幕末の大奥―天璋院と薩摩藩 (岩波新書)

著者 :
  • 岩波書店
3.14
  • (1)
  • (4)
  • (15)
  • (1)
  • (1)
本棚登録 : 47
レビュー : 11
  • Amazon.co.jp ・本 (214ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784004311096

作品紹介・あらすじ

外様大名島津家(薩摩藩)分家の出身であった天璋院(篤姫、一八三五‐八三)がなぜ十三代将軍徳川家定と婚礼を挙げることになったのか。また婚礼の前に近衛家の養女となり、近衛家からの嫁入りという形式をとったのはなぜか。薩摩藩と江戸城大奥の歴史的なつながりを解き明かし、将軍家最後の大奥を取りしきった波乱の生涯をたどる。

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
  • フォトリーディング&高速リーディング。

  • 地元の図書館で読む。あまり好きになれない本です。好奇心にも答えています。ただし、それだけの本ではありません。薩摩藩の婚姻政策に関して、解説しています。幕府側には、特別な婚姻政策は存在しない。何故ならば、誰と結婚しても、特別なメリットがないからです。それに対して、薩摩藩には、大きなメリットがあるそうです。

  • 外様大名の娘がなぜ将軍正室に?
    最後の大奥を取りしきった波乱の生涯を描く。

    大河ドラマ、翔ぶが如くでは、将軍継嗣問題で
    一橋派の工作をするための政略結婚として描か
    れていたが、本書を読むと、話はそう単純では
    ない事がわかる。(大河ドラマ篤姫は未見)

    将軍家と島津家との繋がりは、篤姫以前にさか
    のぼる。本来、島津家は、将軍家との婚姻に消
    極的であったが、将軍養女竹姫との縁組は家格
    の上昇や、江戸城大奥とのつながりをもたらす。
    この、大奥との交流は情報の収集や、家格向上
    のための働きかけに有利であったという。

    その後、竹姫の遺言により、重豪の娘と一橋豊
    千代(家斉)との縁組みがなされ、のちに豊千
    代が将軍となったことから、将軍御台所(広大
    院)の実家として厚遇される。
    篤姫輿入れの経過は、広大院の血筋を求めた将
    軍家定の意向により島津家に打診があり、家格
    上昇を望む、島津家との利害の一致をみたこと
    に始まり、将軍家継嗣問題とは無関係に始まっ
    た事がわかる。

    豊臣政権においては「内々の儀は宗易、公儀の
    事は秀長」と言われたが、江戸幕府においては、
    内々の儀に、女性が果たした役割は大きいこと
    がわかり興味深い。

  • 卒論のために読んだ本2冊目。


    自分の興味が「篤姫」自身のことよりも、薩摩藩の女性が政治の上でどんな役割を担ったのかということに傾いていたためか、
    特に目新しい情報は得られなかったように感じました。

    しかし、表向きと奥のことや、奥女中たちの情報のやりとりなどはなかなか興味深かったです。

    姫様付きの奥女中たちは姫様の嫁ぎ先よりも実家を重んじているような気はしましたが、

    姫様たちもそういう傾向にあったかどうかが気になるところです。

    まだまだ知識が足りないのも、物足りないと感じた原因のひとつではないかと。

    ともかく、扱っていた史料や参考文献も面白そうなので、そこから攻めていってみたいところです。

    ドラマや小説の「篤姫」や「大奥」に興味のあるひとは、読んでみると面白いかもしれません。

  • 2008.05.07読了

  • 奥向きの働きに着目。具体的で、天璋院の生活が垣間見える。

  • 大河ドラマ便乗の大奥本乱立の中で、奥付だけ見て比較的まともであることを期待して購入。
    制度の記述が多い。
    あまりおもしろい内容はなかった。

    目次
    天璋院とは
    大奥の世界
    薩摩藩と将軍家
    篤姫から天璋院へ
    天璋院と和宮
    江戸開城とその後

  • 2008.3.18

  • 大河ドラマ「篤姫」の本当のところを知ることができました。

全11件中 1 - 10件を表示

畑尚子の作品

ツイートする