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Amazon.co.jp ・本 (240ページ) / ISBN・EAN: 9784004310266
みんなの感想まとめ
戦争の実態とその影響を多角的に描いた本は、過去の出来事を振り返るだけでなく、現在と未来を考えるための重要な視点を提供します。著者は、第二次世界大戦を通じて人々がどのように戦争に関与し、どんな思いを抱い...
感想・レビュー・書評
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第二次世界大戦時にはどんなことが起こったのか? 軍は、ジャーナリズム(メディア)は、大衆は、技術者・労働者は、銃後の女性たちはそのとき何をしたのか? 一たび戦争を始めてしまったら人間はどうなってしまうのか? 様々な切り口で、当時のことが描かれていく。
日本人が何をしたのか、米国人は、アジアの人たちはどうだったのかということにももちろん触れられている。しかし、戦争責任論(どこの国の誰が悪かったか)を問題にするよりもむしろ、どこの国家・国民であれ誰であれ、人間というものは、戦争になればこんなふうになってしまうんですよという視点でこの本は書かれている。そして「人間というものが引き起こす戦争とはどんなものか」ということに思いが至った時に、例えば馬鹿な挑発を繰り返している近隣某国や自爆テロをするイスラム過激派のことを「おかしな国」、「狂った人たち」の一言で片付けるのではなく、自分たちの問題として捉えなければならないことに気づく。
戦時中でさえ(あるいは、戦時中であるからこそ)、多くの人が戦争を殺人であるとリアルに捉えることが出来ていなかった。この本で戦後生まれの著者は、多くの文献・証言と想像力によって戦争の「現場」をリアルに再現している。私も想像力を十分にかき立てて、これを受け取らねばと思う。
戦争は過去のものではない。この本は、過去について考えるためではなく、これからのことを考えるために読むべきだと思う。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
戦争が出来る国に少しづつ変わっていっている日本で、そのことを意識している人達がどの位いるんだろう。
一度始めたら、嫌が応もなく自分も他人も他国も巻き込んでしまうその恐ろしさ、非人道さを考える端緒をくれる本だと思う。
戦争が始まってからでは遅い。始まる前に、第二次世界大戦で何があったか、何をしたか、経験者が何を思ったかを知り、始まらせないために何をしなければいけないのかを一人一人が考えなければいけない。 -
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我が家は戦後65年とか70年とか区切りの年に広島と長崎へ行って戦争を伝える場所や資料館をめぐることにしているけれど、この本で書かれた死のリアルさは正直言って感じたことがなかった。
江田島の資料館で特攻隊の方の遺書を読んだだけで胸が潰れそうになった自分としては、ここに書かれていることはとても読み難いことだったけれど、やはり知らなくてはいけないことだと思う。
今は政治家を筆頭に想像力がなく他人への共感ができない人が増えていることも問題。読書はもちろんのこと、動物や植物とのふれあいも大事なようにも思う。
戦争をやって良い思いをすることなど、銃後に隠れた一部政治家や利権を得られる人以外にはいないと実感しました。悪意の連鎖は断ち切らなければ。そのためには人を許す心の強さが必要ですね。 -
日本で原爆開発が一応行われていたのは知っていましたが、小説などでガンガン紹介されていた、というのは知りませんでした。しかし、「空襲小説」というジャンルがなんとも…空爆ロボに匹敵するカテゴリー名ですね。
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人の命の重みと云うものはよく分からないが、その時代の日本に、敵の国に、今戦争をしている国に、戦争を繰り返そうとする日本に、人間がいると云うことを実感した。
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「走っている女性が背中におぶっている赤ちゃんの首が消えていた。」
冒頭から大阪大空襲の生々しい描写で始まる本書は、さらに次々と、戦死していく人々の無残な死に方を捉えていく。攻撃する側もされる側も、敵も味方も、死に際の悲惨さに違いがないことを浮き彫りにしていく。
ひとたび戦争が起これば、人は死んでゆく。それも、目を覆いたくなるほど酷いありさまで。著者はこれを「死のリアル」と呼び、「人間をこういう目にあわせても、なお戦争をやるのか?」と問いかける。
戦争の記憶は、時とともに確実に薄れつつある。その中で、少なくとも我々は、先の大戦で亡くなったひとりひとりがどのように死んでいったかを、先代から聞きとって後代に引き継いでいく、そんな責務を負っていることを思い知らされる。 -
戦争は戦後生まれにとっては小説と同様に現実感の薄いことである。単に死を目の当たりにすることさえめったに無い人間に戦争での死を理解せよということは難しい。常に世界のどこかで戦争が行われているとしても。だからこそ、戦争の記憶を戦争を知らない世代に継承して行く事は重要である。戦争に正義も何も無いのだと。そしてその中で死んだ人々とそれを目の当たりにした人の記憶を伝えなければならない。そのためには、じかに話を聞くこと以上にそれを伝える手段として適するものは無い。自分では経験できないことを人を通して経験することができる。戦争の記憶は忘れられていく事で痛みは和らぎ社会の発展を促すかもしれないが、戦争を繰り返さないため決して忘れてはならない記憶でもあるのだ。
30年後、おそらく戦争体験者は日本にはいなくなるだろう。そのとき日本は戦争をせずにいられるか?不安になった。 -
教員として平和教育の取り組みに行き詰まったときに、
この本を読めば、何を平和教育で伝えていけばよいのか、
そのことについて考える一助となるのが間違いない本であると思う。
この本を読んで率直に思ったことは、
戦争の現実を目の当たりにしていないのに、
戦争の現実を伝え「戦争はいけません」と安易に結論づける方法は、
何と愚かな教育手法なんだと痛感させられたことである。
戦争を目の当たりにした人たちは、戦争の現実を切実に語ることが、
その人に課せられた使命であると思う。
では、戦争を目の当たりにしていない私たちがなすべき使命は、
いかにして二度と戦争を起こさない世の中にしていくのか、
その展望を子どもたちに身をもって示すことではないかと強く思う。
身をもって示すとは…?
