水の道具誌 (岩波新書)

著者 : 山口昌伴
  • 岩波書店 (2006年8月18日発売)
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  • レビュー :15
  • Amazon.co.jp ・本 (226ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784004310327

作品紹介

方円の器にしたがう水。流れ、うるおし、沁み込む水。そうした水の性質を活かし、使いこなし、楽しむための道具がいくつも、私たちの周囲には確かにあった。手元で使う束子や雑巾から、井戸、用水路、そして手廻し洗濯器…。急速に失われつつあるそれらの「道具」を日本各地にたずね、そこに込められた水づかいの叡智に学ぶ。写真多数。

水の道具誌 (岩波新書)の感想・レビュー・書評

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  • 金魚鉢、水煙管、鹿おどしなど水に関する道具を網羅。古の知恵を体感できる。

    ジョウロが西洋の文化で、「植物にやさしい水やり」であるということはいまさらながらハッとさせられた。

    懐石料亭などにあるカポーンと音がなるものが鹿おどしということは初めて知った。元々は畑の作物を鳥獣から守るために音を出す装置だとか。

    鮟鱇は吊るし切りという手順を踏まないと、肉や皮がひっついてしまい滅茶苦茶になってしまうらしい。

    意外なのは、砥石が水の道具として紹介されていたこと。

    砥石は砥粒の大きさで荒砥、中砥、仕上げ砥に分けられる。粒の細かい仕上げ砥は一丁200万とかする。

    大工は「その腕は研ぎでわかる」と言われており、昔は仕上げ砥を買いに来る大工も結構いたそうだ。

    井戸について。
    昔、嫁取りの仲人が輿入れ先を見分けるのに、水場の遠さと井戸の深さがファクターとして用いていた。水汲みが遠いとそれだけでかなり家事が大変になるから。

    最新の水道具。
    消防士のインパルス銃という最新の水鉄砲は、圧縮した水を入れておいて、発射時に体積を膨張させて霧にする仕組み。一発あたり1.2Lの水を照射する。

  • 病院での待合や通勤時間などの隙間読書に最適。
    鹿威しや水琴窟、井戸、水煙草パイプなど水に関わる物ならなんでもござれなコラム集。
    切り口はとっても面白いですが、個人的にはなんでしょう、語り口?があまり合わないような。
    他の著書も面白そうなので、機会があれば借りるかな。
    著者は道具学会の理事です。建築が専門だけど道具の方に興味が行ってしまった方。
    ググってみたらどうやら3年前にお亡くなりになってしまったようです。

    初出 / 『FRONT』(財団法人リバー・フロント整備センター刊)2000年1月~2004年3月まで連載、『上州風』(上毛新聞社)2003年5月掲載、加筆修正。

  • 【資料ID】18275
    【分類】383.93/Y24

  • 著者の山口昌伴氏は、もともとは建築の出ですが、道具学会の主催者
    として世界各国の道具のフィールド研究をするユニークな人物。
    この人の本はどれも面白いのですが、本書は中でも出色の出来。
    軽妙な口調で語られる古今東西の水の道具の話に付き合いながら、
    思わず笑ってしまったり、深くうなずかされたり、驚かされたり・・。
    とにかく発見と読む喜びに溢れた一冊です。

    今、水が大きなテーマになりつつあります。世界的な水不足が顕在
    化しているからで、これから人間は水とどう関わっていくべきかが
    いろいろなところで議論されています。水ビジネスが今後最も成長
    する産業の一つとして注目されるなど、石油の世紀の次は、水の世
    紀になるかもしれないと予感させるほどの勢いです。

    ただ、水の豊かな日本に住んでいると、あまりこのことは実感でき
    ません。文字どおり湯水のごとくに水が使えるが故に、水の価値を
    実感しにくくなっているのが今の日本の暮らしなのかもしれません。

    しかし、本書を読むと、日本人がいかに水の性質を知悉し、水を大
    切に扱ってきたのかがよくわかります。古今東西の道具を見直して
    みることでわかる「水づかいの心」。そこには今につらなる日本人
    の精神性や文化性が宿っています。水の道具を知ることは日本人を
    知ることにつながることを本書は教えてくれます。その意味で、本
    書は優れた日本文化論となっているとも言えるでしょう。

