ポスト戦後社会 シリーズ 日本近現代史 9 (岩波新書 新赤版1050)
- 岩波書店 (2008年1月20日発売)
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感想 : 52件
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Amazon.co.jp ・本 (272ページ) / ISBN・EAN: 9784004310501
みんなの感想まとめ
社会を俯瞰するためのコンパクトな地図としての役割を果たす本書は、日本近現代史を通じて、過去の出来事が現在にどのように影響を与えているのかを考察します。著者は、1970年の大阪万博から平成中盤までの歴史...
感想・レビュー・書評
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昨年度、東大を退官した吉見俊哉が2009年に出版した岩波新書です。なんで15年前の本を手にしたのか…はい、古本屋さんでめちゃ安かったからです。それが大当たり!シリーズ日本近現代史⑨と書かれていますが、この一冊、今の自分にとっては社会を見るためのコンパクトな俯瞰図になりました。年齢を重ねることのいいことは、あの時の出来事が歴史の中での意味が理解出来るようになることだと思っています。点が線になる感じ…本書によって視点をドローンのように上げて、さらに線が面になる感覚を得ました。自分の個人史が社会史とか経済史とか産業史とかに重なる感じです。この本が書かれた後に、東日本大震災を始めとする大地震に見舞われ、福島原発のメルトダウンが起こり、特定機密情報保護法案が成立し、線状降雨帯による集中豪雨が多発し、社会がDXを騒ぎ始め、オリンピックパラリンピックが一年遅れ無観客で開催され、働き方改革関連法案が施行され、宗教二世が元首相を暗殺し、中国とアメリカの対立が激しくなり、ウクライナとロシアの戦争が起こり、AIがすべての仕事に絡んで来て、ガサ地区が爆発し、あと…まだまだあるけど…とにかくどこに行くんだ日本社会って感じの現在もこの新書の提示した地図の中で起こっているようにも思えます。「失われた10年」は「失われた20年」に、そして「失われた30年」になっています。たぶんポスト戦後社会はポスト・ポスト戦後社会に入っているのだと思いますが、それはどんな社会になっていくのだろう?…みたいなことを考える時に有用なポケット古地図でした。
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日本近現代史を学ぶシリーズも秋風とともに最終盤。本書は1970年の大阪万博からこのシリーズがカバーする平成中盤まで。日本史を過去からの時間的連続ととらえる視点を棚上げした記述。それはアメリカ中心の世界秩序に日本が「ピンどめ」されていく過程の記述である。きのう結党70年の自民党新総裁が決まったが、池田勇人「所得倍増」や田中角栄「日本列島改造」という福祉国家型利益分配政策から中曽根康弘・小泉純一郎という「規制緩和」、新自由主義政策へ移ってきたなかで(ちなみに本書は安倍晋三までは扱われていない)、ワークライフバランスを捨て「24時間働けますか」的な世の中には戻ってほしくないと思いつつ、読了。
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20250208読了
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#61奈良県立図書情報館ビブリオバトル「プレゼントした本、された本」で紹介された本です。
2015.12.19
https://m.facebook.com/events/526852457491009/?acontext=%7B%22action_history%22:%22null%22%7D -
1970年代〜
読み手側の問題で面白い所、そうでない所にバラつき。
世相、沖縄、政治には興味を持てるが、労働組合の再編などは難しく感じた。 -
1970年代後半以降のポスト戦後社会は、それまでに構築されてきた日本近現代の「時間」や「主体」が、自壊していくプロセスだったと言える。
高度成長期からの開発によって日本列島の自然は深刻なダメージを受け、産業の空洞化も進んだ。
また郊外化や核家族化の中で、日本人は内的自我を空洞化させていった。
新自由主義は、豊かさの幻想を打ち砕き、格差社会をまじまじと我々に見せつける。
これらをさらに促進する効果を持ったのが、グローバリゼーションである。
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日本の深刻な有り様から目を逸らすのではなく、それと向き合いながら悲観に陥ることなく希望や展望について思索していきたい。
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日本における1970年代以降の社会を「ポスト戦後社会」と位置付け、冷戦体制の崩壊、グローバル化と新自由主義の浸透が社会の何を変えたのか論じる。
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「東日本大震災」という大きな出来事が起こる前の著作ではあるが、90年代までの日本現代史を概観するのにうってつけの一冊ではないだろうか。
いわゆる編年体の書物ではなく、社会学的な視点から日本(人)の歩みを記している。10年前の著作であるため、最終章のJカルチャー輸出の記述はやや古くなっている。 -
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平成の30年の停滞は中曽根の新自由主義への転換が産み出したんだなぁ。
この本が書かれた2008年よりさらに日本社会は悪化してるよなぁ。 -
左翼の終わり◆豊かさの幻影のなかへ◆家族は溶解したか◆地域開発が遺したもの◆「失われた10年」のなかで◆アジアからのポスト戦後史
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社会
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しばしば見田、大澤などの論を無批判に受け入れ、抽象的な議論を展開しているのは気になるが、同時代を書こうと思えばある程度そうした踏み込みは必要なのかもしれない。基本的には良質な現代史。
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浅間山荘事件以降の歴史をざっと記述している。ただ著者は社会学者なので、歴史というよりは社会学的な視点で見ているという印象を受けた。まあ、3,40年前なので歴史とは言い難いか。
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このタイトルの<ポスト戦後>を述べるとなれば、戦後は何時終わったのかを考えねばならない-と著者は先ず語る。
だがこれについての共通意見が現在確立している訳でもない。
「もはや戦後ではない」とは1956年の経済企画庁『年次経済報告』だが、これは55年から始まった高度成長政策により、戦後の<復興>から、新しい経済成長時代に転換したことを宣言したものだろう。
しかしまたメディアなどで「戦後60年」と言われたのは,21世紀になってからだった。
歴史と文学は時差があっても当然かもしれないが、例えば思潮社の『戦後詩選』(06/6)で、編者のひとり大岡信は次のように考える。ひとつは大阪万博,そして翌年の三島由紀夫の自衛隊乱入と自殺。つまり70年初頭で<戦後>は終わったのだ。
で、実は本書も似たようなくくりをしている。「はじめに」に掲示している表は,戦後社会を1945年から70年代前半とし、ポスト戦後社会を70年代後半から現在までとする。
沖縄復帰が72年5月で、これにより米軍の日本占領はすべての地域で完了したのだから、この辺りは妥当なのだろう。
しかし安保条約により米軍が、日本国土を軍事的治外法権的に占拠している問題の解決はまだついてないが。
目次は次のとおり。
1-左翼の終わり
2-豊かさの幻想のなかへ
3-家族は溶解したか
4-地域開発が遺したもの
5-「失われた10年」のなかで
6-アジアからのポスト戦後史
この一冊はシリーズ「日本近現代史」の最終の第9册にあたる。そして歴史とともに,現在只今の事象を書くということは、なかなか難しいように見えた。 そして「おわりに」として<ポスト戦後史のかなたへ>という一節の最後に著者はこう書く。
「<グローバル>という地平には包摂され得ない無数の人々の声や心情が,一体化する世界といかに結びつき,新しい社会のどんな歴史的主体を可能にしていくかに、21世紀の歴史は賭けられている」
この展望で,今後の時代の潮流が辿れることを強く期待したいものだ。 -
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課題図書
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[配架場所]2F展示 [請求記号]080/I-3 [資料番号]2008112074、2009101109、2009101110 、2009102980 、2009101834、2010101521、2010108065
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