反貧困―「すべり台社会」からの脱出 (岩波新書)

著者 :
  • 岩波書店
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レビュー : 193
  • Amazon.co.jp ・本 (226ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784004311249

作品紹介・あらすじ

うっかり足をすべらせたら、すぐさまどん底の生活にまで転げ落ちてしまう。今の日本は、「すべり台社会」になっているのではないか。そんな社会にはノーを言おう。合言葉は「反貧困」だ。貧困問題の現場で活動する著者が、貧困を自己責任とする風潮を批判し、誰もが人間らしく生きることのできる「強い社会」へ向けて、課題と希望を語る。

感想・レビュー・書評

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  • 著者は生活困窮者に対する生活相談を行うNPO法人〈もやい〉の代表を務める湯浅誠氏。

    著者が貧困問題に取り組む上で独自に生み出した概念で、本書に紹介されているのが「すべり台社会」と「溜め」である。

    第2章で、2007年3月25日付東京新聞に掲載されたセーフティーネットの三層構造を図示したものがオープニングで掲載されているが、その図の中に「ここから落ちた人はどうなっちゃうんだろう…」とつぶやく男性の姿が強烈に印象に残る。

    この公的扶助のセーフティーネットからうっかり足を滑らせてしまったら、二度と這い上がれなくなる。このような現代の日本社会を著者は「すべり台社会」と名づけた。

    また、第3章ではアマルティア・センの「潜在能力」に相当する概念を”溜め”という言葉を用いている。溜池の「溜め」である。

    溜めとは、金銭であったり、両親や頼れる親族など人間関係であったり、自分を大切にできる精神的なものも含まれる。

    貧困とは、これらの”溜め”がない状態を言う。


    筆者はこれ以外にも、様々なデータや政治的な動きなどから、貧困問題は自己責任ではなく社会の問題だと言い切る。

    終章では、反貧困運動を連帯させ、強い社会を目指そうと高らかに歌い上げる。

    著者の高い精神力と正義感を感じるだけでなく、わが国の社会の暗部に直面する素晴らしい著作である。

  • 昨年末に働きたくないブロガー(笑)のPhaさんのブログで、2014年に読んだ本で良かった本の1冊として紹介されていたので読んでみました。
    かなり衝撃を受けました。良書です。

    この本は2008年に発刊されており、その頃の僕は割と給与の良い会社で働いていた時期でもあり、世間で話題になっていた年越し派遣村やワーキングプアという言葉にピンときていませんでした。意味は理解できるものの、実感しにくいというか。

    ●3層のセーフティーネット。3つ目の生活保護は、非常に弱いセーフティーネットであること。2つ目のセーフティーネット(社会保険など)から漏れてしまうと、3つ目のセーフティーネットはいまいち機能していない為、一気に生活そのものができなくなる。
    ●貧困は自己責任で解決できる問題ではない。
     貧困は戦争に繋がる大きな原因となる。
    ●富裕層から貧困層は見えにくくうまく隠されている。逆に貧困層から富裕層はテレビなどの媒体で見えやすい。
    ●「溜め」の考え方。これが個人的に一番衝撃的な考え方でした。僕はまだまだ恵まれている。

    もっともっと勉強しなければいけないし、僕が社会に何ができるのか?真剣に考えたほうがいいなと感じました。
    著者のその他の本も読んでみようと思います。

  • 最近また少し労働問題とか雇用問題に関する本を読んでたところに、湯浅誠の本を見つけたので購入。そういえばまだ読んでなかった。

    自分がまだ前の職場にいるとき、派遣切りが問題になって年越し派遣村の村長をやられていたのをよく覚えている。当時自分が正規職員じゃなかったこともあって、身近な問題として感じていた。このまま非正規でしばらく働いて、もし職を失ったらそのあと就職できるんだろうか、という不安。今は運よく正職員で働けているけど、今も同じような不安を抱えている人は大勢いるんだろうなと思う。「すべり台社会」とは的を射たネーミングだと思う。

    「溜め」や「下向きの平準化」など、いくつか心に残ったキーワードがある。

    “なぜ貧困が「あってはならない」のか。それは貧困状態にある人たちが「保護に値する」かわいそうで、立派な人たちだからではない。貧困状態にまで追い込まれた人たちの中には、立派な人もいれば、立派でない人もいる。それは、資産家の中に立派な人もいれば、唾棄すべき人間もいるのと同じです。立派でもなく、かわいくもない人たちは「保護に値しない」のなら、それはもう人権ではない。生を値踏みすべきではない。貧困が「あってはならない」のは、それが社会自身の弱体化の証だからに他ならない。”

    安倍内閣になって「一億総活躍社会」とか言うんだったら、弱者を切り捨てるような社会にしていてはいけないと思うのは自分だけだろうか。最低限度は守るようにしないと。この本で言うところの「溜め」を保つようにしないと。

