丸山眞男―リベラリストの肖像 (岩波新書)

著者 :
  • 岩波書店
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レビュー : 34
  • Amazon.co.jp ・本 (228ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784004310129

作品紹介・あらすじ

近代の理念と現代社会との葛藤をみすえつつ、理性とリベラル・デモクラシーへの信念を貫き通した丸山眞男。戦前から戦後への時代の変転の中で、彼はどう生き、何を問題としたのか。丸山につきまとうできあいの像を取り払い、のこされた言葉とじかに対話しながら、その思索と人間にせまる評伝風思想案内。

感想・レビュー・書評

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  • おもしろかったです。言うまでもなく、日本を代表する思想史家である丸山眞男の評伝。丸山の言葉をひきつつ、学者には「体系建設型」と「問題発見型」があるとしたうえで、丸山は後者であるから、この本では彼の思想を体系化することではなく、丸山がいかに「問題」を発見するべく思索を重ねてきたか、ということを重視する。

    とくに後年の丸山は「主体」よりも「自我」に思想の焦点を当てるようになり(p191)、「他者意識」を非常に重視したという。すなわち「他者をあくまで他者としながら、しかも他者をその他在において理解する」(p197)ことを呼びかけたのだという。僕なんかは丸山のものをちょろっと読んで、丸山は国家と個人のあいだで「否定的独立」を保つ「主体的な人間」をつくることをめざす思想を展開していた、と思っていた。だけど、それは一面的な理解だったようだ。その時期による思索の展開もちゃんと考慮に入れないと、いけなかったのだなあ。

    この本では過去の思想を「ひとりの人間が深くものを考え、語った営みは、そんなに簡単にまつりあげたり、限界を論じたりできるほど、安っぽいものではない」(p225)と言い切っている。これはすなわち、最近の丸山批判に対する反批判を含みこんでいるように思えるのだけど、そのように安直な批判を戒めねばならぬほど、丸山への批判というのはてんこ盛りなのだなあ・・・という思いを新たにするとともに、これほど議論される人はほかにいないだろう、という意味において丸山の占める特異な位置を再認識するのであった。

  • 人間、丸山真男について。

  • 2006年刊。著者は東京大学大学院法学政治学研究科助教授。何人もの方が的確なレビューをされているので、それ以上のものは書けないが、本書は非常に優れた一級の評伝。個人的には、①書簡・論文などを丁寧に引用している点、②丸山への第三者の批判もきちんと叙述する点、③単に論文等からの引用に止まらず、丸山の逮捕体験・特高や大学からの断続的な監視・二等兵としての従軍体験等、丸山の実体験から導出される彼の見解やその変遷を後追いしている点が目を引く。現状認知に止まらない理想主義に彩られる丸山氏の著作を紐解いてみたくなった。

  • 2016/10/8

  • 「人生は形式です」

  • 丸山眞男も教員を務めた同じ日本政治思想史が専攻の東京大学助教授(当時)による、終戦直後から学界だけでなく論壇誌でも活躍した日本政治思想史学者の丸山眞男の生涯とその生き方を綴った書。「あとがき」において著者は「この本でこころみたのは、丸山眞男という稀有な知性がのこした言葉の群れのなかへわけいって、そのなかをさまよう途上で見つけた、珠玉や棒きれや落とし穴を、できるかぎり克明に記し、それぞれと出あった驚きを、読んでくれる方々とともにすること」としている。

    著者は「丸山ほどに数多く批判されている人物は、戦後の日本、いや近代の日本でも少ないだろう。いわく西洋近代の愚直な讃美者、いわく大衆から遊離した啓蒙家、いわく国民国家の幻想にしがみつく隠れナショナリスト。右側からは冷戦時代に共産勢力に迎合した学者先生と叩かれ、左側からはラディカルにつき進もうとしない保守性を糾弾」されたと訴える。批判に付き合うことにはそれほど意味はないとしながらも、丸山批判の際には「とにかく丸山を叩かなくては気がすまない怨念」が見られ、「何でも丸山のせいにしなくては気がすまないのである」のだと言う。

    丸山は60年安保の反対運動に際してその名が広く認識されるようになったが、「現実政治の問題に引っ張られるのはもうかなわない、いつまでたっても日本政治思想史の研究ができないと、強く感じていた」と言い、書斎にこもって専門の思想史の研究がしたいのに知人に頼まれてやむを得ず運動に参加していたのが実情だった。

