現代に生きるケインズ―モラル・サイエンスとしての経済理論 (岩波新書)

著者 :
  • 岩波書店
3.79
  • (8)
  • (12)
  • (13)
  • (1)
  • (0)
本棚登録 : 95
レビュー : 13
  • Amazon.co.jp ・本 (226ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784004310136

作品紹介・あらすじ

ケインズ革命が否定され「小さな政府」論が隆盛を誇る今日、主著『一般理論』はどう読み直されるべきか。英国で公表された資料などをもとに、その意外な成立事情、内在する矛盾、誤った解釈などを論じ、現代日本の不況対策のあり方を考察する。名著『ケインズ』(岩波新書)刊行から四十余年、待望の最新ケインズ案内。

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
  • 1927年生まれの著名な経済学者が2006年に刊行したケインズ解説本。

    テキトーな感想
    ・理論部分の骨子をわかりやすく解説している。
    ・批判部分でやや挙げ足取りが多くてよろしくない。
    ・ケインズの経済学について細かい知識も補給できる。細かすぎてパンピーにはわからないところもある

  • 経済学を専門とする全ての学生にオススメの書。
    新古典派経済学への批判を中心に、ケインズの学説を丁寧かつ緻密に紹介する。

    道徳科学としての経済学の立ち位置や、科学史や哲学からの基礎付け、各理論の詳説など、とにかく勉強になる。
    「人はどのように経済学を勘違いするか」についてなど。
    テーマとしては学説史と分類されるのかしら。

    これをしっかり武器にするには、あと2〜3回は熟読しないといけないんだろうなあ…

  • ひととおり読んだものの、知識不足ゆえの消化不良。経済学の入門書、青版『ケインズ』を読み、経済学説史を把握しておく必要がある。内容的には素晴らしいものだとおもう。

  • ケインズ論。

  • この本は学校でも取り上げるべき。道徳としてのケインズ経済学はすばらしい。政治は手段か、そのとおり。

  • 経済学と一口に言っても、扱う分野・考え方は様々。そして、本当に大事なことは一言では説明できず、また、読み解くためにも力が要る。そのようなことが実感できる一冊だった。

  • [ 内容 ]
    ケインズ革命が否定され「小さな政府」論が隆盛を誇る今日、主著『一般理論』はどう読み直されるべきか。
    英国で公表された資料などをもとに、その意外な成立事情、内在する矛盾、誤った解釈などを論じ、現代日本の不況対策のあり方を考察する。
    名著『ケインズ』(岩波新書)刊行から四十余年、待望の最新ケインズ案内。

    [ 目次 ]
    序章 ケインズ没後六〇年―いま問われねばならないもの
    第1章 道徳科学としてのケインズ体系―伝統的体系の継承
    第2章 ケインズ理論再考―パラダイム転換
    第3章 妥協の書『一般理論』(ケインズの金融市場分析―新古典派への妥協とケインズの真意;乗数論の誤った理解―それがケインズ政策批判を生みだした;カーンの提言が新古典派反革命を用意した)
    第4章 ヒックスによるケインズ理解―IS‐LM分析の誤り
    終章 学説史のなかのケインズ(道徳哲学から道徳科学へ;ケインズの市場観;ホモ・エコノミカス批判)

    [ POP ]


    [ おすすめ度 ]

    ☆☆☆☆☆☆☆ おすすめ度
    ☆☆☆☆☆☆☆ 文章
    ☆☆☆☆☆☆☆ ストーリー
    ☆☆☆☆☆☆☆ メッセージ性
    ☆☆☆☆☆☆☆ 冒険性
    ☆☆☆☆☆☆☆ 読後の個人的な満足度
    共感度(空振り三振・一部・参った!)
    読書の速度(時間がかかった・普通・一気に読んだ)

    [ 関連図書 ]


    [ 参考となる書評 ]

  •  著者伊東光晴はケインズ『一般理論』が誤って解釈されている現状を感じ、正しい理解を主張するためにこの本を著した。

     第1章の「道徳科学としてのケインズ体系」では、ケインズの経済学がアダム・スミス、マーシャルらから受け継いだ道徳科学であることを説明する。道徳科学は時代とともに変化するもので、人間から距離を置いた客観的な自然科学とは区別される。また、道徳科学は異質な複数の問題を同時追及する。そのため。道徳科学は倫理学をその基礎にすえていて、経済や政治における選択は手段にすぎない。事実、ケインズはひとつの知的枠組みの中で発展に貢献したにすぎない「単なる経済学者」ではなかった。

    第2章
    ケインズは1930年代の世界的な大不況をもたらしている経済の活動水準量の縮小の原因を求めて、所得水準決定理論、のちにマクロ理論と呼ばれる新しい経済学の分野を創った。それによって、従来の経済学が完全雇用を前提としている「特殊」な理論であることを明らかにし、失業者の存在を前提とする、「一般」的な理論の創造を企図した。ケインズは財市場、労働市場、金融市場がそれぞれ需要と供給が均衡点をとるという新古典派の経済学を批判した。「一般理論」は新古典派の財市場の分析は採用するが、金融市場と労働市場の分析は否定する。貯蓄は新古典派が主張するように利子率によって決まるのではなく、所得の大きさによって決まる。また労働市場に関しては、労働者が実質賃金のの大きさがに応じて、自らの労働時間を決めるとういう新古典派の雇用理論は、労働者が解雇されない完全雇用の世界での話であり、失業者が生じる現実を考慮していないと批判する。ケインズは失業が生じる原因を消費性向の分析から、社会全体の投資額が小さいためだと結論付けた。