    個々のさまざまな案件に当たりながら、複雑に問題が絡み合う貧困問題をどうしたら総合的に解消していけるのか、さまざまな方面と協働していることがよく伝わってくる。現実離れした机上の空論でもないし、個々の事例に埋没しているわけでもない。読んで良かった。

  • この本を読むことで生活保護についての考え方が少し変わった。この本で書かれている”溜め”という言葉はかなりポイントが高い。確かに”溜め”がないと滑り落ちた時に這い上がるのは難しく、負のスパイラルに陥るかもしれない。。。自分は恵まれていると感じるとともに、1回の失敗で這い上がれない社会をどのように改善していくか考えられる一冊となった。

  •  ご存じの方も多いだろうが、著者・湯浅誠氏は2009年の東京・日比谷で開かれた「年越し派遣村」の村長として、その名を一気に世に知らしめた社会運動家。NPO法人自立生活サポートセンター「もやい」の事務局長として、日本の貧困問題に長年取り組んできた信念の人だ(とはいえ、管政権で内閣府参与となり、辞任→就任→また辞任と繰り返した。この点については評価の分かれるところか)。

     本書の記述は、こういった著者の具体的な経験から練り上げられたものであるだけに、単なる机上の空論なんかよりはるかに迫力がある。中でも一番の白眉は、何と言っても著者の提案する「溜め」の概念。
     「溜め」とは、アマルティア・センの貧困論から着想を得たもので、簡単に言えば個人の潜在能力を作り・引き出してくれる力の源泉。お金もここに含まれるが、それだけでなく家族・親類・友人など人間関係の「溜め」もあれば、自分に自信を持つことができる・やればできるという強い信念を支える、精神的な「溜め」もある(近年の社会学や政治学でよく使われる「ソーシャル・キャピタル」概念に近い)。著者によれば、貧困とは単に金銭的欠乏の状態ではなく、こうした「溜め」が欠如している状態と考えるべきだという。

     深刻な貧困に陥る人には、決まって共通する特徴がある。お金がない・仕事がないだけでなく、身寄りがなく・公的福祉からも見放されているため(市役所に生活保護を拒否されるなど)、八方塞がりで再チャレンジする足がかりが初めから奪われているという特徴だ。最も大事なのは、こうした「溜め」の欠如は決して「自己責任」の論理では解消できないという点。そもそも自助努力が可能になるには、ある程度家庭環境や人間関係などのバックグラウンドが整えられていなければならない。これらの条件を満たせない人は、まず教育課程から排除され、次に就業機会から排除される。この負の連鎖が続くと、最終的には自分自身の存在価値や将来への希望すら否定する「自己からの排除」に行き着く(自殺はこの段階で起こる)。
     こうした状態は、本人の努力不足に起因しているというより、そもそもその自助努力の前提となる社会的・精神的基盤が欠落していることから帰結した事態だ。「貧困に陥った人は努力が足りなかったせいだ」という声は、こうした「排除の構造」をまったく理解していない。それどころかこの種の自己責任論は、自助努力の範疇外で重荷を背負わざるをえない運命に置かれた人にとって、きわめて暴力的な論理と言える。

     本書が出版されて早4年。かつてあれほど猛威を振るった自己責任論も、今ではだいぶ影をひそめたように見える。これにはもちろん、湯浅氏を始めとする社会運動家の地道な活動によってもたらされた成果もあるのだろうが、何よりもリーマン・ショック以降、誰もが貧困に陥るという危険性が現実味を帯びてきたことが、最大の要因だと思われる。

     人間誰しも「自分は努力をしているし、報われるはず」と考えがちなものだ(それこそ精神的な「溜め」があればこそ)。ましてやそれなりの成功を収めれば、それを単なる「運」よりも今まで払ってきた「努力」に還元したいのが人情というもの。だが、誰もが貧困の危機に脅かされる時代になれば、自分の努力不足を云々するよりも先に、むしろ「運の悪さ」を嘆こうとするのもまた人情というやつだろう。それだけに、今のような不況時には得てして自己責任論は後退し、逆に貧困の危機を自助努力の範疇外に置こうとする論理が、いわば一種のエクスキューズとして説得力を持ちやすい。その意味で、世界同時不況と軌を一にして、自己責任論を批判する著者の議論が世間の脚光を浴びるようになったのも偶然ではない。貧困をただそうとする著者の運動は、貧困の深刻化なくして影響力を持ちえなかった。
     何とも皮肉な話ではあるが、世の中たいていこんなものか。

  • 貧困は、見えにくい。
    ある層の人々からは、存在しないことにできてしまう。
    その上に覆いかぶさる、自己責任論。
    それを内面化することにより、セーフティーネットから落ちた人は、自分自身をも疎外する。
    自分なんてどうでもいいんだ、となり、どうにもならないところまで自分を追い込んでいく。
    こんな社会、何かがおかしい。

