日本語の源流を求めて (岩波新書)

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著者 : 大野晋
  • 岩波書店 (2007年9月20日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (273ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784004310914

作品紹介

日本語は、いつ頃どのように生まれたのか。「日本精神」の叫ばれた戦時下、「日本とは何か」の問いを抱いた著者は、古典語との格闘から日本語の源流へと探究を重ねた。その途上で出会ったタミル語と日本語との語彙・文法などの類似を語り、南インドから水田稲作・鉄・機織などの文明が到来した時代に言語も形成された、と主張する。

日本語の源流を求めて (岩波新書)の感想・レビュー・書評

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  • 日本語のタミル語起源説。タミルは南インド。言語や文法だけでなく、五七五七七の韻律まで 共通してる

    さらに 水田稲作、鉄、結婚、相続、鏡餅、神など文明まで 日本語圏とタミル語圏に共通性があるのだから、日本語のタミル語起源説は 正しいのでしょう

  • 日本語の厳選は南インド(?)のタミール語だというのはこの人しか言っていないけど、日本語をこよなく愛している人だというのは彼の著書を読んでいれば伝わってきます。

  • 言語学者、大野晋氏の著書。言語学をやる人なら大野氏の本には絶対に一度ぐらいは触れるもんなので、ちょっと懐かしいなぁと思いながら読みました。
    中身はかなりがっつり言語学なので、基礎的な知識なり言語学に対する関心なりがそれなりに無いと、ちょっと読み進めるのが大変かもしれません。

    日本語が、地理的に近いところに似たような言語がないというのは有名な話です。文法的にはモンゴル語やトルコ語が近いものの、似た音を持つ単語がないため、それらの言語とも親近関係にはないというのが定説。
    大野氏は、似た音の単語が多いということや文法が似ているという言語学的な面だけでなく、文化や信仰、稲作や農業にまつわる風習、埋葬の方法といった民俗学的な側面から、南インドのタミル地域との相似を見出して論を展開しています。
    さすがに大半が言語学の面からの例証ですが、稲作にまつわる風習や単語のあたりなんかは、言語学者がここまで調べるか?というぐらい、きちんとした理論が述べられていて、面白かったです。

    ちょいちょい専門的な論も出てきますが、総じて言語学ベッタリという本でもないので、一つの論として南インドとの繋がりを、この本を通じて読み解くのも好いかと思います。

  • 日本語とタミル語との関連性を切々と訴えた内容。興味深い見解だった。言語学はまじ面白いなぁ。

  •  日本語タミル語同族説で有名な国語学者の最新著作。今年米寿(私の祖父と同年だ)という高齢で,まだ本を出すなんてすごい。若くして広辞苑の編纂にも携わり,生涯国語研究を貫いている。この本はそんな著者の研究人生の総まとめといった内容。
     少し脱線。広辞苑といえば,つい昨日改訂についての報道があった。「うざい」「いけ面」「メタボリック症候群」など一万の項目を追加するらしい。改版のたびに,こんな新語がお墨付きを得た,とばかりに大々的に報道されるけど,これってなぜ広辞苑だけなの?国語辞典なんか他にもいっぱいあるのに。岩波さんだけタダで宣伝してもらって~,なんて,商売敵は苦々しく思っているのでは。初版発行が印象的だったからか,半世紀以上経てもこの辞典の権威は一向に衰えを見せない。もはや,日本の活字文化のバロメータはこれ,と考えられているようだ。そういや,会社のPCにも,頼んでもいないのに入れられている。来春これも第六版にバージョンアップされるのかな。
     広辞苑の序文には,目立たないが,ある工夫がされていておもしろい。「辭苑」の後継辞典である広辞苑の編纂・発行は戦後で,表記は現代かなづかいによった。しかし編者の新村出は,現代かなづかいには反対で,署名をつける序文にはどうしても使いたくない。そこで,現代かなづかいでも歴史的かなづかいでも同一の表記になるように,文章を練ったのだという。新旧かなづかいで表記が同じ言葉は多いし,漢字も使えるから,可能は可能だが,ある程度の長さの文章でこれを徹底するのはけっこう難しかったろう。ちょっとしたパズルみたいなものだ。
     本の紹介にもどります。日本語は南インドに起源するという独自の見解を,比較言語学の方法を使って一般向けに分かりやすく解説。南インドで現在使われているタミル語と,日本語には類似点が多いのだそうだ。基本語彙や稲作に関する言葉に特に共通点が多いという。もっとも,発音については,日本語は母音で終わる開音節なのに対し,タミル語は閉音節で異なる。しかしこれは,植民地で英語や仏語が現地訛りで定着してゆく,ピジン→クレオール語の過程と同様と考えれば説明がつく。発音構造だけは土着のもののまま,外来言語を取り入れた,ということだ。水田稲作は,中国大陸か朝鮮半島から伝わったというのが定説だが,著者は,水稲は南インドから伝わり,同時に言葉も伝わって,和語のもとになったと主張する。考古学的事実や文化の共通性にも触れて自説を補強する。
     この説は一般に受け入れられてはいない。日本語は,同族語をもたない孤立した言語と考えられている。読んでみて,私もちょっと眉唾だなあと感じた。日本語は音韻構造が単純すぎて,語の発音の類似なんて,どうとでもこじつけられそうな気がする。地理的にも,遠く離れた南インドから,小さな日本列島にピンポイントで来たとは考えにくい。日本に来たなら東南アジアのどこかとか,他にも同族語があってよさそうなものだ。印欧語族のような,大量に史料があってほぼ間違いなく同根の言語だといえるものとは違い,日本では文字の出現が遅くて古い史料が乏しい。だからこの大野説の正誤は,今後もはっきりとしないのではなかろうか。

