エビと日本人〈2〉暮らしのなかのグローバル化 (岩波新書)

著者 :
  • 岩波書店
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本棚登録 : 181
レビュー : 25
  • Amazon.co.jp ・本 (212ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784004311089

作品紹介・あらすじ

前著から二〇年、「エビの現場」を追って、台湾、タイ、インドネシアなどの養殖池や加工工場を歩きつづけた著者が、豊富なデータを織り込みつつ、グローバル化時代のアジアと日本の風景を鮮やかに描き出す。世界中を「食卓基地」として、輸入に深く依存した飽食文化を謳歌する消費者・日本人に対する鋭い問いに満ちた最新レポート。

感想・レビュー・書評

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  •  本書は、グローバリゼーションと言う難しいテーマに対して、日本人にとって身近なエビからスポットライトを当てている。

     私たちが美味しく安いエビを求める結果、何かが犠牲にされている。
    大まかに言えば自然と人間である。
     現地では、マングローブ林が伐採されている。エビ養殖場やエビ加工工場などを建てている。伐採したマングローブは木炭として売る。人間にとって一石二鳥であるからなかなか止められない。
     また、そうして作られた工場で働く人間の労働環境も悪い。現地でエビにもっとも接する日雇い労働者から私たちにエビが届くまで、大きく分けて14の段階があるという(p.180)。本書では表立って言われているわけではないが、この14段階の中に、搾取が存在している。本書で少し触れられている悲惨な「マルシナ」の話は、搾取がもたらした最悪の結果である。

     私たちはこの14段階によって、その先にある現実をなかなか知る事が出来ない。「知らない」という事によって、知らず知らずのうちに、このシステムに加担させられている。

     著者は、こうした状況を打開する一つの案として、フェアトレード(いわば労働者と私たちを直接に繋げ、取次の”搾取分”を減らす)を挙げているが、それだけでは不十分だという。「北」のルールの中で「南」を助けるのではなく、「北」自身がルールを変えて行く先に、本当にフェア(公正)なトレードが実現するという事である。

     最初にも書いたが、グローバリゼーションとは実に多くの側面を持った、難しいテーマなのである。本書は、それをエビを通して痛感させてくれる。

    • 国中千鶴さん
      エビからグローバリぜーションを考えるって新しいですね。
      読んでみたくなりました。
      エビからグローバリぜーションを考えるって新しいですね。
      読んでみたくなりました。
      2012/06/02
    • silvercokeさん
      これに似た話があります。

      我々が安価で缶コーヒーを飲める背景に、原産国ルワンダで、二つの人種による血塗られた内戦があったということ。

      『...
      これに似た話があります。

      我々が安価で缶コーヒーを飲める背景に、原産国ルワンダで、二つの人種による血塗られた内戦があったということ。

      『ホテル・ルワンダ』という映画で見ました。
      2012/07/17
  • 「新版 大学新入生に薦める101冊の本」に掲載されている92番目の本。
    エビを中心とした災害・環境破壊・食文化・労働・国際経済を、20年前に出版した前作と比較しながら解説する。「エビ」からグローバル化を見るという斬新な視点ではあるが、一方で日本人はエビに親しいと思いながら自分の食べているエビが何なのか分からないという事、どういう過程を経て食卓にのぼるかを思い知らされるという、身近な所で既に見落としている事にも気づかされる。「エビ」に惹かれて読みやすいと同時に統計データが幾つも出てきて信頼性がある、面白い本だった。

  • 本書は前作「エビと日本人」から約20年たって書かれた著作である。私達の多くは、食卓でエビに身近に接しているが、それがどこから、あるいはどのように届いたものなのか、生産から消費までにどのような人々が関わっているかについては考えることはないだろう。理由は単純で、日常生活においてエビのサプライチェーンについて考えなくとも、とくに影響をこうむるわけではないからであろう。しかし、本書は私達のエビの大量消費が間接的に遠い国の環境を破壊し、末端の生産者の生活に影響していることを知ったとき、果たしてそれを無視し続けることがモラルとしてよいのか、考えさせる本である。エビの問題は、大量の資源を一定以上とれば、それが環境・経済・社会に悪影響を及ぼす問題の一例に過ぎないが、身近な食材だけに、その影響の大きさをより感じる。

    著者は、1960年代から80年代にアメリカを中心として推進された「緑の革命」と、エビの集約養殖に見られる「青の革命」には共通点があると主張する。それは、どちらも技術で食物を大量生産し、収益を高めたが、その代償として環境を破壊し、末端の生産者の生活の糧を奪ってしまったという点である。エビの集約養殖は、エビの効率的な大量生産を可能にするが、一方で土壌劣化や排水汚染といった環境汚染を引き起こす。集約養殖を引き起こすのは、過剰な消費であり、日本の大商社はその需要を満たすために資金や技術を農民に提供し、次々と田んぼが養殖場に変えられていった。田んぼを所有する農民からすれば、水田耕作よりも収入の高い養殖場に変えるのは自然なことだろう。しかしながら、水田をもたない、末端の生産者が受ける恩恵は一日の生活すら満足に送られるかわからないほどに少ないことは珍しくない。