    続く

  • 少なくとも経済学を学ぶ人は読んで欲しいと思う一冊。
    そしてまた、経済学の考え方に対して反感を持つ人にも読んで欲しい一冊。

  • バブル崩壊以降ケインズ政策が否定されて久しいが、本書はケインズの一般理論がいかなる理由を以て書かれたのか、いかなる意味を持つのかを書いている。
    ケインズが生きた時代のロンドンは仲買人の売買差益やブローカーの手数料、大蔵省の税制などがあり、投機が行われにくい制度にあった。逆にニューヨークは短期利益を求められる証券市場であった。ケインズは長期投資と短期投機を見分け、金融が経済を振り回す=投機がバブルを生む可能性を抑える必要性を感じ取っていたのである。もし、ケインズが今の世界を見たらどう思うであろうか?中南米やアジア通貨危機を引き起こしたヘッジファンド、経済構造がマネーゲームに変わった世界、ケインズはたんたる経済学者ではなく道徳哲学が働いた経済学者であることに注目する必要があると筆者は指摘する。

    ケインズは一般理論をを書くにあたって五つの前提を明らかにした。
    すなわち①多元的な理論②統計的検証可能な理論③不確実性の前提④合成の誤謬⑤方法論的個人主義の否定 である。
    例えば金利が上がれば貯蓄は増えるかもしれないが、老後のことを考えておけば金利が低くても貯蓄に回すかもしれない。人間は多様な考えを持つものであり、新古典派経済学のような合理的行動を否定したのである。
    また、貨幣賃金と物価は同時に上昇するであろうか?現実は違うであろう。一般的に物価が上昇してから貨幣賃金が上昇するのが普通であろう。これこそケインズの古典派理論批判の第二点である。
    また、”在庫”という事実には意図したものとそうでない物の区別はつかないとしている。当然である。統計的に実証可能なものは投資を行った結果、在庫が増えているか減っているかという事実だからである。
    さらに貯蓄に対しても新古典派に対して疑問を投げかけている。日本に即して言うならば、古典派理論に従うならば金利が低下するならば貯蓄は減るはずである。しかし、日本は不況であり、勤労者は将来への不安から貯蓄に励んだのである。ここからも新古典派理論の右下がりの投資曲線も間違いであったことがうかがえる。ケインズが注目したのは債券の価格である。債券の需給が均衡したところでの金利が決定するという流動性選好説を唱えたのである。

    一般理論が実は妥協の産物であったことや、乗数理論は「何倍の雇用増の波及をもたらすか」ではなく社会としてどの程度増えるか、「”個々の経済主体”として社会全体としてプラスマイナスの結果、投資と所得の関係に乗数が見られる」、ヒックスのIS−LM分析間違いを正面から明確に解説している。しかし、誤った理解が公共投資が経済に対してどれだけの波及効果を生むかという理想に至ったのである。最初の投資=企業の所得として扱われているが、例えば公共事業を行うにしても企業では材料の調達に使われてしまい、そこから波及することは考えにくい。また在庫の減少はマイナスの投資としてカウントされてしまう。その結果”何倍もの波及効果を生む”ということはあり得ないのだが、アメリカケインジアンはこの点を無視してしまったのである。つまり、アメリカケインジアンは公共投資があたかも一つの企業によって行われ、常にある程度の在庫を持っているという幻想の下に理解されてしまったのである。

    また、IS-LM分析で有名なヒックスに対してケインズは遠回しに批判を行っていたが、それが理解されることはなかった。ヒックスのケインズ理解は「貨幣タームと実質タームをの差を考えない普通の古典派」とされていた。
    しかし、ケインズの理解は違う。社会的な貨幣賃金の低下は実質賃金の上昇を生む。それに賃金が一斉に上がろうが下がろうが物価に影響を与えない。なによりもケインズは社会全体の貨幣量をMとし、取引需要M1と投機的需要M2に分類し、利子率によってM1とM2が決まると考えたのであり、ヒックスのIS-LMによる「貨幣量が利子率を決める」という理論はまさに貨幣数量説に基づくものであり、ケインズが一般理論で批判していたことと真っ向から対立するのである。
    さらにヒックスは「マーシャルのkが所与であれば所得が決定する」と説いたが、マーシャルは所得Yのうち、貨幣で所持される割合こそkとし、それが安定的であるかどうかを問題視したのである。つまり、ヒックスは通貨量が与えられれば総所得が決定されるとしているが、これこそケインズが「貨幣数量の増加が雇用を増加できるということが矛盾を生み、古典派経済学者は認めない」とし、この因果関係を逆転する発想への批判であり、マーシャルは認めないと説いたのである。
    結果はどうであったか?インフレターゲットを主張する論者の言うとおりに量的緩和に踏み切っても一向に効果が無かった。筆者はこれに対して「政治家が政策の失敗の責任を日銀に押しつけた」と批判している。

    アメリカケインジアンの誤ったケインズ政策理解に相乗りした日本の誤った時代錯誤の政策から我々は自ら21世紀型の新しい経済政策を見出さなければならない。

    • kappamamaさん
      新書の価格で、これだけ良質な内容を読めることに感謝です。ハードカバーで販売されてもおかしくない内容だと思います。
      ロビンズとの比較に大熊先...
      新書の価格で、これだけ良質な内容を読めることに感謝です。ハードカバーで販売されてもおかしくない内容だと思います。
      ロビンズとの比較に大熊先生が出てきたのには驚かされました。

      『流動性の罠』に陥っていた日本にインフレターゲットが有効かどうかは、当時、疑問視していましたが、今となってみると、実際には、少なからず効果があったのかもしれません。
      2012/03/17
全13件中 1 - 10件を表示

伊東光晴の作品

現代に生きるケインズ―モラル・サイエンスとしての経済理論 (岩波新書)を本棚に登録しているひと

ツイートする