     読了後,まもなく著者の大野氏が亡くなったようです。御冥福をお祈りします。

  • 途中ちょっと飽きたりもしたけど(…)興味深い内容でした。日本語に対する意識の高さはさすがこういう仕事してる人だなって。

  • 日本は、極東で、大陸の端っこである。
    そのため、多くの文化を受け入れている。

    4大文明のうち、インド文明と中国文明のよいところを引き受けている。
    仏教と儒教が日本の文化の基礎の大きな部分を占めているかもしれない。

    言語の面において、漢字として中国の文明の遺産があるとすれば、インドからの遺産もあって不思議でない。

    また、太平洋上の諸島や、アイヌ、エスキモーなどの文化も混入していることは想定できる。

    本書は、その当然のことを一つの筋書きで書き下した物として了解できる。

    朝鮮半島の言語と日本語との間の関係の分析は、隣接している国であるため、重要であろう。
    一番近くの言語との関係と、それ以外の言語との関係を、体系的に説明してもらえるとありがたい。

    特に、アイヌ語との関係が分かると嬉しい。

  • [ 内容 ]
    日本語は、いつ頃どのように生まれたのか。
    「日本精神」の叫ばれた戦時下、「日本とは何か」の問いを抱いた著者は、古典語との格闘から日本語の源流へと探究を重ねた。
    その途上で出会ったタミル語と日本語との語彙・文法などの類似を語り、南インドから水田稲作・鉄・機織などの文明が到来した時代に言語も形成された、と主張する。

    [ 目次 ]
    1 タミル語と出会うまで(日本とは何か 国語学を手段として 古典語の研究)
    2 言語を比較する(言語の比較ということ タミル語との遭遇 単語の対応(1)母音と子音と 単語の対応(2)文例とともに 文法の共通 五七五七七の韻律)
    3 文明の伝来(水田稲作は南インドから 鉄も南インドから 機織も南インドから 結婚の方式 小正月の行事 神という存在 石の墓、土の墓 グラフィティ(記号文))
    4 言語は文明に随いて行く(船と海上交通 何を求めて日本に来たか 朝鮮語にもタミル語が来ている タミル語到来以前の日本語 日本語の歩んだ道)


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    [ 参考となる書評 ]

  • 以前同じ大野晋の『語学と文学の間』という本を読んだときに少しだけ触れられていた日本語とタミル語の関係についてまとめた本。
    ここで述べられている日本語のタミル語起源説が学者の間でどの程度認められているのかはよく知らないけれど、この本を読む限り説得力があるし、
    可能性としては大いにあり得る話だと思った。
    ただ、風習や文化の一致の例に関してはアジア全域に共通するものも含まれているのであまり説得力に欠ける点もある。
    著者は本書の出版の翌年に亡くなっているということで、この『日本語の源流を求めて』は著者のクレオールタミル語説の集大成と言えるのだが、
    最晩年まで自説を信じて研究を続ける姿勢にはロマンと情熱を感じる。