    自分自身もちょっとしたきっかけで自分だって貧困層になりかねない、と思う。
    とはいうものの、上記の自己責任論的発想から抜けきれない。
    本書では、アマルティア・センの貧困論で、自己責任論の誤謬を指摘してくれる。

    センによれば、生活上の望ましい状態(センの用語のでは「機能」)を達成する自由(同様に、こちらは「潜在能力」)が奪われている状態が貧困である、という。
    だからいわゆる絶対的貧困ラインより上にいる人でも、例えば移動の自由がない状態であったり、教育を受けられなくてなりたいものになれない状態ならば、貧困だということになる。

    「若いんだから、働けばいいでしょう?」
    何社も応募しても、どこも不採用なのに、どうやって働くの?ってことだろう。

    さて、本書の後半は社会活動として反貧困運動の組織化が論じられている。
    困窮した人を助けるのは大事だけど、それだけでは限界があるからだ。
    居場所を作ること、互助組織を作ること、法律家などと協力して、不当な処遇に異議申し立てできる体制を整える活動などが立ち上げられているとのこと。

    本書を読むと、湯浅さんたちの活動により、大分状況は良くなったんだろうなあ、と思うけれど。
    もう出版されて十年。
    あれから、格差論争とか、学生の奨学金問題、ワンオペ勤務、ブラックバイト、そうして今は過労死・過労自殺も問題視されている。
    そう考えていくと、本書では扱われている貧困の問題は、形を変えて今もまだ継続中、と思ったほうがいいのかも。

  • 「児童虐待は貧困と最も強く結びついている」「生活保護基準は最低生活費としての意味合いがあり、最低賃金や各種福祉政策の対象基準などに連動している」など今読んでも新たなきづきがある。2008年の本であるが、ほとんどの内容は今でも通用する。リーマンショックなどもあり、状況は悪化している面もある。このあと派遣村、政権交代などがあり、筆者も政府に入ったりして、まさに最大のキーマンとして貧困対策を進めていった。その意味で本書は日本の貧困問題の原点といえるかもしれない。生活保護の捕捉率向上、自殺者減少など目に見える成果もあったが、再びの政権交代でせっかくのモメンタムが消えてしまった感があるのはまことに残念。
     まず第一部の事例に圧倒される。これらの具体例を常に思い返して怒りを持続させよう。貧困とは無縁そうなコメンテーターが生活保護についてあさっての方向の意見をしゃあしゃあと話してるのをみたら、この事例を思い出して、ふざけるなと怒りの意見を番組や視聴者へぶつけてみよう。
     そして事例の提示だけでは終わらず、考察や問題解決への提言などを含む第二部。副題でもある「すべり台社会」や「溜め」といったキーワードは忘れないようにしたい。
     あえていう。2016年の日本を考えるキーワードは、憲法、安全保障、テロ、少子化などではないと。格差でもない、貧困だ。そうあるべきだと。

  • もし自分に溜がなかったら今の社会を肯定出来るだろうか?
    自己責任という非難で貧困に陥った人を切り捨てるこの社会は政治やセーフティネットが機能していない社会なんだと気付かされます。
    決して人ごとではありません、溜が無くなったら誰でも陥ってしまう今の社会構造だと言う事を知るべきです。

  • 問題提起をしたことに意味があるとするならばこの本には、私が評価した以上の価値があるのだろうが、この著者、結局の所、論理的な解決策を提示できていない。

    公務員批判をし過ぎるし、世の中には、貧困問題以外でも公務をより複雑にし、公務員を過労へと追い込む問題が山ほどある。責任をそこに押しつけ、あとは人々の意識に問いかける。

    結局の所、この国のシステムの根本に関わる問題であって、貧困問題から切り込んだところで、それは単なるしわ寄せにしか過ぎないのがどうも著者には分からないらしい。

  • 正直いって、この本はつらい。単純に私は途中で息抜きせざるをえなかった。
    確かに本であるから、少し誇張して書いたり、貧困をより貧困と見せようとしているのかもしれないが、それを把握して読んだとしても、貧困ということについての印象は読む前と読んだ後では180度変わったといってもいいかもしれない(私が無知であるのもあるが)。
    この本は中学生以降なら読んでおいていいだろう。内容が重いような気もするが、これを読んで貧困の現状を把握するのは、大変意味があることだと思う。

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著者プロフィール

社会活動家・法政大学教授。1969年東京都生まれ。日本の貧困問題に携わる。2008年末の年越し派遣村村長を経て、09~12年内閣府参与(通算2年3ヶ月)。政策決定の現場に携わったことで、官民協働とともに、日本社会を前に進めるために民主主義の成熟が重要と痛感する。著書に『ヒーローを待っていても世界は変わらない』(朝日文庫)、『反貧困』(岩波新書、第8回大佛次郎論壇賞ならびに第14回平和・協同ジャーナリスト基金賞受賞)、『正社員が没落する』(角川新書、堤未果氏との共著)など多数。

「2017年 『「なんとかする」子どもの貧困』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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