    身近な水の道具の来歴や形から、精神や文化の問題をあぶりだし、
    さらには地球規模の水循環の体系にまで思いをめぐらせてしまうの
    が「道具学」の方法論です。一度、この方法論に触れると、道具の
    見方、モノを見る眼が変わります。それは暮らしを見つめ直すこと
    につながります。そして、地球規模の問題も、結局は一人一人の暮
    らし方の問題なのですから、このような道具学が与えてくれる視点
    はとても重要だと思うのです。

    水の問題に関心のある方、モノづくりやモノ売りに関わっている方、
    暮らし方(ライフスタイル)に興味のある方はきっと役に立つ一冊
    です。是非、読んでみてください。

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    ▽ 心に残った文章達(本書からの引用文)

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    水は大自然から都市へはこばれる。そして我家へと引いてきた水が、
    使われては下水へと流れて行く。その壮大な水系の途中に位置する
    暮らしの中の水際(ウォーターフロント)での水の使いぶりが、水
    の惑星の健康の重要な鍵となっている。だからこそ、日々日常の、
    暮らしの中での水づかいのありようを、身近な水の道具たちをつう
    じて見なおしていきたい。

    魚心あれば水心--相手に心を配れば、相手にもそれに応える心が
    うまれる、といっている。水の道具をあつかうことで水を楽しみ、
    水を活かす心がはたらけば、水を大切にする気配りが生じる。水に
    もそれに応える心があらわれてくる。

    ジョウロの語源はjorroでポルトガル語。これに如露、如雨露と宛
    字したとはお見事、というほかない。

    いま大都市では上水道がまずくて、湯茶や料理に用い難くなってい
    る。その昔、用心井戸と呼ばれた防火用水としても、井戸を見直し
    てはどうだろう。それには都市に緑を増やし、道路も透水性のある
    舗装材に替える、などの措置が前提となる。久々、内井戸に見参し
    て、水の自給ってスゴイことなのだ、という思いを深くして、大都
    市の給水体制にまで思いが及んだことであった。

    手押し井戸ポンプは水がドッと噴き出てくるところがなぜか嬉しか
    った。「水」の豊かな表情が楽しかった。それにしょっちゅう片腕
    を働かせる水づかいの仕事はべつだん不便とも苦労とも思わなかっ
    た。ポンプの操作に慣れればそんなに面倒でもない。かえってアス
    レチックのつもりなれば、水汲みもなお楽し、ではないか。

    一部の不作法者が起こす被害を防ぐ道具の工夫が、みんなを不作法
    にしてしまう。一方で便利が不作法のうみの親となり、みんなが不
    作法を躾けられ、不作法が不作法でなくなっていく。これは最近の
    便利道具がもちはじめた、あたらしい因果である。

    使おうにもキッチンでも洗面所でも蛇口にホースをつなげなければ
    バケツに水が汲めない。バケツを置いて水が出せるのはバスルーム
    の蛇口だけである。バケツは廃れつつある。水を溜めて使うことが
    少なくなってきているのである。このことも、私は水を流しっぱな
    しでジャンジャン使う浪水の原因になっているように思う。

    冬の朝、金盥に汲んだ水は手の切れるように冷たく、ぬくい寝床か
    ら抜け出たばかりなので、身がひきしまる儀式だった。(中略)
    毎朝のちいさな決心、顔洗いは精神鍛錬のようなところがあった。

    穢れ(けがれ)は汚れ(衛生、不衛生)とは違う。汚れはよく洗い、
    あるいは消毒すれば消える。穢れ感は、そんなことでは拭えない。
    だが穢れはお祓いをすればたちどころに消える。清浄になる。金盥
    ならパッと一気に水をうっちゃれば清浄になる。

    水を大事に、美しくあつかい、水づかいを楽しむ道、茶の湯ならぬ
    水の道、茶道入門のまえに水道修業が、日本の生活文化の中にはた
    しかにあった。

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    ●[2]編集後記

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    先週、北軽井沢にある森の中の託児所「こころ苑」を訪ねてきまし
    た。別荘地ゆえ生活基盤が整っておらず、働こうにも働けない女性
    達を支援するための託児施設です。24時間365日、いつでも子
    ども達を預かってしまう、とても大らかな託児施設でした。