    本書から学ぶことのできる重要な点は、エビという一つのカテゴリーを越えて、食に関わる環境・社会・経済の持続可能性の問題を理解する共通の切り口があるということだと考える。上記の通り、閾値を越えた資源の消費は自然環境や生態系を破壊し、それを経済的な糧として生きる民の生活を危うくする。経済的な糧を失えば、彼らの社会生活にも影響があるし、健康リスクが高まる場合もある。このような問題で最も影響を被るのは、大抵の場合「南」の低所得者層であり、引き金になるのは「北」の消費者である。

    ただ、食の問題の場合、原因を挙げて、消費者やサプライチェーンの関係者を批判するのは簡単だ。著者自信も読者である私も消費者であるし、一部の人々が消費をやめたところですぐに問題が解決する話ではないからだ。それは著者自信が痛いほどに理解をしていることが、「北のいわば豊かな側が、南の貧しい側との間の経済格差や技術格差を差を利用して、ひたすらおいしいものにありつける構造は、やはり人間として気にかけなければならない問題なのではないだろうか」「おいしいもの、南の人とともにおいしくできる世界の仕組みを考え、その実現に向かっていこう、としか言えないのである」といった謙虚な主張に表れているように思う。結局、多数の消費者が生産と消費の関係を理解し、少しづつ持続可能ではない消費、しいては生産を変えていくしかない。そう思うと気が遠くなるが、問題を理解することが大きな一歩であると考える

  • 2も読んでみた。データが1より新しく、養殖エビについて特に色々書かれている。20年経ってもトロール船でエビを獲り、雑魚を捨てるシステムは全く変わらない様子。あと気になるのはエビの頭。本では触れられていないけど、完全にゴミ扱いなのだろうか?エビ味噌美味しいのに…。

  • 安い物にはつい手が出てしまうけど、不当に安い場合、どこかにひずみがあるんでしょうね。

    地域や国による低賃金労働は過渡期として考えて、できるだけ早く経済格差が縮まるとよいなと思います。それがエントロピーの法則にも合っていると思うのですが、どうでしょうか。

    払ってもいい金額:500円

  • 資料ID:C0028486
    配架場所:本館2F新書書架

  •  経済学者がエビを通して語るグローバル経済。

     「エビと日本人」から20年。その間、日本人はエビを最も食べる国の座を追われた。作者は各国のエビの養殖場を訪ね、グローバル経済を現場から書いていく。
     食品偽装でバナメイエビが大きな話題になっている現在。日本人は他国から安く食料を買っているうちに自分達の食べているものが何か分からなくなってしまっているのではないかと、この本を読んで感じた。

  • やや統計データが古いのがマイナス。

  • 今年最初の読書として、「エビと日本人Ⅱ」(村井吉敬著 岩波新書)を読む。

    本書は、「Ⅱ」とあるように、「エビと日本人」(1988年)の続編。
    前書では、「日本人がエビを食べ過ぎているためにアジアの環境破壊が進んでいる。」との主張を展開していたように記憶。その後20年間たって状況はどう変わったのであろうか。
    本書のトーンとは、前書とほぼ同じように思う。つまり、「金持ち日本」の飽食を支えるために豊かなマングローブの森が伐採されてエビ養殖池に変わっていき、そのために地域の環境が破壊され、災害の被害が拡大したり、公害が発生しているとの指摘をしている。文章のところどころで日本企業の行動に対する批判的な態度をにじませているところは、まさに岩波新書らしさが出ている。
    もちろん、エビの世界における日本のプレゼンスが急速に低下しつつあることを著者は見逃していない。中国の生活水準向上や欧米の魚食志向により、日本の地位は明らかに失われつつある。随所に、そのような日本の地位低下(敢えて言えば没落)に一抹の寂しさを感じているような記述も見られる。
    自分はここに注目。すなわち、岩波新書を書くような方々は、今までさんざん日本企業の批判を繰り広げてきたのだが、それも、批判相手の日本企業が「悪役」として元気だったからこそのこと。批判する相手の存在感がなくなっていったら、いったい何を批判すればよいのだろうか。
    自分としては、本書の中身(日本の行動による環境破壊への批判)よりも、批判相手である悪役日本企業社会が没落していくことへの戸惑いないし郷愁感が読後の印象として強く残った。

    ところで、本書では、一日中エビの背わたを取る作業をしていることを労働疎外と指摘しているが、この指摘をどう見るか。ひょっとしたら、著者は「分業」自体を否定しているのかもしれないと思ったのだが、どうなのだろうか。経済学をよく知らないのでうまく理解できないのだけれど、よくおわかりの方おられたら、この労働疎外についての指摘をどう考えるべきか教えていただけませんか。

  • 名古屋というと、海老フライというくらい、有名な海老好き。
    えびせんも有名。

    伊勢海老の産地に近いからだろう。

    日本だけでなく、世界の話題にも触れている。
    海外での海老の展開について興味が持てた。

    エビで世界を語れるんだ。

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