不可能性の時代 (岩波新書)

著者 :
  • 岩波書店
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本棚登録 : 628
レビュー : 63
  • Amazon.co.jp ・本 (296ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784004311225

作品紹介・あらすじ

「現実から逃避」するのではなく、むしろ「現実へと逃避」する者たち-。彼らはいったい何を求めているのか。戦後の「理想の時代」から、七〇年代以降の「虚構の時代」を経て、九五年を境に迎えた特異な時代を、戦後精神史の中に位置づけ、現代社会における普遍的な連帯の可能性を理論的に探る。大澤社会学・最新の地平。

感想・レビュー・書評

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  • 歴史上の出来事を踏まえこれからの未来について構造主義的に捉えている。

  • 2008年刊。著者は京都大学大学院人間・環境学研究科教授。◆理想(45~60)→夢(60~75)→虚構(75~90)という戦後時代変遷に関する見田宗介の分析を肯定的に継承し、地下鉄サリン事件(95)が虚構時代の終焉を顕わにしたとしつつ、以降を「不可能性の時代」と見て、90年代~の時代相を解読する。◆相当面白いが、幾許かの疑問も。◆社会構成者の一部で、購読層・愛好者も限定されるサブカルチャー。これへの批評を社会批評につなげられるか、社会全体への評に拡散できるか。この種の議論の根本的疑問は解消されず。
    ◇持って回った言い方だが、現代政治思想は、実は先祖返りに過ぎないとの疑念。◇リスクに関し、マイナス面を地球が負担するのか(温室効果ガス・核廃棄物)、社会が負担するのか(大気汚染等の公害)、地域が負担するのか(嘉手納爆音問題)、個人が負担するのか(交通事故)による差があるのに、リスクを選択・決定のみに相関させる立場(著者が引用し前提とするルーマン)の持つ甘い分析への配慮がない。モータリゼーションは社会選択の帰結だが、そのリスクの及ぶ歩行者の選択下にはない。社会選択と個人選択を混同したままの議論。
    ◇表現の自由と名誉権との対立に同値の問題提起(241頁)につき、対立止揚の手法(害悪の具体的分析を通じて、場合に応じて優劣決定)において、本書は余りにも大鉈過ぎな論。◇グローバル資本主義の志向はルール一元化、多元的文化主義とは非整合的。が、これを整合的とする本書の説明(225頁)が意味不明。◇監視社会の容認を「見られることへの欲望」に依拠する本書。が、監視によるメリット享受(安全・簡便な情報取得等)+監視に伴う害悪の不可視化や監視者自体の透明化・不可視化に帰着なだけ(ストーカーの監視は欲しない)。

  • 戦後という時代を「理想の時代」「虚構の時代」「不可能性の時代」の3つに区分し、それぞれの時代における「第三の審級」のあり方について考察しています。

    オウム真理教事件やオタク文化が現代の日本社会のある側面を示していることは間違いないとしても、それらに焦点化する形で戦後日本社会の総体を把握することができるのか、という疑問はもっともだと思います。ただ本書は、戦後日本社会を包括する試みではなく、見田宗介の『現代社会の理論』や『社会学入門』(ともに岩波新書)から、オウム真理教事件を中心に現代社会を論じた著者の『虚構の時代の果て』(ちくま学芸文庫)への展開を改めてたどりなおし、同時に『虚構の時代の果て』から東浩紀の『動物化するポストモダン』(講談社現代新書)への展開に対する応答の試みとして理解するべきだと思われます。

    個別の議論では興味深いところも多くあるのですが、本書の議論の背景をなしている理論的な枠組みは、第三の審級をたえず繰り込んでいく資本主義の運動に対する否定神学的な解決なので、既視感は否めないように思います。

  • 人間の一つの精神的活動の出発点であり終着点でもある〈現実〉へのコミットが不可能である現代において、どのようにして不可能性に挑み、その〈現実〉へと至る道を獲得するか。
    最終的には、イコール憎しみとなる愛、信仰の徹底による無神論を解決とする。けど、私たちは、そうした情動の極限に耐えうるのか。不可能性の不安に立ち向かう術として私たちはその〈分裂〉を経験しなければならないのだとすれば、もう〈現実〉などいらないのではないか。

  • 「多文化主義」と「原理主義」、「」と「」、二つの対立からの相互浸透、その先にあるランダムなつながりによる民主主義の可能性。

  • 社会学も哲学も専門外の身としては全体の論旨の展開がやや難解だった。

    とくに、結びの部分への展開が読めなかったが、諸所に織り込まれる例によって最後まで読み通すことができた。

    隅々まで理解できているとは思えないので、また読み返したい。

  • 現代文の教科書だったか模試だったかで知り、
    考え方に共感した大澤真幸さんの本。

    ずっと気になっていたので読めてよかった。

    戦後の日本を、
    理想の時代、虚構の時代、不可能性の時代と
    3つに分け、分析された本です。

    私は不可能性の時代に生まれた世代なので
    読み始めてから前の時代との対比など理解できるのかなとも思いましたが、大丈夫でした。
    例が分かりやすかった。私も知っている出来事、ものごとが例示されていて、理解することができました。
    他の方も仰っていますが、結の部分がちょっと納得できなかったかな…救済したい気持ちは分かるけど、必要だったかな…?

    難しい所もあったので、少し時間をおいてもう一度読もうと思っています。

  • 大澤「先輩」の書.
    随分昔に読んだので詳細は覚えていないのだが,今の自分の思想の根本にはこの本があるといっても過言ではない.
    今生きる時代を考えるのには不可欠の書であるといえる.

  •  図書館より
     理論としてはどれも面白かったです。戦後の復興期を「現実と理想の時代」高度経済成長期の頃を「現実と夢の時代」それ以降のオウム事件の頃までを「現実と虚構の時代」と区分しそれぞれの時代における社会思想を読み解きつつ、虚構の時代以降はどんな時代が訪れるのか、という論の展開になっています。

     人に見られることを嫌悪しつつもどこか期待している、という話や自分と似た他者との交流を望んでいるという話が自分にも当てはまっているような気がしました。特にブクログでの自己開示や談話室やコメントの交流などはまさにそのまま当てはまっています。あんまり対面では本の話はしないのですが……

     結の部分が少し物足りなかったかな。結局言いたいことはそれなの? という感じが無きにしもあらずでした。

  • 全体として非常に勉強になったんですけれども、まあオタク当事者として頂けない記述が散見されましたね。笑 あとは結論。これほどまでに不可能性の時代を捉えておきながら、ほとんど現実味を感じられない希望を述べて終わるのは、どうなんでしょうか。倫理が不可能であることを直視した先にある倫理というものをわたしは見たいんですが。第三者の審級、真幸が常に言うことですが、オタク論とも関係して(類似性を基礎にしないコミュニケーションって?っていう)、自己と他者と超越者の関係についてもっと突き詰めて考えていくことが、倫理や理性の話にも、コミュニケーションの在り方の話にもつながるのかなあと。そのへんを自分なりに追求しようとおもいました。

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