである。労働者は、その個人的消費を自分自身のためにするのであって、資本家のためにするものでないということは、問題にならない。Cf. 自己再生的(オートポイエーシス)

    【剰余価値】p142
    商人資本が空間的に価値体系の差異から剰余価値を得るのに対して、産業資本は、技術革新や新商品開発をを通じて、価値体系を時間的に差異化することによって、剰余価値を得る。

    【ボロメオの環】p175
    私は最初に、いわゆるネーション=ステートとは、資本=ネーション=国家であるとのべました。それは、いわば、市民社会=市場経済(感性)と国家(悟性)がネーション(想像力)によって結ばれているということです。これらはいわば、ボロメオの環をなします。つまり、どれか一つをとると、壊れてしまうような環です。

    【アソシエーショニズム】p179
    商品交換の原理が存在するような都市的空間で、国家や共同体の拘束を斥けるとともに、共同体にあった互酬性を高次元で取りかえそうとする運動。

    【人類が直面する三つの課題】p224
    ①戦争
    ②環境破壊
    ③経済的格差

  • 「アソシエーショニズムは、商品交換の原理が存在するような都市的空間で、国家や共同体の拘束を斥けるとともに、共同体にあった互酬性を高次元で取りかえそうとする運動です。それは先にのべたように、自由の互酬性(相互性)を実現することです。つまり、カント的にいえば、「他者を手段としてのみならず同時に目的として扱う」ような社会を実現することです。」う〜ん。新書の内容だけじゃ、論点がいまいち分からないなぁ〜。

  • 『ぼくらの頭脳の鍛え方』
    書斎の本棚から百冊(佐藤優選)34
    カントの説く統整的理念を21世紀に生かそうとする意欲的な著作。

  • 一家に一冊

  • 【資料ID】17061
    【分類】362/G21

  • この本を読んで思ったこと
    共同体と国家の関係は太陽と北風 
    この本は民衆すべての対等な暮らしを目指した共和国を
    模索しているが
    社会の成立を物質性だけでとらえているようだ
    つまり対立で成り立つバランス性だけを意識して
    混乱と不安な世の中を解決しようといているらしい
    最も基本である相互信頼から起こる一体感によりハーモニー性を
    考慮していないようにみえる
    そのためだろうか共生社会の可能性を具体的に示してくれている

    宗教は人々に自律ではなく依存心を植え付けてきたわけだし
    国家的なシステムと支え合って今現在も民衆を翻弄している
    自律することで裏打ちされた自由と対等な互助性を摘み取っている
    これは世界共和社会を実現するために大きな弊害である
    この本ではカントの言う倫理観と純粋理性によって集うことが必要で
    そうしてできる共同体はいわば「神の世界」の出現だという
    他者を手段としてしか扱わない資本主義においては不可能なことだけれど
    他者を手段と同時に目的とできてこそ「神の世界」が可能となるとも言う
    商人資本の支配を無くすためには利益追求型ではなく品質追究の製品を目指した心でつながれる単位の小ぶりな組織で小ロットの個性ある製品が必要となる
    当然特許やノウハウや著作権をフリーに公開し
    誰もが最高の状態で物を生み出せる環境にしなければならない
    利益のために行動するのではなく最高の状況を保ち社会のために生きる事こそ
    宇宙すべてにとって平和と自由と対等な暮らしを創れる

    共同体は家庭のように愛情と信頼を基礎とした
    生産物の交換と分配システムによって成り立つ
    その拠り所は家族から民族・宗教族そして利害組織へと広がって大きく強くなる
    しかし構成員のお互いを肌で感じられる以上に膨らんでしまうと対等な関係を維持できなくなって内部暴力に発展する

    交換と分配には食物・道具・特産物・土地財産・女男子供の奴隷・
    時間・技術・知識・まじないなどがあり
    そこには自と他の区別がない一体の者達と
    他を意識して分散した者達がおり
    損得がなく分け合う者達と奪い合う者達に別れる
    又、この意識が強くなるに従い
    贈与・貢ぎ・租税に伴った見返りとしての再配分など
    取引の姿も複雑になる
    見返りとしては福祉・治水・防衛・侵略・などの安全と繁栄を見せつけ
    公共事業と軍事警察や通行手形などの権利・権限・権威のお墨付きを与える

    人間の生活と自己発見に対する創造のための生産は
    自然循環エコシステムを破壊することなく発展していくが
    資本のための生産は必要性を度外視することにつながって
    競うための競いにおちいる
    ゴミを作りだしては処分するという不合理を生み搾取の掛け算を始める
    労働を無駄にして資源と大地と大気と水を汚し地球丸ごと破壊に追いやる
    自らの手で人間自体を教育によってロボット化してしまい
    宗教化した資本に恐怖を感じ無条件に支配されてしまう
    勿論資本家自体も気づかないうちに資本の虜に成り下がっている
     