例えば、本書でも少し触れられていたが、
教員ならば教職員組合に所属していることも、
身をもって示すことの1つになるのではないかと。
(詳しくはまた日記でも書けたらと思っているが、
この本(第3章・第7章)を読んでくれれば、大まかなところは感じ取れると思う) -
100405
戦争で死ぬ、ということをいろいろな角度から見た本。
戦争をする人たちは、戦争で死ぬ、ということを考えるのだろうか?少なくとも他人が死ぬということを考えることはあまりないのではないか?
自分が死ぬ。誰かを殺す。仲間が殺される。
そうまでして得たいものは何だろう?
あるいは、そうまでしないと得られないものなどあるのだろうか?
そして、そうまでして得る必要はあるのだろうか?
でも、巧妙に、そんな事はわずかも考えさせず、人々を駆り立てる力は確かにあったのだろう。
平和、戦争放棄、そんなフレーズが人口に膾炙されつつある現代でも戦争で死ぬ日本人はいる。
911の犠牲者もまた、戦死者なのだ。
日本はどこに向かって進んでいるのだろうか? -
100316 by 布川先生 on 立平機関誌
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戦争はリアルに語られているだろうか?「大量殺人」の実態と、そこから必然的に生み出される「人間の感情」が見失われてはいないか?自らも戦後生まれである著者が、自らの感性だけを羅針盤として文献と証言の海を泳ぎ、若い読者にも通じる言葉で「戦争」の本質を伝えるノンフィクション。未来をひらく鍵がここにある。
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第1章 大阪大空襲―戦争の実体からの出発
第2章 伏龍特攻隊―少年たちの消耗大作戦
第3章 戦時のメディア―憎しみの増幅マシーン
第4章 フィリピンの土―非情の記憶が伝えるもの
第5章 殺人テクノロジー―レースの果てとしてのヒロシマ
第6章 おんなと愛国―死のリアリズムが隠されるとき
第7章 戦争と労働―生きる権利の見えない衝突
第8章 九月のいのち―同時多発テロ、悲しみから明日へ -
この本をよんで涙がでました。戦争のときのことがとても詳しく書いてありました。人を簡単に殺してしまう戦争。私は本当に許せません。戦争をすれば、何か解決できるのか?そう考えると1つもいいことがないと思います。戦争は今後絶対にやってはいけないと思います。日本は今もこれからもずっと平和でいられるように、こころから願っています。
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戦争で死ぬとはどういうことか。入門書としては最適だと思う。第二次世界大戦に行った人の証言や広島の被爆者の証言(肉を焼く匂いのことなど)、毒ガス工場で働いていた人へのインタビューもあり、感情に訴えるものがあった。私が毎日電車で上をまたいでいる川に死体がたくさん流れていたのかとしみじみ思った。私が特に興味を持ったのは、女性の証言や女性の戦争との関わりであり、戦争中の女性はチアリーダーと守るべきものの両面を備えていたということで、もちろん、自分も戦いたいといった人もいたようだがなんだかなーと思った。現代の女性兵士の問題と合わせて考えてみたい。死は鴻毛より軽しとは恐ろしい。人間一人の命は地球よりも重い。というのも、重すぎる気もするが。人間を特別扱いするという意味で。ただ、戦争や戦場の狂気に近い高揚感みたいなものも伝わってきて、状況がどんどんその方向に向かっていくと、空気の中に高揚が混じってきて、人間は戦争する方向に向かっていくのではないかとすら思えた。いま、日本は戦争しようとしている(ように私には思える)けれど、決断を下す人は自分が戦場に行くことを考えていないし、大事な人が死ぬことも考えていないし、敵も自分と同じように大事な人がいることも考えていない気がする。怪我をしたり身体を欠損したり、後遺症が残ることも考えていない。痛いのもつらいのも悲しいのも怖いのも、何人であろうと嫌いなはずだと私は思うのだが。生きていればいずれ死ぬのに、なぜ死期を早めるのだろう。戦争で得る利益も、死んだら終わりなのに。ある意味で、戦争をしないために戦争をやめたのではなかったのだろうか。
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