  • 大野晋氏は『日本語の源流を求めて』(岩波新書,2007)で,またタミル語のことを書いています。「また」と言うのは,ぼくがこの説を初めて聞いてから25年ほどのあいだに,大野氏によるタミル語についての本を数冊読んだからです。だから「また」なのですが,ひとによっては「タミル語ってなに?」とか「タミル・タイガーと関係あるの?」という疑問をお持ちかもしれません。簡単にまとめておきます。大野氏によれば,

    1. 紀元前10世紀以前に西日本で話されていた言語は,アウストロネシア語族のものであったと推測される。一方,同時期の東日本で話されていた言語は,アイヌ語であったと推測される。
    2. 紀元前10世紀ころ,北九州および朝鮮に,南インドのタミル語を話す人々が交易目的でやって来た。タミル語は,ドラヴィダ語族の言語であり,印欧語族でない。
    (a) タミル語を話す人々は,真珠を手に入れるために東アジアにやって来たと推測される。
    (b) タミル語を話す人々は,北九州に住んでいた人々に,稲作や鉄器,機織や祭祀の行事を伝えた。
    (c) その結果,北九州を中心に西日本で話される言語は,アウストロネシア語族の言語を基層としてタミル語を受容した,クレオール語になった。

    いままとめてみても,「コメはインド由来なのか?」とか,「そんな早くから鉄器があったのなら,そのあとに青銅器時代がやって来たのはなぜ?」といった疑問が湧いてきます。大野氏がこの説を発表しはじめた当初など,その学説がそもそも奇想天外であるうえに,大野氏の比較言語学上の方法が混乱していたこともあって,トンデモ説のような扱いを受けることがありました。なんで南インドの言語がはるか昔に日本に伝わっていて,しかも両者のあいだにその中間形態の言語が見られないのか。現在でこそ大野氏は,上記のようにタミル人の交易活動が両者の出会いをもたらしたと推測していますが,当初は原因不明であるとしていました。また,大野氏は現在,「語頭の子音+母音+子音」を分析の対象としたうえで,タミル語と日本語とのあいだの音韻対応表を作成しています。しかし,当初は目に付いた語をなかば無秩序に比較していたため,正統な印欧語学者である風間喜代三氏によって厳しい批判を受けました。その後,大野氏の方法は改善されましたが,それでもいまなお大野氏は,日本語での文献上の初出が中世や近世であるような語についてまでタミル語の語との比較を行っていることがあり,ある種のだらしなさを払拭していないという印象があります。

    まあしかし,そんなことはどうだってかまいません。はるか三千年前にタミル語の語彙が日本に伝わったという事実は大いにありえただろうとぼくは思いますが,結局のところ,大野氏の学説を評価する役目は将来の世代に委ねられることでしょう。大野氏は本書のp19に記しています:

    ■■■■■
    たまたまある日,心に残る古典学者は,と思ったことがあった。藤原定家,契沖,本居宣長の三人の名が浮かんだ。橋本進吉も加えたい。
    ■■■■■

    橋本進吉を加えているのは,大野氏が彼の弟子だからですが,藤原定家,契沖,本居宣長の名が挙げられていることについて異論をはさむひとはめったにいないだろうと思います。言語を扱うひとについての評価は数百年くらい経たないと決められないということが経験則から言えるとぼくは思っています。

    余談ながら,大野氏はタミル語の古典を読む過程で,タミル語にも日本語と同じ係り結びがあったことを発見しています。大野氏にとってその発見は,タミル語と日本語とが関係あることを裏づける証拠のひとつとなりました。しかし他方でインド人にしてみれば,数千年間インド人が気づかなかった言語現象を,ふらりとやって来た日本人に発見されて,インド人もびっくりだったことでしょう。ということは,日本語における係り結びの法則を発見した本居宣長の名が,21世紀になってインド古典学者のあいだで広く知られるようになるかもしれません。気の長い話です。

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