    自然にとっても人間にとっても多様性が大切なのであって
    地球上のシステムを強制的に一元化することは真空状態にしてしまうことになる
    この世に絶対の善なる一つの答えはなく
    強いて言うならば無限の多様性が共生することで幸福を得る
    無限に異なる色があるからこそ織りなす美が生まれハモル歓びを持てる
    一色に塗りつぶされた世界は光も影も失った掃きだめとなってしまう
    グローバリーゼーションが一色化することではなく多様性を引き出すものであれば矛盾のない発展となり得るのではないだろうか

    ギリシャの民主主義が奴隷によって成り立ったように
    21世紀の民主主義は技術と意識の高さによって
    支えなければならない
    つまり誰の犠牲も借りることなく
    自然循環の中で物質的争いなしに暮らせる準備が整っているのだけれど
    人間の心の方がまだ自律できておらず恐怖をぬぐえずにいる
    そのため現状は未だに合法という暴力で
    管理と支配と搾取をし合っている
    その見返りに人のフンドシで福祉国家を
    装っている政治家や官僚という下層貴族も温存している

    共同体には頭や手足という分担はあっても支配者はおらず
    一体感による互助の原理が働き国家の形成や国王の誕生を必要としない
    敵を想定することによって国家が生まれるのであって
    国家は共同体の内側から起こることはない

    道徳は「善と悪」による「従順又は精神と物欲」
    意識は「美と醜」による「価値又は創造と破壊」
    経済は「利と害」による「搾取又は安心と浪費」
    政治は「友と敵」による「恩賞又は分配と侵略」
    人間はこれらを左右することで社会を構成し
    その体験によって自分を確かめることを目指しながら日々を過ごしている

    貨幣は商品との社会契約によって対等に成り立つものだとされている
    一度交換契約が公になると対等性が薄れ
    一般に商品や労働力よりも選択肢が多い分優位に立つ
    つまり
    貨幣を持っている人は強い立場になり
    共同社会での互助性による分配を上回る魔力を潜ませる
    人々はその魔力と交換に自由と対等な立場を手放してしまう

    守銭奴①の貨幣貯蓄家は使用権を保留する
    この守銭奴は無限に権利を保留し続ける禁欲家か無欲者だし
    貨幣フェチズムに酔っているとも言える
    守銭奴②の金貸し屋は利息システムを作り
    質権として貨幣をため消費の権利を貸すことで更なる利益を上げ続ける
    この守銭奴は幾分合理的だが貨幣の本質を見失っている
    最もこのシステムは自然法則のエントロピーに逆らってもいる
    守銭奴③の商品資本家である商人は商品と貨幣の交換を転がして利益を上げる
    この守銭奴は合理的であると同時に
    一攫千金を夢見て命を賭けて努力する冒険家でもある
    守銭奴④の金融資本家は政治を巻き込み不等価交換による利益をだまし取る
    この守銭奴は最もドライであると同時に姿を隠した弱虫で
    ターゲットを絞り詐欺的合法を駆使して追い詰め搾り取る残忍な人非人である

    守銭奴は多かれ少なかれ人間の生きる目的と手段を取り違えて倒錯しているが
    思い込みの激しい分一途で強く多勢を相手に分別なく挑む
    「無く子と地頭には勝てぬ」勢いで社会を振り回す

  • ネットワークの世界がソーシャル化されていくことで、国家、資本に対してどういう位置づけ・価値付けを行い、そして立ち向かうのか、ということを考えてみたくて読んでみるのだけれど、柄谷行人は、そこには言及しない。
    インターネットを知らないわけではないだろうし、その人類史的な動きに気づいていないはずもないだろうに、ネットワーク化された世界について具体的な指摘がないとは、どういうことだろう?
    マルクスやらカントやらプルードンやら、過去の積み上げや歴史的洞察については、僕なんていう者があれこれ批評するのもおこがましいくらいの突出した内容だが、なんだか過去からの積み上げ(のまとめ)だけに終始されたような読後感。2006年の初版というには内容が古過ぎないだろうか。

  • 国家様式を4つの原理を持って説明し、誘因原理のバランスが壊れた状態(偏った状態)からの脱却が必要である、というのはとても納得。
    しかし、主権は人にあるというその概念から抜けなければ、平和というものは訪れないし、世界共和国というのも実現できないのではないだろうかとぼんやり思った。難しい話。

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