日清・日露戦争―シリーズ日本近現代史〈3〉 (岩波新書)

著者 : 原田敬一
  • 岩波書店 (2007年2月20日発売)
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  • Amazon.co.jp ・本 (258ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784004310440

作品紹介

立憲国家となった日本は、日清戦争、北清事変、日露戦争とほぼ五年ごとに大きな戦争を繰り返し、台湾と朝鮮という二つの植民地を獲得した。帝国議会が開かれた国内では、藩閥政府と民党のせめぎあいが続く一方、国民統合の動きも見られる。「輝かしい明治」像を問い直しながら、「大日本帝国」が姿を現した世紀転換期の二〇年を描く。

日清・日露戦争―シリーズ日本近現代史〈3〉 (岩波新書)の感想・レビュー・書評

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  • 新書文庫

  • ここに描かれた20年間(1890-1910)は、驚異的に野蛮、蒙昧、非礼な暗黒時代と見るしかない。委任されていない。図書館本。74

  • <目次>
    はじめに
    第1章  初期議会
    第2章  条約改正
    第3章  日清戦争
    第4章  台湾征服戦争
    第5章  日清戦後と国民統合
    第6章  民友社と平民社
    第7章  日露戦争と韓国併合
    おわりに

    <内容>
    淡々とした記述が進む。与えられたページ数と書きたいことの狭間で著者が悩んだ感じがする。しかし、リアルなおさえた記述が妙に響いたりする。日頃の授業で単純化された描写しかしてこなかったので、こうした本は役に立つ。

  • 読了。

  • 断絶した個別の戦争史ではなく、一貫した日本の舵取りの難しさを感じた。良心もあったけど、主流にはならない。主流はプラグマティズムときどき奢りである。朝鮮、清の蹂躙ぶりの原因がつぶさに記述されていないのが残念。しかし、やっと日本の歴史がおぼろげながら浮かび上がってきた。天皇の責任は重かったのだな。

    ・天皇史上初の神前結婚式
    ・不潔と匂いと優劣と殺戮
    ・十九世紀以降のアジアの危機は日本が呼び起こした。
    ・国語の誕生

  • 勉強になりました。

  • 政府と議会の対立と提携、日清・台湾制圧・日露それぞれの戦い、国内の産業育成や文学・メディア、と多様な内容だが、背景にある一貫性が本書からは明確に感じられず、必ずしも一般読者に知識がないであろう語が説明もないまま使われている例もあり、散漫な印象を受けた。特に日清戦争後は政府も議会も「軍事大国の道を進む」(120頁)意見が多数を占めたとのことだが、なぜそこまで受け入れられたのか、本書だけでははっきりしない。単なる世間の雰囲気のみならず、戦争や軍拡は大幅な歳出増という実質的な痛みを伴ったのに。新書の通史という形態の限界だろうか。

    その中で、筆者の主張らしきものをいくつか拾い上げれば以下のとおり。

    ・日清戦争の報道に対する共感が国内で共有されることにより「国民」が形成され、戦後は教育と活字文化の普及が進む。日露戦争後も戦争の記憶の共有が行われる。

    ・アジアは一時平和だったのに、清が弱体だと暴露し、1880年代にアフリカ分割を終えた欧米列強の目を再びアジアに向けさせたのは日清戦争。この点では日本の外交的失敗。

    ・台湾と韓国は日本統治下になり、住民は大日本帝国の「国民」とされたが、日本人である「国民」とは大きな溝があった。また資本は投下されたが、結局は日本による収奪が目的だった。(日本に限らず植民地とは本来そういう構造だろう。ただ台湾と韓国の住民は名目上は「国民」であった点が欧州による植民地支配とは異なるのかもしれない。)

  •  歴史を読むとは実に難しい。これだけ読み込んでも明治における「藩閥政府」と「政党」における権力関係がよくわからない。
     また、詳細に「元勲」や「政党」の動きが語られるのだが、その動きが何を意味するのかも、よくわからない思いを持ったが、「条約改正」が大きな課題であったこの時代背景を思うと、「国際社会」との関係が大きな意味をもっていたのだろうか。
     「日清戦争」や「日露戦争」についても、その経過は読めばわかるのだが、その「戦略目的」がよくわからない。当時の日本は、何のために「戦争」という最終手段に訴えたのだろうか。
     本書による当時の日本政府は、ほとんど迷いも無く戦争への道を進んだようにみえる。
     山縣有朋の「主権線」と「利益線」という主張は理解できないわけではないが、その後の歴史を見ると、「止めどもない進出」というリスクをだれもが考慮しなかったのだろうか。
     「日露戦争」が「祖国防衛戦争」であったという「司馬遼太郎の歴史観」がどうやら誤りであったことは、最近の研究でも明らかになりつつあるが、それならば1910年の「日韓併合」はどう考えれば良いのだろうか。
     本書は、近代日本史における「日清・日露戦争」と「日韓併合」を詳細に扱ってはいるが、その歴史的位置と意味には、あまり踏み込んでいないように思える。
     本書の「おわりに」において「1945年の敗戦という、いわば外圧によって台湾や朝鮮を手放すことになった近代日本は、安易に植民地問題を解決したのだという歴史的経緯を繰り返し思い出さなければならない」との考えには、日本の歩んできた道への批判的トーンを含んでいるが、ここまで歴史を深堀するならば、日本がどこで誤ったのかをも進んで語って欲しかったとも思った。

  • 【資料ID】124131
    【分類】210/I95/3

  • このページ数で二つの戦争を詳細に書くのは難しいだろう。

    流れを追っただけの感じはする。

    しかし5年ごとに戦争をした日本。

    まさに激動の時代だった。

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