    近代ナショナリズム・国民国家論にも言及し、それぞれ個人が「国家構成員としての主体的能動的地位」を「自覚」し、政治にかかわってゆくことで、「近代国家」の秩序としての自律がなされる。戦中期に近代ナショナリズムの立場を簡単な輪郭で表明したことで、「同時代の政治体制を正当化するイデオロギーに対する批判となっていた」。「国體」の理念に基づいて上から国民を動員する体制に対して、一方「国體」に内在する「八紘一宇」の理念が日本という国家を超えてアジア諸地域を包含する「大東亜共栄圏」に対して、「改めて国民国家を単位とする、健全なナショナリズムの姿を指し示した」とする。この二点は丸山の師である南原繁も戦時下に共有した主張であった。

    「天皇制」に関しては「これを倒さなければ絶対に日本人の道徳的自立は完成しないと確信する」と言い、その根拠を「天皇制が日本人の自由な人格形成ーー自らの良心に従って判断し行動し、その結果にたいして自ら責任を負う人間、つまり「甘え」に依存するのと反対の行動様式をもった人間類型の形成ーーにとって致命的な障害をなしている」からだとしている。

    また、徴兵時には陸軍二等兵として召集された。思想犯としての逮捕歴からの懲罰であると記されているが、召集後でも志願すれば将校になる道もありながらこれを拒否したのは「軍隊に加わったのは自己の意思ではないことを明らかにしたい」という丸山らしいエピソードもある。

    丸山の立場は「人と人、集団と集団、国家と国家が、それぞれにみずからの「世界」にとじこもり、たがいの間の理解が困難になる時代」に「おたがいを「他者」としてきびしく覚悟しながら、理解の難しさに絶望したり、相手をはじめから排除したりすることなく、何らかの関係をとりむすぼうとする、成熟した友情のすすめである」と著者は丸山の言葉として代弁している。

    岸信介内閣による日米安全保障条約の改定に関する反対運動時に「権力が万能であることを認めながら、同時に民主主義を認めることはできません。一方を否認することは他方を肯定すること、他方を肯定することは一方を否認することです。これが私たちの前に立たされている選択です」との言葉には現在の安保法制反対に通じるところがあるように思えた。

  • 日本政治思想史に全く縁がなかったのだが、その隔たりを埋めるのには十分な1冊ではないだろうか。丸山眞男というあまりにもイメージ化された人間を理解しようとするのならば、その生涯に肉薄しなければならない。そんなメッセージとともに、丸山を実際に読んでみようと思わせるものだった。

  • 丸山眞男への手始めにと手にした評伝。対象への距離感がほどよく、するする頭に入ってきた。生まれ育った環境や、高校時代の事故的な逮捕による拘留経験、本位とは別に左翼から戦後民主主義のオピニオンリーダーに担ぎ出され、挙句の果てには騙されたと全共闘学生に吊し上げられ…と偶然性や周囲の妄想やらに振り回されながらも、日本の未来を常に鑑み理性をもってリベラルデモクラシーを追求し続ける姿勢と信念に胸を打つ。「他者をあくまで他者としながら、しかも他者をその他在において理解する」この晩年の丸山の呼びかけは肝に銘じておきたい。


    最後に庄司薫をもってきたのはズルい。『赤頭巾ちゃん気をつけて』を読んだ丸山が泣いてしまったのはあの部分だったのか!(やっぱり!)と、気づいてしまって私も落涙、、、

  • 著者は私と同い年である。丸山眞男は名まえしか知らない。もちろん、名前は何度となく見ているし、どこかで著書もしっかり読まなければと思ってはいるけれど、手が出ない。本書は図書館でふと見つけて読んでみた。通勤途中にぱらぱらと読むだけではほとんど理解ができなかった。生い立ちとか警察に一晩やっかいになる話とかはもちろん分かるのだが、こと丸山の思想については、はっきりしたことが何もいえない。福沢諭吉などの古典を一語ずつしっかりかみしめて読むことで、過去から現在を見るというようなくだりがあったと思う。古典をじっくり読む時間もほしいが、現代語訳などで大変読みやすくしてくれている最近の風潮はとてもありがたい。それで許してほしい。「他者感覚」についての記述はおぼろげに理解したように思う。最後に庄司薫氏の文章が引用されているが、信頼できる「人間」を選ぶということが私にも必要だと思う。

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