    ここで時を過ごして驚いたのは、ほとんど大人の介入がないことで
    した。0歳児から年長児までいるのですが、ほとんどのことは子ど
    もに任せてしまう。結果、年長児が中心になったコミュニティの中
    で、子ども達は勝手に遊び、勝手に学んでいるのです。

    施設は森の中にありますから、雨さえ降っていなければ、森の中で
    遊ぶのが基本になります。駆け回ったり、木の実を拾ったりして遊
    ぶのですが、そんな時、子ども達は、互いに手をつなぎ合っていま
    す。子どもながらにいたわり合い、助け合っているその様子は、と
    ても自然で美しい情景でした。

    うちの娘も一緒に遊んでもらったのですが、室内で遊んでいる時に
    他の子が持っているものが気になってしょうがない娘は、ついにそ
    れを取り上げてしまいました。よくあることです。いつもならここ
    で取り合いになり大喧嘩になるのですが、森の子ども達は、屈託な
    く「いいよ、貸してあげる」と言って、涼しい顔をして自由に使わ
    せてくれるのです。誰かに言われてそうしているのではなく、そう
    やって分かち合うのがここではごくごく自然なことのようでした。

    その様子を見ていて、まだ立ち上がったばかりの人類というのはこ
    んな感じだったのではなかろうか、と思いました。野生動物に比べ
    圧倒的に弱く、自然のおこぼれに与って生きるしかなかった人類創
    成期の時代。ひ弱な人類は、森の中で身を寄せ合って生きていたは
    ずです。そこでは奪い合うことよりも、助け合い、分かち合うこと
    のほうが自然だったはずです。

    森の子ども達は、そういう人間集団が本来有していたであろう優し
    さを思い出させてくれました。私達が教育と称しているものは、そ
    ういう人間集団が持ち得る優しさを奪うものになっていないか。そ
    んなことを考えさせられました。

  • 自分は水を大事に使っているほうだと思ってきたけれど・・・甘かったかも。
    蛇口からジャー、が当たり前だと思っている私は、まだまだ、昔の水汲みをしていた人々の水遣いの知恵は及ばない。
    本書は「水道具」を紹介したエッセイ。
    バケツや金魚鉢、如雨露などは私にも想像がつく範囲。しかし、水準器、雨樋につく「鮟鱇」なるものまでが収められているとは・・・
    体験してはいない昔の生活に思いをはせられる一冊。

  • 配置場所:摂枚新書
    請求記号:383.93||Y
    資料ID:95060226

  • [ 内容 ]
    方円の器にしたがう水。
    流れ、うるおし、沁み込む水。
    そうした水の性質を活かし、使いこなし、楽しむための道具がいくつも、私たちの周囲には確かにあった。
    手元で使う束子や雑巾から、井戸、用水路、そして手廻し洗濯器…。
    急速に失われつつあるそれらの「道具」を日本各地にたずね、そこに込められた水づかいの叡智に学ぶ。
    写真多数。

    [ 目次 ]
    第1章 水を楽しむ―撒く水、眺める水、聴く水
    第2章 雨に装う―蓑笠から軒樋まで
    第3章 水の性質を活かす―滲みる水、浮かす水、水の泡
    第4章 水の道―流れる水、汲んでくる水、ひねるとジャー
    第5章 世界一周「洗濯」の旅―浄と不浄、手動と自動
    結びの章 活水の知恵・節水の思想

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    読書の速度(時間がかかった・普通・一気に読んだ)

    [ 関連図書 ]


    [ 参考となる書評 ]

  • 良い本だった。「道具誌」なるカテゴリづけに惹かれるし、それを「水」をテーマに連ねたのも素敵だ。金魚鉢から雑巾やら蛇口やら・・・水に纏わるノスタルジックな話題が、小気味良い筆致でたっぷり堪能できる。

  • 龍口・蛇口の解説が興味深い。

  • 第1回。
    著者の道具愛がひしひしと伝わってくる本。

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